1・春


 大学といえば、
 カンパ。――違う! カンパしてどうするんだよ。して欲しいぐらいなのに。
 コンパ。合コン、合コン。
 それとサークル。何にしようかなー。
 講義? そんなものついでだ。――親が聞いたら何て言うかな。


 大学構内では部活やサークルの新入生勧誘大会。
 声を掛けられては断るのを繰り返しながら、女の子が多そうな所を探していた。
 やたら大きな張り紙のある掲示板が目に付いたので、近づいて見てみると――
 『ボランティアサークル 部員募集中! 入部希望者は、部室棟二階の部室まで』
 張り紙の下には、数枚の入部届けも貼り付けてある。
 ここだと言わんばかりに入部届けを手に取ると、カバンから筆記用具を出し、その場で記入欄を埋めていった。
 勝手な想像に舞い上がっていたからだろうか。
 周りから向けられていた視線が、哀れみに満ちていた事に気が付かなかった。


 心やさしい女の子がたくさんいるであろうと思い、軽い足取りで構内の隅に位置する部室棟へと向かった。
 構内の案内図を何度も確認し、迷いながらも何とか到着。
 てっきり、鉄筋コンクリート構造の建物だと思っていたので、実際の部室棟が色気も味気もないプレハブ校舎だったことに正直驚いた。
 夏は地獄だろうな。

 屋根もなく外に露出している階段で二階に上がり、ボランティアサークルの戸を叩いた。
 入部希望なんですが、と声を掛け、扉を開けたその瞬間――俺の顔から笑顔が消えた。
 予想は裏切られた。
 開いた扉の向こうには、立派な体格の男が二人、気持ち悪いほどイイ顔で待ち構えていた。
 そうか、今日は勧誘で女子は出払っているのだな。でも、全然見なかったような……。
「「ようこそ、ボランティアサークルへ!」」
 椅子から立ち上がり、無意味なマッチョポーズをキメ、声をハモらせる二人。
 どう見ても体育会系、スポーツ刈りのムキムキマッチョ。違うのは顔のパーツぐらいだろうか。
「ども、よろしくお願いします!」
 マッチョ相手に機嫌を損ねることなく、とりあえず頭を下げ挨拶してみた。
 まぁ、機嫌が良かった理由は、マッチョ相手なら自分の方がモテるであろう、と思ったからだ。
 他の部員が居ないか部室内を見回したけど、隠れるような場所もなく、マッチョしかいないことに肩を落とした。
「部員、俺らしかいなくてさ〜、存続の危機だった訳よ」
 何だって?
 俺の想像していた展開は、音を立てて崩れ去っていった。
 そんな、バカなことがあってたまるか。きっと俺の聞き間違いだ。
 信じたくなかったので、改めて聞いてみたけど、
「他に、部員居ないんですか?」
「居ない。ボランティア、イコール、タダ働きだと思いやがって、誰も来ないんだよ。人の役に立つことだってのに……」

 答えは変わらなかった。
 ブツブツと小言を言いながら、マッチョは一冊のノートを取り出した。
 部員名簿を作るのに必要だから、入部届けに書いたことをノートの方にも書けと促した。
 女子部員が居ないのならここに用はない。俺は早くここから立ち去りたい一心で、後先考えずに言った。
「入部、取り消します」
 しかし、あっさり聞き流されてしまい、マッチョAが笑顔で、
「三ヶ月は研修――雑用期間だから。そこんとこよろしく」
 研修期間って、会社じゃあるまいし。――いや、そうじゃなくて、
「今すぐ、辞めます」
 笑顔だったマッチョAの表情が、みるみる凶悪なものに変化していった。
 とにかくこんな所からは一刻も早く逃げたくて、それを無視して言葉を続けた。
「今、自分が来たことは、見なかったことにしてください。それじゃ……」
 ドアの方に向きを変え、退室しようとしたが、マッチョBがドアの前で行く手を阻んだ。
 マッチョBもAに劣らず、女ではないが般若のような顔をしている。とてもボランティアをしている者とは思えない。
「ニイちゃん、その答えは不可だ。ご覧の通り、我がボランティアサークルには二人しかいない。たった二人だぞ? ボランティアできねーだろ? 地球、救えねぇだろぉぉぉぉ」
 肩を掴まれ、力いっぱい揺さぶられながら――あんたが言うと全然説得力ないし、ただの脅しだよ、と心の中で愚痴をこぼした。
 後ろのマッチョAは、興奮気味に語りだした。
「今まで参加したボランティアは、毎度毎度、オッサン、オバサンと一緒だし、若いという理由でむやみやたらとこき使われる。俺らはパシリじゃねぇってんだ!」
 本当にボランティアする気があるのか、コイツらは。
 今度は後ろから肩を掴まれ、強引に向きを変えさせられた。
 マッチョAはのぞき込むように顔を近づけ、しっかりと俺の目を見つめている。
「出会いもクソもない。わかるだろ?」
 同意を求められてる。自分もその口ではあるが、ここで同意したらもう逃げられない。
「ええっと……」
 こんなサークルで青春という短い時間をムダにする訳にはいかない!
 苦笑いでごまかしながら、逃げる方法を頭の中でシミュレーション開始。

 ――トントン。
 ドアをノックする音。俺とマッチョたちは一斉に扉の方を向いた。
 入会希望者だといいけど、コイツら見た途端、速攻で逃げるだろうな。
 大体、何で俺、逃げなかったんだよ、と自分を責めたくなってきた。
 シミュレーションの結果、『マッチョ達が、扉の向こうの人物に気を取られているうちに、Bダッシュで逃走!』に決定。
 マッチョの様子を伺いながら見つからないように、逃げ出す準備体勢に入る。
 ゆっくりと開く扉――今だ!
 脳が足に指令を伝達。足を踏み出そうとしたが、入部希望者と思われる人物が視界に入ると、俺はその場から動けなくなってしまった。
 扉の向こうには――。
「失礼しまーす。あのー入部したいんですけどー」
 声も外見も控えめな女性だった。――女?
 心の底から嬉しさが込み上げてきた。
 俺は逃げることを忘れ、彼女の全身を隈なくチェックする。
 髪の毛は腰あたりまであって、毛先にはクロワッサン、じゃなかった縦ロール。身長は、一五〇ちょっとぐらいかな。側のマッチョと比べるとやたら小さく見える。
 俺の中では、縦ロール、イコール、お姫様という法則ができているので、心の中では『姫』とお呼びしよう。
 マッチョたちも目尻を下げ、全身を舐めるような視線で見ている。
「――あぁ、ごめんなさい。サークルは入部ではなく入会でしたか?」
 誰も反応しないことに慌て、オロオロしだした。
 その仕草がなんとも可愛らしい。
 マッチョAが我に返り、机に広げられていたノートを差し出した。
「いや、この際どっちでもいい。気が変わる前に書いとけ」
「はーい」

 俺の横を通り過ぎ、マッチョAの前にある机でノートに明記していく。
 それを覗き込むマッチョAの視線がアヤシイ。
 悔しさ半分、羨ましさ半分に拳を握ると、後ろからマッチョBに肩を叩かれ振り返った。
 これまた、俺が部室に入ってきたときよりも数段イイ顔をしていた。
「キミ、辞めたいって言ってたよね? 許可するよ」
 リ……リストラ? 冗談じゃない。こんな所に姫を一人置いて行けるか!
「ちょっと待ってください! やっぱり入ります。何でも無料奉仕します。一人でも多い方がいいですよね?」
 その言葉に同意せず、予想通り嫌な顔をし、更に舌打ちまでされた。
 これは、何としてもマッチョから彼女を守らねば! あんなのに触られたら骨が折れるだけじゃ済まないぞ。
 ついでに、そんなマッチョから彼女を助け『キャー真部さん最高、カッコイイ、ダイスキーw』だなんて言われて抱きつかれてもみろ……サイコウだ。


 現段階で部員は今部室に居る四人だけ。
 どうせ、これ以上は来ないだろうと、いきなりミーティングを開始。
「新人、自己紹介どうぞー」
「おおおおおおおお!」

 唸り声を上げ、また無意味にマッチョポーズをキメるマッチョA。いまいち、盛り上がれない。マッチョだし、俺は歓迎されてないだろうし。
 この調子のマッチョを見て、引きもしない姫。かなりのツワモノか?
「真部祐紀です、よろしくお願いします」
「鎌井直(かまい なお)です、よろしくお願いしまーす」

 姫はナオって名前なんだ。まっすぐそうでイイな。
一瞬、顔が緩みそうになるが、その前に、マッチョの威勢のいい声で、現実に引き戻された。
「俺は会長の剛田(ごうだ)だ!」
 マッチョAの苗字は、外見そのまんまで、
「俺が副会長の細木(ほそき)だ。ヨロシク」
 マッチョB、その苗字反則だ! 太木に改名しろ、とでも言いたくなったが、後が怖いので、言葉を飲んだ。
「まぁ、分かってて入ったと思うが、一応説明しておくぞ。
 ウチは、ボランティアをするサークルだ。ゴミ拾いしたり、バザーの売り上げ金を寄付したり、愛で地球を救ってみたり。
 もちろん報酬は笑顔と感謝の気持ちだ。質問は?」

 マ……じゃなくて、剛田さんが適当な説明を終え、質問タイム。
 たまに、遠征ボランティアという言葉も聞くし、一応、聞いてみようと手を挙げた。
「はーい、合宿ありますかー?」
「いい質問だ! 今年からやることにした」

 またまた、ニコニコと気持ち悪い程、イイ顔しちゃって。
 今年から? 今まで、部員が居たかどうかは知らないけど、二人で行ってもつまんないだろうし。今年は二人増えただけなのに、実施するってどういうことだろう。
 いや、それより、ボランティアサークルの合宿って何をするんだろう。
 だいたい、遠征ボランティアについて聞くはずが、なぜ合宿になってしまったのだろう。向こうも突っ込まなかったから、合宿でいいのか?
 笑顔のマッチョを見て、確信した。ヤツらの体格が体育会系だから、そういう風に結び付けてしまったようだ。

 自分で、合宿の事を色々と考えてみた――。
 海でゴミ拾いの特訓――いいことだけど、特訓である意味が不明。
 海で溺れた人の救助特訓――救助の知識なんてないし、自分まで溺れて、大惨事になるんじゃないのか?
 その延長で、蘇生術特訓――タコ口マッチョのドアップ。嫌すぎる。却下!

 サークルのリーダーがアレなだけに、どうしても合宿・強化・特訓、と連想してしまう自分。そんな合宿は嫌だ。
 合宿中止を要請しようと思い、剛田さんと細木さんを見ると、二人でコソコソと話し、時折エロい笑顔を浮かべている。
 俺の想像とは違う理由で合宿をしようと企んでいるようだ。
 俺と目が合った細木さんが、こっち見るなとでも言いたげに顔を歪めたが、ぱっと笑顔に変わる。
「よし、せっかく会員増えたんだし、歓迎会でもするか。酒買って来い」
 誰が? 細木さんの視線は、俺に向いたままだ。
「なにボケっとしてる、買いに行けよ」
「お、俺?」

 新人歓迎会じゃないの? いきなり雑用って、やっぱり歓迎されてないのか、俺は。
 姫が椅子から立ち上がり、手を挙げた。
「私も行きます。何買って来たらいいですか?」
 マッチョ二人は、残念そうな顔をした。すでに何かを企んでいたらしい。

 それから、買い物メモを渡されただけで、
「あの、お金は?」
「ウチはボランティアに命をかけているので、そういうのは、自腹だ。後で割るから、先に払っとけ」
「――ハイ」


 どうやら、サークルの存在自体もボランティアらしく、部に昇格する気もなく、部費は一円たりとももらっていないらしい。一方、自動車部は、部費で車一台買ったりしてるらしいが。


 大学に一番近いコンビニで、買い物をすることになった、俺と姫。
「えっと、ビール一〇〇〇mlが三本、紙コップ、柿ピーに、ポテチ。それから――」
 メモを見ながらカゴの中身を最終確認する姫。メモを裏返した所で、動きが止まった。
「どうした、他にない?」
 姫が手に持っているメモを覗くと、ゴム製品の入ったちょっとエッチな素敵箱、と書いてあった。
 それって、有名なアレですか。アイツら、そんな事を考えていたから、エロい顔してたのか。こんなモノまで割り勘にされてたまるか!
「いらない、いらない、そんなモノ」
 止まっていた姫が、ようやく動き出した。
「――そうですよね。あはははは。そうだ、真部さんはジュース、何にします?」
「え? ジュースなんて書いてあった?」

 メモを覗き込もうとしたが、それより先に姫が喋りだした。
「真部さん、未成年ですよね。ビール飲むつもりですか?」
「あ、なるほど。自分の分ね」

 自分の飲み物の事なんか、すっかり忘れていた。やっぱり、女の子は違うな。
 それより、自分が飲まないビールまで、割り勘対象だったら嫌だな。


 部室に戻ると、買い物を終えた俺たちから袋を奪った。
 買ってきたものを素早く机に広げると、紙コップも使わずに乾杯をし、歓迎会が始まった。
 途中、酒が足りないとか言って、買いに走らされたけど、構内で飲んじゃいけないんじゃないの?

 その後、二次会とか言ってカラオケに行った。マッチョたちはここでも大量の酒を飲み、多額の金を払うハメになった。
 それだけでは、マッチョの勢いは止まらなかった。
 仕舞いには、三次会と称して『突撃! 新人お宅訪問』で俺の部屋に流れ込まれる始末。
 いきなり女の子の部屋に行くのは失礼だろう! と細木さんが言ってたけど、俺はいいのかよ。

 結局、主催者であろうマッチョたちは、ウチで酔い潰れてしまった。
 得体の知れないマッチョが二体、床に転がっているこの状況、二度と見たくない光景だ。
 何もない六畳の部屋がやたら狭く見える。

 邪魔者は眠っている。少々うるさいが、姫と仲良くなれるチャンスかもしれない。
 そう思って、話題を探していると、姫は適当に片付けをした後、カバンを持って立ち上がった。
「私、そろそろ帰るね」
「え?」
「後はよろしく! じゃ、オヤスミ」

 姫は、マッチョたちを俺に任せて帰ってしまった。
「ま……マジっスか?!」
 その声は、マッチョのイビキにかき消された。


 あんたら、ウーファーまで装備しているのか! と突っ込みたくなるぐらい、地鳴りのしそうなイビキをかいて寝ている、マッチョたち。
 隣の自分の部屋にまで響くダブル重低音は、朝までノンストップで鳴り響き、俺は一睡もできないまま、朝を迎えることになった。

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