TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編5】お兄ちゃんは20歳☆【3】


  【3】


 夕飯を終え、二階の自分の部屋でごろごろしながらずっと同じことを考えていた。
 父さんの、家族のこと。
 母さんの家族のこと。
 一度も会ったことがない。一度も会いに来た人もいない。
 小さい頃に会ったという父さんの姉のことだって、俺は覚えてない。
 手掛かりはない。
 でも誰か……!

 何ですぐに気付かなかったんだろう。
 いるじゃないか、すぐそこに。
 俺は飛び起き、携帯だけ持って家を飛び出して向かったのは斜め前の家――亮登の家。
 春斗さんと結さんなら、母さんのことだって知ってるはずだ。

 杉山家のチャイムを鳴らすと、出てきたのが亮登のお父さん。俺の父さんより八つほど年上で、俺にとって理想的な、絵に描いたようなお父さんって感じの人。
「お、ひさしぶりだな、紘貴。どうした?」
「話が、あるんです!」
 春斗さんは一度肩をすくめ、俺に入るよう促してきた。

 玄関を入って突き当たり、リビングも兼ねたダイニングキッチンがある。
 いつ買い換えたか知らないが、大型のプラズマテレビ、その前にころがってテレビを見ている亮登。ダイニングテーブルの椅子からテレビを見ている結さん。
 俺がその部屋に入ると、二人は同時にこちらに向いた。
「あれ? 紘貴」
「こんな時間にどうしたの? 家出?」
「いや、家出じゃなくて……」
 俺の後ろにいた春斗さんがドアを閉めながら、
「話があるんだとさ」
 と、ダイニングテーブルの方に座るよう、今度はあごで指示してきたので、結さんの対面側に座る。
 春斗さんはそのままキッチンへ行き、俺に温かいお茶を出してくれた。
「ありがとうございます」
 湯のみを両手でつつむと、温かくて落ち着く。
「話、ねぇ……愛里ちゃんのおなかのことかな?」
 俺をからかうように言ってくる結さん。
「亮登も大騒ぎしながら帰ってきたな」
 と春斗さんは大笑い。
「何も知らされてなくて、突然あんなの見たら、普通は騒ぐだろ!」
 亮登は飛び起きて、ムキになって反論。
「いや、それも驚いたけど、その話じゃなくて……」
「なんだ、違うのか」
 溜め息混じりであからさまに残念そうな結さん。何を期待した? 俺が取り乱して大騒ぎする様か。
「大学、どう? 医大だっけ?」
「違いますよ。薬学部です」
「え? 一緒じゃないの? 六年でしょ?」
「六年ですけど、別物です」
「へぇ、そうなんだ」
 と、他愛ない話も間にはさんだ。そろそろ本題に入りたい。
「で、聞きたいこと、なんですけど……」
 笑っていた結さんの表情が変わり、まっすぐ俺を見る。
「父さんか母さんがここに来る前に住んでた場所、知りませんか?」
 結さんがふと目を逸らした。
「裕昭くんから、聞いたらどうだ?」
 春斗さんとも目が合わない。
「聞いたって無駄よ。あいつ、絶対に話してくれないから」
 結さんは呆れたように言うが、でも、と続けた。
「わたし、知ってるわ」
 思いも寄らない言葉に、男三人は驚いた。結さんは話を続けた。
「紘貴が生まれる前、貴子さんに封筒を預かって、自分に何かあったときだけ開けてくれって。結局、開けることになったけど、三通の封書が入ってた。ひとつは裕昭宛て……あと、住所が書いてあって、切手が貼ってあるのが二通。羽野さん宛てと、吉武さん宛て。たぶん、貴子さんと裕昭の家だと思った。もちろん、中身は見てないけど、いつか、こんな日が来るんじゃないかと思って、住所はメモしてある」
 結さんの話は、衝撃的なものだった。でも、重要な部分はクリアしてる。俺は身を乗り出して結さんに聞いた。
「どこなんですか、父さんと、母さんの実家」
 しかし、結さんは困った顔をして、大きく深呼吸をした。
「でも、それってわたしが話していいことなの?」
「母さん、そんなこと……」
 亮登が結さんを説得しようとしたが、あっさり睨み殺されて黙った。
「知ってどうするの? 何をするの? 行って、自分が裕昭と貴子の息子だとでも言うの?」
「だって、父さんが、行きたいけど行けないって……」
「紘貴がどうにかしたい気持ちは分かる。わたしも、何度も思ったけど、それは裕昭のため? 自分のためじゃない?」
 そう言われると、何にも言えなくなってしまう。
「これは、裕昭がどうにかすることだよ」
「でも、このまま黙ってていいのかよ! 俺が生まれたせいで母さんは死んだ。だけど、愛里と結婚して、子供が生まれるのに」
 必死に訴えたけど、結さんは教えてくれなかった。
 それどころか、亮登と共に酒に付き合わされ、この件に関連した愚痴を散々なほど聞かされることになった。




 ――十二月二十七日、月曜日。
 朝はいつも通り早い時間に目が覚めたが、頭が痛かった。これが二日酔いか……目を閉じると余計に頭痛に意識がいってしまう。
 ……あれ?
 目を開けると、懐かしい部屋の天井。いつ帰ってきたんだろう。
 杉山家でビール飲まされて、あまり経たないうちに目が回って……記憶がない。これが有名な酒に呑まれるという現象か、それにしても頭が……割れそうだ。胃のあたりもなんだか気持ち悪いし。

 控えめに部屋のドアをノックする音。ドアがゆっくりと開く。
「ヒロくん、大丈夫?」
 普段なら早く起きてくるのに遅いから心配になったのか、父さんが部屋に入ってきた。
「頭、痛い」
 と訴えると、やっぱりね、と言って何か出してきた。小さなドリンク剤?
「二日酔いに効くやつ」
 何かを口にしたい気分じゃなかったけど、この症状がどうにかなるのなら、と思い切って飲もうとしたが、一口含んで抵抗を覚えた。
 ――マズい。
 でもこの頭痛から解放されるために、我慢して飲み干した。
「あとは、ちゃんと水分補給もすること」
 と、ペットボトルのスポーツドリンクも出してきた。口の中が気持ち悪かったので、受け取るとすぐにキャップを開けて半分ぐらい一気に飲むとため息をついた。
「……ごめんね、ヒロくん」
 父さんが何について謝っているのか、分からなかった。
「じゃ、仕事に行ってくるから」
 父さんは静かに俺の部屋を出て、静かに階段を降りていく。
 俺はもう一眠りした。



 次に目を覚ますと、頭痛はすっかりよくなっていた。
 時計を見れば、いつもより二時間の寝坊。
 着替えて下に降りると、リビングから愛里が声をかけてきた。
「二日酔いって聞いたけど、大丈夫ですか?」
 ドアを開けて部屋を覗くと、大きなお腹を抱えてソファーからゆっくり立ちあがるところ。
 あのお腹に人が入ってると思うと、女ってすごいんだなと思いながら、そのお腹にしばしみとれてしまう。
「あ、ごめん。もう大丈夫だから。それに、自分のことは自分でやるから気を遣わないで」
 ドアを閉めて台所に行き、コーヒー……よりさっぱり飲めるものを探す。
 紅茶は……ない。じゃ、日本茶。
 主に使う人が変わっても、俺がいた頃からあまり変わらない台所。茶葉も急須もすぐに見つかった。
 湯呑み二つにお茶を注いでリビングへ運び、ひとつを愛里に渡した。
「ありがとうございます」
「紅茶、ないんだね」
 俺はソファーではなく、その横、床の絨毯に座る。
「ごめんなさい、カフェインが多いらしいから……」
 妊婦はそういう気遣いも必要なのか。
「大変だな」
「馴れたらそうでもないですよ」
「へぇ」
 慣れか……やっぱそんなもんなのか。
 会話に一区切りついたところで疑問に思っていたことを聞いてみる。
「そういえば、昨日の夜、俺どうやって帰ってきた?」
「紘貴くんが飲みつぶれたから迎えに来いって結さんから電話があったから、ヒロさんが迎えに」
「そうなんだ。俺、覚えてなくて……」
 何か、言ったのかな、結さん。だから朝、父さんが謝ってきたのかな。
 ふと窓の外見る。
「……」
 何者かが窓に張り付いてこの部屋を覗き込んでる。
「亮登?!」
 湯のみを置いてリビングを出る。玄関から出て、リビング東側の窓にはりついて中を窺うストーカー捕獲。
「なにやってんだお前」
「愛里ちゃんウオッチング」
「観察すんな」
 全然いつも通りな亮登。昨晩、一緒に酒を飲んだはずだが。
「お前、二日酔いとか、ないの?」
「ないよ。慣れかな。合コンとかよく行くし。それに、母さんの酒豪の血が遺伝してるかも」
 母譲りの酒豪発言には笑った。
「どうせ俺は合コンもしたことないし、酒なんてめったに飲まないから二日酔いになるよ」
「オレの方がお兄さんだからね」
 腰に手をあてちょっと仰け反り。偉そうに言ってるけど、
「誕生日二ケ月しか違わないのに、兄貴ぶるな」
 はっはっはと変な笑い声の後、亮登は話題を変えた。
「オヤジさん、何か言ってた?」
 何を指すのかそれだけでわかる。亮登は、結さんが父さんに何を言ったのか聞いていたようだ。
「謝られた」
「……そっか。オレも母さん止めたんだけど、酒の勢いもあって、言わないと気が済まないって、殴られた」
 言われてみたら、左頬が少し腫れている。
「ごめん、何か巻き込んだみたいで」
「いいよ、別に。……頼ってくれてありがとう」

 俺よりバカでちゃらんぽらんなくせに……ふとカッコイイことしやがる、こいつ。


 調子もすっかりよくなったので、家事をする愛里を台所から追い出して昼食を作る。
 やはりここは俺の場所……愛里がいてもまだ違和感しかないし、自分がここにいるのが一番落ち着く。
 でも愛里は、ドアから顔だけ出し、指を咥えてこちらを見ている。
「これでも、料理上達したんですよ?」
「わかったから、座ってろ」
 出産間近だってのに、どうもやりたがっていけない。


 昼からは、咲良と会った。
 昨日聞いた、父が姉と最後に会ったという公園で。
 咲良にも知っておいてほしくて話した。
 自分を産んで亡くなった母のこと。
 両親は結婚を反対され、駆け落ちしてこの地に来たこと。
 どこかに、父と母の家族がいること。
 会いたいのに会いに行けない父。それをどうにもできないもどかしさ。
 咲良は考えてから口を開く。
「どうにかしたいのは分かるけど、お父さんの気持ちも分かるな。行って後悔するのと、行かずに後悔するの、どっちがいいのかな?」

 亮登と咲良に話したことで、一人で抱える辛さは軽減したけど、やはり答えは出なかった。
 夕飯の準備のことも考え、早めに咲良を家まで送り、家へ帰った。

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2011.12.03 UP