16・釜 熱筆! ホモ漫画
あっという間に夏休みも終わった。
同棲生活も慣れた……というか、何事もなく、普通に共同生活ってカンジだ。
去年の十一月に、裏山の土砂崩れで、部室棟が倒壊してから、ずっと部室ナシだったが、裏山の補強工事も終わり、休み中に新しい部室棟が建設された。
今日は新部室にて片付け(するほどの物は残ってなかったが)と、パーティだと聞いていたが、重大な用事があるとかで中止だということを伝えて欲しいと剛田さんから伝言を頼まれたのだ。
みんなが集まっているだろうと思い部室に急ぐ。
しかし、真新しい戸を開けるが部室内はシンと静まり返っていた。
誰もいない? と思ったが、コツコツという小さな音が、部屋から微かに聞こえる。
よく見ると、部室の隅で机とにらめっこしている、古賀を発見。
「何してんの?」
「話かけないでください! シメがギリなんです!」
「シメ、ギリ?」
一体何の専門用語だ? 古賀といえば、アレか?
確認の為、古賀に近づくと視線の先にあるのは、大量の紙……線と絵が書いてある。これはきっと漫画だね。
「……」
内容はよく知らないが、今描かれているのはまさに最中! しかも、何かがおかしい。
「この……ヤってる方……僕じゃないよね?」
ペンがピタリと止まり、ゆっくりと僕の方を見る。
「ア……キャハハハハハハハ」
「キャハハ……じゃねぇ! どうなんだよ!」
「すいません、見逃してください! これで生計立ててるんです! それに、楽しみに待っている読者の期待を裏切るようなことはしたくないんです!」
生計立てれるほど儲けてるのか?
「どんぐらい売れてんの?」
「それがもう! 夏は二〇〇部完売で、今でも通販注文が殺到してるんです! シリーズ通してトータル一〇〇〇部超えそうですよ」
古賀は嬉しそうに語ってくれたが、勝手にモデルにされているこっちとしては微妙だ。
「……あ……そ……」
「丁度よかったです! 手伝って下さい!」
「はぁ?!!」
「もちろん、アシ代払いますから!」
モデル料払え!
「ペン入れ終わった原稿に消しゴムかけてください」
と原稿と消しゴムを渡される。
「は……はぁ……」
なぜか受け取ってしまった。何で僕が手伝わなきゃならないんだ。まあ、どんなもん描いてるのか確認はできるが……。
一ページ目。中表紙だろうか? 『R18』と隅のほうに小さく書かれている。あとは、タイトル、絵、作者名しか書いてない。
注文通り、鉛筆で描かれている線を丁寧に消す。
二ページ目……同じ作業を繰り返しながら内容の確認もする。が……
「……なんでいきなりエッチ? おかしいじゃん」
ハァハァだの、ウフン、アハンな書き文字が、これでもか! ってほど書いてある。
しかし、古賀は原稿から目を離すこともなく作業を続けている。
「気にしないで続けて下さい」
「気にするわ!」
前作は最中に終わったのだろうか……。
作業を続けていて、自分の異変に気付いた。
「…………」
「これ、インク擦ると困るので、次は消しゴムかけた原稿にトーン貼ってください」
「……トーン?」
また専門用語か?
それにしても、何で誰も来ないんだ? まさか……自腹を恐れて皆逃げたとか……?!!
そんな心配とは裏腹に、古賀はカバンから色々な模様の入ったシール(?)と、デザイン用カッターを出してきた。
「まず、局部にモザイク貼ってください」
「……描いてねえのに?」
その辺までは描き込まれていない。はっきり描き込まれていても困るものがあるけど。一応、鉛筆では適当に描かれていたが、消しゴムで消えてしまった。
「演出ですよ〜。モザイク入ってたらいかにも……なカンジでしょ?」
「……真っ白よりは……ね……」
作業を続ける。たまに窓の外を見てみるが、誰かが来る気配は全くない。
僕の異変もそろそろ……。
「顔、赤いですけど大丈夫ですか?」
気付かれた!!!
「……大丈夫なわけあるかー!!! なんで僕がホモ漫画のアシストせにゃならんのだー!!!」
「ホモじゃないです! ボーイズラブです! 手が足りないのです。再来週の日曜日がコミケなんです。ペーパーにでっかく書いちゃったもので、落としちゃったら意味ないです」
ボーイズラブってなんだよ……。
言い訳も虚しく、次の作業を指定され黙って手伝う僕……。
もう、どれだけ時間が過ぎたのだろうか……。
未だ、誰も来ない……。
「……直さん……」
「……何?」
仕上がった原稿の一枚を差し出してくる。このページは僕が見た中で一番のからみ部分だ。
「逝ってきますか?」
……これ……オカズにしろっての?
口元が無意識に引きつる。
差し出された原稿を手で払った。
「何で僕の周りにはヘンなヤツばかりなんだー!!!」
机に伏せて嘆いた。
「直さん……」
「あなたも十分、ヘンですから……ザンネン……w」
古賀らしくない穏やかな声音。そのせいか威力は倍増。
とどめの一撃がぐっさりと、からだを打ち抜いた。
半放心状態のまま、まだ作業を手伝わされていた……。
外はもう真っ暗だ……。
部室の戸が開いた。
「何してんだ? 浮気?」
その声は藤宮だった。
僕はのそりと立ち上がり、ヤツの方に顔を上げ、言った。
「なにやってたの……今日、集合かかってたのに……誰も来ないし……」
「え? 中止って聞いたから、演劇サークル行ってたんだけど? 帰ろうと思ったらまだ電気が点いてたから、聞いてないヤツが待ってるかと思って……」
そういえば、藤宮は演劇とボランティアの掛け持ちだったな……。
「誰に中止って聞いた?」
「マッチョ」
……マッチョ?
「皆に伝えてくれって言われたから、会ったヤツに伝言したけど?」
お……お前か、犯人は……。
「古賀ちゃんと何やってたの?」
「浮気じゃないですからご心配なく。ちょっとお手伝いしてもらってたんです」
「手伝い?」
古賀は、仕上がった原稿を入れた紙袋を、藤宮に見せて、
「読んでみます?」
まて……それは……!!
「なに〜漫画?」
袋から原稿を出し、いつぞやドラマでちらっと見た、持ち込み原稿を鋭くチェックする編集者のような……それ演技?
「俺、コッチ系はちょっと……」
と言いはしたが、一通り目を通す。
「コレ……鎌井直紀にクリソツ?」
「はい、直さんモデルに描いてますから……どうですか?」
「ん〜……デビューしてみるか?」
「うわ〜本当ですか〜? リンダさん!」
「……編集長の藤宮です……」
あ、こいつ、すでに役になりきってる。大笑いするんじゃないか心配してたのに……。
「直さん! 専属アシスタントになりませんか?」
「なりません……」
もう疲れすぎて怒る気もない。
「あはははははははははは、直紀くん……よかった……な、クックックッ」
演技中はなりきりだが、やめた途端、大笑いだ。ヤロゥ……。
一気に怒りが爆発!
「どやかましいわ! このくされ外道が〜!!!」
自分が何を言っているのか理解できぬまま、襲いかかった……。
「直さん、ありがと〜です。残りは家でしますから。お礼は後日……コミケ終わった後の方がいいですけど?」
藤宮を蹴倒し、倒れたヤツの背中の上に座りストレス発散完了。
「もう、好きにしてくれ……」
「テメ……演劇サークルの主演男優に……うげふ……なんてことを……」
「鍛えた方がいいんじゃない? 少林寺のリンダくん」
「ち……がう! ……け……剣道ならやってたこと……あるけど……」
「僕は護身として柔道やらされてたからね」
身体の大きさは関係なくなぎ倒すぜ!
「プロ……レス技がナンタラは……なにさ? 武勇伝か?」
「見よう見まねでやってるだけだよ。こんなカンジ……で!」
コキ。
「!!!!! ぎゃ――――――」
夜の部室棟に痛撃叫びがこだました……。
後日、無事に本が出来たと一冊サンプルを持って来た。
改めて見ても……僕にとって、とてもイヤな作品だ。
最後の方のあとがきページに、古賀のコメントと……
『すぺしゃるさんくす Nao Kamai・Rinda Fujimiya』
と書かれていた……。
「俺は藤宮リンダじゃねぇぞ!」
「いいじゃないですか〜。ペンネームってことで〜」
「本名、マズイじゃん」
作品内容がアレだけに……。