TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編4】彼女は中学2年生☆【2】


  ■2−裕昭


 ついこの間まで蒸し暑くてたまらなかったのに、吹く風が日に日に冷たく感じるようになってきた。それは僕が三十五歳になってそう経たない頃。
 早いもので、息子は高校一年生になっていた。
 いつも通り、会社を定時で退社した僕は、駅通りを歩いていた。
 何となくいつもと違う道を通りたくなり、まだ建って間もないビルの合間にある路地に入ってみた。新しいものに隠されるよう古びたビルが軒を連ねていた。看板も古ぼけたものばかりで、マージャン店や年季が入ったスナック、知る人ぞ知るといった感じの居酒屋なんかがある。どちらかと言えば、シャッターにらくがきのある空き店舗の方が目立っていた。
 そんな通りにひときわ目立つ電飾がしつこい看板に僕はちょっと呆れ、思わず声を出した。
「テレクラ……」
 インターネットの出会い系サイトが主流のこの時代に、テレクラとは……よくぞ時代に逆らった。
 僕も時代遅れの鰥夫(やもお)として……時代遅れ同士、気が合うかもしれないぞ。
 はっはっは。
 特に何も考えず、あっさり店内へと足を運んでみた。
 が、個室に入ってすぐに後悔した。
 あまりにも小汚くて、いまどき流行らない電話。タイムスリップでもしたような気分になる個室。
 でももう、料金払っちゃったしなぁ……仕方ない。二度とくるもんか!
 きっと全盛期からずっとあったものに違いない。いまだにここにある理由は不明だ。そんなのに入った自分もよく分からなくなってくる。考えるのはやめよう。
 とりあえず、明日のおもしろおかしい話題にはなるけど、入ったとは言わないでおこう。
 退屈すぎて、無駄に色々と考えてしまう。

 定時で家に帰っても、息子はそっけないし、勉強と家事でゆっくり話す時間もない。
 いつまでも子供だと思ってたのに、自分で何でもやってしまう年齢になってる。
 それが寂しいわけじゃないし、出会いに期待なんてしてない。運命の人とやらに出会いたいと願ってる訳でもない。
 子供にはまだ母親が必要だ、と会社の人に再婚を勧められることもあるけど、個人的にそんな気は全くないし、興味もない。
 貴子が亡くなったことで止まった僕の時計は、まだ止まったままなのに、十六年という年月だけが流れ、それにともない息子はたくましく成長していた。
 僕は、ここのテレクラと同じか。
 何だか虚しくなってきた。

 それより、冗談抜きで電話掛かってきたらどうしよう。
 いやいや、まさかこの時代にテレクラを利用する女子がいるものか!
 しかし、だなぁ……。
 あまりに退屈すぎてそんなことしか考えられないし、ここに入ってしまったことをしこたま後悔しまくった。

 携帯でゲームやネットをしつつ時間をつぶし、残りあと十五分。やっと帰れると思っていたら、目の前にある電話が突然鳴り出して、ビックリした。
「……ありえねぇ」
 そんな言葉を発しつつ、目を疑い、耳を疑った。思わず辺りを見回してしまうが、個室なので三面は壁であとはドア。
 僕と同じく、時代に逆らう物好きがいるらしい。ってことは、意外と気が合うかもしれない。サクラでなければ。サクラでもいるだけスゴいか。
 電話はまだ鳴ってる。早く出なくては。
 僕は受話器を耳に当てた。
「もしもーし」
「も、もしもし……」
 相手の女性は緊張が絶頂に達しているような声。かすかに震えている。
 えっと、何を話せばいいんだろう。まずは自己紹介か? でも事実を喋りすぎるのもよくないな。
「えっと、僕は……」
 名乗ろうと思ったが、本名じゃない方がいいんじゃないかと瞬時に思い、咄嗟に偽名を名乗る。
「ヤモオっていいます。あなたは?」
 かなり緊張している僕。しかし、なんて名前だ。言った後に後悔した。
「あたし……アイ……です。あの……今から会えますか?」
 驚いた。正直に。電話で自己紹介らしきものをしたようでしてないような状況で、いきなり会いたいなんて言われるとは……。
 それに声の主。やけに幼く感じる。気のせいであればいいが。
「今、駅前の電話ボックスで、そこから掛けてるんですけど……会えますか?」
 こういう所だ。そう言われてもやっぱり半信半疑。とりあえず、駅にあるコインロッカー前で待ち合わせてみた。
「あたし、ジーンズのスカートで……」

 電話を終え、いくら暇でも二度と来ないことを誓いつつ辺りを気にしながらテレクラから退場。ネクタイを締めなおしながら駅へと向かった。
 駅のコインロッカー。利用者なんて限られてるし……まさかオヤジ狩りに遭ったりして。
 ……それはそれで困る。僕は護身できるような武道なんてかじりもかすりもしてない。
 しまったと思ったってもう遅い。僕が遊び半分であんなものを利用してしまったのが悪い。そうだ。自業自得だ。何があっても他人を恨むな、僕のせい。でも、足には自信があるから、ヤバいと思ったら逃げよう。
 そう言い聞かせて、コインロッカーが見える場所まで来た。
 電話で言っていた特徴の子がいた。ストレートの黒髪は肩より少し下まであり、小柄というより……やはり嫌な予感。ロッカーにすがって床を見つめ、誰かを待っているような様子だった。僕だろうけど。
 近づくにつれ、その子がかなり幼いことが明らかになる。
 ――これは犯罪だよ、オッサン。
 いきなり通報されんだろうな。
 どう見たって、息子より若いんですが、どうなんだよ。
 いやまぁ、とりあえず話をして、あーいうことはやめるよう教育してからさっさと帰してやろう。
 でも……説得力ないかなぁ。
 とりあえず、話しかけてみるとしよう。
 周りを確認して――他人は近くにいない。こっちに向いてない。別にやましいことはしてないんだから。
「あの……アイさんですか?」
 彼女は一瞬ビクリと体を震わせてからゆっくりと顔を上げてきた。前髪で目の半分が隠れていたけど、その瞳は怯えていた。
「……はい。ヤモさん……ですか?」
 ヤモじゃないけど、それに近い名前を名乗ったから仕方がない。
「そうです」
 さて、どうしようか。
 彼女は落ち着きなく、辺りを気にしていた。体も震えている。
 何か変だ。テレクラなんか利用してるぐらいなのに、何でこんなに怯えている? はじめての冒険か? それはそれで食い止めてやるのが大人じゃないか。話を聞くぐらいなら犯罪にはなるまい。
「ここじゃ落ち着かないので、カラオケでも行きましょう!」
 僕は彼女を手招きして、近くのカラオケ店に向かって歩き出す。
 ここで悲鳴上げられたら……取り押さえられて、警察で取り調べされるんかな? そしてテレビのニュースになって、ヒロくんにバカにされて、裁判で刑務所で――イヤだっ!

「いいですか? 僕とあなたはお父さんと娘ですよ。フリだけど、ぎこちなくならないでくださいね」
 と、カラオケの受付に行く前に小声で念押し。
 彼女は二度、首を縦に振って、深呼吸をした。
 とりあえずここで一時間、彼女とゆっくり話ができそうだ。


 部屋に入り、飲み物と軽く摘めるものを注文。その品が届くまで、普通にカラオケを楽しむことにした。
「カラオケ一緒に行ってくれる人がいなくてねー」
 となんでもない話で少女の警戒を解こうとするが、こんなことで解けるはずはない。
 歌ってる最中に店員が注文したものを持ってきて退室。曲が終わるとマイクを置いた。それでなくても離れて座っていた少女が身を縮めて警戒する。
「最初に、君には何もしない。けど、何が目的だい? やはり、金、かな?」
 少女はずっと目を逸らしているがゆっくりと頷く。
「でも、そういうのをするタイプには、見えないが……あ、ちょっと待って、僕もそういうのをするタイプじゃないからね、ちょっと路地を入ったら、いまどきテレクラって、なんだかおかしくてね、どんな人が利用するのか好奇心というかだね……」
 言えば言うほどドツボにはまってる気がしてきた。違う、断じて違う……なのに落ち込みたくなる。
 しかし、そんな僕がおかしいのか、少女がくすくすと笑った。
 少し緊張が緩んだかな。少し安心した。
「駅でずいぶん辺りを気にしてたけど、君は、誰かにやらされてるんじゃない? 離れられない? その子から……って、できてたらこんなことはしないよな」
 少女は困惑した表情を浮かべていて、何も言わなくても状況はだいたい分かる。
「もし、僕じゃなかったら、どうなってたと思う?」
 少女は身体を震わせた。喋らない分、反応がいちいち敏感でわかりやすい。
「……さて、どうしましょうかね。ここで金を渡しても解決にはならないどころかますます相手の思う壷だね」
 カラオケは誰にも邪魔されずに話すため。少女に指示している人物がいるみたいで、今回の件をやらされたようだし、何か対策を考えないと……。


「今日はとりあえず家まで送ろう。何なら、僕の携帯番号教えとこうか?」
 と会社の名刺を出しかけて引っ込めた。首謀者に奪われでもしたら面倒なことになりそうなので、手帳に携帯番号を書いて裂き、少女に渡した。
「僕は吉武裕昭、君は?」
「あ、あたしは、吉武、愛里、です」
「アイリちゃん、ね。苗字同じなんだ、変なの」
「……そうですね」
 彼女がやっと、薄くだが笑った。
「困った時はいつでも連絡して、できるだけすぐに助けに行くから。って、初対面の大人を急に信じるのは無理か」
「……ありがとうございます」
 アイリちゃんは少し安心したような表情を見せた。
「じゃ、あまり遅くならないうちに帰ろうか」
「はい」
 柔らかく返事をすると、彼女は残ってるジュースを慌てて飲み干した。それがおかしくて思わず笑った。

 帰り道、付けられてる気配を感じた。複数、首謀者がいるようだ。
 曲がり角で物陰に隠れる。彼女にちょっと待っててと言うと、喉を鳴らし、一人来た道を戻る。すると、三人の女子がこそこそしていたので、
「こら、何時だと思っている! どこの学校の生徒だ」
 と言ってやると、ヤバい、逃げろ! と向きを変えて走ったので、しこたま追い回してやった。
 十分ぐらいして少女を置いていった場所に戻るが、もういないだろうと思っていたら、彼女はその場から動くことなく、うずくまって待っていた。少し震えていたけど。
「ごめん、大丈夫? 寒い?」
 アイリちゃんは横に首を振る。
「ううん、何だか、ざまあみろって感じなのに、涙が出てきちゃって、何だか分かんない」
「あらあら、それは大変」
 彼女の頭をぽんぽんと軽く触ると、堰を切ったように泣き出した。
 ずっと、我慢して振り回されてきたのかな。
「大丈夫だよ、何も怖くないよ」
 僕は彼女が落ち着くまで側にいて、たまに頭を撫でてあげた。



 アイリちゃんの自宅前。
「ありがとうございました」
「いえいえ、よかったね、無事に家に帰れて……」
 アイリちゃんは少し顔をしかめた。明日、もしかしたらこれから電話であの三人に何か言われるかもしれないし、彼女に安心できる時間があるのだろうか。
「今、何年生?」
「二年……中二です」
「紘貴の二つ下か……」
 やはりそんなものか。しかし、弱い者にやらせるというやり方が気に入らない。
「あの三人、同級生?」
 アイリちゃんは少し戸惑いながら、首を縦に振った。
「この辺はどこの中学校だっけ?」

「……じゃ」
 聞きたいことを聞いて、帰ろうとしたら、
「あの、また会ってもらえますか?」
 なんて言われて少し驚いたけど、僕は笑顔でアイリちゃんに言った。
「いいよ」

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2012.01.10 UP