12・釜 Let‘s Go! ドライブ〜


 ――ピンポ〜ン……ピンポ〜ン……
 出てこない。おっかしーなー? こんなに早くから出掛けたのか?
 ――ピンポ〜ン……ピンポ〜ン……
 ドアが開いた。なんだ、居るじゃん。
 が、
 トランクス一丁で気持ち前かがみ。すっげーご機嫌斜め……な、今にもキレそうな表情……あれ?
「ゴメン、寝てた……?」
「寝てた? ……じゃねぇ!!! 最中だ! 気ぃ使って帰れ!」

 最中かよ……朝からご機嫌だな……
「いいか? 次からアポなしで絶対に来るな!」
 そう言って、ドアを閉めようとした。
「……車、自慢しにきたのに〜。持ってないっしょ? うらやましいっしょ?」
 遊びに来たんじゃなくて、暇つぶしのついでに車を自慢しに来たんだけどね。
 呆れ顔で閉めようとしたドアを少し開き、
「はぁ? 珍しくもうらやましくもねぇよ。俺、車持ってるし」
 大袈裟に驚いてくれると期待してたのに、予想を反してがっかり。
「どうせ、安い軽四だろ!」
「ワンボックス」
「……クッ……」

 なんか悔しい……。
「軽バンってオチはないよな?」
「ステップワゴン」
「……もしかして、シルバーでBSMのフルエアロでサイドマーカー付いてて……」
「そうそう。よく見てるな〜お前。うらやましいだろ?」

 急に機嫌が良くなったけど……それで僕に勝ったと思ってるとか?
「リアアンダー、割れてたよ」
「そこまで見てるんじゃねぇ!!!」

 よし、逆転!
「なんか、気付いたら割れてたんだよねー」
「ガキが蹴っ飛ばしたんじゃないの?」
「……お前みたいなの?」
「何で僕なんだよ……」

 非常識なのは、お前の方だろう。異常恋愛者が……。
「で? 自慢しに来たんだから、それなりの車をお持ちなんでしょうけど?」
 あ、すっかり話をそらしてしまった。
「そうそう、そのことね」
 車の鍵を、ヤツの目の前でちらつかせてみた。
 生意気な発言もできないほど驚いている。
「……うそぉん……さっきの六発系の音はお前か!」
「はぁ〜い、ご名答〜」

 口をパクパクして、金魚みたいだぞ?
「たまに貸せ……。いや、貸してくれ」
 なんだ、それは……。態度も一八〇度変わって、今更フレンドリーに接されても微妙だよ。
「いいけど? 引越しの時にお前の車借りるから。車、貸してもいいけどさー、シートに変なシミだけは付けないでよね」
「お前、俺を何だと思ってるんだ……?」
「異常恋愛者」
「……帰れ!」

 と言って勢いよくドアを閉められた。
「……」
 今ので時間、潰せたかな……?


 祐紀の身支度はまだ終わってなかったので、駐車場で林田の車を覗き見。
「……純正ナビ付き……贅沢な……」
 何か悔しい……。僕の車は三連メーターが付いているせいで、CDだけで諦めたというのに……。
 どうにもこうにも蹴飛ばしたくなるので、今度は自分の車を色んな角度で見ていた。
「売ったら、いい金額になるんだろうね……」
 と独り言を漏らす。
 ぱっと見ると車庫保管級でピッカピカなのだが、兄さんが通勤に使っていただけに走行距離はビックリするような数字を差している。
 まあ、せっかくもらった物を売りに行くようなことはできないけど。保険、税金を兄さんが払ってくれるっていう好意もムダにはしたくないし。
「ああ、こんな所に手型が……」
 は〜っと息を吹きかけ、ポケットから取り出したハンカチで拭いた。
 ふと顔を上げると、祐紀が放心状態になっていた。
「何? どうしたの?」
 ハンカチで車拭いているのが異常に見えたのか?
「じ……じっじっじじっ……GT−R――?!!! 貰ったって、マジィ?」
 すごい大袈裟に驚くね? 女のくせに車に詳しいタイプ?
「うん」
 あっさり言ってみた。
「普通、車買い換えたからってもらえるような車種じゃないぞ。下取りに出すだろ! もしかして、直んちって、大富豪?」
「……さぁ……自分的にはこれが普通だったから……」
「全然、普通じゃない。家にある乗用車の名前、全部言ってみろ!」

 全部って……今は何があるか知らないけど、高校卒業した頃だと……、
「親父は仕事の関係上、進んで運転はしないけど、プライベートなお出かけ用にベンツ。型は知らないけど、でかくて白いセダンで、姉さんは真っ赤なフェラーリ。兄さんが最近買ったのは、セルシオ」
「GT−Rを妹にやって、新車のセルシオ買う? いや、それよりお姉さんがいるのは初耳だぞ? しかもフェラーリだ? 完璧、金持ちじゃないかー」
 兄さんだけ国産派。理由は壊れた時に修理で困るからだと言っていた。……マテ! 今なんか、聞き捨てならない発言があったぞ!
「誰が妹かー!!!」
「ああ、弟だったね」
「今の、わざと言っただろ」

 僕がカッカ怒っているのに、祐紀はヘラヘラと笑って楽しんでいるようだ。
「おうち、お金持ちでしょ? シリコン入れるぐらいだし」
「胸は……まぁ、塾行ってるフリして、貯めた金だけど……僕、勘当された身だから、関係ないじゃん」

 塾の月謝をコツコツと貯めて、この身体にした。
 そりゃ、勘当もされるよな……。
 今じゃ後悔してるのに……パット程度にしておけばよかったと、最近になって何度思ったか。

 舐めるような視線で、車を見ていた祐紀の目が突然キラリと光る。
「とりあえず、運転させて」
 免許は持ってるみたいだから、
「いいけど……」
 運転席に乗り込もうとしたが、僕の方を見て一言。
「狭くて入れないよ? シート前に出しすぎ」
「どうせ僕が、チビだって言いたいんだろ……」
「いやいや、気のせい」

 終始笑顔の祐紀。そんなに嬉しいのか?
「エンストするんじゃない?」
「さー、しばらく運転してないし」
「いつから?」
「教習所以来?」
「……ちょっとまて! 免許見せろ!」
「うん、いいよ」

 祐紀愛用の紳士財布(オイ)の中から免許出し、僕に見せる。
 氏名・真部祐紀 ……本籍、住所、交付……
「交付……あ、そうか。今年更新だったよね。ええと……」
 免許証の下の方、『他』の日付は……
「二年前の三月? 教習所は、それより前じゃん」
「本免、合格するまでに一ヶ月かかった。」
「頭悪いな……あ? ……ああああ!! まて! お前、AT限定じゃん!!」

 『免許の条件等』の欄に、ATに限る……って書いてある。
「あはは。細かいことは気にしなーい」
「するわー!!!」

 プスン……。
「エンスト……」
「これ、クラッチ重いよ。」
「この車の特徴だから文句言うな。とりあえず降りろ。運転したかったら、限定解除してからにしてくれ……」
「ちぇーつまんないのー」


 気を取り直して、ドライブに……、
「むー!!!!」
 足が届かない!!!!!
「前見えますか〜?」
 シートのポジションを戻していると、助手席から鋭い突っ込み……。
「どーせ見えてねぇよ! 野生のカンだよ!」
 ちくしょー。最近、妙に癇に障る事を言うなー。


 楽しいドライブのはずが、車内での会話で気になる発言を聞くことになる……。
「やっぱり、GT−Rの方が高級感があるよねー」
 何の車と比べているんだろう? まだ一人で喋っている。
「三連メーター……サッパリわからん」
 何を表示しているかわからない……と。
「あれ? スピードメーターも何か違うね……」
「一体、何と比べているんだ?」
「タイプM」

 スカイライン GTS−t タイプM。明らかに違う所が、ボディの張り出し具合とメーターか?
「なにやら、スカイラインに詳しいようですが?」
「ああ、前つき……」

 途中で言うのをやめ、言い直した?
「センパイが乗ってたから」
 前つき……? あっていた、先輩が乗っていた……とか?
 確かに、過去に誰と付き合っていようが関係はないし、そういう関連の話は一度もしたことはなかった。
 過去のことだって分かっているのに、その『先輩』に嫉妬しているのか、少し怒ったような口調になってしまった。
「先輩? ……どういう関係?」
「え? ……先輩はセンパイでしょ? 急に何?」

 明らかに態度がおかしい。僕も何かが引っかかってモヤモヤしてる感じ。
「女? それとも……」
「男……その話、終わり!」
「付き合ってたの?」
「あーあー聞こえない聞こえない! 今日、耳日曜日!」

 横目で見る祐紀は、耳を塞いでいるが明らかに目が泳いでいた。
 耳が日曜って何よ?
「僕も付き合った人ぐらいいるから……」
「ええ? 男?」

 ……聞こえてるじゃないか。
「女だよ」
「うわー、初耳!」
「僕もだよ。男嫌いじゃなかったっけ?」

 男嫌いの祐紀が男と付き合ってたなんて信じられない。
「ヤツが原因だよ。男嫌いの原因……直だってあるだろ? 胸入れた理由がさ……」
 理由……ね。今となってはただの勘違いだったのかもしれない。
「性同一性障害って知ってる?」
「ああ、体と心の性別が違うってヤツ?」
「……まあ、簡単に言えばそうなるかな。小学生の頃ぐらいからだったかな……心のどこかで何かおかしいなとは思っていた。そういう障害があるって知ってから、ずっとソレだと思ってたけど、今じゃただの思い込みだったような気がする……ちょっと気付くのが遅かったけど」

「だから、女に……?」
「そうそう。バカなことしちゃったよなー。今更勘違いでしたなんてさ……」

 軽く笑いながらそう言ったけど、言い終えると溜め息が漏れた。
「……だからこそ、今があるんじゃないかな……本来の自分を取り戻そうとしてるのも……」
「そうだね……。キミも女らしくなろうとしているのかな?」
「……バッ……カンケーねぇだろ!」

 そういう風に言ってても、僕は知っているよ。ほんの少しだけど、女らしい一面を見せるようになったこと……。
「ところで……料理は、上達した?」
「うひぇ?!!! なな何のことでしょうか?」

 声が裏返ってるぞ。
「気付かないとでも思ってた? 使用感が全くなかったレンジ周り、掃除したつもりだろうけど汚かったぞ」
「いや……それは……」
「さっさと白状しちゃいなさい。期待しすぎてハズした日には悲しくて泣くぞ」

 黙っているつもりだったのであろう。
 丁度、信号で引っかかったので祐紀の方を見た。
 目が合うとすぐに逸らした祐紀は、困った顔で仕方なく口を開いた。
「まぁ……目玉焼きの練習を少々……」
 目玉焼き……初歩だね。
「出来るようになった?」
 急にモジモジして、もごもごと喋る祐紀。
「それが……スクランブルエッグに変身してしまうのです……」
「……」

 卵の割り方から教えなきゃならないのか……?
「今日は一緒に料理作ろうか?」
「え? でも……」
「練習しなきゃ上達しないって。じゃ、今日は買い物に行こう」
「……大変なことになっても知らないからな……」

 祐紀は窓の外を見ながらブツブツと文句たれている。
 信号が青に変わると、スーパーに向かって車を走らせた。


 買い物も終了し、僕のアパートへ。
「何作るの?」
 買った物でメニューの予想もできないとは、かなりの重症ですね。
「乾麺のそば、何する?」
「そば……? 温かいのか、冷たいのか……?」
「……真夏に熱いもの食べるならそうするけど?」
「冷たいの……それなら生麺買えばいいのに……」

 とことんめんどくさがりだな……。
「祐紀の事を思ってあえて乾麺にしたのに……。それに生麺は日持ちが悪い。さ、ナベに水入れて、火にかける!」
「はいはい……」

 いくら何でも湯ぐらい沸かせるだろう?
 ナベに水を入れて……火にかけ……?!!!
「マテ!」
「なに〜文句あるか〜?!!」
「水入れすぎ! 臨機応変にできないものかね?」
「……」

 ナベにたっぷり入れた水は、ガスレンジに置くまでにこぼれ、調理台は水浸し。それでも、ナベの中には水がタップリと……。
「……ゆで卵……」
「え?」
「水、捨てるともったいないし、チョー簡単卵料理! ゆで卵作るの! ナベ、もうひとつ出して!」
「……うう〜」

 ここまで重症だとは思ってなかったな……。
「ナベに卵入れて、水は卵が隠れるぐらい! ナベの淵まで入れるなよ」
「……へいへい……」

 今、水をたっぷり入れようと思っただろう!
 先ほど入れすぎた水をゆで卵を作るのに出したナベに移し、足りない分を足して火にかける。
「火加減は?」
「そんなもん適当でもいい。ナベの底からはみ出さないぐらい。まぁ中火が一番料金の節約になるんだけど……」
「適当って……」
「ゆで卵は火にかけてりゃできるんだよ! 湯を沸かすのにいちいち火加減気にするな! 沸けばいい!」
「なんか……適当?」
「臨機応変! ガサツな料理オンチにでも出来るように適当な説明にしてるんだから、ありがたく思いなさい!」
「……適当じゃん……」


 その後は……気が遠くなりそうな出来事の連続。
 そばを入れたナベは、予想通り吹き零れ、レンジが汚れた。
 そばを洗う際に、洗剤を入れそうになったり、熱湯に手を突っ込みそうになったり……。
 ゆで卵の殻剥きはまでは良かったが、半分に切ってと言うと……指まで一緒に切ってしまった。
「……糸で切らせた方が良かったかな……」
 切った指に絆創膏を貼り、糸で切らせてみたが見事な螺旋状!
「芸術作品だ!」
 と彼女は喜んでいたが、どうやったら螺旋状になるのかが不思議でたまらない……。
 包丁を持たせるとまた流血しかねないのでネギは僕が切った。

 ようやく完成した本日のメニューは、そばとゆで卵。
「いただきまーす」
 祐紀は達成感に満ち溢れた笑顔。僕は……、
「……ハァァァァ〜お料理教室の先生って、いつもこんな感じなのかな〜」
 怒ったり、嘆いたり、放心状態になりかけたり……で一人疲れきっていた。
「自分で作るって面白いね」
「……見てるこっちはどうでもよかったけど……?」

 螺旋ではないゆで卵、
「大雑把な鉄の味がしそうだ……」
「血のにじむ努力をするって、すばらしいわ!」

 僕の言ったことが気にならないほど、超ご機嫌。でも、血がにじんだを超えてましたよ。見事に流れてた。

 遅い昼食を終え、片付けと掃除……。

「明日はどこ行く?」
 すっかりご機嫌の祐紀。
「祐紀の実家にでも行こうかと思っているんだけど?」
 笑顔が青ざめた。
「それって……アレの許可を……?」
「そうだよ。OKだったら夏休み中に引越ししたいし」
「……ヤダ。行かない」
「それでもいいよ。僕一人で行くから」
「だめ、それはダメ。不許可」

 即答! そんなにイヤか?
「……だったらどうするのさ? 僕は明日行く気なんだから」
「……行く」
「お弁当持って……」
「お弁当?!!!」

 祐紀の顔がパッと明るくなる。
「わた…………一緒に作る! 面白いし」
 こっちは面白くないよ。……ワタ?
「だったら、今日のうちに手土産買ってきた方がいいね……」
「明日、行く時でいいじゃん?」

 弁当を僕一人で作るんだったらね。
「今日の様子を見てると、弁当作りに五倍時間かかりそうだからね……」
「……そう?」
「手際が悪い」
「……そうですね……」

 怪我されたり、片付け、掃除までしてたら、時間がいくらあっても足りないぐらいだ。

 弁当のおかずは、先ほどの買い物の時に買っておいたので、手土産を買いに再び買い物に出た。




 ――次の日の早朝。
 朝一で祐紀を迎えに行き、弁当作りを始めた。
 祐紀には得意(?)のスクランブルエッグを作ってもらうことにした。

「できた〜!!!」
 満面の笑顔の祐紀にフライパンの中身を見せられた。それを見て一瞬、僕は言葉を失ってしまった。
「……これは……?」
「目玉焼き! だ〜い成功!!!」
「弁当に目玉焼き入れるの?」
「……うはぁ!!! しまった!!!」

 どうやら卵の黄身を崩さずに割れたのが嬉しくて、目玉焼きにしてしまったらしい。
 卵を割った後に『お!』と声を上げたのはそういう訳か……。だけど、
「黄身が半熟。食中毒の原因になるよ」
「それはイヤダ……どうしよう……」

 祐紀は食中毒経験者だから本気で怯え、フライパンを持ったまま右往左往。
「水入れてから、フタして、蒸し焼きにすれば早い」
「おおお! さすが直さま! では早速!」
「たっぷり入れるなよ」

 蛇口に手をかけたまま祐紀の動きが止まった。茹で目玉にでもする気だったのか……。

 おかずの上にド〜ンと目玉焼きが乗った、奇妙な弁当は完成した。
 時間は午前八時を少し回ったぐらい。
「だいたい予定通りだな……じゃ、行こうか?」
「箸入れた?」
「入れ……」

 てなかった。
「今日は気が利くね?」
「……そう? 食べ物の事だからじゃないの?」

 女らしい反応を期待した僕がバカだった……。


 車で行こうなんて考えるんじゃなかったと後悔した時にはすでに遅し。
 まさか、あの人と会うことになるなんて、思いもしなかった……。

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