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  9■リンダと中学生


 運動会が終わり、月曜の振り替え休日。
 この平日にある休みというのは何だかズルというか悪いことをしているような気分になるのだ。
 セイジさん、母さんは体が痛いとかだるいとか言いつつも当然仕事。

「いってきまーす」
「あーだるい、運転お願い」
「ええ!?」

 子供たちは疲れが残った様子はないのにお休みということで更に元気。

「いってらっしゃーい」
「いってら」

 宿題も特に出ていない。定番の運動会の感想なんぞを原稿用紙一枚書いて出せばいい。20×20の四百字詰め。これは思ったことを書いていたら一枚じゃ足りなくなるぐらいなので量としてはたいして苦労もしない。どちらかと言えば四百字という縛りでまとめる方が難易度高いような? これは寝る前でも十分に間に合う。だから十時には今泉のとこにでも遊びに行って……まだ二時間ぐらいヒマだな、どうしよう。
 先に感想文を書けばいいんだよ。わかってるけどめんどくさくて後回しにしたくなる。意味もなくごろごろしながら、普段は学校に行ってて見れない時間帯のテレビ番組をなんとなく見て過ごす、夏休みリベンジな振り替え休日。
 カノンは、母さんが途中までしか干さなかった洗濯物の続きをやっているので庭にいる。(干さなかったんじゃなくて、疲れてて起きるのに少しもたついたから干しきれなかったの! と言われそうだが。)なので例のほんのり線香の香りが染みついた和室へと移動して……ついシオンさんと目が合ってしまったので、仏壇前で一通りの動作をしてからカノンの仕事っぷりを見学。

「見てないで手伝ってよ」
「いいの? カノンの下着探すよ」
「……やっぱりいい」

 この変態発言は手伝いから逃げるにはちょうどいい。
 何か見られている気がしてどうも背後が気になり振り返る。シオンさんがいる。もしかして、怒ってる? カノンにばかり家事やらせて! って。でも得意ではないのだよそういうの。
 ホント、よく似てらっしゃる。カノンは大きくなったら、たいそう美人さんになられて、男にチヤホヤされる男殺しになるでしょう。まぁ冗談です。
 視線を庭に戻す。
 カノンは黙って手際よくピンチハンガーにはさんでいく……あ、それ、

「俺のパンツ」

 ギロリと睨まれる。それも一瞬、今度は何かたくらみがにじみ出た笑顔。

「自分のものは自分で干す? お兄ちゃん」
「大変申し訳ございません、いつもありがとうございます」

 カノンの「お兄ちゃん」には怒りと破壊力があったので、思わず謝り、感謝の言葉を伝え、逃げるように和室を出た。
 やっぱ先に感想文書いとこう。隠れるように二階の自室へ上がり、十時になると今泉の家へと避難した。
 家での出来事を最初の話題にしたところ、

「やだ、孝幸大胆! エッチ!! 羨ましい!!! で、そろそろ洗面所で「キャー! お兄ちゃんのエッチー!!」事件は起きたかな?」

 考えることは同じか。確かにこっちに来た頃はそのイベントを期待していたんだけど、実際に発生したのはその逆で、俺が見られた方で「ギャー! 妹ちゃんのエッチー?」事件であったがそこまでは言わない。

「いや、もし遭遇事件起こしたら、二度と口利いてもらえないどころか一生避けられる」

 カノンって冗談であってもそういうのには厳しい。分かっていながらついつい今日もやっちゃって、何度目かの自爆です。きっと今日も口を利いてもらえないことぐらい覚悟している。昼ごはんどうしようかなぁ。
 帰り辛さもあって昼を過ぎても今泉宅へ居座っていると――ピンポーン、と呼び出しチャイムが鳴る。
 二階の部屋から出て階段を軽やかに駆け下りる今泉。そして玄関から俺を呼ぶ。

「孝幸ぃー、かのんちゃん来たよ」

 ギャァ! 悪魔!!
 普段は天使だけど、今日は悪魔。悪魔にしたのはこの俺。もう覚悟するしかあるまい。
 階段を降りつつ玄関にいるカノンの様子を窺う。たぶん今は今泉の前だから機嫌悪くても明るく振舞ってるはずだ。

「お昼になったら昼ごはん! 時間見てちゃんと帰ってきてよ」
「はい、すみません」

 今泉が鼻で笑ってる。言いたいことはなんとなく分かる。

「かのんちゃん、孝幸のお母さんみたい」
「お母さんじゃないもん! 義妹(いもうと)だもん!」
「じゃ、百歩譲ってお姉さんだ」

 それは譲っているのかどうなのか。でも、カノンはとてもよくできた義妹ですよ。
 そして家に連れて帰られる。食卓には昼ごはんが二人分並んでいた。きっと俺の帰りを待ってたのに、帰って来なくて、呼びに来た。一人で食べとけばいいのに。
 そうしないのは、カノンの優しさ。

「ごめんな。ごはん作ってくれてたのに、待たせたあげく呼びに来させて」
「そうだよ! ごはんというのは、できたてが一番おいしいんだから! 次は待たないからね」

 セイジさんと母さんのいない食卓、いつもの定位置、互いに斜め右前に向かい合う。

「いただきます」

 両手を合わせ、感謝の気持ちを込めた。
 なので、皿洗いは俺がやることにした。


  □□□


 運動会までの体育ラッシュも落ち着いて、振り替え休日明けからようやく通常の授業に戻った九月最終週。まだまだ半袖で活動できるほど暑い日が続く十月上旬、でも日が落ちると急に肌寒くなり、すっかり秋らしくなってきた。
 食欲の秋、読書の秋、紅葉の季節。
 満月の夜、窓にもたれて読書をする俺はふと夜空を見上げる。
「ああ、今日も月がキレイだ」
 そう思いながら文庫本に目を落とし、遅い時間まで読書に耽る。
 読書の秋――そんなイメージ映像。
 マンガは読んでも小説は読まない。残念ながら、イメージのようクールにはいかない、現実の俺。
 実際には特に何事もなく平凡な日々、とにかく長いだけの二学期。



 着ているものも日に日に厚手になり、それでも外を駆け回っていた。
 普段より下校時刻の早い水曜日。いつものように今泉と一緒に帰宅して、その日は自宅から一番近い公園へ遊びに行った。リフティングもどきをやってみたり、投げてキャッチするだけのボール遊びをしていると、普段は見ない学ラン姿の中学生のグループが現れた。

 コマンド
?『たたかう』
 『にげる』
 『ぼうぎょ』
 『どうぐ』

 まほうの項目は当然ない。
 どれも通用しそうな気がしないし、囲まれてダメージ食らうだけの予感。と、ゲームに置き換えるのはやめて、どうも怖いという印象のある中学生が三人という団体(?)で来ると、地面を蹴り、ツバを吐きながら辺りの大人子供を蹴散らしながら公園を乗っ取るのではないかと思ってしまう。すでに周りには子供の姿はない、俺たち二人だけ。今日はなぜかずっと二人ではあるんだけど。

「たくま!」

 コマンド
?『じばく』

 今泉が中学生に突っ込んで行った。さらば我が友よ! キミのことは忘れない。敬礼して見送るその目には、涙が光る――そういうイメージ。

「たくみー」
「たくちゃん相変わらずちっせー」

 五年生のわりに小さくてかわいい系の今泉は、なぜか撫でられまくってる。しかも名前で呼ばれてる。知り合い、か? そういえば兄が中学生!

「ドッジボールやろうよー」
「おお、いいね。やろうぜ」
「孝幸もー、こっちこーい」

 え!?

 中学生ってノリが悪くて怖そうで、小学生とか蹴散らして公園乗っ取ってタバコ吸ったりとかするのかと思ってたのに、そうでもないんだ。いや、その印象はいつの時代の不良だよ。ちょっと生まれた年が早いってだけで、俺たちとたいして変わらない、はずだ。
 はずだけど、身長は俺より高い、何だか壁のようだ。小学生と中学生、生まれた年の数年は全然違う。前言撤回いたします。


「何でオレばっか狙うんだよ!」

 丸線の中に小学生が二人。円の外から三人の中学生が俺たちを狙ってボールを投げてくる。なぜかターゲットロックオンされて狭い円の中を逃げ回る卓弥。何ですかこれ、私刑と書いてリンチというやつですか? 外からジワジワ痛めつけてきますか、やだこれ、やだこれー!! 誰かがドッジボールは虐待だと言ってましたが、まさにその通りだと思います、異議なし。でも俺にはこない、ということに気付き、低く構えていた腰を上げた。
 ふと一番近いところにいる中学生の学ランの胸についてる名札を見ると、「今泉」と書いてある。中学生三人組の中で身長は二番目、彼が卓弥の兄らしい。俺より背が高くて、顔はそこそこ似てはいるけど、お兄さんの方が短髪で爽やかなスポーツマンって感じでかっこいい。

「テスト期間で部活休みだから、退屈でさー」
「部活、県体終わって引退じゃなかったの? ちゃんと勉強しろよ、受験生だろ」
「普段してないのに突然できるか!」
「部活って、何やってるんですか?」

 ドッジのはずが兄弟間キャッチボールと化してる今泉兄弟の会話。ふと気になったので兄に一応敬語で話しかける。俺のことなんてたぶん知らない、ただの弟の友達程度なのでスルーされることは覚悟の上。

「バレーだよ」
「市内でも結構強い学校なんだよ」
「市内だけ、な。県大会とか出れてもほとんど勝ってない」
「で、この子はたくちゃんの同級生か?」

 と、今泉兄ではない中学生、三人の中で一番背の高い人が俺を指差して聞いてくる。
 はっ、そういえば自己紹介も何もないままドッジやってた。

「ほら、前に言ってた、かのんちゃんとこの……」
「マジで! こいつだったの?」
「一緒に登校したのは六年の時だけだった! 今でもたまに見かけて話するけどマジ可愛いよな、華音ちゃん、まさに天使」
「あんなかわいい子と一緒に住んでるなんて羨ましい!!」
「そうか、彼女にチクっとこう」
「ちょっと待て、それとこれとは話が別!」

 中学生三人組、全員がカノンのことを知っているような口調。まぁ、今泉兄はご近所さんだとして、あとの二人は一体どこの何者さん?
 カノンどこまで有名なの? そういえば前に、中学生が手を振ってくることもあるとか言ってたのはこの人たちのことか?

「名前、なんてーの?」
「ふ、藤宮孝幸です」
「オレは今泉拓馬(いまいずみ たくま)、こっちが山城であっちが伊藤な」

 三人の中で一番背が高いのが山城さん、一番低いのが伊藤さん、と。三人の中での身長順であって、同級生の中では背が高い方の俺より中学生の方が当然大きいし、体もがっしりしてて更に大きく見える。。
 ようやく自己紹介が終わったところで、次はドッジボールでバレーが始まる。

「遅い遅い、声出せ!」
「はいっ」
「腕を振るな、膝を使え!」
「正面でこう、とらえる」

 遊び程度でやるのかと思ったら、上着やカッターシャツを脱いで体操服になるわ、すごい厳しく本格的だった。中学の部活って、ただの部活動じゃないの?
 一方、今泉の方は、これまでにつき合わされたことがあるのだろう、俺なんかよりよっぽど上手くボールを上げている。トスも軽やかに上げるものだから、見よう見まねでやってみたら、ペチっと変な音が出るわ飛ばないわ。これはうっかり突き指しそうなやつだ。ということでもうやめておこう。

「動きはいいな。中学入ったらバレー部入れよ、毎年人数ギリギリなんだ」
「やだ、運動部は入らない」

 そしてまさかのスカウト? なのに運動会のリレーであれだけの活躍をしていながらまさかの運動部に入らない宣言。一方俺は、そういうのが全くピンとこないし、相手は歳上だ。生意気な発言は控えたいところなので、

「考えときます」

 と無難に答えておいた。
 ほんの三十分程度、遊びでやったはずなのに腕が真っ赤になって痛い。こんな練習、中学の三年間も耐えられるか!


  □□□


「おかえり。あれ? 腕真っ赤だね。どうしたの?」
「通りすがりの中学生とバレーを少々」
「もしかして……拓馬くんと山城くんと伊藤くん?」

 正解です、さすがカノン様。全員の名前をドンピシャで当ててくるとは。


 これまではなぜか怖いという印象を持っていた中学生。三人の話はちょっと分からないこともあったけど、一緒に遊んで話もできて楽しかった。

 俺も一年半後には中学生か……。
 運動会もラスト一回、卒業式はもう二回あるけど、在校生として一回、卒業生として一回。あとは……六年といえば修学旅行だな。他にイベントごとは……。
 卒業とか進学とか、まだピンとこない。


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2016.02.25 UP