22・鍋 12月のある日【表】


 朝、布団から出たくない季節。
 寒いのは嫌いだ。
 でも今日は、特別な日。


 直が、一大決心をしたのは、先週のことだった・・・。



「来週、抜去手術受けようと思うんだ・・・」
「え?お金、貯まったの?」
「うん。それが、手術費より多めに・・・」
「??」
「事前に調べていたら、もっと早くに出来たものを・・・」

 悔しそうな顔をしながら、そう言ったということは、予想していた金額より、手術費は掛からないということだよね?
「ムダに我慢していた自分がかわいそうだ・・・」
「いいじゃない?その方が、燃えるでしょ?」

 ・・・直が驚いた顔をした。
 ・・・しまった!うっかり大胆な発言をしてしまった!
「も・・・もえ・・・?!!」
 相当な刺激を与えてしまったらしい・・・。
「・・・そこまで言ったんだ!朝までつき合わすから、覚悟しとけよ!」
「あははははは」

 いや、笑い事じゃないよ。あっちは、本気だと思うから・・・。



 隣の部屋からの物音で、目が覚めた。
 まだ、外は暗い。
 ・・・そうか・・・今日なんだよね・・・。
 昨日、病院が東京にあるから、朝早くに出るとは言ってた。
 まだ眠いし、そのまま布団に居ようか・・・それとも、見送った方がいいかな?
 と、考えながら、一度布団に潜り込んだ。
 しばらく、うとうとしていたが、先日、医療事故で患者死亡というニュースをやっていたことを思い出し、一気に覚醒した。
 そんなことはないと思うけど、万が一ってコトも・・・
 それから先は、頭で考える前に体が動いた。
 素早く布団から抜け出し、部屋の扉を開くと、直は靴を履き終え、玄関のドアノブに手を掛けたところだった。
 扉を開けた音に気付き、振り向いた。
「・・・ごめん、うるさかった?」
「いや、そんなことはないけど・・・ただ、見送りしようかと思っただけで・・・」
「・・・そう・・・。じゃ、いってくるね・・・」
「いってらっしゃい」

 そう言って、直は部屋を後にした。
 先日と打って変わって、今日は嬉しそうな顔ではなかった。
 元の体に戻すと言っても、切ったり縫ったりするんだから、不安もあるよね・・・。
 扉を閉め、寝なおそうかと思ったけど、ベランダに出て、徒歩で駅に向かう直の姿を、見えなくなるまで必死に目で追った。
 肌を刺すような寒ささえ、気にならなかった。

 まだ外は暗いというのに、寒さですっかり目は冴えてしまった。
 今日は、何しようかな・・・。
 食卓を豪勢な料理で飾るか・・・いやいや、それは来週にしよう。
 直も、誕生日前に体を戻すとは、計画的だな。それが直らしいところでもあるけど・・・。
 そう考えると、表情が緩んだのが、自分でも分かった。
 男性不振に陥り、女である事を捨てた自分が、男を好きになり、今では一緒に住んでいる。自分も、ゆっくりではあるが、女に戻りつつある。
 直が、私の側に居てくれるから・・・。
「・・・あれ?」
 そういえば・・・手術って、日帰り?入院?通院あり?
「・・・聞くの忘れたー!!」
 早速、携帯に電話を掛けて聞くハメになった。
 どうやら、日帰りらしい。
 私ってば、どこまでヌケてるんだろう。我ながら情けない・・・。
 とりあえず、時間潰しの為に、レンタルビデオでも借りに行こうかな・・・。
 漫画喫茶に行って、古賀ちゃんに会ってもイヤだし。

 身支度をし、早朝から行き着けのレンタルビデオ店に出掛けた。
 見たかったビデオを適当に借り、帰りにコンビニに寄って、朝食と昼食を調達。
 ・・・だって、自分の為にご飯作るの面倒だし。
 帰宅後、朝食を取りながら、ビデオを見ていた。けど、内容が頭に入らない。
 テレビを見ていても、頭のどこかでずっと直のことばかり考えていた。
 『今、何しているんだろう?もう、新幹線の中かな・・・どの辺かな?何時に帰って来るのかな・・・』
 同棲を始めてから、単独で行動してもせいぜい3時間、直がバイトに行っても5時間、一緒に居ない時間はある。いつも一緒に居るから、離れて初めて気付いた。
 直の存在の大きさに・・・。
 ふと気付いた頃には、ビデオデッキは巻き戻しを始めていた。
「・・・直依存症・・・か?」
 誰もいない部屋で一人、そう呟いた。
 寂しい、そう思うだけで、胸が締め付けられるように痛い・・・。

 自分から直の胸に飛び込むようなことはしたことなかったけど・・・今日は違う。
 早く帰って来てくれないと、自分がダメになりそうだ。
 直の存在を、体で感じたい。強く・・・抱きしめて欲しい・・・。
 切ないって、こういうこと?


 直が出掛けてどれぐらい時間が経っただろうか・・・。
 思っているほど時間が経っていなかったら、本当に泣き出しそうで、時計を見る事はなかった。
 食事さえも喉を通らない。
 布団を頭から被り、眠ることさえ出来ず、ひたすら直の帰宅を待っていた・・・。

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