■TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編5】お兄ちゃんは20歳☆【6】
【6】
「紘貴の時、途中で容態急変して追い出されたのよ、裕昭。ロビーで待たされてる間に慌ただしくなって、保育器に入れられたアンタがNICUに運ばれ、医師が来て、頭を下げたわ。手は尽くしましたが……そのあと、覚えてないな。……そうだ。亮登がバカみたいに大泣きして、困ったんだ」
結さんが遠くを見たままそんなことを話してくれた。俺の知らない思い出話。
小学二年の授業で、自分の生い立ちを親に聞いてまとめたことがあった。先生にはできる範囲でいいと言われたが、今おもえば先生も俺に気を遣っていたのか。予定より一ヶ月も早く生まれたからNICUに入って、生死の境をさまよったこともあったって聞いた。
母は、俺を抱くことさえできなかったのではないだろうか。
肝心な部分はいつも大人が隠してる。
「紘貴はなんで来たの? 留守番しててもよかったのに」
「最初はなんで来たんだろって思ったけど、……うまく説明できないや」
心の中にあるこの感じ、言葉で説明できなかった。
たまに断末魔にも聞こえるうめき声に耳を塞ぎながら、地獄にいるような一時間が過ぎ、突然沸き上がる歓声。その中に、細いけど力強い、新しい命の声。
「……あ」
「生まれた?」
結さんと顔を合わせる。
一人の看護師さんが出てきて、
「生まれました、女の子です」
その言葉で実感。結さんと手を取り合ってよろこんだ。
「紘貴、妹だよ、お兄ちゃんだよ!」
「やめてよ、恥ずかしい」
「ニヤけてるよ、うれしいくせに」
肘で脇をどつかれる。
看護師が首を傾げた。
「お兄ちゃん?」
と、俺を指差してくる。
「ああ、父親の方の息子です」
次に結さんを指差す。
「この人は近所のおばちゃんで」
と俺が説明すると、おばちゃんはやめろと言って頭を小突かれた。
「む、息子さん!?」
それから、父さんも出てきて、寿命が縮んだと言って椅子に座った。一月なのに汗だくで、ハンカチで拭う気力もないみたい。
「まだまだ長生きしないと」
「もしもの時は、ヒロくんにバトンタッチするよ」
「縁起でもない。そういう弱音はお断りだ」
待合室で待っていると、入れ代わり立ち代わり、看護師さんが俺を見に来た。
お父さん、見た目若いですよね。何歳ですか?
お父さんの弟かと思った。
お父さんそっくり。
お母さんの方が年下だよね?
とか言われた。
愛里が、お母さん?
いろんな意味で複雑に聞こえた。やっかいな義妹だと思ってたのに、母親になったのか。
それから、看護師さんは赤ちゃんを見せてくれた。
ピンク色の服を着せられ、アクリルの箱に寝かされているけどしっかり目を開けて何かをじっと見ている。
思ってたよりずっと小さいけど、今までお腹の中に入ってて、さっき出てきたのか。
すごいな。女の人も、赤ちゃんも。
俺は父さんに似たけど、
「この子、愛里にそっくりだ」
きっと、かわいくて優しい子になる、そんな気がする。
「そお? 紘貴の赤ちゃんの頃にそっくりよ」
「えー、うそだー」
「これ、紘貴顔だよ」
「いや」
「ちょっと」
俺と結さんに割り込む父さん。
「僕の子なんだから、紘貴に似てるって言わないでよ」
嫉妬か?
「いいじゃん、同じ顔なんだから」
よくないよ、結さん。
「よし、無事に生まれたし、顔も見たし、帰ろうか、紘貴」
「え?」
「愛里ちゃんと赤ちゃん、一週間は病院。アンタがすることなんてないでしょ。私まだ掃除の途中だったのに……」
「そうですね、すみません」
「裕昭はとりあえず置いて帰る」
「吉武さーん、入られていいですよ」
看護師さんが呼びにきた。
「あ、やっぱり帰る前に愛里ちゃんの顔、見ていこう」
結さんは真っ先に分娩室へ入っていく。それに続き、父さん、その後ろに俺がついて入る。
なんともいえない雰囲気の部屋の真ん中にある台で愛里は横になっていた。
「おめでとう愛里ちゃん。よく頑張ったね」
「ありがとうございます、結さん」
俺も何か言わないと……。えっと、
……そうか。
「愛里……」
「はい?」
元気そうに装った返事だったけど、やはりどこか、だるそうだ。
「ありがとう」
「……?」
なぜそう言われたのか分からないみたい。だけど俺は、ありがとうと言いたかった。
頑張ってくれて、ありがとう。
家族になってくれて、ありがとう。
父さんを幸せにしてくれて、ありがとう。
俺のきょうだいを産んでくれて、ありがとう。
俺が変われたのだって、愛里のおかげだ。
他にもたくさん、いろんな、ありがとうがあるけど、いっぱいありすぎるし、言うと照れ臭いから、たくさんの意味を込めて。
「ありがとう、お母さん」
愛里は、笑ってるのに、涙を浮かべてた。泣くか笑うか、どっちかにすればいいのに……。
■■■
二十年以上、掛けたことない電話。
番号は、忘れたことはない。
携帯の電話帳にも入ってない番号を押して、発信した。
『はい、吉武です』
忘れかけていた、懐かしい声。
「裕昭です。女の子の赤ちゃんがさっき生まれました」
『本当に、裕昭なの?』
「……はい。今まで、すみませんでした。落ち着いたら……」
『いつでも来て。待ってるから』
「……うん、ありがとう。また、電話するね」
携帯を閉じた。
つかえて、いろいろと蓄積されて詰まっていたものがなくなって、そこを潤すように涙が流れた。
■■■
『生まれたの?』
「うん、女の子」
『うわー、早く見たーい、けど、退院した後の方がいいかな』
「明日、お見舞い行くから、一緒に行こうよ」
『えー、ホント? やったー」
愛里のことを報告する電話ごしで、咲良は興奮ぎみだった。
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2011.12.09 UP