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  5■転校生のリンダ


 長いはずなのにバタバタしすぎてあっという間に終わった夏休み。
 今日から新学期スタート。しかし、休み中はすることがなく、だらだらと自由気ままな生活をしていただけに、昨晩なかなか寝付けなかったせいで起床に少々もたついた。
 慌ただしく朝食を取り、持って行くものに困りながらもとりあえずは連絡帳と筆記用具、ぞうきん、そして少々の不安をランドセルに詰めて背負った。
 そういえば連絡帳、前の学校の続きになるけど、名前書き換えてなかったな。新しいのにしてもらえば良かったかな?
 と、階段を降りながらふと考える。赤いランドセルを背負い、黄色い通学帽をかぶったカノンが玄関で待っていた。

「準備できた?」
「あ、ああ」

 まだ友達のいない俺はカノンと共に登校だ。
 転校先の学校もこれまで通ってた学校と同じ私服校なので、変わったところといえば新品の通学帽と名札になっただけか。
 あと、苗字も変わりました。ここ一番変わったところだね。

「おはよー、かのん」

 前方には振り返ってこちらに向かって手を振ってる女子が三人。カノンも手を振って応えている。

「あたしの同級生だよ。一人はクラスが違うの」

 へぇ、と一応返事はしておく。
 カノンが友達の所で止まったので俺も少し後ろで立ち止まると、三人は俺の顔を見てヒソヒソ。

「かのん、その人は?」
「あたしの……お兄ちゃん?」
「かのん、ひとりっこじゃない!」
「うん、お母さんとお兄ちゃんができたっていうか、家族が増えたっていうか」
「ええー、そうなのー!?」

 あえて会話には入らず、楽しげに囲まれてるカノンを、二歩ぐらい後ろから見守るようについて歩いた。

「かのん、休み中なにやってたの? 全然遊びに来てくれなかったじゃない」
「えーと、家の手伝い?」
「お母さん、来たんでしょ?」
「うん、仕事してるし、ついいつもの癖で……」
「相変わらず、付き合い悪いよー、かのん」
「ごめんごめん」

 そういえば夏休み中、カノンは遊びに出てなかったな。何かと台所に立ってた気がするし、毎日遅く起きてくる俺に朝食を、昼もちゃんとごはん出してくれたし。
 俺はまだ遊ぶような友達がいなかったから家でだらだらしてたけど、カノンは友達がいるのにいつも家にいて……それ、俺のせいだったりしないよな?
 俺が家で一人になるから……?
 なんてことはないよな。別にほったらかしててもいいのに。これまでだって夏休みなんて母さんは仕事でいないし、昼は母さんが作り置きしてくれてるものだったし、勝手に遊びに出てる日もあれば、家でゴロゴロしてる日だってあった。確かに今年は事情があってこれまでの夏休みとは違ったけど。
 しかし、話し相手のいない登校は退屈だな。何か一人でごちゃごちゃ考えてしまう。
 学校に到着するまでに何度もカノンの友達がちらちらとこっちを見てきたがどう対応すればいいのか分からず、つい目をそらしてしまう。別に嫌ってるとかじゃなくて、ホント、どうしたらいいか分からなくて困ってただけだからな。印象悪く思ったらすまん。心の中で謝っておく。



 俺の新しいクラスは五年一組。二棟ある二階建て校舎の南側二階。担任である女性教諭と一緒に、校舎中央の階段を上がって右を向き、一番手前が5−1、その奥に5−2、6−1? 6−2?
 前の学校と違い、同じ階に五年と六年の教室、四クラス分があるという不思議な光景だった。
 朝の会の時間、担任と一緒に教室に入った。クラスの人数はぱっと見た感じでは普通に三十人はいるぐらい。

「夏休みはどうでしたか? 今日は転入生がウチのクラスに入ります」
「はやし、じゃねぇや、藤宮孝幸です、よろしくお願いします」

 間違えないように気をつけよう気をつけようと思ってたらやっぱり苗字を間違えそうになった自己紹介。

「なんだ、女子じゃないんだ」

 たぶん言ったのは男子だな。転校生は異性がいいのはよく分かる。期待に沿えなくて申し訳ない。

「席は、とりあえず後ろの佐川くんの隣ね」

 佐川くんとやらが手を上げてここだと教えてくれる。確かに隣が空席だった。
 俺がそこに移動する最中でも、担任の話は続く。

「この後、九時から始業式なので、五十分には廊下に並びます。とりあえず、提出物を……」

 朝の会が終わって廊下に並ぶまでの間、俺はクラスメイトに少々囲まれていた。

「背高いね、何センチ?」
「152ぐらいかな」
「藤宮って、四年のかのんちゃんのイトコか何か?」
「いんや……家族?」
「へぇー。お父さん再婚したんだ」

 どこからどこまで筒抜けなのこれ。
 あっさり正体がバレたことにただただ驚き、踏み込んだ質問に対応できるほど答えを準備していなかったので反射的に答えてしまう。
 そんなに大きくない学校だから、みんな顔見知り?
 転校といえば初日が重要だと思うから、けっこうドキドキしてたけど、風当りは悪くないようで安心した。
 それどころか、始業式が終了して教室に戻ってからも、

「私の妹がかのんちゃんと同じクラスでさ……」

「前、どこに住んでたの?」

「そういえば夏休みに見た気がする」

「ウチ、近くなんだけどさ……」

 転校生が珍しいのか、休み時間になると入れ代わり立ち代わりクラスメイトに取り囲まれ、同じ階の他教室からも覗きに来られ、帰宅するまで色んな知らない人(カノン以外みんな知らない人だけど)から用もないのに「転校生」と呼ばれては呼び止められた。ゲーノー人ってこんな感じなのかな? と有名人気分を味わっていた。
 ただ、これから誰にも「リンダ」と呼ばれることがないのが少々寂しいところ。呼ばれなくなって、あのあだ名が結構好きだったんだなって気付いた。



 その日の夕食の時、俺の転校初日について触れられた。

「どうだった? 学校は」
「二クラスしかなくてびっくりした。前の学校四クラスあって、ひとつの学年で一階分だったけど、今回は二学年が同じ階にいるから、同じフロアに六年いるんだよ。校舎も二棟しかないし。それに苗字だけですぐ正体バレるし。四年のカノンちゃん、うちのクラスで知らないヤツがいない」

 ホントに、どこまで言っていいのか分からないから対応に困った。

「え? 華音ってそんなに学校では有名なの?」

 父親である藤宮さんすら知らない学校でのカノン。親って参観日しか来ないからそれだけじゃどういう友達関係か分からないだろうし、交友関係だって意外と知っていなかったりする。

「有名かどうかは分からないけど、二年に一回は上か下の学年と同じ階になるし、縦割り班活動も結構あるから、意外と顔見知り多かったりするよ」

 カノンがそう言うのだ、顔見知りが多いということはそこそこ有名人なのは間違いなさそうだ。転校生情報なら尚更、回るのが早いだろう。俺もしばらくは辺りをザワつかせて歩くことになるのか?

「みんな優しいし。特に六年の男子とかよく手振ってくれるし。卒業した中学生も手振ってくれる人いるよ」

 いや待て、それは違うような……。
 カノン、自覚ないんだ。
 まぁ、その辺りには鈍感そうだもんな。だから黙っておこう。
 カノンがカワイイからみんなにちやほやされてるんだよ。幼い頃に突然母と生まれてくるはずだったきょうだいを失い、父親と二人暮らしになって、今では家事をこなせるほどになった――薄幸の美少女、まさにそれ。そのカノンと家族になってしまった俺の風当たりは……最悪じゃないのか? もしや、有名なのはこっちの意味でかもしれない。今後、背後には気を付けよう。



 新学期二日目の朝、約束の登校時間前に同じクラスでウチの近く……というか家がウチの裏で昨日も一緒に帰ったヤツを自宅前で待つ。

「おはよー孝幸!」

 ランドセルを揺らしながら走ってきて、俺に気付くと手を上げて振ってきた。俺の頭一個分背の低い男――今泉卓弥(いまいずみ たくみ)。一、二学年下と言っても通用しそうな容姿で同学年の男にしてはかわいらしいというか幼い顔をしている。
 昨日の学活で席が近くになったし、帰りにいろいろ話した結果、俺を名前で呼ぶようになった。呼ばれ慣れないというか、学校で初めて「藤宮くん」と呼ばれて自分のことだと気付かず、返事をしなかったせいなのだが。
「無視すんなよー!」と凄い勢いで体当たりしてきた。小さいなりの必死なアピールで、ようやく俺が呼ばれてたことに気付いたぐらい。まぁ、事情をよく知るご近所さんということで、反応しなかった理由も分かってくれて今に至る。

「たっくんと孝幸くん、背が違いすぎて学年違うみたいに見える」
「ズバリひどいね、かのんちゃん。オレは成長期が人より遅いだけだよー」

 ちょうど玄関から出てきたカノンは俺が思っているだけで黙っていたことをあっさり口にしていた。
 ……あれ? 今、カノンは今泉を「たっくん」と呼んだ? 例のたっくんはこいつか! ここでいろんなものが一つに繋がり、カノンの誕生日のとき言われたことの意味が理解できた。同じ学年なのに俺とは違うタイプ、半パンで走り回ってそう……確かに。

「カノンと仲いいの?」
「んー、どうでしょう?」

 なぜか今泉は曖昧に答え、カノンに目で何やら合図を送ってる感じ? 回答権の丸投げだ。

「ここに引越して来た時からたっくんは裏に住んでるし、小さい頃よく遊んでたし、お世話になってた」

 まぁ、そうだよな。小さい頃から一緒だと遊んだりはする。ご近所の子供が自然と集まって、すごい集団になって。遅い時間まで遊んでると親たちの捜索隊が結成されて、捕獲されて解散したら、帰ってすっごい怒られる。でも最後、過去形みたいな言い方だったような。

「いつからか、かのんちゃんうちに来なくなってさ」
「三年になってからだよ。仕方ないじゃない、家のことやってたんだもん。遊ぶ暇なんてなかったの」

 歳を重ねると異性の子とは遊ばなくなってくる。でもカノンが遊ばなくなった理由はそれとは違うようで、その頃から家事を手伝うようになって今に至るという感じか。
 俺がいない、知らない頃の話。二人に共通する記憶。
 知らなくて当然なのに、なぜか羨ましくて、モヤモヤするものが胸の奥に渦巻く。なんだろう、これ。嫉妬かな。

「今日から運動会の練習だねー」
「オレ、勉強よりずっと体育でいい」

 さすが半パンで走り回ってそう男子。見た目通りの体育好きのようだ。
 しかし今日も暑くなりそうだ、どちらかと言えば運動会の練習よりは、

「でも暑いじゃん、プール入りたい」
「二学期はプールないからなぁ」

 この学校も二学期はプールないところだったか。

「よーし、今日も頑張って行こー」

 しばらく一緒に歩いていた俺と今泉のランドセルをバーンと叩いて、先に走って行くカノン。

「あっ、待てよ!」
「おい、孝幸!」

 俺がカノンを追いかけて、俺たちを慌てて追う今泉。
 そんな登校風景は日常になる。


  □□□


「な、何で、ずっと、追って、くるのよ」
「走って、逃げる、から……だろ!」
「逃げて、ないよ。追って、くるから!」

 俺とカノンは昇降口前でようやく止まったが、かなり呼吸を乱していた。あれからなぜかそのまま追いかけっこになってしまい、学校までほぼ全力で走ってしまってこの有様。授業始まる前から汗びっしょなうえにかなり体力を消耗してしまっている。

「朝から何やってんだよー。仲良すぎだって」

 途中で会ったカノンの友達は置いて行ってしまったが、今泉はちゃんとついてきていて、顔色ひとつ変わっていない。同じスピードで走ってきたはずなのに、なぜだ?
 そして、朝っぱらから疲れているにも関わらず、容赦ない運動会の練習ラッシュが始まるのであった。


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2014.04.09 UP
2016.02.25 改稿