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  70 春――新たなスタート


 慣れないスーツが似合わない。
 春――新たなスタート。

「行ってきます」

 放置ぎみだった自宅の車に新免マーク。
 混雑する道路。
 駅通りの一角。
「おはようございます」
 まだまだ仕事のできない僕は、始業時間の十分以上前には出社し、しっかり挨拶をする。

 新人教育、先輩社員のお供。はじめての給料は嬉しくて、父を除く家族と伊吹と一緒に外食。僕のおごりで。すごく大人になった気分だ。

 そのかわり、伊吹と会う時間はもっとなくなってた。
 毎日、電話はするけど、会えない平日、仕事を終えて帰宅すると伊吹が来てることもあった。土日祝日は一緒に過ごすようにしていたが、彼女はいつも不満そうだった。
 ……まだ、早いんじゃないかと思ってはいる。社会人一年目でまだまだ未熟だし、僕一人でも生活していけるか不安になる収入だ。
 でも、伊吹がもう、辛そうで……。


「母さん……もし、もしもだよ。僕が結婚して、ここで同居とか、イヤ?」
「伊吹ちゃん?」
 僕は頷いた。
「彼女が高校を卒業してからもう一年以上、毎日会えた生活からあまり会えない生活になって、伊吹が辛そうで……」
「あら大変。桜井さんちにご挨拶に行かなきゃね」
 なんて軽く言われたら、どう言えばいいのか分からなくなる。
「天空たちがそうしたかったら、そうしたらいいと思うよ」




 その後の話は早かった。
 双方の父親が同じ仕事しててよく知る仲だし、当人らをよく分かってくれてる家族。
 うちの父親は「少し早いんじゃないか? まだ就職してそんなに経ってないし……」と言ってたけど、伊吹のお父さんは「したいときにするのが一番いいタイミングだ」と言ってうちの父親を見事に黙らせた。
「盆休み、早めて家族だけで式やろ」
「え、結納とか披露宴は?」
「バカか東方! 誰が仲人すんだよ、めんどくせぇ」
「いや、長男だし……」
「お前んちの事情なんか知ったことか! あの披露宴にどれだけ掛かると思ってんだ」
 ああ、負けてますよ、父上。
 ま、僕としては人をたくさん呼んで目立った式とかしたくない。……でも、伊吹はどうだろう?
「あたしも、できれば家族だけでシンプルに……」
「僕も、同じく」
「ほらみろ、そんなもんだ」
 伊吹のお父さんは鼻で笑った。


 それから伊吹はまた元気を取り戻し、
「残り少ない独身を楽しんでみる」
 とか言ってた。



 何がどんなふうに変わるのか分からないけど、僕はあなたに出会って、いつの間にか好きになって、ずっと一緒にいられる日が来たらいいなって、思ってたんだよ。
 それも、もうすぐ……。

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2012.04.03 UP