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  6■リンダとお風呂と男の話


「今日、孝幸んち行っていい?」

 と聞かれて困った。
 昼休みの教室。学校が終わったら遊ぶ約束をしたものの、なぜかウチでという流れになってしまった。

「えー、どうだろう、わかんない」

 今泉は曖昧に答える俺の態度に首を傾げた。
 そういえば、友達を家に呼んで上げていいのかな? 聞いたことなかった。

「また聞いとくよ」
「うん、じゃ、今日はウチでいいか」

 今泉の家は藤宮家のすぐ裏だが、普段は家の周りなど外で遊んでいたので、友達の家に呼ばれるのはこっちに来て初めてだった。家の外観は見たことあるが、中はどんな風になってるんだろう。今泉の部屋はどんな部屋かな。部屋にテレビとかゲームってあるのかな、兄弟とかいるのかな。ちらっと兄貴がいるような話を聞いたけど、まだ会ってない。
 午後の授業はそんなことを考えながら聞き流す。いや、流してない、ちゃんと留めている、理解もしている、大丈夫。
 学校が終わったら自宅まで競争しながら走って帰って、玄関にランドセルを投げ……っぱなしにしとくと後で母さんに怒られるから、一段落飛ばしで階段を上がり、ランドセルと真新しい通学帽を置いて一階に降りる。
 両親は仕事だから鍵は締めて……、

「どこ行くの?」

 ちょうどカノンが帰宅したので、一度掛けた錠をまた開けて鍵を抜く。

「たくんとこ」

 と言葉短に駆け出す。

「六時には帰ってきてよー」
「分かってる!」

 カノン、母さんみたいなこと言うんだな。走って今泉家に向かう途中、急におかしくなって吹き出した。

 ウチから四軒回り込んでちょうど裏にある今泉の家――別に初めて家を目にする訳でもないのに改めて表札を確認。ピンポン押そうと思ったら玄関ドアが開いた。出てきたのは走って帰ったせいで真っ赤な顔をして汗を流している同級生。片手にはお茶の入ったグラスを持っている。

「入って入ってー、何もないし誰もいないけど」
「おじゃましまーす」

 やっぱ緊張するなー初めての家は。なんだかヨソの家の匂いがする。当たり前か。

 今泉の部屋は二階東側、ちょうど俺の部屋が向かいの位置。部屋自体はそう広くないので、学習机とベットが一体になってるやつが部屋の八割を陣取っている。
 でもこれ、誰もが欲しいと一度は思うあれだぜ?

「いいよ、座って。何なら寝てもいいよ」
「マジで!!!」

 一通り堪能。うっかり今泉の存在さえも忘れるほどに。

「ああ俺、これ買って貰えたら東大行く気で勉強する……」
「んな大袈裟な。おれは二段ベッドとか憧れるけど」
「……縁なさすぎてピンとこない」
「あ、そうか」

 今泉は言葉を選びながら話し始めた。

「嫌なら答えなくていいから、孝幸のこれまでのこと聞いてもいいかなぁ?」

 そういえば、家が近くて話が合うってだけで互いに何も知らない。

「いいよ、どうぞ」

 こっちにくる前に居たところ。
 前の苗字、片親だった理由。兄弟がいるかとか何とかかんとか。

「ひとりっこだったよ」
「へー。おれは兄ちゃんいるんだ。今は中三」
「ふぅん……」

 中三といえば受験生か。中学生って何か怖そうなイメージなんだよな、デカいし、オッサンみたいなのもいるし。学校からの帰宅時間も小学校に比べてかなり遅いし。
 それから、俺が知らない頃のカノンの話。
 会話が途切れると、今話題の携帯ゲーム機でアクションゲームを交代しながらやって、なかなかクリアできないステージの攻略法をああでもない、こうでもないと一緒に考えたり。
 ゲーム攻略で盛り上がっていたら、六時のサイレンが聞こえてきて慌てた。カノンに六時には帰れって言われてた。

「もう六時じゃん、帰らないと!」
「うん、じゃ、また、明日の朝な」
「ああ」

 帰る俺を玄関まで見送ってくれる今泉。お邪魔しましたと一応言うと、一階の奥の部屋の方から「はーい」とお母さんらしき声が返ってきてちょっと驚く。いつの間に帰宅されてた?
 今泉の家を出ると、自宅まで走って帰る。
 ふと、今泉との会話の一部を思い出していた。

 ――かのんちゃん、お母さんが亡くなってからなかなか立ち直れなくて、すごく塞ぎ込んでてさ……小学校入ってから毎日おれが迎えに行って、学童へ五時に迎えに行って、ウチに一緒に帰って、お父さん仕事だから帰ってくるまでうちで遊んで……って感じでずっと一緒にいたんだけど、去年ぐらいからうちにはあまり来なくなってきたし、あの頃に比べたらずいぶん明るくなったと思うけど、うーん、なんていうか、これからはお兄ちゃんポジション、孝幸に頼むわ!

 お兄ちゃんか、どんなのかよく分からんが。

『六時には帰ってきてよー』

 って言われてるようではまだまだかな。
 だいたい、カノンは何でも自分でできるのに、頼られるようなことなんてあるのか?
 ま、いいか。何があっても一緒にいる、一緒にいられる。帰る家は同じだから。

「ただいま」

 玄関を開けて一声。
 母さんとアパートに住んでた時にはなかった返事が、この家ではある。

「おかえりー」

 台所の方から駆けてくる足音、ドアから顔を覗かせて一言。

「三分オーバー」

 もう三分も経ってた? 細かいな、カノンさん。




 藤宮さんと母さんは同じ会社に勤めている。だから行くのも帰るのも、特別何かない限り一緒である。遅くても六時過ぎには車で一緒に帰ってきて、母さんとカノンがてきぱきと分担した家事をこなし、七時には家族そろっての夕食の時間。それが終わると俺は部屋で宿題をやって、そのうち風呂の順番が回ってくるといった感じ。
 今日も食べ終わるといつものように食器をシンクまで持って行って、次はお風呂に呼ばれるまで二階で勉強……と思ってたら、

「孝幸、お風呂行っておいで」

 ここでは当たり前になった皿洗いと片付けを一緒にやっているカノンと母さん。
 いつもは藤宮さんが一番なのに、そして食事も終えてるのに、なぜだ。今日は手順が違うぞ?
 疑問に思いつつ一度、藤宮さんの方を見るが不自然な表情だし、なぜか目が合うと顔ごと逸らすし、どういうこと!?

「いつも……」

 言いたいことがあって口を開いたが、何て呼べばいい? 「藤宮さん」も「父さん」も違和感が……。

「俺はいつも一番じゃないのに、何で?」

 うまく言い直す。すると大人たちの動きがちょっとおかしかった。

「いいから行きなさい!」

 と母が強引に押し切った結果、一番風呂であります。


 体を洗ってからぬるめのお湯に浸かってると、何やら洗面所に人影? なぜか服を脱ぐそのシルエットは、浴室のドアを開けた。

「一緒に入ろうかー孝幸くーん」

 すっごいぎこちなくてわざとらしいというか、なんだこういうことか。
 浴槽に男二人が並んで入るという絵になった。
 何か話があるからこういうセッティングでこういう状況になったと予想できるが、なぜか沈黙、特に話題も見つからず、この状況はただただ気まずいだけでどうしようもない。何か、話しづらいことでも……? もう離婚? それは確かに話しづらい。そしてようやく、藤宮さんが口を開いた。

「一度、ちゃんと話しておきたかったんだ」
「うん」

 俺もそうは思いつつ、きっかけがなかった。話したいはずなのに、何を話せばいいか分からなくて。

「ここに来たこと、後悔してない?」

 低いけど聞き取りやすいトーンの声がユニットバスに響く。
 その質問に、偽りのない答えを返す。

「後悔はしてないよ。家族にしてくれたこと、嬉しかったっていうか、どう言ったらいいんだろ……」

 でも思いはうまく言葉にできない。

「だったらいいんだ。学校にはもう慣れた?」
「うん、裏の卓弥が同じクラスで、いろいろ教えてくれるから……」

 ――かのんちゃん、お母さん亡くなってからしばらく立ち直れなくて……。

 ふと今泉の言葉を思い出した。それって、藤宮さんの奥さん、だよね、当然。仏壇のある和室に遺影があった、カノンに似た雰囲気の女性。名前は詩音(しおん)と書いてあった。享年二十八歳。
 自然に浮かんできた疑問をそのまま口にしていた。

「何で、母さんだったの?」
「どこから話せばいいかな……千恵さんとは入社した頃から一緒で、妻を亡くしたあと子育てに悩んで、何かと相談に乗ってもらってたら、この人がいてくれたらなって思うようになって……もちろん、孝幸くんがいることもちゃんと知ってたし、家族になりませんかって……?」

 藤宮さんは急に反対を向いた。

「だったかな?」

 おいおい。
 まぁそんなに詳しく知りたい訳でもないから、曖昧なぐらいがいいかも。母さんにそういう人がいたことだけでも驚きだったのに。
 ああそうだ。せっかくこうやって話す機会になったんだから、いろいろ聞いてみたほうがいいかな。

「友達で遊びに来たいってやつもいるんだけど、勝手に家上がっちゃダメだよね?」
「そんなに気を遣うことはないよ。ここはもう、孝幸くんの家でもあるんだから」

 ああなんだ、この家で身を固くして構えてたのは俺だけか……。

「連れてきたらいいよ、友達」
「うん、ありがとう。でも、男連れてきたらカノン嫌がるかな?」
「うーん、どうだろうね。それは華音に聞いてみた方がいいね」

 それからさ、と続けると、藤宮さんはそんなにいっぱいあるの? と小さく笑った。

「もっと早くにちゃんと話すべきだったかな」

 それは違うと思った。きっと今だから話せるんだ。
 でもやっぱり、まだ言いにくいかも。

「呼び方……何て呼んだらいいか分からなくて。カノンは母さんを名前で呼んでるのに、俺だけ藤宮さんだともうおかしいじゃん。だからってまだ父さんって気軽に呼ぶのは恥ずかしいし……」

 モゴモゴ。
 語尾まではっきり言えない。まだ言いたいこと、最後まで言えてない。

「そんなに気にしないでいいよ。呼びやすい方で……」
「セイジさんって呼んでいいですか!」

 今度は力が入りすぎてカタコト。
 藤宮さんが鼻で笑った。

「お互い、気を遣いすぎてるのかな。だったら、藤宮さんって呼ぶのは今後やめてもらおう。ウチに居るみんな藤宮さんだからな。これからは父さんかセイジさんのどちらかにしてもらおうか」

 と強気で言ってきたかと思えば、前屈みになって浴槽の淵に額を当てた。

「嫌われてんのかな、とか、認めてくれないのかなって、すごい不安だった」

 なんて急にウジウジしだしたから、手桶ですくった湯を藤宮さんの頭に掛けてみた。

「大丈夫だよ、俺は嫌ったりしてない。藤宮さ……じゃなかった、セイジさんのこと、好きだよ」

 水を滴らせながらこちらを向くセイジさん。目を細めて頭を乱暴に撫でてくる。

 初めて会った日と同じ笑顔だった。


  □□□


「長風呂すぎ」

 なかなか上がってこない男二人を心配して、母さんが覗きに来た。


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2014.04.09 UP
2016.02.25 改稿