23・釜 12月のある日【裏】


 僕は、今日、男に戻ります・・・。

 自分の勘違いから、この身体になることを望み、親に勘当された。
 大学に進学し、出会った運命の人は、本当は女性だった。
 しばらくは、このままでもいいと思っていた。
 でも、このままでは、なにもできないことに気付いた。
 愛する人を抱くことすら、抵抗を覚えるこの身体・・・。
 いつまでも、このままで居るわけにはいかない。

 中途半端な自分とは、今日でお別れだ。


 手術の予約をしたのは、一週間前・・・

「以前、そちらの病院で、胸にシリコン入れたのですが、抜去手術を・・・できれば早めに・・・、来週の土曜か日曜、空いていますか?」


 手術当日。朝暗いうちから部屋を出て、新幹線で上京。
 今年、東京に行くのは2度目だな・・・。

 東京駅に到着し、電車に乗り換え、病院のあるビルへ向かった。
 病院に近づくほど、足取りは重くなっていった。
 また痛い思いをするかと思うだけで、気分が悪くなってきた・・・。
 入れるときほどの痛みはないらしいが、体を戻す為だ。これを乗り越えなければ・・・。
 なんとか病院の入り口前まで来たが、恐怖でその場から動けなくなってしまった。
 前は痛みを知らなかったから、躊躇することなく入る事が出来た。
 しかし、痛みを知ってしまった今は、この扉の向こうが地獄としか思えない。
 ダメだダメだ!ずっとこのままでいる訳にはいかないだろう!この扉を開けてしまえば、もう逃げられない!男なら・・・潔く行け!

 ドアを・・・中の様子を伺うように、こっそりと開けた・・・。
 腰が引けているのが、自分でも分かるぐらい、はっきり言って、カッコ悪い。
 とてもじゃないが、祐紀には見せたくない姿だ。
 情けない姿のまま、受付の女性と目が合った・・・。
「ご予約の方ですか?」
「は・・・はい・・・」

 耳の奥からドクドクという音が聞こえる程、心臓が急激にスピードを上げた。
「待合室でお待ちください」
「は・・・はい・・・」
 声も裏返る寸前だ。

 その後は・・・余りの恐怖で記憶が飛んでしまっている。
 先生が冗談のつもりで、『下、取るんだよね?』って言った後、気を失って倒れたらしい。
 僕は繊細なんだから、キツイ冗談はやめて欲しかった。
 全身麻酔じゃないだけに、恐怖倍増、8割増。
 手術台で、訳の分からない悲鳴を上げ続けていたとか・・・。
 抜去手術の時間は、50分程度だったが、5時間ぐらいに感じた・・・。

 僕が落ち着きを取り戻してから、術後の生活について、指導を受けた。
「お酒は1週間、スポーツも2週間は控えて下さい」
 ・・・は?
「激しい運動はダメです」
「・・・だ・・・だめ?」
「ダメです」

 何のことか察したらしい。
 ま・・・まだ我慢しなきゃならないのか・・・。
 そう考えただけで、また気が遠くなりそうになった。
今は麻酔が効いてて、痛みはないですが、6時間ぐらいで切れますから。痛み止め使ってください。溶ける糸で縫合してありますから、通院はしなくていいですから、何かあったらいつでも電話してください」
 そんなこと・・・もうどうでもいい・・・。

 会計を済ませ、痛み止めの薬を貰うと、またも重い足取りで、病院を後にした。
 駅へ向かう途中で見つけた店に、少し寄り道してみたり・・・。
 店を出る頃には、気分も足取りも軽くなっていた。
 とにかく、早く帰りたくて、足早に駅へ向かった。



 もう、暗くなり始めた頃、やっとアパートに到着した。
 ウキウキと玄関を開けるが、電気すら付いていない。
 今日、朝早くに起こしてしまったから、寝ているのかと思い、祐紀の部屋の扉を静かに開けた・・・。
 部屋にも電気は付いていなかった。
 テレビだけが一人で喋っていて、明かりが祐紀の居場所を照らしていた。
 祐紀の居る、ベッドへ音を立てないよう近づき、頭まで被っている布団を剥ぎ取った。
 驚いた顔をすると予想していたが、
「・・・なお・・・」
 不安そうな表情だった。何かあったのだろうか?
「ただいま・・・どうしたの?ゆう・・・」
 話し終える前に、僕の首に手を回され、思いっきり抱きつかれた・・・えええ?!!
 酒でも飲んでなきゃ、祐紀からこんなことはしてこないのに・・・嬉しい。
 じゃなくて、何かヘンだぞ?
「ちょっと・・・どうしたの」
「・・・かった」

 ・・・え?
「直が居なくて寂しかった・・・」
 正直驚いた。祐紀の口からそんな事を聞くことになるとは、予想さえしていなかった。
「直が居ないと・・・自分が保てないよ・・・」
 肩も声も震えていた。
 日帰りでもこの状態。入院制の病院だったらどうなっていただろうか。
 祐紀の体にそっと腕を回し、優しく抱きしめた。
「大丈夫・・・僕はここにいる。ずっと祐紀の側にいるから・・・」
 ・・・このままだと、渡しそびれそうだな、アレ・・・。
 祐紀から手を離し、落ち着かせると、ズボンの右のポケットを探った。
 左手で、祐紀の左手を取り、薬指にリングを滑らせた。
 祐紀の目を見て、3度目になる言葉を口にした。
「大学卒業して落ち着いたら、結婚しよう・・・」
「・・・・」

 祐紀は何度も大きくうなずいた。
 そっと唇を重ね、しばらく抱きしめあっていた・・・。


 ・・・が・・・
 いた・・・い?麻酔が切れてきたみたいだ。
 痛みを味わう前に、痛み止めでも呑もう。
「ちょっとごめん・・・麻酔切れそうかも・・・」
「・・・?痛いの?薬は」
「貰ってるから」

 祐紀から手を離し、カバンの中の薬を探す。
 これは・・・抗生物質、痛み止めはもう一方か。
 もう一度、カバンを探り、目的のものを探し当て袋を見て止まった・・・。

 ざ・・・座薬?!!
 そうだった・・・すっかり忘れていた。
「水、持って来ようか?」
「うん、そうだね」

 顔は笑っていたが、手に取った痛み止めを袋ごとグシャリと握りつぶした。
 ・・・後で世話になるよ・・・。
 とりあえず、抗生物質を呑み、しばらくは痛みと格闘する覚悟を決めた。

 それから、今日離れていた時間を取り戻すように、イチャついていたが、時間が経つ度に、痛みは増していった。
「・・・ちょっと・・・大丈夫?」
 額の汗を拭いながら、祐紀が心配そうに覗き込んできた。
「ちょっと興奮してるだけだよ・・・」
 心配させないように、嘘をついた。
 入れた時ほど痛みはないって言ってたけど、十分痛いじゃないか。
 興奮もなにも、痛みに耐えることで精一杯だった。
 こんな状態じゃなければ、間違いなく襲った後だろうけど・・・。
「目が虚ろだし・・・」
「我慢の限界なんじゃないの?」

 性欲ではなく、痛みの方ね・・・。
「・・・もうそういう所、我慢しなくていいんじゃないかな・・・」
 誘ってんのか?!!惜しいけど、今はそれどころじゃない!
「激しい運動は2週間はしちゃいけないんだから、それはナシね・・・」
 そんな事を言っている自分が悲しい・・・非常に悲しい。
「そういう所は、きっちりしてるよね。電卓付きマニュアル人間・・・」
 マニュアル通りにしかできない訳ではないんですけど。
「電卓って何?」
「何でも計算通り」

 それは僕が機械みたいだってこと?
「計画的と言って欲しいなぁ」

 仕舞いには、会話をする余裕さえなくなってしまった・・・。
「・・・顔、真っ青だよ?本当は痛いんじゃないの?」
 あは・・・あはははは・・・思考能力も衰えてきた。本当に限界だろう。
 今更、痛み止めは座薬ですなんて言えるか!恥ずかしい・・・。
「ごめん・・・寝る・・・」
 そう言って、ヨロヨロと立ち上がり、トイレに直行した。


 物音で、祐紀がお風呂に行ったりしているのは分かったが、僕は布団に潜って、痛み止めが効き出すのを、じっと待っていた。
 ヘンな意地は張るもんじゃない・・・しかし座薬だし・・・。トイレ行くフリでもすればよかったのに、今更ボヤいても遅い。次から気をつけよう。
 痛み止めが効き出し、ウトウトしていると、扉が開いたような気がしたので、ゆっくりと体を起こした。
 キッチンの明かりで、祐紀が枕を抱き込んで立っているのが分かった。
 ・・・よっ・・・夜這い?!!!
 一発覚醒。
 僕が動かなければいいんじゃないか・・・とか・・・
「一緒に寝ていい?」
 言う訳ないよな・・・。(ちょっと期待していた)
「いいよ・・・」
 それにしても、こんなに寂しがりやだったとは、知らなかったな。
 布団に入った祐紀を抱くと、安心したのか、すぐに眠ってしまった。

 とにかく、体は元に戻ったが、散々な1日だったな・・・。

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