14・鍋 許可
「ウロウロしないで座ったら?」
「で……でもぉ……」
落ち着けない。直と父さんが何話しているか気になる……気になる、気になる!!! 兄さんもアッチに居るみたいだし、何だか一人で発狂する声も聞こえるし……覗きに行こうか……行った方がいいかな?
「いや、しかし……」
ドアに手を掛けようかと思ったが、直は二人で話したいって言ってたし……結局は居間をウロウロしていたら――
「いいから、黙って座ってなさい!」
「は……はい……」
怒られちゃったよ。
ソファーではなく、床に座ってみたがやはり落ち着かず、ドアとテレビを交互に見ていた。
すると、そんなに長くない廊下を走る足音、そして居間の戸が勢いよく開いた!
「祐紀! あの男の父親が、総理大臣って本当か?」
「総理大臣? まじぃ〜」
「それはさっき、俺がやった。……知らないのか?」
すごくグッサリきた。知らない……聞いても何も言わないから、それ以上聞いたことなかった。だから今、初めて聞いた。
そういえば、昨日――
『親父は仕事の関係上、運転はしないけど、プライベートなお出かけ用にベンツ。型は知らないけど、でかくて白いセダンで、姉さんは真っ赤なフェラーリ。兄さんが最近買ったのは、セルシオ』
って。
金持ちなのは分かってたけど、親父さんが国会議員で、今は総理大臣だったとは……。そう聞けば似てなくもないような気もする。
「……そういうことか」
「どういうこと?」
目が泳いで、オロオロとしている母さん。泡吹く寸前だ。
「あああ、祐紀が娘さんをたぶらかして、同棲だなんて……」
「間違ってるよ、それは」
混乱が極限に達しておかしいこと言い出し、仕舞いには泣き出してしまった。
なにかと精神的に弱い母だ。
「アイツが、勘当された理由って何さ?」
そんな母と比べれば、兄さんの方は割と冷静だった。
「ああ、あの身体見て何とも思わなかった?」
「うむ、目の前でムネのある男は初めて見た」
微妙な回答をしないでくれ。本当にウチの家族ってヘンなのばっかり。
「ムネにシリコン詰めたのが原因で勘当されたの!」
「……はぁ、それで、男女の祐紀と付き合った訳か」
「ズバリなんだけど……ムカつくな……」
「お前、最初から知ってて付き合ってたのか?」
あは〜ん、そう来たか。
「最初は知らなかった。本当に女だと思ってたけど? 向こうも私を男だと思ってたし。お互いバラして、別におかしいことないじゃんって、今に至る」
「待てよ。女だと思ってたから付き合ったのか? 妹がソッチ系だったなんて今、初めて知った……」
おうおう、言うじゃないか。
「間はどうでもいいとして……お前も女になったか……」
どうでもいいのかよ! 一番重要だ!
遠い目をするバカ兄貴。何変なこと考えてんだ!
「お前と一緒にするな。聞いたよ。子供できたんだって?」
さすがの兄もみるみる青い顔に変わっていった。
「できちゃった結婚か?」
「……そんなこと言えるのも今のうちだ! どうせお前らの末路もデキ婚じゃぁぁぁ! 帰る!」
負け犬の遠吠え……。兄さんは、そのまま玄関に向かってダッシュ――ぶっ飛ばして帰っていった。
何事も計画的な、直の辞書に『デキ婚』の文字はないであろう。……ま、ありえない話だね。
しかし、同棲。キケンがイッパイだ。
しばらくして、父さんとの話が終わった直が居間に顔を出した。
「帰るっす」
やたら、スッキリした顔をしている。こっちは一戦あるんじゃないかと心配していたのに何事もなく、話はまとまったように見える。
「あら、ゆっくりしていけばいいのに」
「すいません、車で来てるもので、早く帰らないと遅くなりますから」
「そう……ごめんなさいね、お茶もお出ししないで……」
「いいんです。それじゃ、失礼します」
「じゃ、また来るから」
居間の母にそう挨拶し、我が家を後にした。
途中のサービスエリアで、一時休憩。
「あーもう……」
トイレから戻ってきた直が、なにやらブツブツと文句言い出した。
「なに〜?」
「男子便所入ったら、ビックリした顔されちゃったよ……失礼しちゃうなー」
そりゃ、ビックリするわ。
「そろそろ話してくれない? 同棲の件」
顔は終始笑顔なのに、聞いても聞いても話をそらされて、全然言ってくれない。結果が良かったことぐらい分かるけど。
「う〜ん、許可です」
そらしまくったくせに、それだけしか言わないのか!
「あ、そうだ」
何を思い出したのか、携帯で誰かに電話を始めた。
「……あーもしもし? 林田? ……」
『ふじみやだぁぁぁぁぁ!!!!!』
こっちまで聞こえるぐらいだから、かなりデカイ声で言ったな、今の……。
「えと、藤宮くん、頼みがあるんだけど……明日、車交換しない?」
車? アイツ車持ってるんだ……。何で?
「引越し、手伝うか?」
「ひひひひひひひひ引越し?!!! 明日?!!」
「そう、休み中にしたいし。早い方がいいでしょ? 家賃のこともあるし」
『……?!』
林田(藤宮じゃないと怒るか?)が、何か話してるみたいだが、よく聞こえない。
「あ〜大丈夫。そんなデカい家具なんてないから。ま、行く前にちゃんと電話するからね〜。失敗しない程度に頑張ってね〜。じゃ〜ね〜」
何だか喋り方がヘンだぞ。ちゃんと電話して行くって、昨日の朝、何かあったのだろうか。
「昨日……行ったら最中で……」
そういうことか……って、他人事じゃ済まない生活がこれから始まりそうなのに……。
それから、休憩なしで、一気に帰ってきた。
「あ〜つかれた〜」
直は部屋に入った途端、ベッドにばったり倒れこむ。
ずっと運転だったからね……。免許がAT限定じゃなければ、代われたのに……。(運転に自信ないけど)本気で、限定解除に行こうかな。
「ちょっと休憩してった方がいいよ……」
「泊まる……」
今、何て言った?
「うふふ〜祐紀の匂い〜w」
布団に顔を埋め、怪しい発言……ハッ!!! 今、すごく身に危険を感じるのは気のせいか? 頭の中では、ウフン・アハンな光景がよぎる。
「……顔赤いよ。ヘンな想像しないでくれる?」
「いや、だって……今まで泊まったことないし……」
合宿(ただの旅行だったけど)で、同じ部屋に泊まったけど、その時以外は一度も……。急に泊まるなんて言われたら、フツー構えちゃうだろ!
「できるわけないだろ……こんな身体で……欲求がないわけじゃない、抱きたくてたまらないのに、自分の身体のこと考えただけで……」
本音を言われて初めて気付いた。一緒に居てもたまに暗い顔して遠くを見つめている、その理由が……。
直は急に、ベッドから床に転がり落ちた。
「……寝る……おやすみ」
早っ! っつーか、床で寝るのか!
「い……一緒に布団に入るぐらいならいいぞ」
「お構いなく」
手を上げ、ひらひらとさせただけだった。もっといい反応してくれてもいいだろう!
「あー、この頑固者がー! 素直に喜べ!」
この男、きゃしゃな身体だけに軽い。ベッドに放り込んで電気を消し、自分もベッドに潜り込んだ。
「ちょっと!!!」
「大サービスだ! 文句言うな!」
直が逃げ出さないように張り付いた。(抱きついたと表現できないのか?)
直に対して自分からこーゆーコトはあまりしないのですごく恥ずかしい。暗いから顔を見られずに済むからいいけど。
「……熱い……」
「夏だから仕方ないだろ?」
「そうだけど……違う……」
「!!! ……仕方ないだろ! 免疫少ないんだから……」
「……一人でテンション上げてろ!」
「上げさせてんのはそっちだろ!」
同棲許可が出た途端、いきなりお泊り。
明日から、ずっと一緒にいることになるけど、大丈夫かな……?
それにしても――男って……大変だね。