TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編4】彼女は中学2年生☆【10】


  ■10−裕昭


 七月。
 愛里の誕生日まであと一ヶ月になった。
 結婚の準備も始めた。
 息子に内緒で、新しく布団を一組買った。
 ふたりでする指輪を選び、買った。

 市役所に婚姻届をもらいに行って、自分たちが書く欄を書いて、捺印。

「提出日だけど、八月三日でもいいかな?」
「三日、ですか? いいですけど」
「ごめんね、二日にすべきだろうけど、三日の方が、区切りになるから……」

 愛里の父親が帰宅している時に、婚姻届の保証人欄に署名捺印をしてもらった。
「……愛里を、よろしくお願いします」
 いつも無反応なお父さんが、初めて口を開いたので驚いた。
「はい、必ず幸せにします」
 改めて、強く誓った。

 あとは八月三日に、提出するだけ。




 愛里が十六歳の誕生日を迎えた日。
 今日も朝からセミの鳴き声がにぎやかで、汗がじっとりとにじむ日だった。
 僕はいつものように、仏壇に線香を手向け、手を合わせる。
 押し入れにしまったままの遺影を、十八年ぶりに出してみたけど、やはりまともに見ることは出来ず、また押し入れにしまった。
 あの人はあの日のまま、止まって、いなくなった。僕はその彼女に年齢が近付くけど、止まって動けなかった。
 そんな自分はもう終わり。

 区切り、となる日。

 僕は仏壇に置いていた貴子の結婚指輪を持って、ひとり出かけた。

 貴子の命日の一日前、十八年前の今日、貴子と過ごした最後の日、胸に込み上げてくるものがある。
 花を買って向かったのは、町外れの墓地。僕が建てた吉武家の墓。妻の貴子ひとりが納められている。
 墓を掃除し、花を飾ると、線香を点けて手を合わせた。
 汗が滴り落ちる。

「僕は、どうして歳の離れた人としか恋愛できないのかな……」

 高校は男子校だったから、出会いに限りがあった。
 そんな十七歳のとき出会ったのが貴子。
 最初は迷惑な大人だと思っていたのに、いつの間にか心に住み着いてて、僕にとって、いなければならない、大切な人になっていた。
 すごく大好きだった。ずっと一緒にいられると思ってた。家族になって、家族が増えて、幸せに暮らすことが、普通で当たり前だと思っていた。
 なのに、大切な人を失った。
 紘貴がいなかったら、立ち直れなかった。
 僕は一人じゃダメだから、紘貴を残してくれたのかな……。
 でもやっぱり、今でも僕は……一人だとこんなにも弱い。

 想いがたくさん溢れてきた。涙と共に。
「今まで、ありがとうございました」
 貴子がはめてくれた日から一度も外したことがなかった薬指の指輪を、自分の手で外した。家から持ってきた貴子の指輪を取り出し、手の中で合わせて握りしめた。強く閉じた瞳から、涙が流れ落ちる。
 互いの指にはめあった日の記憶が鮮やかに蘇る。そして、貴子の指からそれを外し、送り出した日のことも。もう、十八年も前のこと。
「僕はもう、大丈夫だから……これはお返ししますね」
 ひとりぼっちの骨壺に、僕と貴子さんの、二つの結婚指輪を納めた。
 太陽がじりじりと照り付ける、雲ひとつない夏の日。セミがうるさいほど鳴いている。
 盆には早い、人気のない墓地で、僕はうずくまって静かに泣いた。
 明日から、笑っていられるように……。
 好きな人を守るため、強くなるために。


 その後、愛里と会った。
「誕生日おめでとう、愛里」
 愛里の左手の薬指に、二人で選んだ指輪をはめた。
 愛里も僕の薬指に。でも、指輪の跡がくっきり残る指を見て、僕の顔を見上げ、首を傾げてきた。
「……さっき、返してきました」
 意味がよく分からなかったみたいで、愛里は更に首を傾げた。
 ぎこちない手つきで薬指に指輪をはめてくれる愛里。互いの指に、同じデザインの新しい指輪が光った。




 次の日、八月三日。息子の誕生日で、妻の命日。
 いつもの出勤時間に車で家を出たが、実は有休をとっていた。
 愛里の家に行き、荷物を車に積む。でも、引っ越し荷物というよりは、長期の旅行にでも行くような量。
「荷物、これだけでいいの?」
「……うん、机はもういらないし」
 まあ、自分も少ない荷物で飛び出してきたんだけど。
 この日も父親は不在で、当然、母親も来るはずもない。
 そう見越して準備しておいた手紙をポストに入れて、市役所へ向かった。
 僕と愛里は前もって準備していた婚姻届を提出。別に必要のない住民票の写しを早速出してもらう。
 愛里が少し不満そうな顔をした。
「どうしたの?」
「……苗字、変わってない」
「……仕方ないじゃん、元々一緒なんだから。でも、肩書きは変わったよ。ほら、世帯主の妻」
 すると、今度は顔を真っ赤にした。
「つつつまままま」
 つまり僕は愛里の夫か……。お帰りなさい、アナタ。前回は「アナタ」と呼ばれるに相応しくない年齢だったが、今回は全然オッケーじゃん。
「お、おおお?!」
 市役所ロビーで緊張したり、妄想に興奮してる新婚さん。変なものを見るような視線が遠くから向けられてることに気づき、足早に市役所から去った。
 ご近所回りをするので、粗品を選んで、買って、昼になったからご飯を食べに行き、愛里と一緒に近所を回った。
 やはり、どこに行っても変な目で見られた。
 最後に斜め前の杉山家。なんとなく、イヤな予感がするから、ついつい後回しにしてしまった。
 チャイムを押して出てきたのは、夏休み中の子供の方だったので少し安心した。
「あれ、どうしたの?」
「再婚したので、挨拶回りに」
「へー。母さーん、紘貴の父さんがおかしくなったよー、早く来てー」
 ここでは遠慮のない、見事な変態扱いか。
 奥から出てくる杉山家のボス。よく世話になる人。僕より三つ年上の杉山結。
「あ、結さん、実は再婚しまして、挨拶に……」
「なに、連れ子婚?」
「なにが、ですか?」
 間違ってると言えない僕。遅かれ早かれ、殴られるのは確かだ。
「なにがって、その子……」
「やだな、結さん。女性は十六歳で結婚できるんですよ。彼女が、僕のつ」
 拳、右、避ける!
 結さんの右手がグーに変わるのを視界の片隅で捉えた僕は、考える前に右に避けた。次の瞬間、結さんの拳が左頬をかすっていた。
「……な、なんですか」
「自首しろ」
「自首せにゃならんことはしてませんよ!」
「大人が未成年にワイセツなことしたら、捕まるんだよ!」
「だから、してません!!」
「知らない人についていっちゃダメよ。こういう悪い大人が……」
「だから、違うって!」
「母さん、この子、うちで保護しよう。そしてオレの彼女に……」
 容赦なく亮登を殴る結さん。
「アンタも手が早いでしょ!」
 とりあえず、話は最後まで聞きましょうよ。

 結さんに話して納得してもらうのにかなりの時間が掛かり、家に着いた頃には四時を過ぎていた。

「ただいまー」
 いつもより早い帰宅に、ヒロくんは玄関までお出迎え。しかし父親に見知らぬ少女が同伴。
「ヒロくん、紹介するね。今日からヒロくんのお継母さん」
「は?」
「こっ……こんにちは……」
 突然の再婚に息子の紘貴は一人さわいでいた。
「いいじゃん。お母さんができたから」
「いいわけねぇだろぉぉぉおおおおお!! 返してこいっ!!」
「無理です。だいたい、前もって紹介してても、絶対に反対したでしょ?」
「あっっったりまえだぁぁぁっ!!」
 ヒロくんは大声を張り上げた。
 しばらくヒロくんの機嫌が悪かったのは言うまでもない。

 誕生日プレゼントの件は、忘れたふりをした。しかし、誕生日に欲しいものがエアコンって……なぜ家電ばかりなんだ。そこまで会社の売り上げに貢献しなくてもいいのに。


「ごめんね、息子、口が悪くて」
「いえいえ、大丈夫です。でもホントに、ヒロさんによく似てますね」
「見た目はね……あ、そうだ」
 寝たらよほどのことがない限り起きないことを逆手に、ヒロくんの部屋に布団を持ち込んで寝てみた。
 次の日の朝、予想以上に面白い反応だった。が、同時に、愛里は料理ができないことが判明した。


 最初のうちは、ヒロくんが愛里に冷たかった気がしたけど、一緒に生活していくうちに、仲良くなっていったので、安心した。
 それに、愛里が来てからヒロくんが少し優しくなった気がした。まあ、僕に対しては相変わらずバカな親扱いだったけど。


 高校三年で受験生のヒロくんは、薬剤師になると言って、薬学部のある大学を受験し、進学が決まった。
 その大学は県外にあり、六年制だと言う。
 それは、六年もヒロくんがいなくなるということ。もし、そのまま向こうで就職したら……。
 寂しくなるな……。

 でも、一人じゃないから大丈夫。
 愛里がいるから。

 三月末、ヒロくんは大学のある隣の県に引っ越して、家にいなくなった。


 朝、いつものように出勤する僕。
「行ってきます。今日も五時半ぐらいには帰るよ」
 エプロン姿の愛里が玄関でお見送り。
「はい。いってらっしゃい、裕昭さん」
「あれ、ヒロさんじゃ、ないの?」
「うん。裕昭さんって呼んだ方が、奥さんらしいと思って」
「じゃ、僕も他人行儀に愛里さんって言うの、やめるよ、愛里」
 愛里は嬉しそうな顔をして、僕の頬にキスをした。
「早くしないと、バスの時間に遅れますよ」
「やだー、行きたくないー。愛里といるー」
「もぅ、裕昭さん!」
「はい、行ってきます」


 少しさみしくなった家。
 夫婦二人きりの生活が始まった。


 幼さが残るかわいい愛里は、どんどん美しくなっていった。体がまだ成長段階だから十八歳までは絶対に触れないという当初の約束も、彼女が十七歳の時に破ってしまい、愛里は十八歳でママになった。

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2012.01.10 UP