2・夏〜合宿


 姫と一緒に居ると、何だか安心するって言うか、ドキドキするって言うか、言葉じゃ言えないような、何かを感じるようになった。
 でも、これ以上踏み込めない自分。
 今の関係以上になればいいけど、もし逆になったら――。
 同じ事ばかり、うじうじ考えている、自分がもどかしい。
 これって、やっぱり『恋』なのかな?


 本日のミーティングは、合宿についての話らしい。
「まぁ、合宿とは名ばかりの、県外遠征ボランティアなんだけどな」
 腕を組み、がははは、と仰け反って笑う剛田会長。
 遠征って、バスケットの試合じゃないんだから。使い方を誤っている訳じゃないんだけど、体育会系マッチョが言うと、そんな風に聞こえたりする。
 そして、いつもの名台詞。
「もちろん、自腹だ!」
 やっぱり。仕送りも、貯金もピンチだというのに。
「どこに行くんですか?」
 そうだ、肝心の行き先が不明のままだ。さすが姫。――って俺が抜けているだけだろうか。
 細木副会長が、机の上にやたら膨れたバッグを乗せ、中をあさりながら口を開いた。
「聞いて驚け……東京だー! もちろん、ディズニーランドにも行くぞー!」
 細木さんがバッグから出した物は、ディズニーランドのキャラクターぬいぐるみ。
 マッチョとぬいぐるみ、破壊力抜群のギャップに、全身が凍りついた。
 しかし、ボランティアか、遊びに行くか、どちらかにすればいいのに。
 まぁ、遊びに行くだけだったら、俺は行かないけど。
「自腹だけに、宿泊費の安いビジネスホテルにしようと思う。できれば、二人部屋――ツインがいいんだけど……」
 マッチョたちは、一度顔を見合わせ、同時に喋りだした。
「「どう考えても不公平なので、一人部屋です」」
 嬉しくて、机の下で拳を握り、心の中で喜んでいるのもつかの間、
「そのホテル、大浴場があるらしい……」
 剛田さんが俺の横に来て、肩に手を回した。
「夜は、男同士、愛について語り合おうではないか」
「遠慮します」

 冗談じゃない。
「それと――」
 まだ何かあるのか。剛田さんの方に顔を向けると、鋭い顔をしていた。
「夜這いと、抜け駆け、禁止」
 小声ではあったが、低くドスの効いた声に、血の気が引いて、夏のクソ暑い時期だというのに、寒気を感じた。




 ――合宿・初日。
 新幹線なんて、贅沢できるか! という剛田さんの意向により、電車で現地まで移動することに決まっていた。
 遠足気分で、たまにはいいかな、と思ってはいたけど、目の前のマッチョは酒を食らい、体裁が悪い。
 長時間、同じ体勢のまま揺られたせいで、ケツは痛いし、二倍以上疲れるハメになった。

 ホテルに到着した頃には、すっかり日も暮れた後だった。
 明日の集合時間と場所を確認し、各自部屋へと入っていった。
 それにしても、一人部屋で良かった。気兼ねなくゆっくりと休めるし。
 部屋に入ると、一通り部屋の中を見て回った後に、シャワーを浴びた。
 思っていた以上に疲れたので、そのままベッドに横になると、すぐに夢の中へと引きずり込まれた……。




 ――合宿・二日目。
 集合時間は、午前八時半。十分前には一階のロビーに降り、姫を待っていた。
 ここに来てから、何度目かのエレベーターが到着したようだ。
 待っている俺に気付き、慌てて駆け寄ってきた。
「おはよ。ごめん、待たせちゃった?」
「いや、そんなに待ってないよ」

 とは言っても、心の中では、早く来ないかと、そわそわしていたけど。
「ここで待つぐらいだったら、呼びに来てくれれば良かったのに……」
「いや、女の子の準備って、時間掛かるじゃない? 呼びに行って焦らせるのも、どうかと思ってね」

 自分で言っておきながら、何クサイ事言ってんだ、とか思ってしまった。
 姫は微笑むだけで、何も言わなかったけど、ハートをがっちり掴んだ感じ? んな訳ないか。
「先輩たち、二日酔いだって?」
 そう、マッチョたちはロビーには来ていない。
「そ、一体何をしに来たんだか」
 昨日、電車の中で、ビールを飲みまくったせいで、二日酔いになったらしく、今日は行かない、と朝、電話を掛けてきた。姫も知っているってことは、電話があったのか。
 しかし、昼間の電車で酔っ払い見たのは初めてだったな。
「じゃ、二人で先輩たちの分まで、がんばりましょう!」
「そだね」

 クソ暑い中、ヤツらの分まで働くのか、と考えただけでも眩暈がする。――待てよ?
 マッチョが居ないと言うことは、絶好のチャンスじゃないか。
 この合宿、ただのお友達で終わらせるにはもったいない。
 抜け駆け禁止とか言っときながら、マッチョはスキを与えすぎだ。感謝するぞ。


 今回のボランティアは、公園の掃除。
 ディズニーランドに行きたいが為に、公園掃除のボランティア。マッチョめ……適当に決めたに違いない。
 ボランティアに参加している地元の人は、おっちゃん、おばちゃんばかりだし、蒸し焼きにされそうな暑さでイライラ倍増。
 当たる所もなく、作業が雑になっている事を姫に指摘された。
「祐紀くん、ココ、いっぱい残ってるよ?」
 声の聞こえた後ろを振り返ると、困った顔をした姫が、下の方を指差していた。
 ああ、我が心のオアシス。さっきまでのイライラが、一気に吹っ飛んだ。
 姫の指す方を見ると、言われた通りだった。
「あ、ホントだ。ちょっと暑さでボーっとしてたみたい」
 と、笑ってごまかした。嘘だけど、イライラしていたなんて言えないし。
「しっかりしてよ〜」
 そう俺を励まし、他の参加者にも声を掛け、自分の作業に戻って行った。
 今日の姫は、みんなの癒し系アイドルみたいで、輝いて見えるよ。
 それから、姫の事が頭から離れず、どういうシチュエーションでどう口説いてやろうか、シミュレーションを繰り返しながら、作業をしていた。


 気が付くと、掃除を終え、解散した後だった。
 陽も傾き、ビルがあかね色に染まっている。
 さっきまで、参加者全員で飯食ってたような気がしたけど、気のせいだったのか?
 考えすぎで記憶されていないだけだろうか。
 横に居た姫が、俺の前に出てきて、敬礼した。
「今日も一日、ごくろうさまでした!」
 すまん。途中からさっぱり覚えてない。あ、そうだ。
「あぁ、あのさ……」
「ん?」

 大きな目を、クリクリさせて、俺の顔をじっと見つめた。
 その、上目遣いに弱いんだよなー、俺。
「せっかくだし、東京タワー行ってみない?」
 姫の表情が、笑顔に変わった。
「そうだよね。せっかく来たんだもんね。行こっか」

 東京タワー。昭和三十三年三月完成だったかな? 高さ三三三メートル。年間利用者三十万人――三百万人だったか? まあいいか。
 とにかく三が多いとか。まぁ、漫画から得た知識だけど。
「下から見上げてもすごかったけど、夜景もすごくキレイ。昼はどんな感じかな?」
 子供みたいにはしゃぐ姫。とびっきりの笑顔に、俺は魅入られていた。
「かすんではっきりとは見えないけど、高層ビルがたくさんあって……、富士山が見える時もあるんだって」
「来たことあるの?」
「高校の修学旅行のときに」
「ふーん。そうなんだ……」
「直ちゃんは? 修学旅行どこだった?」

 明るかった表情が、瞬時に曇った。
「――沖縄」
 重い口調。地雷でも踏んだのだろうか? とにかく明るく振る舞わなくては。
「へー。海、キレイなんだろーなー」
「――私は行ってないけどね……」

 地雷、思い切り踏んでるじゃないか。どうにか、話題を変えなくては。
「えっと――あ、そうそう。中学の時の修学旅行! 一週間前にじいちゃん死んじゃってさー、荷物検査日、行かずに済んだんだけど……」
「やめよ。過去の話は――」

 悲しみを帯びた声、窓に映った彼女の表情は、憂いを帯びていた。
 俺から、それ以上の言葉は出てこなかった。

 過去に何があったか分からないけど、彼女にも踏み込んではならない領域――過去――があることを知ってしまった。

 それから、ほとんど会話もなく、俺たちは宿泊中のホテルへと戻っていった。
 今日の活動報告の為に、見舞いも兼ねてマッチョの部屋へ向かったが、二日酔いでダウンしていたはずの先輩たちは復活し、またビールを飲んでいた。



 あ……しまった、告るの忘れた!

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