TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編5】お兄ちゃんは20歳☆【2】


  【2】


 俺の継母、吉武愛里。年齢は十八歳。彼女は十六歳の時に俺の父と結婚し、当時十八歳で高校三年生だった俺の継母になった。
 幼さの残る顔。身長もそう高くなくて華奢な体格。まだまだ少女だと思っていたのに……。今年の夏、最後に見た愛里の姿はそんなのだったはずなのに……この四ヵ月で何が起こってしまったのだ。
 ああ、何だかはちきれそうな胸と腹。ちょ、どこ見てんだよ、俺!
 分かっているさ、そのやたら目立つ腹がメタボリックじゃないってことぐらい。どうやったらそうなるかも知ってる。だけど、現実逃避もしたくなるだろ。

 親父……。
 なんだよこれ……。
 裕昭……!
 今日は日曜だよな? 仕事、休みだよね?
「愛里さん、裕昭くん、いるよね?」
「え? はい……」
 俺の喋り方がおかしくなるほどの混乱と怒りなのか、なんか色々。
 おどおどしている愛里の肩をポンポンと叩いてから俺は彼女の横をすり抜けて家の中へ。
 玄関に上がり、靴をそろえて……。
「裕昭ぃぃぃぃ!!!!」
 めいっぱい大声で父の名を呼びながら、一番いそうなリビングへ飛び込んだ。
 ソファーでくつろぐ父が、俺の顔を見て軽く手を上げてきた。
「おかえり、ヒロくん」
 相変わらずの子供っぽい笑顔で俺を迎える父。だけどそんな態度に俺は惑わされない。
「話がある」
「じゃ、緊急家族会議の開催をここに宣言します」
 どうやら俺が言うことの意味を分かっているらしい。
 愛里もゆっくりとリビングに入り、会議(?)が始まった。
「で、これはどういうことですか? お父様」
 俺は愛里の腹を横目で見つつ聞いてみた。
「どうもこうも……見てのとおりでして……」
 ま、言うまでもなく、見てのとおりでしかない。愛里の目立つお腹は妊娠中ということでしかない。
「へぇ……何で俺に言わなかったかな? 心臓止まるかと思ったわ」
「だって……当初の予定より二年、間違えちゃったんだもん」
 って、語尾を跳ね上げてかわいく言われても、おっさん、三十八……いや、三十九歳だろ!
 愛里はそんな父の態度に照れ笑い。
 どこまでも天然ラブラブカップルだ。年齢差、実質二十一歳。
「いつ捕まってもおかしくない組み合わせの夫婦なのに……そのうち逮捕されんぞ」
「いや、何度か職務質問されて、危うく連れて行かれそうになってるから」
「……」
 さすがにそんなことをかる〜く言われちゃうとなぁ……。
 まぁ……なにやら愛里が中学生の頃から付き合ってるとかなんとからしいから、そんなことぐらいあっただろうよ。
 やめよう、この話。父さんの人格を疑ってしまう。今までの父の印象が砕けてしまう。
 それよりこれからのことだ。
「で……いつ生まれるの?」
「一月五日が予定日です」
 愛里が大きなお腹を撫でながら、照れくさそうに俺に向かっていった。だけどすぐに飲み込めなくて、思わず聞き返す。
「は?」
「いちがつ、いつか」
 って――あと、カレンダーの数字を数える。二度、三度。何度数えても同じ。
「あと十日!?」
「予定では、ね」
 なんてこった。帰って早々、妊娠してることに驚き、数日後には兄ちゃんになるだとぉ!?
 あまりにも突然の宣告に、俺はただ呆然とした。
「あの……夏に帰ったときは、なんともなかったよね?」
 恐る恐る聞いてみたが、
「……すみません、黙ってて」
 や、やっぱり!! 気付いてなかった俺が悪いのか? いや、わかるのか? 全然分からなかったし!
 頭の中がごちゃごちゃしてきた。
 とりあえず、落ち着くことが優先。俺はリビングを出てすぐ正面にある階段を昇り、二階の自分の部屋に入った。
 ずっと持ってた荷物を、八つ当たりするように投げてみた。


 ――ピンポーン♪
 チャイムが聞こえた。まだ明るい時間だし……咲良かな? なんて淡い期待。
 荷物の整理で二階の部屋にいたので急いで階段を降りると、玄関の方からひっくり返った悲鳴が聞こえた。
「いやぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁああああ!!!」
 かすれた高音を思いっきり押し出したようなものすごい裏声。
 よく知ってる声の男……久しぶりだけど、相変わらずでなんだか懐かしい。
「亮登、大声出すな」
 階段を数段残した状態で、玄関の亮登に注意。
 まぁ、悲鳴を上げたくなる理由は分からなくもない。愛里がアレだから……。
「どーゆーこと、これ、ねぇ!!」
 ものすごく取り乱してる。分かってはいるけど、脳が理解してくれないのだろう。
「もうちょっとで生まれるんです」
 残酷だ。
 亮登は頭を抱えて仰け反った。
「ああっ、オレのオアシスが、人妻からママに!! コレ、オミヤゲデス」
 ……この変態、早く帰れ!
 仰け反りつつ愛里に向けて差し出してきたおみやげを、俺が奪うように受け取ってやった。
 ……萌え萌えクッキー? 亮登よ、ついに神の域にまで到達したか?
 あ、そういえば、荷物でイッパイイッパイだったからおみやげ忘れてた。

「あ、今日の夕飯、何が食べたいですか?」
「アイリちゃんの手料理ぃ」
 素早い復活。亮登からのおみやげを顔面に押し付けてみる。
「お前には関係ないだろ、うちの夕飯!」
「ぐぬぬ、なんの、突撃となりの晩御飯」
 どちらも押さぬ引かぬの平行線勝負。
「相変わらず、仲いいね。久しぶりだね、亮登。無事に進級できそうかい?」
 玄関での騒ぎにようやく顔を出す父。
 ここで亮登のターゲットが切り替わり、俺は放られ、父に迫る。
「オッサン、アイリちゃんになんてことを!!」
「なんてことをって、愛里は僕の妻ですよ」
「妻なら何してもいいのかぁっ!! 犯罪だ、オッサン!!」
「……オッサン言うな」
 いくら平穏な父さんでも、オッサンって言われると怒る。見た目が若いから尚更。
「そう、口が悪いから、いつまでたっても、彼女ができないんだよ、亮登」
 亮登のほっぺたをつまんでぐいぐい引っ張る父さん。かなりマジだ。
「いひゃひゃひゃ、むひゅひょにょおひゃにゃにゃじみゅぃにゅい……」
 何言ってんのかわかんないよ。父さんは亮登のほっぺたをおもいっきり引っ張ってから離す。痛む頬をさすりながら、涙目の亮登。
「か、母さんに言ってやる!」
 亮登、かっこわるいよ、それ。さすがの父さんも恐れるあの方が亮登の母なだけに、少しひるんだ。
「……どうぞどうぞ。人様の奥さんに手を出そうとしやがる、って言い返してやる」
 何だよ、この低レベルなやりとり。結局、亮登が尻尾巻いて逃げた感じだけど。
 そういえば、夕飯の話だったな。
 ふと父さんを見る。
 ……あ、そうか。しばらく父さんの手料理食べてない。
「今日の夕飯、父さんのごはんがいい」
「え、僕の?」
 夕飯を自分が作りたかったのか、愛里は少し不満げな顔をしていた。


 愛里に留守番を頼み、かなり久しぶりに男二人での買い物。
 肉屋が見えてくると父さんが楽しそうに話し始めた。
「昔よく買い物で来てたなぁ。肉屋のコロッケ、おいしいんだけど、まだあるかな」
 俺は何かとスーパーを利用するので、こういう専門店のような所には来たことがなかった。でも、父と買い物に来ていたせいか、懐かしく感じる。
 肉屋でコロッケを十個も買って、父さんは嬉しそうだった。
「昔、ここでコロッケ買おうと思ったら姉ちゃんに追っかけられたんだ。覚えてる? 確かヒロくんが三歳ぐらいの時」
 三歳って、ずいぶん小さい頃の話だな。はっきりとした記憶なんて残ってない。だけど、断片的に覚えてることもある。
「その時かどうかよくわからないけど、父さんが俺を担いで走り回ってたのなら覚えてる」
「まさにその時だ」
 そういえば、前にも姉ちゃんがどうこう言ってたな。聞くような状況が今までなかったから聞けずにいたけど、今なら……。
「父さんには、姉ちゃんがいるんだ」
「うん。あと、ひとつ下の弟。でも、いい歳だな、アイツも」
 少し微笑んで遠くを見る父。
「家出したきり、姉ちゃんに遭遇したのが最後。どうしてるんだろうな……今更心配するのも変だな、僕も歳なのかな」
 見た目は俺とそう歳の変わらない青年のような父だけど、考えや想いは、俺なんかよりずっと大人だった。
「会いに行けばいいじゃないか」
「何度も思ったよ。だけど感動の再会を期待して、拒絶されて傷つくのは、いくつになっても怖いんだよ」
 とても、悲しい横顔だった。
 俺が、どうにかしてあけられないだろうか……でも、父の実家は遠い県外ということしか知らない。
 子供は、何も知らない。


 家に帰り、久しぶりに台所に立つはずの父さんだけど、手際がいい。
「ヒロくんが向こうに行ってから、たまに立つから」
 え?
「俺が受験生でも全然食事作ってくれなかったくせに!!」
「作ってあげたじゃん、クリスマスにシチュー」
「それだけじゃん!!」
「……愛する、妻のために」
「俺が受験生の時も、愛里いたじゃん!!」
「……今言っても、しょうがないじゃん」
「ひどいじゃん!」
「だから今日は、作ってあげてるじゃん」
 ……じゃん。

 食事が出来上がると、なんだか懐かしい光景。
 ちょっと太めのキャベツの千切りに十個のコロッケがどーんとのっかった大皿。
 汁物は大きめの具だくさん味噌汁。白飯だけのシンプルメニュー。
 そういえば、子供の頃もこんな感じで出されてた。
「食べたもん勝ち、いただきます!」
「あ、ずるいぞ!」

 変わってない父。
 でも、その内に秘めている逢えない家族への想い。

 誰か、父と母を知るものはいないだろうか……。

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2011.12.01 UP