TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編5】お兄ちゃんは20歳☆【9】


  【9】


 やたらぐにゃぐにゃした道が終わり、ようやく頂上の駐車場に到着。車もまだ数台しかないので、公園に近い所に車を止めた。
 まではよかった。
 車を降りた瞬間、冷たい風が吹いた。
「さ、寒い!」
「山の上なんだから、当たり前じゃない!」
「わぁ、まだ雪が残ってる!」
「ミニ穿いてくるんじゃなかったー!」
 大騒ぎ。
 寒いのを我慢しながら、足踏みしつつ歩いて回る。
 昔来た時とは全然ちがう。遊具が新しくなったうえ、増えている。
「子供が喜びそうだな」
 以前の公園でも、俺がはしゃぎ回っていたように。
 咲良が繋いだ手を少し強く握ってきた気がした。彼女の顔を見ると、少し不安そうな表情? それとも、寒いのかな。
 手を離して俺が着ていたコートを咲良の肩に掛けてやると、俺はすこしその場を離れた。
「待ってて。温かいもの買ってくる」
 近くの自動販売機に走る。それにしても、寒いっっ!
 ふと目についた冷たい飲み物のせいで、このクソ寒い中、まず冷たい炭酸ドリンクをいっき飲み。体の芯から冷えてきて、震え上がった。キャップのプラスチックのとこだけポケットに入れて、温かい缶コーヒーを二つ買って、咲良を待たせてる所に戻った。
 咲良は近くのベンチに座って待っていた。
 少し暗い顔をしているような……でも俺に気付くと明るい顔をした。咲良の左側に座ると、缶コーヒーの一つを渡す。そして俺の方にもたれてくる咲良。でも、表情がない。
「どうしたの? やっぱり寒い?」
「……どうしちゃったんだろうね、私」
「咲良?」
「不安なの。なんでだろ。こっちに帰ってきてから、私、何か変。向こうで、一緒にいすぎたのかな」
「……そうだね。俺も、寂しいよ」
「違うよ、紘貴。全然、分かってない」
「分かってるよ」
「嘘だ。気持ちは同じだと思ってた。私の自惚れだよ」
 俺は静かに首を横に振った。
 きっと昨日、俺が何も言えなかったから、ずっと考えてたんだろうな。
「ちゃんと、考えてる。目先じゃなくて、ずっと先。でも、できるかどうかわからない約束は……まだ、今はできない」
 咲良が震えた。これは、寒いからじゃない。
「約束なんて、気軽にしちゃえばいいのよ。考え方が硬すぎるんだよ、紘貴は」
「そうだね。でも、考えてるから、気軽に言えないんだよ」
 さっき自動販売機の前でポケットに入れたものを探して取り出した。
 とてつもなく、しょうもない、キャップのリング部。
 我ながら、思いつきで変なものを代用品に選んでしまった。頼らずに済めば良かったが、やっぱり俺はダメ男だ。
 咲良の左手をすくい上げ、そっと薬指に通した。
 ただの、瓶のフタの一部。
 なのに、どんな高級なものより特別に見えるのはなぜだろう。
 咲良は俺によりかかったままだ。もう、遅かったのかな? でも、自分の気持ちはちゃんと伝えたかった。

「これからもずっと、一緒にいよう」
 咲良がふるりと震えた。
「いつか、その時がきたら……その時は、結婚しよう」
 咲良が大きく頷いた。俺を見上げてくる瞳には溢れんばかりの涙。頬を撫でてやると、零れて落ちた。
「そこまで考えてくれてたのに、ごめんね、ごめんね……」
 咲良はしばらく、俺の胸で静かに泣いていた。




 山を下りる道。道路脇に車を止めた。上がって来るときは気づかなかったけど、頂上の公園より市内が一望できる絶景のポイント。寒くて逃げ込むように車内に入ったのに、出て見たくなる。
「わぁ、すごい」
「夜来たら、もっとすごいかな」
「うん、絶対夜景すごいよ」
「今度、一緒に見に来よう」
「うん」
 寒さも忘れて、住み慣れた街を見渡す。
「あの辺が学校だよね。家はあっちかな」
 指を差しながら、夢中になった。
「モール、ここから見てもデカいなー」
「あ、電車!」
「どこどこ、あ、ほんとだ」

 はしゃぎすぎ、すっかり冷えて、また車内。

「ちょっと、ドリームタウン寄っていい」
「うん。何するの」
 ちらっと咲良の手を見る。
 左手にはまだあのリングをつけている。
「手の……それ。さすがに……」
「そうかな、私、これでもいいよ」
「いや、俺はよくない」


 ドリームタウンに到着しても、咲良は脱線ぎみ。
「あの店にあるよ」
「違う」
「あの雑貨屋さんに、かわいいのが……」
「そういうのじゃないの!」
 服の店や雑貨屋でもない。宝石店に連れていく。ショーケースに並ぶ指輪やネックレス。雑貨屋とかにあるものと輝きが全然違う。本物である証。
「四月の誕生石は?」
「ダイヤだよ」
「だっ……!?」
 咲良の顔を見て、思わず顔がひきつった。
 無理だろ、それ。いくらなんでも。
「ジルコニアでいいよ」
「じる? なに?」
 ショーケースを指差す。ダイヤのようなやつ。なのにそれほど高くない。
「じゃ、これでいい?」
 中でも予算ギリギリなものを指してみたが、咲良は首を横にふった。
「待って、サイズ……ちゃんと合う方がいい」
 サイズ?
「ほかにも見たいし」
 それは、強引にすみません。

 いろいろ見ていると、店員さんの登場。ちょっとうっとうしいなと思っていたが、咲良は指のサイズを計ってもらい、9号だとわかった。将来、役立てよう。
「結婚指輪ですか?」
 店員さんの意表をついた攻撃に、俺も咲良もひたすら首を横に振った。
「じゃ、婚約指輪、ですか?」
 思いっきり縦に首振る。

 ……えっ?

 そうなるの??


 首振りすぎて、一瞬魂抜けた?
 それから、咲良は気になるものをショーケースから出してもらったり、指につけたりしている。なんだか、とても楽しそうだ。
 そして、お気に入りの一つを見つけたのか、今日一番の笑顔で俺に言った。
「紘貴、これにしていいかしら?」
 さて、お値段……12,000円(税抜き)、こういう店は高いんだと思ってたけど、意外とリーズナブル。
「OK」

 しかし、お会計が終わって商品を受け取った咲良は、それをさっさと俺に渡す。
 ……なぜだ。
 そして、近くのショーケースにくぎ付けになっていた。後ろから覗いてみて、あっ、と思った。

 そこにはダイヤの指輪。
 ダイヤの中に、さくらが浮かび上がると書いてある。
 210,000円。

 一つゼロが多い。

「それ、次の時ね」
 咲良は一瞬驚いたのち、とても幸せそうな笑顔を俺に向けてきた。


 そして最後は、親がいないことをいいことに、自分の家。

 二人だけの特別な儀式。咲良の左手薬指、指輪をそっとはめた。
 今までなかった約束の証。この想いが本物だと証明するように、曇りのない輝きを放っている。

 でも、絡める指に少し違和を感じる。



「ヒロくん、車のかぎ……ィっ!!」
 突然開いた部屋のドア。
 父さんの短い悲鳴。
 布団の中で慌てる男女。
 察しの通り。
「まだ、おじいちゃんには、なりたくなぁぁぁい!!」
 そして階段を駆け降りる父の切実な思い。

「ああもう、何で帰って来るんだよ。昨日は仕事帰りに病院行ったくせに」

 いつの間にか、五時を過ぎてた。

 今日はまだ愛里のところに行ってないから、少々気まずいながらも父運転の車に乗り込んだ。
 咲良も帰りに送っていくという理由で乗せられた。あまりの恥ずかしさと気まずさに、消えれるものなら消えてしまいたかった。が、消えれるはずもないので、ただただ黙って乗っていた。

「咲良ちゃんの指、いいものついてるね。誰からのプレゼントかなー?」
 なんともわざとらしく聞いてくる父さん。でも、何も言ってないのに気付くとは、やはりあなどれない。そんな父の質問に咲良は、
「……大好きな、恋人からです」
 遠回しに、なんだかテレます。
「若いっていいねー。しかし、明るい時間からまぁ……」
「そこに戻すなよ!」
 そこの記憶、なくなるぐらいあとで揺さぶり倒しておこう。

 咲良、響邸前にて、下車。




 病院についたらついたで、裏を合わせたように愛里が言い出したのがこれ。
「……あたし、やっぱりまだ、おばあちゃんにはなりたくないです!!」
 継母、切実な訴え。
「突然何だよ」
「最若(さいじゃく)おばあちゃんは二十歳前☆とか、泣けます!」
 ……うん、そうだね。気をつけるよ。
 なんだか本気で泣きそうな勢いだったし。
 病室、結構広いと思っていたが、赤ちゃんのベッド(?)が入ると少し狭く感じるな。
「そういえば、名前決めたの」
「うん」
「いろいろ候補に挙げてたけど、顔をみて、呼んでみて決めたの」
 どれだけ名前候補があったかは知らないが、愛里と父さんは視線を合わせて肩をすくめる。何の合図、それ。
「やさしいに愛里の里でゆうり」
「優里……吉武、優里……へぇ」
 すやすやとよく眠るこの子は、優里という名前をプレゼントされたのか。
 親の名の一部を受け継ぐのが、吉武流みたいになってる。
 一見、父さんの名前に関係してないように見えるけど、『優』という字、父さんの裕昭の『裕』の字と同じ読みでもある。
 そして愛里の『里』。
 ――優里。

 ……いもうと。

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2011.12.16 UP