5・秋〜November Rain T


 気付けば十月末。学園祭の準備で大忙しのこの時期。
 我ら『ボランティアサークル』はというと……。
「バザーなんて古い古い! 今年はチャリティーオークションだ!」
 その言い方は、バザーに対して失礼です。
「一体何をオークションに……」
 俺が口を開いた途端、怪しげな笑みを浮かべるな。最後まで言えなかっただろ!
 カバンを机の上に――前にも同じ事があったな。また、妙な物が出てくるのではないかと、心の中で警戒していた。
「じゃじゃじゃーん。ふぁみりーこんぴゅーたー。通称ファミコンだ」
 なんて古風な物を……しかも、クリーム色に変色してますが……。
「――で?」
「オークションに出品するんだよ?」
「――これを?」
「他に何があるのかね?」
 今更、誰も買わないだろ、そんな物。当時の人気ソフトは、続々と移植されているというのに……。
「オークションは、高値がつけばいいですけど、入札がなければ、時間の無駄になります。バザーの方が効率はいいと思うんですけど……」
 直ちゃんが、今日始めて口を開いた……。
 最近、目が合うとすぐに逸らされ、会話もほぼない。
 春が来たー……ってのもつかの間、一気に夏モード全開……と思っていたのに、季節と同じく秋。
 気まずいから、夕飯を一緒に食べるのもやめてしまった。
 こうなってしまった原因は、不明。
 九月の終わり頃からだろうか、彼女の態度が急におかしくなってしまったのは……。
 目を合わさなくなったことから始まり、会話が途切れる事が多くなった。今では、二人で会って話をすることなんてない。まさに、自然消滅寸前だ。
 でも、これでよかったのかもしれない。
 ――まだ、俺のことを知らないから……。


「――なべ……真部?」
「……うへ?」
「もう、講義終わったぞ? 何やってんの?」
 辺りを見回すと、俺を呼んだ奴――神代しか居なかった。いつ講義終わったの?
「悩みでもあるんじゃないの? オレでよかったら聞くぞ?」
「悩み?」
 カバンにノートと筆記用具を放り込みながら、神代に言った。
「俺の存在自体が、俺の悩みだから、解決策はどこにもナイんだよ……」
「……なんか難しくてよく分からんが、オレのおごりで一杯行くか?」
 ああ、それもいいかも。いや待て。未成年だからダメだって。
「ありがと。でも、口が滑って、暴露してもどうかと思うし、やめとくよ……」
 神代と喋りながら、廊下に出た。
 今日の講義は終ったし、さっさと帰るか。
「まなべぇぇぇ」
 ……ドスドスという効果音とともに、やってきた彼は、マッチョA……いや、剛田さん。嫌な予感が……、
「学園祭の準備、忘れるなよ!」
 的中。……そのまま、止まることなく走り去っていった。
「しばらく、サークルとは縁切りたいのに……」
「ムリでしょ。時期悪い」
 やっぱり……?
 後方から、ぱたぱたと廊下を走る音がして、体がビクッと反応してしまった。
 ――もし、直ちゃんだったら……。
 ――別れ話、切り出されたら……。
 怖くて振り返ることなんてできない……。
 ただ、下を向いて、その足音が通り過ぎるのを……。
「渉くん、おまたー」
 …………?
「どうだった?」
「おうよ! 学園祭に来るって。一家で。」
「一家ぁ? 岡崎は来なくていいのに……」
 また、からかわれる、とかブツブツ言っている。
 何の話してんの? 俺のこと忘れられてるし。
「渉くん、お友達が……」
「あ、悪い真部……。オレの彼女デス。学部違うけど」
「神田恵美です。神代渉の彼女やってます、ヨロシク!」
「はぁ……真部です……」
 直ちゃんとは、全然違うタイプの女。
 ずけずけと――いや、きっぱりはっきり何でも言いそう……。でも、仲良さそうでいいなぁ。
「遅れて行くと、部長に何言われるか分かんないよ。早く行こ」
 彼女に主導権握られているな、神代の奴……。
「じゃ、そういうことで」
「お前、何のサークルだったっけ?」
「ミステリーサークル」

 田んぼにできたアレですか?
 ――ミステリーサークル、作ります。一作品五千円〜。
 ――ミステリーサークルのデザイン募集!
 ――ミステリーサークル、作品大賞。
 という変な想像をしていた。

「勘違いするなよ! ミステリー好きが集まってるだけだよ」
 ミステリー同好会。通称『ミステリーサークル』……ね。
 何をしてるかも、ミステリー。


 重い足取りで部室の前まで行き、仕方なく戸を開ける……。
「遅いぞ真部!」
 目と脳がスッゲーダメージ食らった。アタマがクラクラする……。
 目の前で、マッチョ細木が女装姿で仁王立ち。こっちはヒステリー起こす寸前だ。
 除草なら許すが、マッチョの女装だけは認めねーぞ!
「なななな……なんですか、その格好は!」
 感情を抑えきれず、大声で叫んだ。
「普通にバザーやってもつまらんだろう! だから今年は、女装バザーで……」
 一体、どこから衣装を強奪してきたんだ? おおよそ、演劇サークルあたりだろうけど。
「誰も来ませんよ……もしくは、腰抜かす」
 アホらしい。何考えてんだ、この筋肉は。本当に脳みそまで筋肉なんじゃないか?
「準備って何するんですか? まさか、女装の衣装合わせだけじゃないですよね?」
 ……目、逸らした。図星だったか。あれ?
「直ちゃんは?」
「あぁ、姫は用事があるとか言って帰ったぞ」
「……そ、ですか……」
 いいような、悪いような……。
「最近、姫が暗いが……」
「どういうことかね? 真部クン?」
 しまった、聞くんじゃなかった。マッチョ二人が、俺に詰め寄ってきた。
 そんなに顔近づけられたら、ゲロ吐いて失神しそう……。
「それが、俺にもさっぱり……」
 それが、事実だけど。
「いやいや、お前のことだ! 嫌がる姫にあんなことや、こんなことや、チョメチョメなことを無理やりしたに違いない!」
「してねぇよ」
 本当に何もしてないから、俺は冷静だった。
「無理やり体を触ったり、関係を迫ったり……」
「言い方変えただけで、内容が全く変わってません。だいたい、抱っこぐらいしかしてないし……」
「……抱っこ!」
「羨ましい。姫とだっこー」
 今のアンタは駄々っ子。……おい、潰す気か?!
「チューぐらいしただろ。無理やりブチューっと!」
 そりゃ、キスぐらいしたことあるけどさ……。
「頼むから、無理やりから離れてくれ」
 俺ってそういうキャラじゃないんだし、やりそうなのは、アンタらみたいに、なにかとシモ事情を聞きたがるタイプ……。
 ――無理矢理?
「強姦?」
「お前、大胆なことを……」
 まさか、後ろめたいから、避けてるんじゃ……。
「すいません、早退します!」
「させるかぁ!!!」
 細木タックルを食らって、思いっきり顔面を強打した。
 腰に細木が食いついていて、体が起こせない。
 顔だけ上げてみると、般若の面、再び。剛田さんが、俺を見下ろして言った……。
「強姦は犯罪だよ。真部くん」
「……俺がするんじゃなくて、されたんじゃないかって思っただけだ!」
「……お前、着太りしてるだけで、細いな。もうちょっと鍛えた方がいいぞ? これじゃ、長期戦はムリだな」
 腰に食いついたままの細木さんが、イヤラシイ手つきで俺の体を触り始めた。長期戦って……またそっちかよ。それより……
「ぎゃーキモイ! 触るな、潰れる、離れろー!」


 ようやく開放され、直ちゃんのアパートに向かった。
 でも、何て言えばいいんだろ? いきなり、『強姦されたんじゃないか?』なんて聞けないし、されてたとしても、正直に言うはずもない。『自分はキズモノです』って言ってるのと同じだし……。
 俺は立ち止まった。
 行って、会って、何を言えばいいんだろう……。

 俺は、何がしたいんだ?
 俺に、何かできるのか?
 今の俺に、何ができる?
「出来る事なんて、何もないじゃないか……」
 俺が、今の俺である限り、誰も救えない。
「自分が救われてないのに、他人を救おうなんて、ムリなんだよ……」
 彼女の部屋の前までは行ったけど、結局何もできず、そのまま帰った。


 それから数日、彼女に会うことはなかった……。

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