21・鍋 学園祭打ち上げ


 学園祭二日目、最終日。
 昨日売れ残った商品を、今日も売らなくてはならないので、朝から部室に集合しなければならない。
 いつものように、直と一緒に部室へ入ると――突然、クラッカーが鳴り響いた。
「おめでとー」
 なぜか室内は盛大に盛り上がっている。
 何か……あったっけ?
「姫、昨日、真部にプロポーズしたんだって?」
 何かの紙をこちらにヒラヒラと見せびらかしている剛田さん。その表情ときたら、エロオヤジのようないやらしいニヤけ方で、向けられてるこっちは非常に気分が悪い。
 剛田さんが持っているものは、大学の校内新聞の号外。トップは直が私にプロポーズした瞬間の写真。A4用紙イッパイに引き伸ばされていて、大きな字で『学園祭でプロポーズ!』とか書かれている。
「な……」
 直の方を見ると、真っ赤な顔をして口をパクパク、金魚さん。
 私? ナゼか不思議と平常心を保っている。まるで他人事のように冷静だ。
 部員たちの「おめでとう」とか「式はいつだ?」とか、「どっちがドレスだ」「そりゃ鎌井さんでしょ!」とか、色々な声が一気に押し寄せてくる。
「ああもう……勘弁してくれ……」
 直は今日も頭を抱えて塞ぎこんでしまった。本人は思い出したくないらしいが、大学の名物カップルになってしまった以上、誰も放ってはくれないのだよ。
 最近はいいプリンタやソフトがあるから、すぐこんなのが出回ってしまって困りますな……。
「なにニヤけてんだよ!」
 直が半泣きの表情で私を見上げていた。
「お!? ややっ!! ニヤけてた?」
 私は慌てて顔をペタペタと触り、どこがニヤけてるのか探してみた。
 顔は口ほどにものを言うのか……。参ったな。
 それにしてもこの新聞、いい仕事してるな……。記念に一枚持って帰ろう。
 スネ気味の直を引きずり、空いている古賀ちゃんの横の席に並んで座ると、本日の予定についての話が始まった。
「今日の会計。まずは昨日出ていないヤツ、手ぇ挙げろ」
 相変わらず、威勢のいい声を出す剛田さんだ。
「四人か……。窓側から、二人十時から、次の二人が十一時。あとは……ランダムで決めるぞ!」
 と細木さん。ナイス連係プレー。適当に聞き流してると一人が喋ってるみたいに聞こえるけど。
「誰にしよーかな、天の神様の〜」
 似合わないって。マッチョだし。気持ち悪いよそれは。思わず身震いしてしまった。
 とりあえず、そんなものから思考を逸らすと……隣の古賀ちゃんが、何かブツブツと言っていることに気付いた。よく聞いてみると……
「カマちゃん、学園祭のイベントで大胆プロポーズ……っと……」
 そう言いながら、小さいノートに口にした言葉を書いていた。この子は喋りながらじゃないと書けないのか?
「きゃはw いいネタまたまたげっちゅ〜」
 謎の発言。しかもまた「ネタ」とか言ってる。この子、どうやら漫画描きらしいけど、どんなの描いているのか知らないんだよね。直は知っているみたいだけど教えてくれないし。
 そのまま、なんとなく古賀ちゃんの様子を横目で窺っていると、閉じた小さなノートの表紙には、『ネタ帳801』と描いてあった。
 『801』……有名な大型掲示板サイトで見たことあるぞ……?
 『893』はヤクザ……『801』や……おい?
「!!!」
 直が言わなかったのは、そっち系のネタとして使われているから?
 古賀ちゃんがようやく私の視線に気付き、目が合った。
「……ナイショですよw」
 人差し指を唇に当て、ウインクされた。こういう仕草、少女漫画から飛び出してきたような外装の乙女系である古賀ちゃんにはものすごく似合う。
 ところがうっかり、今、古賀ちゃんがしたことを、自分に置き換えて想像してしまい……気持ち悪くて自分が引いてしまった。
 直は『今のままで十分だ』と言ってくれたんだし、ムリして、今の自分を壊すことはないか。戻りつつあることは間違いないんだし。

「一応、四時集合だが、完売したらすぐに片付け始めるから、携帯の電源は切らないように。六時から駅前の居酒屋で打ち上げだからな! 忘れるなよ」
「では、解散」

「どこ行こうか?」
「……帰る」
「えー何で?」
「構内うろついていても、新聞見たヤツに何か言われそうだから。どうせすることないし、帰った方がマシだ」
 それじゃ、私はどうしようか……。ここに居ようが、アパートに戻ろうが特別することないし。
「そうだ、漫画喫茶行こう。大学の側だし、呼び出し掛かってもすぐに戻れるし」
 直は少し考えて、
「……うん、行こうか……」
「私も行きます〜」
 直と同時に声のした方、後ろを向いた。
「お仕事したり、漫画やネットで資料探したり……」
「アレもくるのか?」
 直が不満そうに言った。
「アレは、別席で……」
 もう一度、古賀の方を見る。
「……よさげなフリーソフトダウンロードして持って帰ったり。パソコンは持ってるんですが、ネットできるようにしちゃうと仕事がはかどらなくなると思って、調べモノはいつもまとめて漫画喫茶でしてるんですよ〜。二十四時間営業って魅力ですよね〜。あ、そういえば、同人ゲーの体験版が――」
 やりたいことを指折りしつつ、一人で喋っていた。


 大学近くの漫画喫茶に行く途中も、古賀ちゃんは一人喋っていた。

「私、ネットのオープン席でフリータイム」
 怪しいことするぐらいなら個室にして欲しかった……。
 直は、『話しかけるなよ』とでも言い出しそうな表情だった。
 
「いらっしゃいませ。お席はどうされますか?」
「ネットのペア席で、フリータイム」
「はい、ペア席二十五番になります。ソフトドリンクはドリンクバーとなっておりますので、ご自由にどうぞ」
 店員から伝票を受け取り席に行こうとしたが、まだ古賀が居た。
「ペア席ですか……遊びに行きますねw」
「来るな! 自分の事してろ」
「しゅ〜ん……」
 直の口撃(こうげき)に古賀ちゃんはへこみ、ヨロヨロとドリンクバーに向かっていった。
「飲み物、何にする?」
「ウーロン茶」
「先に行ってて。飲み物持って行くから」
「うん、ありがとう」
 ドリンクバーに向かう直を見ながら、ふと気付いた。
 出会った時から直は気が利くからそれが当たり前の事だと思っていたけど、本来なら女の私が進んですべきことではないだろうか?
 こう思った時点ですでに出遅れている。
 気が利かない女より、迷惑にならない程度の気が利く女の方がずっといい。
 自分の持っていない部分を持っている直を見習う必要がありそうだな……。
「何突っ立ってんの? 先に行ってって言ったのに……」
 両手にグラスを持った直が目の前に居た。
「……いや……」
 考え事している間、動きまで止まってしまうのは治るだろうか……。


 広めの個室に、二人掛けのソファーと、デスクトップ型のパソコンが一台置いてある、ペア席。
 私は、しばらくネットに集中していた。集中しすぎて、周りが見えていなかった。
「面白い?」
「何が?」
 体を伸ばしながら直の方を見ると、退屈そうにこちらを見ていた。入ってから一度も個室から出た気配もなかったから、漫画本一冊も読んでいない?
「漫画でも読めば?」
「子供の頃から、漫画、アニメは見せてもらえなかったから、今でも漫画とか読まないんだ」
「……じゃ、ネットする?」
「毎日してるし、家ですればいいから」
「え? ええ?」
 ノートパソコンを持ってるのは知ってたけど、ネットできたの、アレ……。
「ウチ、電話もケーブルも引いてないよ?」
「……テレビは、ケーブルだよ……」
 そうなのか……知らなかった……。
「ヨソの無線LAN電波使って無料ネット?」
「そんなことするわけないだろ……。ちゃんと通信用カード使ってるし」
「あ、あのちっこいアンテナは、ソレだったのか……」
 たまに夜中遅くまで起きているのは、論文やらレポート書いているのではなく、ネットをしてたのか? 相変わらずナゾの多い男だな……。
「じゃ、ゲームする? 私、漫画読むからさ……」
「ソリティアとかハーツ? パソコン買った当時は朝までやってたかな……ここに来てまですることでもないだろう?」
「じゃ、どーすんの? 何がしたいの?」
 この生真面目人間、一体何がしたくてココに来たんだ?
「キスがしたい……」
 私を見つめる直の視線は真剣だった。
「こっココで?」
「うん、せっかくの個室だから……」
「朝っぱらから酔ってるんじゃないか?」
「もう昼だよ……」
 ディスプレイの右下を見ると、十二時前だった。ネットに集中しすぎて時間の感覚がマヒしていたようだ。
 それにしても、直が何を考えているのかさっぱり理解できないが……放っておいたから拗ねたのかな? まぁ、全然、直の相手をしてなかったのは確かだし、せっかく一緒に――っていつも一緒にいるけど――こういう所に来たんだから、自分のことだけしてちゃだめだよね。うん。それなのに直は、何も言わずにずっと待ってて……今更ながら、悪いことしたなぁ。
「お腹すいたから、何か食べようか」
 なるべく、気を使ってるように思われないよう自然に、ディスプレイに立てかけてあるメニューに手を伸ばし広げてみた。
 話の方向を変えるつもりだったのに、メニューを覗き込んできた直がいつもより低い声で愚痴をこぼした。
「……冷凍食品そうなのばかりだね」
 やっぱり機嫌が悪いのか、それとも、漫画やアニメを見たことないおぼっちゃまは、庶民の食生活にはついていけないよ……とでも言いたいのだろうか。
 あえて後者だと解釈した私は、
「冷凍食品をバカにすんなよ〜! うまいんだから!」
 ムキになって甲高い声を発した直後、こういうわりと静かな場所で大きな声を出してしまったことに思わず口を押さえた。
「知ってるよ、そのぐらい……」
 直は呆れた表情で私を見ながらそう言って、溜め息を漏らした。
 私の反応が低レベルすぎた? 大人気ない。

 背丈ほどの仕切りで区切られているだけのペア室についているオーダー用の電話で二人分の食べ物を注文し、自らすすんで飲み物を取りに行くという、私にしては気の利いたことをしてみた。
 ドリンクバーへ行く途中、どうしても通らなければならないオープン席。独り言を言いながら怪しいオーラを発しつつメモを取る古賀ちゃんの姿はかなり不気味だった。もちろん他人のフリだし、彼女も私のことに気付かないほど集中していた。


 昼食を終えると、直がパソコンを触り、私は漫画を読み始め――面白くなってきたところで水を差すように、携帯が大音量で鳴り出した!
 しまった! マナーモードにするのを忘れた!!!
 とにかく大音量で流れる着信音を消すことしか考えられず、反射的に通常動作――受話ボタンを押して携帯を耳に当てた。が、こっちが「もしもし」とも言う前に「バザー会場に集合」とだけ言われ、何も言う間もなく電話は切れた。
「何?」
「集合だってさ」
 声の主は剛田さんだった。たぶん。相手が名乗らなかっただけに、自信はない。
「早めに終わったみたいだね……」
「うん。じゃ、行こっか」
 手に持っていた本をパソコンのキーボード横に置いて出ようとしたら、服を引っ張られた。直は何かを指差している。
「本、戻さないの?」
「いいんだよ?」
 私が壁の張り紙を指差すと、直の顔もそちらへ向いた。
 店を出る際は、本を置いたままでも、パソコンの電源を切ってなくてもOKだと書いてある。
 それを見ながら直は、顔を曇らせた。
「……なんか、そういうのヤダな」
 直はA型、潔癖症。
 結局、きっちりパソコンの電源を落とすと、私が持ってきた本を戻しに行った。

 会計に向かう途中、怪しいオーラを発したままの古賀ちゃんは、相変わらずシャーペン片手にパソコン、メモ帳と格闘中だった。
「古賀ちゃんは……?」
 私は呼ぶべきだと思ったのだが、
「そのうち電話掛かるだろ?」
 と直は少し冷たげ。そう言った直後、彼女の方からアニメの着メロが聞こえた。古賀ちゃんもマナーモードにし忘れたようだ。
「ほら」
「ほんとだ……」
 慌てふためきつつ電話に出る古賀ちゃんはそのままに、私たちは精算をすべく会計レジへと向かった。


 店を出てしばらくすると、『置いていくなんて、ひどいです〜』と言いながら、古賀ちゃんが追いかけてきたので、直は仕方なくといった感じだったけど、三人で構内の体育館――バザー会場へ向かった。

「さっさと片付けろー! しっかり動いた後のビールは格別だからなー!」
 一応、未成年者も居る事を忘れないで欲しいね。二年生までは二十歳未満がいるから。
 未成年? あれ?
「直、いま何歳?」
「何を今更……十九だよ」
「じゅ……じゅうく……」
 もうすぐ二十歳だけど、まだ十代じゃないか……。
「何? 未成年のくせに、酒飲むなとか言いたいの?」
「いや……なんとなく若いなーとか思った」
「祐紀より七ヶ月遅く生まれただけじゃないか……」
 そうか……来月、誕生日じゃないか?!!
「何か欲しいものとか、ある?」
 いきなりそんなことを聞かれて、驚いた顔をした。
「去年は聞かれなかったね……」
「過ぎた頃に誕生日教えてくれたのは、直だろ……」
 そう……去年のクリスマスにプレゼントをあげたら、『ありがとう。……でも誕生日はもう過ぎた』と、冷たい言葉を返され、ショックを受けたものだ。その時に初めて誕生日を知った私がどれだけ嘆いたことか……直には一生理解できないかもしれない。だから、今年は忘れるわけにはいかない!
「いや、聞かれなかったから、言わなかっただけで、自分でも誕生日過ぎてから気付いたんだから……」
 融通のきかないマニュアル人間かと思えば、肝心な所が抜けている。
「そこー! 入籍日の相談してないで、体動かせー!」
「してないよ!」
 こういう話は、帰ってからにしよう。昨日のコトを皆が知っているだけに、勘違いして変な茶々入れられるし……。
「続きは帰ってから、じっくりと」
 私はマジでそう言ったのに、直は興味なさそうに、
「……忘れてなかったらね」
 といい残して、テーブルを戻しに行った。
 ……? どういう意味? 自分の誕生日は歳食うのがイヤで興味なし?
 青いシートをたたみながら、頭の片隅で考えていたせいか、
「折り目通りに、キレイにたためんのかー!!!」
 剛田さんに怒られた。
 自分で見ても、幼稚園児か小学校低学年あたりが遠足で使ったレジャーシートを適当に畳んだのと同レベルぐらいの、折り目を無視したたたみ方だった。
 私は考え事しだすと単純な作業もまともに出来ないのか……。
 哀れなたたみ方のブルーシートをしばらく見つめた後、渋々やり直す事にした。

 部員総出ではじめた片付けはあっという間に終わり、
「六時から、駅前の居酒屋、忘れるなよ! 以上、解散!」
 手短な会長の挨拶で一時解散。
「また、駅前の居酒屋か……」
 聞き覚えのある声がした方を向くと、どこから沸いてきたのか、ここ数日、部室に現れなかった藤宮がいた。
「お前は、何もしていないだろ!」
「いいじゃないの〜。一応サークルのメンバーなんだし、演劇の打ち上げは面白くないからさぁ。同じ酒を飲むなら、楽しい方がいいじゃん! ケチケチすんなぁ」
 と、直の頭をポンポンと叩く。
「……縮む〜」
 しかめっ面でそんなことを言ってる直……何だかかわいいリアクションだ。
「車で行くなら連れて行ってくれ」
 ここで藤宮の手はポンポンからナデナデに変化する。そういう狙いで来るとは……さすがといえばさすがだ。
「車で行ったら飲めないじゃん。僕らは自転車で行くよ」
 一応、未成年であることを補足したくなるセリフを吐いてしまう直が、なんとも言えない。
 お酒は二十歳になってから。直にはまだ一ヶ月早いですよ。
「……なんだ……つまんねーの。いいよ、カノンに送り迎え頼むから」
「だったらこっちを連れて行ってくれても……」
「やだ!」
 ものすごいイヤそうな顔をしてさっさと向きを変える藤宮。とことんイヤなヤツだな。妹ちゃんはかわいいのに。


 アパートに戻ってから五時半まで休憩し、自転車に二人乗りして駅前の居酒屋へ向かった。
 すでに何人か集まっているようで、店の入り口付近で誰かが喧嘩をしていた。相変わらず、聞き覚えのある声同士。
「貴様、何もしてないのに、打ち上げに参加するとは不届きな!」
「いいだろ! 一応サークルのメンバーだし、どうせ割り勘じゃん」
 どうやら、剛田さんと藤宮が言い合いしているようだ。
 藤宮が私たちに気付き、いいところに来た! と言わんばかりに指差してきて、
「アイツらのお祝いに来た!」
 言い訳に使われた。
「……なんだ、そんなことか〜いいぞ。入りな」
 剛田さんの険しい顔が和らぎ、不気味なほど機嫌のいい笑顔に変わった。
 嫌な予感……。横にいる直の顔を窺ってみると、表情は険しくなっていた。


 集合時間にはサークルメンバーがだいたい揃い、座敷の一角で宴会が始まろうとしていた。
「二日間ご苦労だった。いつも通り自腹だが楽しんでくれ」
 ボランティアサークルでよく聞く定番のセリフ。並んで立つ会長と副会長の手にはまだ口をつけられていないジョッキが握られている。
「それでは、姫と真部、婚約おめでとー! かんぱ〜い」
 皆が一斉の私たちの方に注目。そしてジョッキを高く上げて打ち鳴らした。
「ちょっと……」
 ある程度、予想してはいたけど、ホントにそういう流れになるとは……。恥ずかしいし逃げたいぐらいなのに座った場所は通路から離れた場所。みんなからは次々と質問が飛んでくる。
 『いつ入籍するか』とか『式はするのか』、『直がウエディングドレスを着るのか』などなど……全て、苦笑いでかわしてみた。とても答えられるようなことじゃない。
 直だってそんな質問に何も答えず、ただ黙々とビールを飲んでいるだけで――マテ!
「直、何か食べた?」
「適当に食ってるよ」
「何杯目?」
「三杯。あ、ビール追加、よろこんで」
 ……ダメだ。すでに自分のペースを崩している。
 『空きっ腹にビールは、回るのが早いから、食ってから飲んだ方がいい』って、いつもある程度食べてから本格的に飲みだす人が……。
「子供は何人ぐらい欲しいの?」
 その質問に背筋が凍りついた。
「そんなの……出来るだけ作っちゃうに決まってるっしょ?」
 一瞬静まり返った直後、みんなは藤宮のツッコミに大爆笑していた。
「生大おかわり……よろこんでっ」
 隣に座る直は周りの雰囲気なんか一切無視し、今までにないペースで飲み続けていた。本当に大丈夫だろうか?

「姫……大丈夫か?」
 ハイペースな直を心配して、細木さんが声を掛けたが……
「あはははっはははははっははっは、ウィ……ぷ……あははははははははははははははははは」
 大丈夫じゃない。おかしくなって、やたら甲高い声で笑いだしちゃってるよ……。直も笑い上戸じゃないか!
「きゃはははははは。直さん、かわいいです〜」
 と言いながら、持ってきたデジカメで、写真を撮りまくっている。古賀ちゃんは大して変わらない気がするが……。

 直の様子が変なので、あまり飲まずに見守っていた。
「よーし、二次会は、カラオケ行ってみよー!!!」
 大張り切りの剛田さん、直は、それどころじゃない……。
「よしきたー! 千葉県民魂を見せようじゃないか! 藤宮! やっさいもっさいだー!!!」
「俺、木更津じゃないよ……」
「やかましぃ! その辺は演技でカバーしろ! 俺たち、暴走ザロックンローラー! よろしく機械犬ワンワン!」
 それは、氣志團だよ……。そんなの、どこで覚えてきたんだろう? 教えた覚えはないんだけど。
 カラオケに行く前からこの調子じゃ、どうなることか。

 移動中も、『やっさいもっさい』と歌いながら楽しそうに歩く直。酒はここまで人の人格を変えるものなのかと、心中は複雑だった。これはこれでかわいいとも思うんだけど。

「しおのか〜おりが〜 なつかしぃ〜♪」
 大学生がカラオケで、やっさいもっさいで盛り上がっているという状況。しかも人前でハメを外すなんてありえないあの直が筆頭になっているという非常事態。
「あれ、連れて帰った方がよくねぇか?」
 ハチャメチャになってるサークルメンバーの中で唯一冷静にそれらを見ていた藤宮。
「帰れるならば、帰るけど、一筋縄では行かないと思うよ……」
「そこぉ! 僕の祐紀にちょっかい出さないでくれる? 〜やっさいもっさい やっさいもっさい♪ ヒマなら次、マツケンサンバ入れて!」
 マイクを持ったまま、牽制。
 どこまで壊れるつもりなのだろうか。
「直って、木更津出身?」
「いや、全然違う」
 益々、訳分からないじゃないか。

 それからそう時間が経たないうちに、藤宮は私の期待を裏切った。
 藤宮が直を心配していたので、もしかしたら連れて帰ってもらえるかも……と少しでも期待した私がバカで愚かだった。
 『俺はお前たちの邪魔はしない、そして、お前らも俺の邪魔をするな!』と言い残し、アイツはさっさと帰った。
 時間が経つにつれダウンする者が増える一方、直はマイクを独占したまま三時間、飛んだり跳ねたりしながら歌い続けた。


 いつも以上に盛り上がったというか、直の予想外の暴走で収拾がつかなくなってた打ち上げもようやくお開き。
「ガンガンとばせー!!!」
「ちょっと……声でかい……」
 酔っ払いを後ろに乗せて、自転車をこいでる帰り道。
 夜中でもお構いなしに、大声を張り上げている。
 私の肩を掴んでいた直の手が――突然、離れた。
 直が落ちた! と思い、振り向こうとした瞬間、背後から伸びてきた手が私の胴に突然回された。
「うわひゃー!!!」
 自転車運転中にも関わらず驚きのあまりバランスを崩してしまい、
 ――ガッシャーン。
 自転車が派手な音を立てた。
 とっさに直をかばおうとしたが、強い力で引っ張られたせいで、転倒したとき背中で直を潰して仰向け状態。こういう場合とっさに出てくる言葉は、謝罪や心配より、まず文句。
「……ちょっと、急に手を離したり、抱きついたりするなよ!」
 直が私の下――背中に抱きついたままの体勢で、身動きひとつしない。
 まさか、頭でも打ったんじゃ……。突然不安が過ぎる。
 体に回されている手を荒っぽく解いて直の体から降りると、仰向けに倒れたままの直を覗き込んだ。
「ちょっと……大丈夫? 頭打った?」
「……大丈夫だよ。ただ……」
「ただ?」
「星がキレイだな……と思って……」
 空を見上げると、少し欠けた月と瞬く大小の星が一面に広がっていた。
 こうやって夜空を見上げるのは、何年ぶりだろう。懐かしさとその星の数の多さ、美しさに私は心を奪われた。
「好きな人と一緒に、こうやって星空を見上げるのも、悪くないね……」
 直は体を起こしてからゆっくり立ち上がり、服に付いた砂を払う。そして私を見つめてくる。
「怪我、しなかった?」
「……いや……してないけど……直はどうなの? 押し潰しちゃったし……」
 直は鼻で笑った。
「あのぐらい大丈夫だよ。まぁ、酔いが一気に醒めたけど……」
 急に星がキレイとか言い出すから転倒した時に頭打ったんじゃないかって心配したのに、酔いが醒めただけかよ……。
 私はその場に座り込んだまま、安堵の溜め息を吐き出した。
「くしゅ……」
 安心したせいか、急に寒くなってきた。自転車に乗ってる時はまだ酒が残ってたせいか気にならなかったのに。
 身震いしながら自分の体を擦っていると、直は私の前で膝を突き包み込むように抱きしめてくれた。
「風邪引くといけないから、早く帰ろう……」
 温かくて心地のいい声。
「……うん……」

 本当はこのままでいたかったけど……仕方ないか。
 まだまだ、時間はあるんだから……。


 月が照らす夜道を、私と直は歩き出した。

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