3・夏〜バイト


 何をしに行ったか分からない、合宿も終わった。
 先輩たちが、酒の飲みすぎで金がなくなったという理由で、結局ディズニーランド行きは中止になった。
 告白するタイミングは失うし。
 ちくしょー、金返せー。

 親からは、帰って来い、ってしょっちゅう電話が掛かるけど、戻ってもイヤな事ばかり思い出すし、友達と呼べる程、仲のいいヤツも居なくなった。
 とりあえず、いろいろ理由をつけて戻らないつもりだ。
 しかし、ココに居ても特別することはなく、暇なだけだから、この際バイトでもするか。あのサークル、ムダに自腹多いからな。
 手っ取り早く、近所のガソリンスタンドとか。

 無事採用が決まったことに、喜んでいたのもつかの間――

 汗は滝のように流れ、動いてもいないのに息は上がる。
 上から焼けるような日差し、下からは熱気を帯びた照り返し。車のボンネットで焼肉でもできそうなこの暑さ。
 真夏に外の仕事だなんて、自殺行為だ。
 それに比べて、コンビニや本屋は涼しいんだろーな。室内のバイトでも探すか。

 しかし、鞍替えしようにも、本屋はパートしか採用しないとかで、学生お断り。
 コンビニは、移動できる範囲内に、バイト募集中の張り紙のある店は一軒もない。それでもオーナーに頼み込んでみたが、どこも面接まで至らなかった。

 休憩を兼ね、普段は行かないコンビニに入った時だった。
 あー、涼しい。どうせなら、俺もこんな所でバイトしてぇなー。
「いらっしゃいませ。――アレ、祐紀くん?」
 聞き覚えのある声。まさか! と思い、声のした方に顔を向けた。
「――アレ、直ちゃ……?」
 休み中には会えないと思っていた人と偶然の遭遇。驚きすぎて中途半端なところで止まっちゃったよ。
 実家に戻っていると思ってたのに、こんな所でバイトしているとは。
「祐紀くん、まだこっちに居たんだー。実家に帰ってると思ってたのにー」

 姫の立っている、レジカウンターの前に移動した。
「俺だって、直ちゃんは実家に戻ってるもんだと思ってたよー」
 他に客が居なかったとはいえ、レジ前で世間話とは、ちょっとアヤシイ。
 レジに向いている防犯カメラに、しっかり映っているのであろう……。
「遊んでくれる友達も居なくて暇なんだ。バイト終わったら、遊びに行っていい?」
 え? ええ! 姫の方からそんな事を言ってくるなんて、思いもしなかった。
「うん――」
 過剰な期待に胸を膨らませる俺。これはもう、休み中にキメるしかないっしょ。
「今日は、五時に終わるから――」


 その後、すぐに部屋へ戻り、掃除をしながらまたシミュレーションして、ウキウキしていたが、過去の出来事が頭を過ぎり、背筋が凍りついた。

 ――また、拒まれたらどうしよう……。

 そんな、不安に押し潰されそうだった。
 一度踏み込んでしまえば、もう後戻りはできない。
 このままじゃダメだって、分かってはいるけど、先の事なんて分かりゃしない。なるようにしかならない、それが現実だ、と自分に言い聞かせた。


 ――ピンポーン。

「今日はサービスです」
「え?」
 驚いて、心臓が高鳴りだした。一体何のサービス? 期待していいのか?
「今日は特別に許可します」
 え、何を許可してくれるの? 益々、鼓動は早くなる。
 しかし、彼女に差し出されたのは、カンチュウハイだった。
 期待は大きく外れ、ちょっと脱力してしまった。
「はぁ……」
「未成年には売っちゃいけないのだよ。でも買ってやったさ。アハハハ」
 あー、レジのところに書いてあるアレね。
「ま、上がってよ」
「お邪魔しまーす」

 姫が入り口近くに座ると、俺もベッドの側に腰を下ろした。
「イタダキマス」
 酒類は初めて飲むんだけど、どんな感じかな?
 一度、匂いを確認し、少しだけ口に含んだ。
 ……ちょっとアルコール臭いって言うのかな? まぁ、ほぼジュースかな。
「そういえば、直ちゃんは、実家に戻らないの?」
 少し困った顔をしたあと、カンチュウハイをぐいっと飲んで下を向いてしまった。
 前回の過去話同様、触れてはいけない話題だったらしい。
「ごめん、俺には関係ないよね――」
 しばらく、重い空気が流れた。
 他の話題に切り替えた方がよさそうだけど、話のネタが思いつかない。
「――私、勘当されてるの」
 勘当って、親子の縁を切る、アレ?
「春休みに色々あって、一応、大学卒業までの学費と生活費は出すけど、その後は知らない、家にも二度と戻るなってね。そういう祐紀くんは、何で帰らないの?」
 私は話したから、今度はあなたの番よ、ということか。
 俺にとっても、触れて欲しくない話題だったんだ。自爆しちゃったよ。
「親には、帰って来いって言われてるけど、俺が帰りたくないだけなんだ」
「どうして? 私と違って帰る場所はあるのに――」
「いや……昔、色々あって、あまり近づきたくないんだ」
「じゃ、休み中、ずっとこっちに居るの?」
「うん、そのつもりだけど」
 互いに触れられたくない話だったから、さりげなく話題を変えてくれた姫。
「ご飯とか、いつもどうしてるの?」
「コンビニ弁当かラーメンだけど?」
「……不健康な食生活ぅ。よかったら私が作ってあげようか?」
 え? えっ?!
「お互いに、食費浮くでしょ? どうせ、一人分でも二人分でも、作る手間はかわらないし」
 『通い妻』ゲッチュー?
 合宿の時はそれどころじゃなかったし、今度こそ……。
 三度目の掃除機……正直だってば! ボケてる場合じゃないぞ、ユウキ!
「ちょっとキッチン見せてね〜」
 もう、今日中に――あれ? 居ない……。
 姫は、キッチンで何かを探していた。一通り見て回り、俺の部屋の方に顔を出した。
「調理器具も、材料もないみたいだし、ウチに行こうか」

 前言撤回! 俺が『通い夫』デス。


 自転車だけど、飲酒運転です。
 先程、姫と会ったコンビニ近くのアパートに彼女は住んでいるようだ。
 一人暮らしの女の子の部屋……ほのかに甘い香りがする。
 あぁ、アンなことや、コンなことが……と、めくるめく妄想の――って、何を考えてんだ俺は。その前に言うことあるだろう! 気が早いぞ。
「コレだけは食えねぇってモノ、ある?」
 女。
「嫌いな食べ物は特にない……あ、ナマモノだめ」
 食中毒経験済みだから、鮮度の怪しいナマモノだけは控えている。ナマモノ?
 うわあん、ノーミソが、エロエロだよぅ。
 頭を抱えて、妄想世界から脱出しようと葛藤していた。
 ふと顔を上げた時、テレビの上に置いてある、写真立てが目に入った。
 姫が男と一緒に写っているように見える。
 彼氏とのツーショト写真だったらイヤだな、と思いながらも、男が誰なのか気になり、近づいて見た。
 男の顔が、はっきり見えた時、俺の鼓動は、内側から叩かれているかの様に、大きくなった。
「直ちゃん、この写真……」
 喋るだけでも、心臓が口から飛び出しそうだ。
「あ、そっか。家に帰ってると思ってたから、渡してないよね」
 合宿――ボランティアの時の? 考え事してたから、こんなの撮った覚えはないけど、なぜ、俺と写真を撮ろうと思ったの? 飾ってるって、どういうイミ? これって、期待していいの?
 勢いに任せて、キッチンの方に体を乗り出し――。
「直ちゃん……俺……」
 彼女は、冷凍庫にアタマを突っ込んでいた。俺の声に慌てて、こちらを向くが、涙が今にも溢れそうだった。
 ギャー! 泣いてる? 俺、何かした?
 身に覚えはないが、心臓は更に速度を上げた。
「どしたの? ねぇ……」
「タマネギだよぅ。グズッ……気にしないで……」
 う〜、と小さく唸りながら、たまねぎをみじん切りにし始めた。
 なーんだ……ビックリしたぁー。でも、何で冷凍庫にアタマ突っ込んでたんだろう?
 ――うわっ! また言いそびれた。タイミング悪いなー、俺って……。
 姫が料理を作っている間、俺は絨毯に『の』の字を描きながら、黄昏モードに突入していた。


「お待たせしました。今日は、ハンバーグでーす」
 小さな折り畳み式のテーブルに、二人分の料理が並び、俺は姫の向かい側に座った。
「一人分だけ作るのも、結構面倒だったけど――」
 へー、そんなもんなのか? よく解らないけど。
「これからは、祐紀くんが食べに来てくれるから、作るのが楽しみだわ」
 ま! そんな事言って、ホントに期待しちゃうぞ。
「イタダキマース」
 うわー、柔らかジューシー。
「ウチの母さんが作るハンバーグは、硬くてボソボソしてるからイヤなんだけどさ、直ちゃんのはもう、レストラン級。激ウマ」
「あははははヤダーっ。もー、お世辞言ったって、何も出てこないわよぅ」
 嬉しさがにじみ出たような顔で、肩をバシバシと叩かれた。照れ隠し?
「お世辞なんかじゃないって。俺はいつも真剣だよ」
 そう言って、まっすぐ姫の目を見つめた。
 自分で言うのも何だけど、よくこんなクサイセリフが平気で吐けるものだ。
 最初は驚いた顔をしていたけど、頬を染め、下を向いた。
「……。祐――」
 ――ピンポーン。
「…………」
「……誰だろ……。ごめんね、先に食べてて」
「うん……」
 姫、何かを言いかけたけど、すっげー気になるじゃん。
 せっかく、イイカンジだったのに、今日だけで二回も失敗してる。ここで諦める訳にはいかないが、日を改めた方が良さそうだな。
 邪魔をしたヤツが誰なのか気になって、食事を取りながら聞き耳を立てた。

「はーい」
 ――ガチャ
「なお――きびっ……」
 ――ドサッ

 ――え、なんか鈍い音がしたけど……。
 心配になって、玄関へ行ってみると、そこには……
「直ちゃ……?」
 姫は無事なようだが、足元に人が倒れている。
「な……な……何事? ……きゅ、救急車? 警察……一一七、一七七?」
 驚きのあまり、慌てている俺。
 しかし、直ちゃんの反応は、
「……オホホホホホホ」
 笑って誤魔化してる?
 下の倒れている男、一体誰? 彼氏じゃないよね……。


「え? お兄さん?」
「そ……。多分、母に言われて、様子見に来たんじゃないかな?」
 玄関で倒れた(倒された?)お兄さんを部屋の方に運んだので、俺たちはキッチンに移動し、食事をしながら小声で会話をしていた。
 また、いい所できっかけを失ったせいで、憂鬱な気分だった。自然とため息が漏れた。
 その時、いきなり部屋の扉が開き、復活したお兄様が登場!
「なお――ごべっ……」
 素早く立ち上がった、姫の頭が、兄様のアゴにみごとヒット!
 頭突きってやつですね! 先程、玄関で酷い音がしたのも姫が? いや、まさか……。
「ヒドイではないか! せっかく兄が来たというのに!」
 兄様は涙目で、自分の顎を撫でていた。
「誰も来てくれなんて、言ってないわよ」
 姫の対応は淡白なものだった。
 しかし、このまま居ても修羅場になりそうだし、帰った方が良さそうだな。
 両者がにらみ合っているスキに、食事を全て胃の中に収めた。
「あの――俺、邪魔そうなので帰りマス……」
「ちょっと待ちたまえ、キミ!」
 玄関の方に向きを変え、帰ろうとしたが、呼び止められ、体が硬直した。
 恐る恐る兄様の方を向く……
「キミは、直――ぐぶべ……」
 姫は、小さくて身軽な体を生かし――ええ?
 一瞬自分の目を疑ったが、今のは間違いなく、ジャンピングネックブリーカードロップ! みごとに炸裂した。
 アンタ、ジャイ○ント馬場か?
 喧嘩したくない女ナンバーワンに『鎌井直』ランクイン!
 しかし、兄妹喧嘩の範囲超えているぞ? 兄様、またオチちゃってるし……。


 逃げるように、部屋を出た俺を見送る為だろうか、姫が玄関の外に出てきた。
「ごめんね」
「いや、俺はいいんだけど、大丈夫?」
 完膚なきまでにやられた、お兄さんの方を心配していた。
「大丈夫よ、いつものことだし。ホントにごめん。明日もバイトあるし、後で電話するね」
 いつものことって、どういう兄妹だよ。ウチでもそんな喧嘩したことないのに……。
「うん、……まぁ、やりすぎないように」
「アハハハハハ」
 また、笑って誤魔化したな?
「じゃ、夕飯ゴチソウサマ」
 向きを変えて帰ろうとしたその時……
「デザートを忘れているのです」
「え?」
 腕を引っ張られ、姫の顔が、今までで一番近い場所にあった……。
 甘い香り――頬にマシュマロのような感触……浸る間もなく、姫は俺から離れ、いつもの調子で喋りだした。
「では、また明日!」
「……うん……」
 動けなくなった俺に気付くことなく、笑顔で手を振ると、姫はそそくさと部屋の中に入っていった。
 今の……何?

 帰り道、自転車を押しながら、先程起こった事を、頭の中でリピートしていた。
 『ピ○チュー』じゃなくて、『ハ○チュウ』でも、おはようのチュー、略して『おはチュー』でもない。
 『デザート』→『おやつ』→オヤスミのチュー、略して『おやちゅ?』
 う〜ん、簡単な方程式だ。――だめだ、深く考えちゃ……平常心、平常心……。

「ママー、あのお兄ちゃん……」
「リョウちゃん、見ちゃダメよ!」
 買い物帰りであろう母子に、不審者と勘違いされた。俺の表情は、そんなにイカレていたのか?




 ――次の日。
 今日の夕飯、何だろなー。バイトが終わったら、彼女のアパートに直行だー。
 それにしても、昨日の(一方的だったけど)壮絶なバトル、凄かったな。
 兄様、帰ったらしいけど、また来たらイヤだなー。

「真部! ボケっとしてないで、窓拭け!」
「は、はーい!」
 バイト中だってこと、すっかり忘れてた。
 また一台、車が入ってきたので、空いているポンプに誘導した。
「いらっしゃいませ! オーライオーライ……はいオッケーです」
 素早く、運転席側に回ると、笑顔でお客様にご挨拶。
「いらっしゃいませ、こんに……ちわ……」
 顔と声が、営業トークから素に戻った。
「ヘイ、ニィチャン、ハ・イ・オ・ク、満タンだー」
「おや? 真部じゃーん。何してんの? ボランティアかい?」
 運転席に剛田さん、助手席には細木さんが乗っていた。
 しまった、この人たち地元住民だった!
「バイトです。……ハイオク満タンでーす」
「家の方に戻っているかと思っていたが、丁度よかった。再来週の『四十八時間テレビ』の日に、山急百貨店で、募金活動が決まったから、ヨロシクな。もう、ヒメには伝えてあるから」
「え?」
 客がマッチョだったことで、悪い表情をしているのに、更に顔が引きつったのが分かった。
 四十八時間テレビだって? 冗談……。
「今年は、テレビ局の中継もあるらしい」
 給油口にガンを突っ込んだ状態で、一時停止してしまった。
 全国放送、まじカンベン。
「イブニング娘☆が来るらしいぞ」
「今話題の、スーパーユニットと夢の競演?」
 それだけなら、悪い気はしないんだけどね。
「四辻ちゃんと、肥後ちゃんに、サインもらおうかなー」
 よだれでも垂れだしそうな、みっともない顔の細木さん。
 それだけはやめてください。絶対、警察呼ばれます。
 給油を終え、伝票を持って運転席側へ駆け寄る。
「ハイオク満タンで、六五三〇円になります」
「あー真部、お前のバイト代から引いとけ」
「え?!」
 人が汗水たらして稼いだ金で、おごれだと?
「冗談、冗談。釣りでジュースでも買いな」
「じゃ、再来週は、九時に現地集合だぞ。忘れたら、メシ奢ってもらうからな!」
「はい、ありがとうございました」
 マッチョを二人も乗せた車は、走り去った。
 あの人たち、結構いい所あるじゃん。ボランティアやってるんだし、当然か。
 金を数えてみる……六六〇〇円、お釣りは七〇円。今時、カップのジュースも買えねぇぞ。期待するんじゃなかった、くそマッチョ。


 今日も姫の手作り料理が食べられる事が嬉しくて、バイトで疲れている事も忘れ、自転車をガンガン漕いで、彼女のアパートへ向かった。
 姫が夕飯を作っている間、エアコンの効いた部屋でくつろいでいた。
 話題はもちろん、バイト中に聞いた――、
「四十八時間テレビ? あのハードな番組でしょ? 司会者が途中で倒れちゃうし。視聴率はすごいけど、無謀だよね」
 姫は隣のキッチンで料理をしながら話をしている。
 くるくる髪の毛を揺らしながら、何かを作っている、彼女の後姿にしばし見とれていた。
「去年は、立ったまま寝てたよ」
 いや、そこはどうでもいいのだよ。
 全国放送だぞ、生中継で映ったらどうするんだ! それも、あのマッチョと一緒に……絶対にイヤだ。
 毎年、四十八時間テレビを見ている両親に、何て言われるか不安だ……。

「今日は、冷やし中華でーす。外の仕事ってやっぱりキツいでしょ?」
「うん、イタダキマス。太陽に体力奪われるカンジ。照り返しと、車の熱とかで、幻覚見えそうだよ……」
「ふーん……でも、動き回ってるだけましだよ。突っ立ってるのもキツイよ。防犯カメラで常に撮られてるから、変なことできないし」
「あーカメラね……」
 最低でも四つは付いてるよね。今じゃ、店という店には付いてて当たり前のモノだ。
「でも、暇になると、ついついカメラ見ちゃうのよねー」
「そうそう、コンビニ行くと、なぜか見てしまう」
「あ、そういえば、この前、おでんのこんにゃくだけ頼んで、汁多めって男の人いてさ……違う使い方しそうなカンジでイヤだったわー」
「――どんな使い方さ?」
「――さぁ」
 彼女が、気まずそうな顔をし、そのまま会話が途切れた……。
 とりあえず今は、ご飯を食べることにしよう。
 ――違う使い方って……アレのことか? ヤダな姫、そういう清楚なイメージ崩すような発言はやめてくれよ。

「ごちそうさまでした。今日も……」
 俺は、姫の目をじっと見つめた。
「デザート付き?」
 彼女は少し驚き、頬を染めた。
「――えっと……」
「ずっと言いそびれてたんだけど、俺……」
 ――プルルルル……。
 今度は電話か、こんちくしょぉ!
「あ、電話」
 立ち上がろうとした、姫の手をとっさにつかんで、引き止めた。
「祐紀くん……あの……」
 困った顔をされたが、そんなことはどうでもよかった。
 今、言わないと……。
「俺、直ちゃんのことが、好きだ!」
 ――プルル……。
『ただいま、留守にしております。ピーッ、という発信音の後にメッセージをどうぞ』
 ――ピーッ。
『もしもし? お母さんです。直―――』
 姫の顔をじっと見つめたままだったが、意識は留守電の応答に向いていた。
「うわ―――――――――――――――っ」
 そのせいか、いきなり大声で叫んだ、姫の声に驚いてしまった。
 ――あまり突っ込みたくはないが、麺、少々噴射しましたけど……。
「―――い、嬉しい。私も祐紀くんのこと、好きだよ」
 その言い方、あまり嬉しくないよ。
続ける会話もなく、無情にも時間だけが過ぎていく。反応が微妙なだけに、苦痛なだけだった。
 姫の心にやっと染み込んだのか、みるみる表情が変わって、きょとんとした顔になった。
「……ホント?」
「……うん」
 なんか、調子狂うな……やっぱりタイミング間違えたかな?
 彼女は視線を落とすと、頬を染め、囁いた……
「私も、祐紀くんのこと……スキだよ……」
 そう言い終えると、甘い瞳で俺を見つめた。

 もう言葉なんていらなかった。

 掴んだままだった手を離し、そっと彼女の頬を撫でた。
 ぎこちなくもゆっくりと、二人の距離は近づいていった――

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