20・釜 学園祭初日


 やってきました、学園祭初日。

 お仕事は去年同様バザーの会計。もちろん僕は祐紀と一緒。
 今日は色々と忙しいので、会計当番はラストの一時間だけ。
 本日の予定は……藤宮がうるさいので、十時から公演がある演劇サークルの劇を仕方なく見に行き、十三時からは例の仮装に参加することになる。
 まぁ、仮装が一番楽しみというか、何というか……ね。




 学園祭開始三十分前――部室で、最終打ち合わせ。
「十時スタートでまず俺と細木、十一時からは古賀と麻生、十二時から……」
 藤宮を除く部員が揃ったところで、今日の会計当番をを順に確認している。
「十五時からラストの十六時までが姫と真部、以上。商品が残った場合は明日に持ち越しだ。質問は?」
 今まで散々話し合いしてきたんだから、今更質問はないだろう。
「そういえば言い忘れていたが、十六時に全員部室に集合すること! いいな」
「今日、商品が全部売れた場合は、そのまま打ち上げするから、そのつもりで。もちろん……」
「自腹」
 みんなが声を揃えて言った、我がサークルのある意味合言葉。全員がしっかり理解している。
「そうだ!」
 そんな部員達に恵まれ、会長と福会長は満足げな笑みを浮かべ、何度か頷いた。
「よっし! それでは、時間厳守で頼むぞ! 解散」
 という会長の声で席を立ち、部室から出て行く部員たち。
 今日は頑張らなきゃ! というキアイも込めて、大きく息を吸って吐く僕の腕を誰かが絡めてきた。
「どこ行こうか……」
「私、直くんが行きたいところなら、ホテルでもどこでも付いていくわw」
「あはは……やだな……本当に連れ込んじゃう……よ……」
 照れ混じりでそう言いながら声のする方を向くと……顔が引きつり、硬直した。下じゃなく体全体が。
 祐紀にしては大胆なことを言うな、とは思っていたが、人違い。
「ホテル〜いいところ知ってるわよ〜w」
「イヤ!」
 満面の笑みでそんなことを言う彼女に対し、僕はただ、逃げることしか考えることができなくなっていた。腕に絡んでいる手を振り解こうと上下に振っても無駄! 振り回しても離れない! どういう怪力してんだ、アンタは!
 その顔も明らかにイヤ〜なものを企んでいる表情で、さすがの僕も顔が引きつり、恐怖が支配し始めた。
「イヤー!! 犯される! 祐紀……ゆうきぃぃぃ!!!」
 助けて! この暴走姉さま何とかして〜!!!
 僕の腕を掴んでいる柏原奈津の反対側に居るのが、正真正銘彼女の祐紀。
 しかし、冷たい目で僕を見ている。なぜだ!
 そして、僕から視線を外し、体が向いている方――正面を向いてため息をつく。どうして!!
「柏原さん……直が迷惑してますから、やめて下さい」
 もうちょっと必死になって、僕を取り戻そうとかって思わないのか、キミは!!
 そんなボクの思いはどちらにも届かず……柏原奈津は困った顔で僕を至近距離で覗き込んだ。
「……直くん、迷惑?」
「大迷惑。これ以上寄るな! っていうか、離れろ」
 気付けよ、鈍感女! それを言うと祐紀も該当者。
 OGは首を傾げ、少し悲しそうな顔をした。
「私の想いは直くんに届かないのね……?」
「シャットアウトですから。それでも入り込もうとするのなら、叩き落します」
 そんな顔したって無駄です。そんなことで揺らいだりするような子供だましの恋愛なんてしてません。
「こんないい女、もう居ないわよ! 後で後悔するがいいわ!」
「しないよ……」
 OGはそっと手を離すと一八〇度向きを変え、話し合い(?)をしているマッチョに人差し指を付きつけ八つ当たりを始めた。
「剛田! 細木! なんでこのサークルにはイケメンがいないの!」
「そんなこと言われましても……」
「あーウルサイウルサイ! 言い訳は聞きたくないわ!」
 今のうちに、逃げよう……。
 柏原さんが会長たちに食いついている間に、僕は祐紀を連れて音をたてないよう、そっと部室から逃げ出した。


 部室棟を出て並んで歩いていると、祐紀は急に「あ!」と声を上げて手を鳴らした。
「激写サークルの写真展示会に、直の写真が出てるらしいよ」
「うえ!?」
 背筋が体温を失ったように冷たくなるのを感じた。
 ぼっ、僕……が? 嫌な予感が……。
「まずそこから行ってみよう!」
「え? 演劇サークルの劇は?」
「途中からでもいいだろ!」
 展示されているものがいつの写真か確認に行かなくては……場合によっては、展示をやめてもらわなくては!
 きっと、僕のアレな写真がおもしろおかしく展示されているに違いない。ビフォア、アフターで。そうなると町内を歩けなくなるのは間違いない! バイトさえもできなくなる! 今ならまだ間に合う!
 僕は駆け出していた。
「ちょっと、直!?」

 激写サークル――とは名ばかりのごく普通の写真同好会。
 展示会場は第二体育館内……第二……裏!!! あ、いや……。

 思った以上に展示作品が多く、探すのに苦労しそうだ。
 だからといって、一枚ずつ見て回っている場合でもない。
 少し離れた場所からパネルをざっと見て、なかったら次へ――
「あ、アレだ」
 もう見つけたのか、早いな。
 祐紀が指差す先には……、
「な……」
 遠くから見ても誰だか分かるぐらい大きな写真が掛かっていた。
 少々険しく、必死な表情の僕――去年の部室棟裏、土砂崩れ事件のものだ。
 大きな写真の横にも、それに関連したものが置いてある。
 僕が部室棟に駆け込むところから閉じ込められた人を助け出す瞬間の写真……土砂で埋まった部室棟まで。
 その後、新聞部が校内新聞で掲載していた写真もあった。
「今だから思うけど……よくこんなキケンなことをしたもんだね」
「うん、外で待ってる私も気が気じゃなかったけど……」
 あの日だった。僕らが、互いの正体を明かしたのは……。
 もうすぐその日から一年。今も一緒に居る。
 そして、これからも……。
「記念に一枚いかがですか?」
 思い出に浸っていると、背後から急に話かけられた。一瞬、飛び上がりそうなほど驚いたけど、平常を装いながら声がした方を振り向いた。
 僕の斜め後ろに立っていた人物は、首から『STAFF』という札を掛けているので激写サークルの部員だろうか?
「この写真、激写コンクールで大賞を受賞したんですよ」
 一言も聞いてないぞ、そんなこと。いつ出したんだよ、いつの話だよそれ。
「ご入り用なら、学園祭が終わった後に部室へ取りに来てください。いつでもいいですから」
「そう? そりゃどうも……」
 貰ったところでそれをどうするのか、ちょっと考えちゃうんだけど……。
「そういえば、午後からある演劇部との共同企画にも参加されるんですよね。期待してますから」
 僕からあまり離れていない位置で写真を見ていた祐紀の動きがピタリと止まった。
「あはははは……」
 そんな祐紀を察すると、乾いた笑いしか漏れない。そうか、激写もアレのグルだったことをすっかり忘れていた。しかし、期待されても……。
「直! もうすぐ十時になるよ」
「え、ホントだ。じゃ、これで失礼します……」
「はい、どうも〜」
 まるでこの場から逃げるよう、祐紀が僕の腕を引っ張ってずんずん歩いていく。
 そんな僕らを紳士な部員は手を振って見送ってくれた。


 演劇サークルの公演会場は、第一体育館!
 それでなくても広い構内。第二から結構離れている場所にあるので、走って向かった。
 到着した頃には開始時間を五分ほど過ぎていた。劇はすでに始まっているようで、役者の声がかすかに館外に漏れていた。
 出入り口のドアを押し開けると、役者の声が響き渡る薄暗い館内――目が慣れるまで少し時間が掛かった。
 ステージだけがライトアップされていて、愉快なBGMまでも流れてくる。
「ハイホーハイホー♪」
 何の劇をするのかなんて、興味なかったから知らないけど……これは明らかに白雪姫だと思われる。舞台には、藤宮妹扮する白雪姫とゴスゴスと音をたてながら膝で歩く小人数名。
「誰だお前は!」
「私はプリン。道に迷ってしまい偶然ここにたどり着いた一国の姫です」
「知らん!」
 コメディミックスなのか? 白雪姫ではなく、プリンというおいしそうなデザートの名前だし。
 しかし、どちらかと言うと裏方とかしてそうな華音がヒロインとは意外だったな。普段はボソボソと喋る感じだったのに、今はやたら通る声だった。ステージに立つと人柄が変わっちゃうタイプ?

 あのヤロー、何が主演男優だ!
 コメディ風味ではあるものの、ベースは白雪姫。展開が予想できるうえに、ギャグがクドいと思いはじめていた。
 見に来いと誘ってきた王子役であろう藤宮は、話しの流れ上、最後にしか出ないし……。
 心の中でそう愚痴りながら、一応、劇を見ていた。
 シーンは、白雪姫が魔女からりんごを……子供の頃は、必死に「食べちゃだめだー!」なんて心の中で訴えていたっけ?
「りんご〜おいしいりんご、いかがかな〜」
「丁度お腹が空いていました。おひとつ下さいな」
「はい、毎度〜一〇〇円です」
「はい……」
 ポケットから何かを取り出し、見た目どう見ても魔女なりんご売りに渡すと、代わりにりんごを受け取るプリン。しかし、口をつけず、その真っ赤なりんごをじっと見つめた。
「どうした? 食べないのか?」
「歯茎から血が出ないか心配で……」
 会場から一斉に笑い声……。
 ああ、よくあるアレか。歯槽膿漏か何かだと、かじった時に血が出るらしいな――って……。
「心配無用! おいしくて、そんなことは気になりませんよ……さぁ、さぁ!!」
「それでは、いただきますわ」
 ……シャリシャリ。
 ホントに食べているのか、かすかだけどそんな音が……聞こえるはずのない距離なんだけど。脳内に残ってるイメージが音声を勝手に配信して聞こえたような錯覚に陥っているのか?
「こ……これは……二十一世紀なし……そんなの……なし……」
 ――バタン。
 魔女の毒りんごじゃなくて、毒なしを食べたプリン姫が、倒れた。
 しかし、微妙に寒いギャグだったな。倒れ方は非常によかったんだけど……残念だ。
 魔女がキッヒッヒという変に甲高い笑い声を発しながらステージの袖に入り、少し間を空けて、小人が帰ってきた。相変わらず膝立ちなので、ゴスゴスという音が耳障りだ。
「ギャー! プリン姫が倒れてる!」
「プリン姫ー!!!」
 小人たちが姫を取り囲み、舞台の照明が落ちた。

 素早いセットの交換配置が終わると、暗闇の中から小人のすすり泣く声――ステージの中央部をスポットライトが照らした。
 そこには花葬されている姫。取り囲み泣いている小人。
 ここまでくると、今後の展開は容易に想像できる。どうせ、ここで藤宮が出てきてマジチューしちゃうんだろ?
「それでは火葬しまっか?」
 マジか! 違うのか!! そうきたか……子供の夢を見事に粉砕するような設定だ。
「待ちな!」
 聞き覚えのある声――袖からズカズカとステージに出てきたのは、ヤツだ。止まって客の方を向くと、親指を自分の胸に突き立てた。
「喪主はこの俺!」
 と、高らかに宣言! ……ええ!? どんなキャラだよ、それ!!
「――あ、キャラが違う! それでは、喪主は私が……ってそれも違うだろ!」
 なぜ自分でツッコミ? コメディ風だから? まぁ、深く考え出したら負けだよね。
 ま、あいつらしいといえばそうなのかもしれない、そんな藤宮の登場。だけどやっぱり、最悪なセリフだな……。
「あんた、誰だ!」
 小人のセリフ――藤宮をもう一方からスポットライトが照らす。
「よく聞けチビ共! 私はラブラブ王国の王子、ヨーグルト!」
 ……恥ずかしくないのか?
「ラブセンサーが私をこの地へ導いた! これは運命だ!」
「いや、姫はもう……」
「心配ご無用! こういう場合にはオハチューが効く!」
 姫に近づき、本当に……!?

「うわ! やっちゃったよアイツ……」
 祐紀は見ていられないと言わんばかりに、顔を手で覆った。
「……長くね?」
 公衆の面前で恥ずかしくないのか? すでに役になりきってて気にならないのか?
 会場もざわめき始めた。

「……私は……一体……」
「ヒメェェェ」
 小人たちは喜び、姫と王子を囲んだ。

 『姫ぇぇぇ』のセリフで、ディズニーランドの時の剛田さんを思い出し、一人震え上がっていたのは、言うまでもない。

 その後、王子と姫は魔女を倒し、末永く幸せに暮らすことになった……。

 ……えーっと、大団円?

 公演も無事に(?)終わり、会場から退場したときになって初めてポスターの存在に気付いた。
 ――劇団サークルアレンジ喜劇2005 白雪姫? 夢を壊しかねませんので、お子様の観覧はお断りします――
 ……タブー犯してませんか?

 そして、今さらながら思うことは……、
「わざわざ見に来るほどのものでもなかった気がする……」
「そうだね……」
「ご飯食べにいこうか……」
「そうだね……」
 あの祐紀がこんな返事しか返せないぐらいなんだから相当なもんだよね、ホントに。
 少し早いが昼食を取るために、校外の定食屋へ向かった。


 食事を終えて学校に戻ると構内を一通り見て回り、あてもなくブラブラしていると、集合時間を知らせるアナウンスが聞こえた。
『仮装大会に参加される方は、部室棟一階の、演劇サークルの部室に集まってください……』
 もう、そんな時間か……。
「祐紀、そろそろ……」
 青い顔して、引きつっていた。
「祐紀……?」
「あは……あはは……あははははははははは」
 納得はしてくれたけど、やはりイヤなものはイヤというわけか。
 完全拒否の体勢ではないものの、どうも足取りの悪い祐紀。演劇サークル部室へ半ば引きずるように連れて行った。


 部室のドアをノックして開いてみたけど、数人しかいない。
「ようやくお出ましになった。あの二人が今日の主役だから……おっきいのが真部でちっさいのが鎌井」
 主役?
 椅子に座って話をしていた藤宮は僕たちに気付くと立ち上がり、部屋にいる人へ軽く紹介してくれた。しかし、ちっさいだのおっきいというのは余計だ。
「じゃ、真部は隣の部屋で……カノン、頼むわ」
 祐紀を華音にまかせ、隣の部屋で着替えるよう促し、退室。
「お前はこっち」
 僕は藤宮が指差す方――目隠しが立ててある部屋の奥へ戸惑いながら入る。
 初めて入る場所ってどうしても見回してしまう。落ち着きなくきょろきょろしていると、パイプ椅子に無造作に掛けられた衣装が目に入る。
「上、早く脱げ」
 背後からはそんな藤宮の声。
「え?」
 いや、一応、僕の上半身は軽々とさらせるものではないので、変な意味じゃなくても焦るんだよね。
 背後から何かされても困るので、僕は体の向きを一八〇度変え、藤宮との間に少しでも距離をとろうと後ずさり。しかし、狭い簡易更衣室、すぐ壁に貼りつく格好になる。
 藤宮は手に持っている筒状にしてあるもの……白く長い布を少し伸ばしてこちらに見せながら少しずつ近づいてくる。気持ち、何かを企んでいるような表情で。
「その胸、さらしで潰す!」
「いや、ムリだって……脂肪じゃないんだから……」
「やってみなきゃわかんねぇだろ! 脱げ!」
 迫り来る藤宮、慌てる僕。服を引っ張られ……、
「いひゃー!!!!」
 甲高い悲鳴を上げながら、
 ――ドス☆
「……くっ…………。カマ……みた……いなこえ……だ……だしやがっ……って……」
「ごめん……つい……」
 ついうっかり、反射的にみぞおちへ肘鉄を叩き込んでしまった。くらった藤宮は腹を押さえて膝を突き、痛みに耐えていた。
 悪気はないんだ。自己防衛というやつであって変な悲鳴を上げたことに対する謝罪ではないことを補足しておきます。

 僕の前に回るなと忠告し、藤宮に背を向けて仕方なく着ていた服を脱いだが、最後の一枚――タンクトップだけは絶対に脱がないと抵抗してやった――が、なぜか僕の胸元ばかりじっと見ている藤宮。
「気持ち悪いほど、形がいいな……脱いだらもっ――」
「見てんじゃねぇよ!!」
「ごはっ!!」
 ついついカッとしてしまって、グーで殴ってしまった。
「ま、まぁ……人工だから、不自然なんだよ……」
 またしても反射的に手が出てしまったが、そういうことを言った藤宮が悪い、ってことにしよう。

 それから、なぜか適当にさらしを巻きつけられたのち……、
「ひっひっひ、よいではないか、よいではないか」
 巻いたさらしを引っ張って解かれ、コマのように回されている。
「あ〜れ〜」
 これは俗に言うお代官様ごっこ。
「って、オイ!! マジメにやれっ……うぇ……キモチワリィ……」
 しばし休憩を挟みまして、今度こそ。

「締めるぞ……」
 力いっぱい締め上げられ、最初の頃を思い出させるような激痛が走る。
「イタイイタイ痛い! 破裂する……っ」
 ちょっとお高いシリコンバッグが……飛行機に乗ったら気圧の関係でバストアップするとかなんとか……って、余計なことを考えてみても、痛みが軽減するわけでもない。
 何度も悲鳴を上げ、藤宮を殴りながらも、何とかさらしを巻き終えた。
「これが限界? たいして変わらない気がするが……仕方ないか」
 僕の周りをぐるっと回り、そんな不満を漏らす。僕は圧迫された胸が苦しくて、その事については何も言う気が起こらなかった。
「あとは自分で着替えて」
 と椅子に掛けられていた衣装を手渡し、藤宮は自分の着替えをはじめた。
 手渡された衣装を広げてみると……昨日、妹とイチャイチャしていた時に着ていた服だった。
 いわく付きの衣装だけに、ちょっとイヤ、これ。その上、よく考えてみろ。
「あのさ……」
「何?」
「僕にはデカくない……?」
「いいんだよ、仮装だから」
 やっぱり、藤宮が着て丁度いいサイズなんだよね。しょせん仮装。笑いものになればいいのか?
 祐紀も嫌がっていたのをムリに連れて来てるんだ。僕だけやめたじゃ済まされないよな。
 僕は仕方なく、その衣装に袖を通した。


「最後の仕上げは、王冠……チビ王子完成、どうだ!」
 着替えを終えると全身鏡の前で、頭に小さな王冠を乗せられた。
「チビは余計だ」
「やはり元が童顔で女顔だから、かっこよくは難しいな……」
「かわいい?」
「……アホか……」
 藤宮は呆れた声を出しながら、僕の後頭部を軽く叩いてきた。
 その衝撃で頭の王冠がズレたので、鏡を見ながら位置を直し、最終チェックも完了。
「じゃ、中央広場に行くぞ」
「祐紀……は?」
「バーカ、会場でご対面に決まってるだろ? 隣の部屋でテンション上げられても、企画成立しねえんだよ」
 部室から出て、一度、隣の部屋の方を見るが中の様子が分かる訳でもない。諦めて藤宮の後を追い、中央広場へと向かった。

 中央広場には激写サークルの部員以外にもたくさんの観客が来ていた。
「キャ〜藤宮さ〜んw」
 声のした方を向き、笑顔で手を振る藤宮。
「……お前、モテてんの?」
「ファンが多くてね……。告られることもしばしば。全て、丁重にお断りしてるけど」
 小声でそんなことを言う。ま、僕の知る限り、藤宮は妹ちゃんオンリーだからね。
 そのことをファンとやらが知ったらどう思うか……。ファン以外でも、ものすごいことになるだろう。
 観客の大半は仮装じゃなくて藤宮目的なんじゃないかと思っていると、人ごみの中にデジカメを手にした古賀の姿もあった。一人、奇抜な服装なのですぐに見つけてしまったばかりに、目が合った。
「直さ〜んw かわいいですぅ〜w プチ王子萌え〜w」
 と何度もシャッターを切っていた――が、突然、古賀ちゃんからアラームが鳴りだした。
 ――ぴぴぴぴぴぴぴぴぴ。
 しかも、かなり大きな音で、回りのみんなが古賀ちゃんに注目した。
「むむ〜。残念ながらタイムリミットのようです」
 一体何の?
「それでは」
 大きく頭を下げると、最前列で僕を撮っていた古賀は、人ごみを掻き分けて退場していった。
「よーし、じゃんじゃん売るですよ〜w」
 何を売るつもりだ! ……まさか!!



「おっ、ようやくヒロイン登場だ」
 身長の関係で僕にはまだ見えないけど、藤宮は口元をほころばせ、遠くを見つめている。
 期待しながら僕もその視線を追い祐紀の姿を探した。
 しばらくすると、人ごみの中に頭だけが覗いて見える。
「すみません、道をあけてください」
 妹ちゃんの声で人が割れ……僕の前に道ができた。それをゆっくりと歩き、近づいてくる二人の女性――妹ちゃんと……。
 祐紀の姿に、僕は言葉さえ失ってしまった。

 髪はカツラだろう、腰まである。ドレスは、ノースリーブでワンピースのパーティドレス。ストールを羽織っている。胸は……パットだろうか? それでなくても高い身長を、ヒールの高い靴が更に高くしていた。うっすらと、化粧もしているようだ。
 恥ずかしいのか、祐紀は目を伏せている。

「もうちょっと化粧できなかったのか?」
「それが、顔が痒くなるだとか言ってすごく嫌がってたので、あれが限界でした……」
 藤宮兄妹がそんな会話をしていた。
 僕の視線は、祐紀に釘付けになったまま、動かない。祐紀も下を向いたまま、目を合わせてくれない。
「ほら、ぼけっとしてないで、何か言うことあるだろ?」
 何て言えばいいんだろう?
 祐紀がキレイすぎて、言葉が見つからない。ただただ、見つめるだけが精一杯。
「直……ヘンならヘンだって、はっきり言った方がいいよ?」
 目を泳がせる祐紀。僕が何も言わないからかえって不安になってる?
「祐紀……えっと……」
 だけど、まだ言葉が見つからない。キレイだよ、ってありきたりなセリフじゃなくて、もっと喜んでもらえる言葉は……。
「け……」
「け?」
 皆の視線が一斉に僕へと向けられた。
「僕と、結婚してください!」

 ――一瞬の静寂。
 そして会場が一気に盛り上がった。

 違う……違うぅぅぅ、そんなことを言いたかったんじゃない!!
 劇の一部だったとはいえ、公衆の面前でキスをした藤宮のことをどうかと思っていたのに、プロポーズした僕は何? 逝ってよし。
 恥ずかしさのあまり、僕はその場に塞ぎこんだ。
 あああ、僕のバカ、大バカ! あんぽんた〜ん!! 気持ちばかり先走ってフライングしすぎだよ〜。
「ばーか、返事聞かないヤツがあるか!」
 塞ぎこむ僕を藤宮が無理やり祐紀の前に立たせ、背中を強く叩いてきた。
 頭を上げ、祐紀の顔を見てハッとした。
 頬をつたう一筋の涙。微かに笑みのある表情。
 観衆のざわめきにかき消されそうなほど小さな声で、祐紀はこう返事した。

「……はい……」

 その瞬間、会場の雰囲気は最高潮に達した。
「もう、優勝はこの二人で決定だな。二人の記念すべき瞬間だ! ばんばん写真撮っておけよ〜」

 その後は、フラッシュの嵐。
 嬉しい反面、恥ずかしい気持ちでいっぱいになり、気付かなかった。


 藤宮の衣装を、ギュッと強く握る華音。
 華音を慰めるよう、そっと抱き寄せる藤宮。
 祝福ムード満点の藤宮と華音の笑顔に、悲しい影があったことを……。


 ――もうすぐ十五時。バザーの会計に行く時間だ。
 撮影会の時間が予想以上に伸びてしまい、急いで着替えを済ませてバザー会場へと向かった。
 公衆の面前でフライングプロポーズをしてしまったばかりに、会話がいまいち続かない。
「……」
「……」
 お互いの顔を見ることさえも恥ずかしい。いまどき、中学生でもこんな交際しないだろう。
「……さっきの……キレイだったけど、やっぱりいつもの祐紀の方が、いいな……」
「……そう?」
「うん、今のままで、十分だよ……」
「最近は、臭いセリフ吐きまくりですな……」
 思い出したよう、クスクスと笑う。
「な……!!」
 最初にフライングしたときのこと、先週言ったセリフ、先ほどの光景が頭を駆け回り、顔から火が出そうなほど熱くなっていった。

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