■TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編5】お兄ちゃんは20歳☆【5】
【5】
朝起きて、いつも通り家事をこなし、空いた時間に咲良と会う。帰って食事の支度をして、風呂に入って就寝。
アパート生活と変わった部分は、咲良との時間が減ったこと。
部屋で一人いると……あまりの退屈さと寂しさに気分が沈む。
たった数日でこの有様だ。この二週間の冬休み、今後の長期休暇による帰省が地獄に思えてくる。
四ヶ月前の夏休みはここまで重症じゃなかったけど……あの時から変わってしまったこと、そうか、家族が増えることになにか、心のどこかがどうこうしちゃってるのか。
やっぱ、家に自分の居場所がなくなりそうとか、どこかで考えてて無駄に寂しくなってるのかな……。
……しょぼん。
それから、たいして変わったことのない二十八日、二十九日が過ぎ、咲良が泊まりに来た三十日。突然、火がついたように掃除をした三十一日の大晦日から、今年も乗り込んできた杉山結による、忘新年会。オールナイトで新年明けまして、一月一日は元旦。
「……いってきます」
かろうじて二日酔いではないが、寝不足の父さんは、見事にまで低いテンションで元旦から仕事に出掛けていった。あれで営業できるのだろうか。
愛里の出産予定日が近づくにつれ、俺はできるだけ出掛けず、出る場合もすぐ帰れる範囲にした。
咲良もそれを分かって、うちに来てくれるようになった。
さすがに愛里のあの腹を見たときは驚いていたが。
「調子どぉ?」
と、愛里を気遣かってくれる。男の俺には分からないこともあるのでかなり助かってる。
「今のところ、特に変わったことはないけど、病院が休みの時期だからやっぱり不安ですね……あたたた」
?!!
「どうした!」
「お腹が張ってきただけ……大丈夫」
本当に大丈夫かよ。わかんないけど。
もう数日中にも生まれるなんて、とても信じられない。ただ、何事もなければ、と願う。
けど、愛里のお腹の子が、いつまでもおとなしく入ってるはずが、ない。
――一月二日、日曜日。
父さんは今日も仕事に出掛けた。正月セール真っ只中だとかで、なかなか忙しいらしい。
いつものように、父を送り出した俺と愛里。
なぜか愛里の口数がいつもより少ない気がした。何かと時計ばかり気にしている。
横になってうなってるかと思えば、落ち着きなくうろうろしはじめたり、と思えばまたうなっている。
「どうしたの?」
「……んー。わからない」
そりゃ、俺には理解できんわ。
「でも、おなかが痛い」
「この前言ってた、腹が張るってやつ?」
「……うん。でも、なんだか頻繁だし、痛い」
痛いのか。でも全然わからん。まだ二日だし、予定日は五日だし。
俺にどうこうできることじゃない。とりあえず、結さんを呼んできて、どうでもなければそれで安心ではないか。
「とりあえず、結さん呼んでくる」
愛里は無言で頭だけ振った。痛いのか?
「多分、陣痛よ。間隔、どのくらい?」
ベテラン(?)の結さんが来て、気持ちは落ち着いたけど、状況は、進行中。
「さっきまで十五分ぐらいで我慢、してたけど、十分、ぐらい、かな」
何だか全然わからない。何の話ししてんだよ。
「陣痛だ……一応、病院に連絡した方がいい。十五分間隔だったの、いつ?」
「一時間前かな……」
「……早いかも。愛里、我慢しすぎだよ。痛い痛いって、大騒ぎしなきゃ! 裕昭に連絡は?」
「え、まだ……」
「電話して。産まれそうだからさっさと帰ってこいって。愛里は病院に電話しよ。できる?」
「……はい」
――え? 産まれ、そう?
いつもはバスで通勤している父さんが、タクシーで帰ってきて、リビングに駆け込んできた。
「愛里、大丈夫?」
ちょうど腹が痛いタイミングで、愛里は返事する余裕すらない。
「裕昭、車出して。さすがに紘貴じゃ不安で……荷物はもう積んである。病院に電話したら、来てくれって」
「え、もう?」
父さんも状況を飲み込めているのか、いないのか。
「大丈夫、愛里ちゃん、動ける?」
「……はい」
結さん、そして父さんに支えられて愛里はゆっくり立ち上がり、歩き出す。
「紘貴は玄関の鍵。戸締まりと火元は?」
「うん、見てくる」
しかし、頭の中はごちゃごちゃしてて、無駄に室内をうろうろしては我に返る。こんなことしてる場合じゃない。
「紘貴、早く! 留守番すんの?」
「え、いや、行きます!」
車に俺が乗り込み出発。
……何で、来ちゃったんだ?
産婦人科の病院到着後、真っ先に思った。
「今、準備してるから、ちょっと待っててくださいねー」
薄いピンク色のナース服の看護師さん、なぜか俺を見て言った。
「やっぱり」
結は鼻で笑う。
「なんですか?」
「今、紘貴が父親になると勘違いされたなーと」
「え!?」
「ってことはさしずめ、私と裕昭がその親か」
まあ、そう見えても仕方ない。俺が一番愛里に年齢が近いだけに。
こんな愉快な話ししてるのに、父さんは椅子に座ったまま動かないし全く食いついてこない……のも当然か。
前に、奥さんを亡くしてる。俺が生まれたときに。きっと今も、その不安と戦ってる。床を見つめ、指を組んで、祈っているようにも見える。
「裕昭、私も怖いのよ」
あの結さんにも怖いものがあるのか、と思ってしまう。
「私、子供は三人ぐらい欲しかったのに、貴子さんのことで怖くなって……」
「結さんにも、辛い思いさせたんですね、すみません」
「裕昭ほどの辛さじゃない。……大丈夫よ、愛里ちゃん。あの子……強いもの。私、陣痛が痛くて大騒ぎしたあげく、救急車まで呼んだのに、生まれるまでに三日も掛かったのよ。なのにあの子……黙って静かに耐えて、弱音も吐かない。ほったらかしてたら家で産んでたかもしれないわ」
それは誉めてるのか、バカにしてるのか。とりあえず、結さんは大騒ぎした、と。……そりゃ、手に負えなくて救急車呼びたくなるよな。
しばらくすると、また看護師さんがやってくる。
「順調にお産、進んでますが、立会いされますか?」
セリフとは裏腹に、場慣れしてるせいか、余裕を感じさせる。
でも、なぜ俺を見て言う。
いつまでも勘違いされているのは具合が悪いので、父をつつく。
「父さん」
「……大丈夫、立会います」
あ、ごめんなさい、そちらがご主人でしたか。と看護師。少々驚かない。そりゃ、色んな夫婦を見てきたからだろうけど。
突風が吹いたら倒れてしまいそうな父は、よろよろと分娩室へと入っていった。
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2011.12.07 UP