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66 高校三年生
河川敷の桜の下、伊吹と一緒に寝転んでいた。
入学式を終え、伊吹は地元大学の大学生になり、僕は明日には始業式、三年生になる。
青木さんは三月末から自動車部品の工場で働いているらしい。
大志くんは、入学準備にかなりもたついていたらしいが、明後日の入学式になんとか間に合ったようだ。
桜の花びらが風で舞う。まだ風は少し肌寒い……と、ここで携帯のアラームが鳴った。
「あ、もう部活だ」
跳ね起きて、服についた枯れ葉を払う。
「真面目にやってるのね」
「うん、まあ……」
今までだったら、伊吹との時間を最優先にして、部活なんて二の次どころかもっと酷い扱いだった。伊吹が高校を卒業し、一緒にいられる時間が限られたにも関わらず、なぜか僕には気持ちに余裕があった。
自分のことをこなしつつ、互いに会える時間に会う。これから一年はそんな生活になる。
いつか、寂しさで辛くなるかもしれないけど……。どっちが先に弱音を吐くのだろう。
伊吹が僕の頭に手を伸ばし、桜の花びらを取った。それから、背中に回って服をひどく叩いてくる。
「ちょっと、痛い」
「服、まだ汚れてる」
叩くのをやめると、背中にしがみついてじっとした。
言わないけど、言ってくれないけど、分かってる。やっぱ、寂しいって。
そして突き飛ばすように背中を押した。
「ほら、早く行かないと遅れるわ」
「ああ、うん……じゃ、また」
次に会えるのは土曜か日曜かな。
始業式。新三年生と新二年生が気持ちも新たに校門を通る。まず向かうのは新しいクラスが貼り出されている生徒玄関前。ものすごい人で混雑している。
しばらく待つと、ようやく見えてくる。三年一組に僕の名前があり、上の方に一年のときに同じクラスだった杉山亮登、僕より少し下に二年に引き続き響さんの名、更に下に……吉武紘貴。いつも澄ました顔してる感じで僕の嫌いなタイプ。成績学年トップの秀才くん、蹴落とされたらどんな気分だろうな。
――ところが、
「おおーソラ、しばらくぶりー」
教室に行くと、僕を見つけた杉山亮登が隅の席から明るく声を掛けてくる。
「おお、あきすぎやまとくん……」
杉山に対し手も挙げて対応するが、席の主は杉山ではなく、吉武だった。
「あきすぎやまとか、面白いな。本当に一年のときに同じクラスで、仲良かったのか?」
「そりゃもう……」
「あきやますぎとだったか!」
「ぶっ!!」
「ソラ!!」
吉武は爆笑しそうなのを必死にこらえ、杉山は真っ赤になってた。
「す、ぎ、や、ま、あ、き、と、だ! 覚えたか」
「ああ、覚えた。杉山亮登」
そして三歩進み、
「ところですぎとあきやまくん……」
「鳥アタマか、お前は!!」
あまりにもしつこく名前を間違えてやったら、杉山は、
「無理してフルネームで覚えるな……そうだ、アキでいい、あきとって三文字も覚えなくていいから、アキ。オレはアキ、いいな」
すごい必死だった。その間も吉武は僕らのやり取りを見て笑ってて、嫌いなタイプという僕の勝手な印象を打ち砕いた。
「で、コイツ」
杉山が馴れ馴れしく吉武の頭をポンポン叩く。
「同じクラスになるのは初めてだよな」
「ああ、そうだな」
紹介でもしてくれるのだろう。でも、名前は知ってる。
「吉武紘貴。オレたち、家が近所で幼なじみなんだ。……そうだな、紘貴はヒロでいいかな。しかしすごいなー。学年トップと逆トップ、夢の共演」
「お前だって逆トップみたいなもんだろうが」
「オレはやればできる子だもん!」
「やらねーからできてないじゃん!」
「……む!」
杉山の負けかと思ったら、
「あ、初めて同じクラスになるね。オレ、杉山亮登、よろしく」
さっと女子の方に駆けていく。見事な切り替えっぷり。
「女子見るとだいたいあんな感じだから、あまり相手にしない方がいいよ」
一年のとき、見てるから知ってるけど、久しぶりに見ても鬱陶しいな、杉山。
「大変だね、よっしー」
「よっしー?」
吉武が驚いたような顔で僕を見てきた。
「え、イヤかい、たっけー」
「たっけー!?」
更に驚く。
「じゃ、ひろっきー」
「いや、吉武か紘貴かヒロにしといて、えっと……」
だよな。僕もそういう呼び方で振り向いたり返事するキミを見たくない。でも、ちゃんと幼なじみの案も取り入れてるんだな。
「東方天空。よろしく」
思ってたような、秀才きどりのやつじゃなくて、何だか全然普通のやつだった。やっぱ、勝手な決めつけはダメだな。
初日はクラス委員やその他各委員を決め、午前中に終わった。委員会のやつは明日の入学式の準備に強制参加、帰れなくなってた。
入学式の日。
と言っても在校生は通常授業。生徒会長が代表あいさつをするぐらいで、向こうは向こうで勝手に式を進める。
……大志くん、ぼーっとしすぎて体育館に取り残されてたりしてないだろうか。
「東方、外がそんなに気になるか?」
言うまでもなく今は授業中で、のんびり外を見てる時間じゃない。
「あまりにも綺麗な空だったので、吸い込まれてました」
遠くを見つめたまま、僕はそんなことを言ってみた。
「……雨、降りそうだな」
そう、決して天気がいいわけじゃない。だから教室内にちょこちょこ笑いが漏れた。
……傘、忘れたし、レインコートもない。降るなとは言わないから、帰るときは止んでてくれ。
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2012.04.03 UP