18・鍋 学園祭準備編


 ついこの間まで暑い日差しが射していたと思っていたら、時折、肌寒い風が吹き出した。

 学園祭の準備が始まり、我がボランティアサークルも忙しく駆け回っていた。
 サークルを掛け持ちしている藤宮は、準備の手伝いどころか居眠りこいている。
 もちろん、剛田さんに叩き起こされてたり、口論になったりしているが……。

 そういえば、去年の今頃は、最悪な時期だったな……。
 急に直の態度がおかしくなって、別れの危機が訪れた。
 ……あ、もしかして今年の学園祭に、助っ人OBの……なんたら奈津さん?(忘れた)が来るのだろうか……。散々狙われてたからな……私。
 まだ、男だと思っているのだろうか?
 狙っているなら、しつこく付きまといそうなカンジの人だったし、学園祭の打ち上げ以来、全く見てないからそれはないかな……?


 講義が終わり、直と待ち合わせの場所で合流した。
 沸いて出たように、お呼びでないヤツまで……。
「今年さ〜激写サークルと共同で仮装大会するんだけど、お前ら出ない?」
「出ない」
 藤宮の誘いを即答、即蹴りしたのは直。
 激写サークルとは、スクープ写真が大好きな奴らの集まりで、写真同好会じゃネーミングがありきたりだとかで改名したらしい。というのは私の憶測で、一応、ごく普通の写真部なんだけどね。
「……」
 言うまでもなく、会話が続くわけがない。
 藤宮は真顔でじっと直を見つめ、どうにか説得できる言い方を考えているようだ。
「優勝者には、ペアリング」
「お前が出ればいいだろ!」
「……」
 何が何でも出る気はない。テコでも動かないぞ。直は妙に頑固だから。
「どうせ僕に女装させて、笑いものにするにが目的だろ? そんなイベントに誰が出るか!」
「違う違う。むしろその逆」
「「ぎゃくぅ?」」
 それを聞いて嫌な予感がしてきたのはこっちの方だ。直が女装じゃなければ、残るは……。
「絶対やだ! 出ないからね!」
「えと……申し込み、どこ行けばいいの?」
「?!!!! なおー!!!」
 いきなり裏切るか! キサマ〜!!!
「これに書いて。学部と名前、あ、サークル名も一応書いて」
「ふむふむ」
 申し込み用紙(ノートだったけど)にはすでに、
 『藤宮孝幸・藤宮華音』の名が記載されていた。
 何も言わず、私の名前まで勝手に書いてしまった。
「……へー商学部だったんだ」
 高校の時が商業科だったし、なんとなくそのまま進学したんだけど……。地元から遠ければどこでも良かったから、目的なんてさっぱりない。
 書き終わってからも笑顔のままの直。
「で、どんな仮装?」
 それは、先に聞いた方が良かったと思うよ……。後で取り消すとか言っても、藤宮の性格上、絶対にムリだと思うし……。
「ふふ〜ん、それはヒミツですね〜」
 うわー!!! 絶対に何か企んでる!
「ま、笑いものにはならないからさ。期待しとけよ〜」
 と言った後、直だけにこっそり何かを言っていた。
「……っ?!!!」
 何を言われたのかは分からないが、直はビックリして飛び退いていた。
「俺様に全て任せればもう安心だ! 大船に乗った気分でいなさい!」
 いや、アンタだから不安なんだよ……。
 またしても、直に何か言っている。
「……の方は、カノンに任せるから」
「お前じゃ不安だからな……」
 よく聞こえなかったけど……カノンに任せるって……何?
「優勝者にペアリングってのはウソだから。賞金三万円だ。当日、一応放送も入れるけど、時間前に演劇サークルの部室に来てくれたらいいから。じゃ、逃げるなよ〜」
 直がかなり乗り気なだけに、逃げられそうにない。
 現金三万円か……。まあ、いくら何でも優勝できるわけないじゃん。直の女装だったら別だったかもしれないけど……。
 藤宮を見送り、背中を叩いてきた直の方を振り向くと、満面の笑顔でこう言った。
「期待してるから。マジで」
 あああー!!! 一体何をするつもりなんだー!!!


 藤宮に捕まったせいで、集合時間を過ぎてしまった。
 ドアを開けると、集まっている部員全員の視線がこちらに向けられた。
 すでに、学園祭のイベントについて、話し合いが始まっていたようだ。
 剛田さんがこちらに近づいてきて、
「遅刻、重罪なり。グラウンド五週。……ウソ。」
 焦ったー。体育会系だから本気かと思ったじゃないか!
「すいません、藤宮に捕まってました……」
「捕まっていたついでに連れてくればよかったのに……。アイツは女装で売り子に決定だな」
 ……いや、逃げると思う。演劇で主演らしいから、ボランティアサークルのイベント参加どころじゃないと思うけど?
「ということで、今年こそ女装バザーを……」
「却下です!」
 直とハモった。
 去年も同じネタで腰抜かしそうになったというのに……。
「では、チャリティオークション……」
 そう言うと細木さんがカバンを手に取った。
「じゃじゃじゃ〜ん、ふぁみりーこんぴゅーた〜通称ファミコンだ! は、去年やりましたよ」
 私の素早いツッコミに、カバンから何かを取り出そうとしていた細木さんの手が止まり、顔はみるみる青くなっていった。
 ……あんたら、去年から全然変わってないね。

 とりあえず空いている席に座り、話し合いが再開される。
「女装バザーもオークションもダメみたいなので、他にいい案はないか?」
 案も何も、今まで通りに、ごく普通にバザーをすればいいじゃないか。商品の代金は多かろうが少なかろうが寄付するものなんだから、そこまで捻る必要はないと思う。
 と言いたくても、誰もが同じ考えであるはずだけど、後のことを考えると言えない。
 全員が黙り、シンと静まり返っている部室に、突然、ピシャンというものすごい音を立てて開いたドアの前に、最近になってようやく思い出した、会いたくないと思っていた人物の姿を見た。
「剛田! 迎えに来ないとはどういうことなの? 危うく迷子になるところだったわ!」
 威勢のいい、お水系の姉御……あの人だ。
「いや、迷子にはならないでしょう?」
「部室棟、建て替えたなら報告ぐらいしなさいよ!」
「一応、連絡しましたよ? ……かなり泥酔してましたが……」
「そんなの、覚えているわけないでしょ!! まあいいわ。とりあえず、私の紹介でもしてちょうだい」
 自己紹介は自分でするもんだろ。初めて会った時も自分からは名乗らなかったよな。
「彼女は、我がボランティアサークルのOG、柏原奈津さんだ。真部と姫以外は、はじめましてだな」
 ああ、そうか。柏原だったね。
 っていうか、相変わらず第一印象すごく悪いよ。
「あ、ゆうくんまだ居るんだw」
 私の苗字聞いた途端、彼女の目が輝いた。っていうか、今まで忘れてたんだ。よかった。でも、思い出しちゃったんだね……最悪。
「ゆうく〜ん、挙手お願いしま〜すw」
 部員数増えたから、すぐには見つからないだろうけど、時間の問題だよな〜。困ったな……。
 見つからないように頭を下げてはいるのだが、誰かがココに居るとか言ったらどうしよう……。
 すると、隣からアタマに何かを乗せられた。
「ヒ!!!」
 かなり警戒しているみたいで、敏感に反応してしまった。
 アタマを触ってみると髪の毛……私の髪質より、やけにさらさらしているが……?
 隣の直を見ると……仏頂面だ……。コッチを見ず、小声で、
「カバンの中に入ってたから。つけとけば少しは時間稼ぎできるかもよ?」
「う……ありがと……」
 直愛用(だった)ヅラがアタマの上に乗っかっているようだ。
 私、どんなカンジだろう? 似合うかな? いや、似合うわけないか。キモそうだよね。
「ゆ〜く〜ん? 剛田、来てないの?」
 剛田さんに対しての態度が明らかに違う。なんだか可愛そうになってきた……。
「いますよ。真ん中の席に……」
 細木ぃぃぃぃぃ!!! 売りやがったなー!!! こっちを指さすんじゃねぇ!!
 再び目が光ったように見えた。頭を下げていて、いかにも怪しいので、すぐに見つかってしまうではないか!
 とりあえず机に伏せて寝たふりでもしておこう。
 足音が近づく。私の心臓はバクバク。
「……この人が怪しい……」
 私の横でそう言っているので、明らかに私のことだろう……。
「あー彼女、生理痛で死にそうなんで、ほっといてください」
 直はフォローのつもりで言ったので、悪気はなかったはずだが、フルに警戒しているだけに、敏感に反応してしまった。
「なんで知ってるんだよ!」
 勢いよく起き上がったので、直はビックリしていた。
 そう、痛くも死にそうでもないけど、月一イベント真っ最中だった。
「あ、マジで? ごめん……冗談のつもりだったんだけど……」
 ……しまった! と思った頃にはもう遅かった。
「ゆうくん、発見!」
 ひぃぃいぃぃいぃぃぃぃぃ!!!!!
 アタマのズラを引き上げられて取られた。
 キャー、やめてー! 本当は女なの、アタシ!!
「これ、ウイッグ? やぁねもうw 私のこと、忘れちゃったの? 一夜を共に過ごしたのに……」
 過ごしてない! 過ごしたくない! 誰かと間違ってる!
 わたわたと慌てる私にお構いなく、柏原さんが背中に手を回して抱きついてきた。
 たぶん、私はものすごく怯えた顔をしているだろう。
 回りがザワザワと騒ぎだした。よく聞き取れないが、
 『あれはホンモノか?』とか『真部が女って知らないんじゃないか』とか……ソレだ!
「ああああああの……私……」
 まともに喋れない。これじゃいかん!!
「あのさ……」
 直ぉぉぉ、ビシっと言ってくれ!
「僕の彼女に気安く抱きつかないでくれる?」
 『僕の彼女……』の部分が、頭の中で何度かリピートされる。
 嬉しいけど、恥ずかしいぞ!!
「彼女?」
 ようやく私から離れ、顔を覗き込まれた。
「アハハハハハハ」
「……?」
 彼女は首を傾げ、ペタペタと私の体を触りだした。
 胸を触られてしまい、
「うひゃ!!!」
 と変な声を上げてしまった。
「な?!! なにするか! 僕も触ってないのに!!」
 直……口に出して言うなよ。正直すぎる。
「……」
 私を見る目が、険しい顔へと変貌。
「女だったの?」
「はい……」
「そっちの……カマちゃんよね?」
「はい……」
 発せられる言葉に彼女のとげとげしさが出ている。
 それが怖くて、正直に答えてしまう私。
「カマちゃん……オカマなの?」
「去年、カマちゃんって言うなって言いましたよね……」
 今の直にもトゲがある。
「お姉さんが男にしてあげるわ……w」
「……何? 喧嘩売ってんの?」
 あまりの切り替えの早さに、私を含む一同が呆然としていた……。
 ターゲットが私から直へと変わった瞬間だった。


 その後は話し合いどころではなかった。
「ちょっと、ゆうくんを離しなさいよ!」
「い〜や〜だ!」
 直は、隣に座っている奈津さんに抱きつかれないように、私を膝の上に乗せ、抱きついていた……。

「意見が出ないようなので、普通にバザーをする、でいいかな?」
「異議なし!」
「それでは、バザーに出すものを各自集めてくるように! 以上。解散!」
 柏原さんの乱入で、一時はどうなるかと思われていた話し合いは――誰もが関わりたくないと思ったのだろう。あっという間に意見がまとまり、即解散。
 誰一人、彼女が何をしに来たのかツッコむことはなく、何の為に集まって、どこが話し合いだったのかさっぱりわからないまま終わった。
 他の皆が私たち三人に寄りもせず、逃げるように部室から退散したのは言うまでもなく……しばらく、この異様な雰囲気付き合うことになった。

 学園祭当日もこの人が来るのではないかと思うだけで、頭が痛くなってくる……。

 怯える私に対し直は冷静で、奈津さんを完全拒否。
 直が居てくれたおかげで、喚く彼女を無視して帰ることに成功した。


 帰宅途中……。
「祐紀も去年のうちからはっきり言わないから……」
 直の指摘通りだが、あの頃は誰にも自分が女だと言ってなかったし、直も男だったとは知らなかった訳だし……。
「だって……あそこで、女なんですって言ってたら、直に確実にフラれると思ってたから……」
「……そっか……去年の今頃は、まだお互いの正体を隠してた頃だったからね……」
 一年ですっかり立場は逆転。
 一年前は、私も男らしい振る舞いをしていたが、最近は随分抜けてしまった。直も体さえ見なければ完全に男に戻っている。
「そういえば、お金、どれだけ貯まったの?」
「……え? いや……それは……」
「いくら貯める予定なの? だいたい、抜去手術ってどれだけ金かかるの?」
 顔を覗き込んでもそっぽ向いて、目を合わせない。
 ……まさか。
「貯めてるつもりで、全然貯まってないとか?」
「……う……うふふん……」
 なんて曖昧な反応なんだ。
 一応、一日五時間ぐらい、月に二十日ぐらいはバイトに行ってる。ガソリン代節約の為に自転車で。
 時給いくらかは知らないけど、五万以上は確実に稼いでいるはずなのに……。
 いや……。
「本当は、バイトしてないとか?」
「行ってるよ。金も結構貯まってる」
「だったら何でごまかしたんだよ?」
 なんとなく視線を下半身へ向けてみたり……。(オイ)
「あ、別の手術費用稼ぎも……」
「不要だ!!!」
 裏拳が顔面ギリギリで止まっていた……。(ヒィ!!)
「う……うそぴょ〜ん……」
 うかつなことは言ってはならない。(本日の教訓?)
 直は携帯を取り出し、時間の確認をしていた。
「ヤバ……バイトの時間まで余りないな……。部屋に戻らないでそのまま行こ……」
「いくら貯めるのさ〜」
「……気にするな。順調だから」
「え〜……」

 早く手術したいとは言うけど、金の事は何も話さない。
 順調だとは言うけど、実際はどうなんだろうか……?

 アパートの駐輪場まで一緒に行った。
「今日は、九時ぐらいに帰ると思う」
「じゃ、その時間に間に合うようにご飯炊いておくから」
「うん、じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃ……………………」
 体の向きを一八〇度変え、見送りしようとしたが……、直も自転車ごとコケそうになっていた。
「……私の直くんと……一緒に住んでるのね……?」
 そこに居たのは、柏原奈津!
 ああああああアンタ!!! ストーキングしてんじゃねぇよ!
 っていうか、いつからアンタの直くんになったんだよ!(むかちーん)
「アンタ……あまりしつこいと、轢いていくぞ?」
 今回は、私のとき以上に、しつこそうだね……。

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