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11■カノンの二分の一
冬休みも終わり、いよいよ学年最後の三ヶ月、三学期に突入。
さて、三学期といえば、どんなイベントがあるんだっけ?
……卒業式、修了式、って、三月だけかよ。まだ新学期始まったばかりなのに、最後の行事しか思い出せないぐらい何もない三学期。うーん、三学期って何かなかったかなぁ。二学期に行事詰めすぎなんだよ。そうに違いない。だから霞む三学期、それでなくても短いのに。
そうだ! 六年生を送る会って、やっぱり三月じゃないのかこれも。
雪が降ったら雪合戦、寒くても外でドッジボール。でも帰宅すると家にこもりがち。いつもリビングのこたつの主、横になって頭までこたつに潜ってゲームをするのが日課となりつつある。こたつあったけー。
「千恵さん、来週の火曜日、二分の一成人式あるんだけど、来れる?」
「にぶんのいち、成人式?」
聞きなれないイベントだから、母さんも聞き返してしまっている。
何やら成人式の二分の一にあたる十歳、つまり四年生の学年行事のひとつにそういうものがあるらしい。
「お父さん、あたしの小さい頃の写真、探してくれた? 学校で使うの」
「ああ、印刷しといたよ、電話の横に置いてある」
「ありがとう」
電話は廊下に繋がるドア側、こたつに近い場所にある。その写真がどんなものなのか気になった俺は、それをのぞきに行こうともぞもぞとこたつを出る。
「うわ! 孝幸いたの!?」
「すみません、こたつ虫で」
すっかり気配を消していたようで、母に驚かれる。
それにしても外界は寒いのぅ。でも写真を確認するだけしてみたかった。さすがにカノンのアルバム広げて見てたら亡くなったお母さんを思い出して泣かれたら困るので、触れてはならない部分だと思ってる。
さてさて、小さい頃のカノンさんはさぞかしかわいらしい女の子だったに違いない。
「おにーさんにも見せてみ」
「おにーさん?」
普段はそんな言い方しないくせに、と少し怪しまれるが、すんなり見せてくれた。
手渡されたそれは、衝撃的であった。
なにこのかわいさ……犯罪!!
「よく誘拐とかされなかった?」
「誘拐されたら危ないでしょ!」
「うん、俺なら間違いなく誘拐するね」
「誘拐するのが人として間違いだよ」
なんて会話してんだ。
まぁ、そんなことを言いたくなるぐらいにかわいかったことは理解していただきたい。
現在をそのまま小さくした感じ。そしてそのまま大きくなったのね、というのか? 何か変な日本語だな。
くるくると大きな目。サラサラで肩までの髪。弾けんばかりの笑顔。俺の心鷲掴み。
「あー、妹に欲しいタイプ」
「妹ですよ」
「……ああ、そうか」
ああうっかり、アフターが目の前に。でも、この写真の頃のカノン、ぜひ見たい、見たかった、決して変な意味ではなく。
「幼女趣味……あっロリコン」
「ろ、ロリ?!」
なに!? 俺はロリコンなのか!!
そんなつもりはないのに……別に外出先で幼稚園女児を見つけて観察するという趣味は持っていない。カノンの幼い頃の写真を見て思った素直な感想だ。決して、決してロリコンでも誘拐したいとか犯罪じみた欲望ではないのだよ。
写真はお返しします。あまり見てたら本当にロリコンだと思われてしまう。
□□□
それから一週間が過ぎて二分の一成人式があるという火曜日。学校の正門には入学式や卒業式のように看板(?)が出されていて、思っていたより大きなイベントのようだ。
二時間目前になると参観日のように四年生の保護者がやってくる。先週カノンが母さんに来れるか聞いていたので今日は当然、母が来ると思われる。
二分の一成人式なんて俺がいた小学校ではなかったイベントだったので、中間休みは外では遊ばず、渡り廊下を通って隣の校舎二階にある四年の教室を覗きに行ってみた。三年側は児童が教室を出入りしているけど四年側の廊下前は静かなもので、なにやら中間休みもぶっ続けで親宛の手紙を読んでいる模様。こっそりカノンのクラス内を伺ってたつもりだったのに、来ていた母さんに見つかってしまい睨まれた。
ここでちょうどカノンが手紙を読む番になったので、母さんに睨まれ続けることも追いかけられる心配もなさそうだ。後で何か言われるだろうけど。
「あたしのお母さんは、詩音(しおん)という名前で、手作りのケーキやクッキーをよく作ってくれていた優しいお母さんでした。
あたしが幼稚園の頃、生まれてくるはずだった赤ちゃんと一緒に亡くなりました。それからずっとお父さんと二人で暮らしていて、お父さんは仕事があるのに料理や洗濯を頑張ってくれました。あたしも自分ができることは手伝って、料理もできるようになりました。
そんなお父さんをずっと支えてくれている人が居て、その人はあたしとお父さんの家族になってくれました。一人で寂しかったあたしに、お兄さんもできました。十歳になるまで、すごく辛いことや寂しいことがあったけど、今はすごく幸せです。家族になってくれてありがとう、千恵さん。
あたしの夢は、まだ描けてないけど、何にでもなれるように、勉強はしっかりやっていこうと思います。いつかなりたい夢が見つかったら、応援してください。
そして、これからもよろしくお願いします。――華音より」
保護者側の席から複数の鼻を啜る音、カノンの手紙は会場の涙を誘っていた。
カノンが今読んだ手紙を母に手渡しに来たとき、廊下からこっそり覗いていた俺と目が合った。
俺はカノンからすぐに目をそらしてその場から走り去る。
――泣いてたの、見られたっ!
ちがっ……ななな、泣いてないからな! 断じて泣いてなどいない。ちょっとアクビしてただけだ!
「泣いてんの?」
いつからいたのか、卓弥が渡り廊下に立ちはだかって、薄く笑みを浮かべている。俺は袖でゴシゴシと目をこすって涙を拭う。
「泣いてねぇし!」
「大事にしてよ、お兄さん」
「言われなくても分かってるよ!」
小さい頃からカノンを知る卓弥。
つい最近、家族になった俺は、カノンのことをまだよく分かっていないし、知らないようだ。
四年の二分の一成人式はまだ続く。三時間目の枠では体育館へ移動し、学年単位での式になるとか。
さすがに体育館での式は覗いてみることはできなかったけど、授業中も何やってんのか気になって仕方がなかった。
「何やってるか気になる?」
三時間目終了後、すぐに卓弥が俺に寄ってきてこっそり聞いてくる。
ホントに、コイツは色々と……心でも読んでるのか? 俺が分かりやすすぎるのか。
「小さい頃の写真と現在の写真のスライドを流しながら、両親への感謝の掛け声。それから、親から子供へ手紙が渡されるんだ。教室では子供から親へだったのに、体育館ではその逆があるんだから驚いたよ。いつ書いたんだ! って聞いたらさ、前に配られた学年アンケートって書いてあった封筒がソレだったらしくてさ、いやぁ、あれはやられたね」
卓弥はうんうん、と頷いて納得しているけど、まぁ、なんとなくは分かった。お互いに内緒で手紙書いてて交換するような感じなんだな。なんかそれ、恥ずかしくないか?
「孝幸だったらお母さんにどんな手紙書いた?」
「……さぁ、どうだろう?」
俺が前にいた学校ではなかったから、考えたことなかった。母さんはずっと俺と一緒にいてくれて、それが当たり前で、今更感謝を手紙にするなんて恥ずかしすぎる。それを母さんの前で、みんなの前で読むだなんてとてもじゃない。
でも、言葉にできないぐらい、感謝はしてるはず。そういうの恥ずかしいから考えたくはないけど。
「まぁ、色々ありがとう、かな」
小さい頃、守ってくれてありがとう。仕事で大変なのに、毎日ごはん作ってくれてありがとう。参観日も少しの時間しかいなくても、欠かさず来てくれてるって知ってる。できるだけ、自分なりに母さんに迷惑かけないようにしてるつもりだけど、どうなんだろう? 勉強はできる限り頑張る。あと、セイジさんと幸せになって。俺も十分幸せだから。
――恥ずかしいだけだ!!
いい行事だけど、なくてよかった。
□□□
「集合写真撮るんだったら、もっといい恰好して行ったのにー」
会社から帰ってきた母さんに今日のイベントについて感想を求めたら、期待したのとは違う答えが返ってきた。
なにやら、クラス単位で保護者も一緒に集合写真を撮った模様。母さんはいつも仕事へ行くときの恰好……ちょっと着古したスーツに薄化粧だったので、やはりばっちりキメたかったご様子。今日は子供たちが主役なんだから、そう目立とうとするなよ。
だいたいそれどうでもいいよ。ちゃんとした感想を求めたいんだけど、
「行ってよかった」
と、笑顔で言うだけ。
「で、孝幸は何で覗きに来てたかな?」
「休み時間だったからだよ」
「にしても、いいタイミングで来てたわね」
「たまたまだって」
ほんとにたまたま、カノンの時だっただけだし、母さんと目が合ったけど。
「あたし、小説家の才能あるかな?」
と、部屋で宿題をやっていたカノンがリビングへ入ってきた。
なぜかこちらもニコニコと笑顔だ。
「何で?」
「人を泣かせる手紙書けるぐらいなら、人を感動させる作品書けそうな気がしない?」
なんでそうなった。まぁ、カノンの手紙で鼻すすってる大人も多かったけど、それはカノンの生い立ちがどうこうの部分にではないのか?
返事に困っていたら、カノンがニヤっと変な笑みを浮かべた。
「泣いてたじゃない、孝幸くんも」
やっぱ見られてた!!!
「あら、孝幸まで泣かせちゃったの?」
「ちがっ、あれは、アクビしてただけで……」
とにかくここはウソになるけど撤回を!!
□□□
「ああ、泣いてたね、孝幸。なのに泣いてないって強がるんだ」
「今泉、てめぇぇぇえええ!!!」
そして次の日の朝、カノンがふっとそのネタを振って答えた卓弥の証言のせいで……覆すことは不能になった。
もうやめよう、このネタ。認めるから二度と触れないで。
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2016.03.30 UP