TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編5】お兄ちゃんは20歳☆【4】


  【4】


 冬は暗くなるのが早い。五時を過ぎてそう経たないのにみるみる薄暗くなっていく。
 自宅の前に誰かがいた。家の外観を見上げているようにも見える。
 近づいていくと、パンツスーツの女性だと気づく。
 そういえば、愛里の親も見たことないな。もしかして、この人は愛里のお母さん?
 封筒をポストに入れようとしてる所で、女性は俺に気付いた。
「うちに何か用ですか?」
 思い違いだといけないので聞いてみる。すると女性は俺の顔を見て驚いた顔をして、ポストに入れようとしていた封筒をひっこめた。
「……ひろ、あき?」
 裕昭、と女性は言った。
「裕昭は俺の父ですが」
「ヒロキなの?」
「え?」
 なぜ俺の名前を? 血縁者、なのかな? だったら、俺の名前ぐらい知っててもおかしくはないけど、父さんと愛里以外は初めてだ。
 この女性の顔……よく知ってる人に似てる。
 でも、愛里じゃない。
 誰だ、この人。

「ヒロくん、なに突っ立つてるの」
 仕事から帰ってきた父が後ろから声をかけてきた。
「……愛里に、何かあったの?」
 平静を装う父さんの声が震えている。
「違う、愛里は家にいる」
 俺は後ろにいる父の方を向く。
 女性と俺と父が一直線に並んでいるから、父には女性が見えていないようなので、その直線状から一歩横にずれた。
 父さんは女性の姿を見て、目を見開き、驚いた表情。
 そうだ、この女性は、父さんに似てる。
「……こ、のは、ちゃん?」
 名前は知らないけど、きっと父さんの姉だ。
 二人は距離をとったまま、話しはじめた。この距離は、父さんとお姉さんの心の距離? ものすごく遠く感じる五メートル。

「……羽野さんのご両親、亡くなられたわ」
「……そう、ですか」
「裕昭たちには申し訳ないことをしたって、言ってたそうよ」
「……ずっと、恨まれてると思ってました」
「そうね。うちだって、アンタはとんでもない大馬鹿野郎だと思ってたもの。貴子さんが亡くなって、飛んで帰ってくると思ってた。なのに何よ……」
 父さんの姉はどんどん涙声になっていく。
「結局、一人で抱え込んで、立派に子育てして、一度たりとも連絡もよこさず……どこまで馬鹿野郎なの、アンタは」
 姉は俺を通り過ぎ、父さんに向かってずかずか歩いて距離を詰めた。
 父さんは殴られると思ったのか、顔を背けて瞼を固く閉じる。しかし、お姉さんは持っていた手紙を父さんに握らせ、その手をそっと包むように握って離さなかった。
「羽野さんのお父さんからの手紙。遺書と一緒にあって、羽野さんの家族から裕昭に渡してくれって頼まれてた」
 ゆっくりと顔を上げる父さん。あふれ出しそうな何かに歯を食いしばっていたけど、口を開くと堰を切ったように喋りだした。
「ごめん、なさい、あと、ありがとう。それから……結婚、したんだ、2年前。もうすぐ、赤ちゃんが生まれる、それと……」

 俺は家に愛里を呼びに入った。
 もう暗くて足元が危ないので、手を添えて道路に出た。

 愛里の姿をみて微笑む父。
「僕の、妻です」
 その言葉に振り返る姉。
 愛里は丁寧に頭を下げた。

「はじめまして、吉武愛里です」

 はじめてウチに来たときのようなオドオドした感じはなく、堂々と挨拶をした。
 父の年齢に対し、奥さんのあまりの若さに驚いていたが、お姉さんも笑顔で挨拶を返した。
「はじめまして、裕昭の姉の呼乃羽です」




「落ち着いたら、ウチに帰っておいで。三人……じゃない、四人で。みんな待ってるから。もう誰も怒ってないから、安心して帰ってきて。家の場所も変わってないよ。あの日のままだから。覚えてる? 家の場所」
「不便などイナカだろ」
「でも、随分変わったわよ」

 話したいことはたくさんあっただろう。なにしろ二十年分だし。
 だけどお姉さんは今日中に戻らないといけないとかで、たいして話もできないまま、帰っていった。
 突然すぎて驚いたけど、いい結果に終わったよな。いや、これから始まるんだ、新しいなにかが。




 父さんが受け取った手紙……母のお父さん、つまり俺の祖父からのもの。
 封筒は新しいものではなく、ずいぶん古びたもので、母さんの父親が随分前に亡くなっていたことを知る。
 中に記してあった日付は五年も前。
 想いがたくさん綴られた手紙の一節に「娘を幸せにしてくれてありがとう」と書いてあった。

 読み終えた手紙を封筒に戻し、父さんは目を伏せた。
「やっぱり、ちゃんと謝って、紘貴に会わせたかったな」
 それが後悔というもの。咲良が言った、行かなかった後悔。




 夕飯を終えて自室でくつろぎながら、今日の出来事を咲良に報告していると、下が騒がしくなり、誰かが階段を駆け上がってきて、
「紘貴、大変だ!」
 と言いながらドアが開く。杉山家と吉武家、十メートルぐらいの距離とそう広くもない家を駆け上がってきただけなのに、肩で激しく呼吸し、顔を真っ赤にしている亮登。
 こういう状況は慣れっこなので、俺もたいして動じることもなく、冷静に対応。
「電話中だ、黙ってろ」
「母さんが勝手に親父さんの実家に電話掛けて、ここの住所教えたとか言い出して……」
 呼吸が乱れてるわりに、一気に喋る亮登。今更何を言うかと思えば、事の始まりと原因か。あまりにも突然でそのときはそれどころじゃなかったけど、落ち着いてからちょっと変だなとは思い始めていたんだけど、ようやく納得。
「聞こえた? 咲良。そういうことらしいよ。うん、ちょっと待ってね」
 携帯を離して亮登に言う。
「夕方、うちに父さんの姉さんが来てたし、もう和解成立したあと。今なんでそうなったのか分かったよ、ってことだ」
「え、ええ!?」
「だから、とりあえず、部屋から出て行け」

 咲良との電話の最中も、一人騒いでいた亮登。一階と二階を行ったり来たり。どこかで「ギャーっ」と吠えたりして、下でも父さんが「うるさいから帰れ!」と怒鳴り散らしている。

『いいね、何だか賑やかで』
「そうか? うるさいだけだし」
『……一人だと、寂しいよ』
 うん、確かに、寂しくはある。部屋でひとり、ぽつん。携帯電話が唯一のお供。
「じゃ、近いうちに泊まりにくる?」
「泊まっ……」
 いつの間にか部屋のドアを開けて覗き込んでる亮登が立ち聞きしてて、何だか過剰に反応している。
「亮登、帰れ!!」
「オレも、泊めて」
「帰れ!」
「オレも混ぜてっ」
「絶対に嫌だ!」
「じゃ、せめて夜のお供にDVDか本を……」
「んなもん、あるかぁ!! 自分で調達してこい!!」

 ドアに挟まるように覗き込んでた亮登を蹴りだしてドアを閉めた。

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2011.12.05 UP