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【番外編5】お兄ちゃんは20歳☆
【1】
高校を卒業して県外の大学へ進学した。
はじめて親元から離れての一人暮らしがスタートするのだが……何の苦もなく不安もなく。今まで家事全般をこなしていただけに、親に振り回されない自由気ままな生活が始まることが何だか嬉しくてさ。
父さんだって、ようやく新婚らしい甘々な生活ができるし――つーか、想像はしたくないけど。
俺も俺で、誰にも気を使わず彼女と甘々な生活が送れるわけだし。
こっちに来た当日から、ずっとそんな感じ。
「一人って、ちょっと怖いな……」
「部屋、隣じゃん」
「うん……分かってるけど……」
「だったら、泊まる?」
気軽にそんな会話をしちゃう自分が怖い。
ついこの間まで女という生き物が苦手だったというか、免疫がなかったというか、そんな感じでろくに話もできなかったヤツがよくここまで進化したものだ。
着慣れないスーツにぎこちない気持ちで挑んだ入学式からあっという間に一年と八ヵ月が過ぎ、こっちに来て二度目の冬真っ只中。今日もこういう状態から朝はスタートする。
携帯のアラームが鳴り始める午前六時。スヌーズ機能を活用し、止めては寝て、また鳴ってを何度か繰り返したのち、ようやく体を起こす。
ここに来た当時は、一回目のアラームでスパッと起きてた……いや、びっくりして起きてたのが正解。
俺の携帯アラームなんか全く聞こえてないらしく、まだ安らかな寝息をたててる子が隣で寝てる。三十分になれば、けたたましい音を立てる目覚まし時計で飛び起きることだろう。彼女を起こさないよう、俺はそっと布団から抜け出し、ストーブのスイッチを入れた。
寒いけど着替えて顔を洗って、朝食作りに取り掛かる。
昨日の夜から考えていた残り物のハンバーグをパンに挟んで……。あとチーズとキャベツも入れて……目玉焼きもいいな。
腰の高さほどの冷蔵庫を開けて自分に相談しつつ、頭の中には出来上がりイメージ図。かなりのボリュームだ。これでは咲良に「朝からこんなに食べれないよ!」とか「高カロリー」とか、困った顔して言われるに違いない。
うーん、仕方がない。目玉焼きを諦めるとしよう。食費も節約せねば。
まずハンバーグをあたため、五枚切りを十枚切りの厚さにカットした食パンの一方にハンバーグとチーズをのせてトースターへ投入。焼いている間にキャベツを千切り。
焼きあがったパンにキャベツをのせて、マヨネーズは少量。多いと高カロリーって言われるから。それに何ものせてない焼いただけのパンでサンド。
吉武流ハンバーガーいっちょあがり。
……思い出すなぁ、このメニューを考案したときのことを。
ハンバーガーを食べてみたいのに、父さんに食べに行こうって言えなくて自作してみたってだけだけど。
未だに外食は贅沢でご馳走だし、コンビニ弁当さえも斬新に思える。それもこれも小学生の頃から料理をするのが当たり前になってるせい。
思い出にひたりつつ朝食を準備し、最後にコーヒーをカップに注ぐと、けたたましく鳴り始めた目覚まし時計。五秒もせずそれは止められたけど、驚いて飛び起きた咲良の表情は毎度のことながら面白いというか、かわいいというか、髪の毛もほどよく膨らんでぐしゃぐしゃ。
俺はクスクスと小さく笑っていると、咲良が勢い良くこちらを向いてきた。
「また笑ってる!!」
「だってさ……」
毎日同じことをするから。
そしていつものように朝食が始まる。
一緒に学校に行って、同じ講義を受けて、同じゼミで、一緒に帰って……離れている時間があるのかを考えた方がいいぐらい、いつも同じ空間にいた。
「そういえば成人式、どうしようか」
先日、愛里から成人式の案内が来てると連絡があったけど、すっかり忘れていた。
まだまだ先だと思ってたのにもう二十歳なんだよな。早いものだ。
「そりゃ、行くけど……」
「服装だってば!」
いや、別にそんなの普通にスーツでいいじゃん。
「入学式の時に一度着たっきりのスーツ……あー、持って帰らないといけないのか」
面倒だな。うっかりしわになったら嘆くかも。
って自分のことばかり気にしてたら、咲良の表情に雲が掛かり始めていた。これはいかん!
「さ、咲良はどうすんの?」
「私、振袖なのよ〜。実は夏休み中に選んできちゃった」
……へぇ、そう。何でそこまで気合入れちゃうのかよく分からないんですけどね。すみません。
「すっごくかわいいんだよ。楽しみにしててね」
「うん」
「写真、いっぱい撮ろうね」
「うん」
「みんな元気かなぁ……」
「……うん」
「そのまま同窓会とかしちゃうってのもいいかもね」
「…………うん」
「楽しみだなぁ、成人式」
……そうですね。
桜の花を満開にしたような笑顔の彼女に対し、俺は……それほど盛り上がれてないし、むしろどこか冷めてた。
冬休みに入ったらすぐにでも帰省しようと思っていたのだが、冬季休業は十二月二十六日から一月七日まで。それで成人の日は――カレンダーを確認すると十日。月曜日で祝日になってる。土曜の八日は講義がない。確か、成人式は日曜日、九日だったはず。
……よし。成人の日に戻ってきたらいいじゃん。てっきり行ったり帰ったりしなきゃならないんじゃないかって思ってた。でも、成人の日に成人式で、その後戻るとなると、ハードだな……。
俺も何が楽しみなのか、冬休みに入る二週間も前から帰省準備はすっかり整っていた。
そしてのんびりと時間は過ぎて冬季休業に入り、駅の構内では、大学で見たことある顔もちらほら。
冬なだけに、着るものがかさばって大きな荷物。そしてしわにしてしまわないように気をつけて持ってるスーツ。新幹線に乗り込んだ頃にはぐったりしていた、二十六日の午後。
咲良の持つ荷物もずいぶん大きかったけど、持ってやれるほどの余裕はなく、彼女もまたお疲れモードだった。
「帰るのも、楽じゃないね……」
「そうだな」
車内であまり喋る気にはなれなかった。地元についたらまた、この荷物を抱えて移動しなきゃならないと思うと、何だか気が重く、遠くなるようで。
だけど一時間もしないうちに下車する駅へ到着した。隣の県だからしょうがない。
バス亭までがものすごく遠くに感じるのは、この荷物のせい。
会話ができないほど疲れてるのも、この荷物のせい。
宅配の送料ぐらいケチるんじゃなかった! って今頃後悔したってもう遅い。家までバスでそう掛からない。いや、そのバス亭から家までが……もう、考えたくない。
ここまで帰ってきていて何だが……着替えはある程度、実家に置いておくべきだった。
十分ぐらい待っていたらバスが来た。行き先に間違いなし。それに乗り込み、十分程度揺られて、
「じゃ、また連絡するね」
と言葉短く、大きな荷物を抱えて先に咲良が下り、その二つ先の停留所で俺も下車した。
停留所から家まで、こんなに遠いものだと思ったのは初めてだった。
夏休みに帰ってきて以来の実家。
大きな変化らしいものもない、俺がよく知るいつもの玄関。
杉山家も相変わらず、ウチの向かいに建っている。
生まれてからずっと住んでたところだ。久しぶりに帰ってくるとやっぱり懐かしい。
家には帰省することをはっきりとは伝えていなかったので、驚かせようと思いチャイムを鳴らしてみた。すると間もなく家の中から若い女性の声で「はーい」と返事があった。
継母の愛里だ。
俺は彼女が驚く顔を想像し、思わず笑みがにじみ出てくる。
鍵が外される。そしてドアが開いた。
――さぁ、驚け! そして歓喜の声を上げろ!
しかし……驚いたのは俺の方だった。
「あれ? おかえり、紘貴くん」
「た、だ、いま……」
最後に見たときから体形が一変してしまった女が出てきたから、言葉を失いかけ、放心しかけた。そして、真っ先に思い浮かんだのがこれだ。
――め、め、め、メタボリック!?
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2011.11.29 UP