■TOP > 紅葉−コウヨウ− > 光陽―コウヨウ―もうひとつの『コウヨウ』5
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「店長、話があるんですけど、いいですか?」
突然、雄飛が改まって来たので、まさか辞めると言うのではないかと不安に思った。が、実際にはそんな話ではなく、休憩室で向かい合うと、雄飛は面接の時みたいに緊張していた。
「話って、なんだい?」
「はい。あの、近く結婚することになりまして……ずっとお世話になってる店長には一番に知らせたくて……」
結婚……そうか、雄飛も二十二歳。そういうことを考える時期か。
「そうか。おめでとう」
「ありがとうございます。……それで、」
いろいろ手続きが必要だな。相手の女性が社会保険のある会社に就職していなかったら、扶養になるし……。
「相手の姓を名乗ることになるので、またいろいろご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
なんと、嫁をもらうのではなく、婿にいくということか?
「なぜそういう選択をしたのか、理由を聞いてみていいかな」
雄飛はやはり聞かれると思った、という顔をした。
「ご存知の通り、秋野家での俺は部外者扱い。秋野姓で彼女を嫁に迎えることって、無意味なんです。それに、彼女は一人っ子なので、いい機会かと思いまして」
秋野の両親には伝えるつもりはないらしい。
でも、私に一番に話してくれて嬉しかった。実父なのに明かせないが、息子の幸せ……特に苦労してきた雄飛には、幸せになってほしい。光陽、雄飛と息子から幸せを奪った自分が願うのも変な話だ。
「だから、アパートの引っ越しとか……」
しかし、光陽はどうなのだろうか。恋人ぐらいいるのか? もう二十六歳だというのに、浮いた話を聞いたことがない。
1Kの部屋から引っ越し、結婚式はせず、写真だけで済ませた雄飛は、『照山』という苗字になった。
その写真を持ってきた日の職場は……雄飛の妻のことばかりだった。
「奥さん、かわいい人ですね。でもやっぱり秋野さん目つき悪い」
バイトの女性からの言葉。後半がぐさりと突き刺さった。すまない。私のせいだ、と心の中で謝る。
「高校の同級生なんだよね。いいなーって、自分にはこんなかわいい同級生いなかった」
未婚の先輩社員からは羨ましいがられる。
誰がなんと言おうと、私は雄飛が幸せであれば、それでいいんだ。
二年ほどした頃、雄飛夫妻に子供が生まれた。
実質、私の孫が生まれたということ。何だか複雑だった。
自分が父親だと名乗り出たくなった。
しかし、できるはずもない。今の関係が壊れてしまうのが怖かった。
このまま一生、私は雄飛に父親だと言うことはないのだろう。
心配していた光陽も、職場の女性に紹介してもらった人と交際を始め、その二年後、結婚して家を出た。
これで、父親としての役割も一段落。
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2013.07.23 UP