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  光陽―コウヨウ―もうひとつの『コウヨウ』


 秋野雄飛に真実を伝えられない、辻村父子の物語。




  ■1




 私、辻村陽一(つじむら よういち)は自分が経営するガソリンスタンドの店長をしている。妻子持ちでありながら、他の女性と会っていた。その女性にも家庭があった。関係は、不倫というやつだ。

 女性は妊娠し、少し私に似た子を産んだ。しかしその半年後には私たちの関係は終わった。

 その後、妻に不倫をしていたことを知られ、離婚を迫られた。届けに署名捺印してやると、妻は四歳の息子を置いて出ていった。
 以来、一人息子の辻村光陽(つじむら こうよう)と二人で暮らしてきた。寂しい思いもたくさんさせたが、ひねくれることもなく、まっすぐに育ってくれた。
 中学を卒業してからは私の仕事を手伝いに来るようになり、高校を卒業すると、朝から晩まで、懸命に働いてくれた。


 ある日、高校生がバイトの面接に来た。
 少し疲れたような表情だったが、一目で違和を感じた。嫌な予感さえする。
 彼が差し出してきた履歴書を見て、私は絶句した。名前は秋野雄飛、かつて不倫した女性が産んだ子。予感は的中したのだ。
 面接に来た少年は、若い頃の写真に写った自分に似た目をしていた。
 面接の対応をせねば。
「学校の許可は、ありますか?」
「はい」
 カバンから茶封筒を出し、学校の許可書をテーブルに出してきた。
 休みの時期だけ学校の許可なしでバイトに来る高校生もいるが、よほどの事情がなければ学校も許可書を出してくれないと聞いたことがある。
 学校が許可するほどの事情があるのだろうか。もしや、家族に何かが?
「なぜバイトを?」
「……早く、自立したいので」
 影が出てきた。自立とは、この歳の子によくある、一人暮らしへの憧れだろうか。
「家族の許可は?」
「……必要、ですか?」
 影が濃くなった。少年の自立の意味は、離脱だ。
「……何が、あった?」
「え?」
「いや、何か理由があるのかな、と」
 黙っていられず、踏み込んでしまった。

 少年はしばらく、困った表情を浮かべて黙っていたが、
「家族に、嫌われてます」
「なぜ?」
 理由はなんとなく分かっていたが、聞かずにはいられなかった。
「……僕の出生に、問題があったからです」
 私のせいだ。あの時の不道徳が、残酷なまでにこの子を傷つける原因になってしまうなんて。
 これも何かの縁だ。
「すまない、辛い話をさせてしまって。明日からでも来れるかな?」
 少年は顔を上げて一瞬きょとんとして、少し嬉しそうな顔をした。
「あ、ありがとうございます、がんばります」
「これから少し、仕事を見てみるか?」


 外で従業員の仕事を説明しながら見て回った。
「まあ、口で説明するより、実際にやって覚える方が分かりやすいかな。最初のうちは、人の仕事を見ながら、窓拭きを中心にやって……」
「はい」
「店長、新しいバイト?」
 ピットで作業していた息子が声をかけてきた。光陽は仕事中、私を必ず店長と呼んでいた。
「ああ。明日から来てもらうことになった」
「秋野雄飛です、よろしくお願いします」
「辻村光陽です。だいたいいつもいるから、何でも聞いて」
「はい」
 と返事をしつつ、何が疑問を抱いたように首を傾げた。
「私の息子だ」
「あ、そうなんですか!」

 この時間、勤務している数人の従業員を紹介。バイトに入る時間を決め、さっそく制服を支給し、休憩室のロッカーに名前シールを貼り付けた。少年はイキイキとした目をして帰っていったが、私は彼に対し、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


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2013.07.23 UP