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55 変わらないもの
気分はずいぶん良くなったものの、図々しくサッカー部に戻る度胸もなく、だからといって野球を続けるつもりはないので、やはり家でダラダラ過ごしている、まだ夏休み。
伊吹さんともどうにもなってないまま、あの引退パーティーの日も結局、話しすらできず、以来、会っても連絡もとっていない。
本気にこのままでいいのだろうか。
……よくはない。
僕の気持ちは?
……簡単に諦めたくない。
でも、携帯に向かうと、
……何もできなくなる。
電話帳の番号とメアド。嬉しくて、消えないように保護したメール。消せない、想い。簡単に、消えたりはしない。
――あなたは、どうですか?
僕は、やはりこのままは、辛いです。
でも、終わるのなら……。
電話をかけるほどの勇気はないが、思いきってメールを出してみた。
――もう、気持ちは変わりましたか? 僕は貴女が好きなのに、どうしたらいいかわかりません――送信。
やはり出すんじゃなかったと後悔する、長い沈黙。およそ十分ぐらいしてメールの返信があり、恐る恐る開く。
――私も天空を好きな気持ちをどうしたらいいか分からなくて困っています。ひどく八つ当たりしてごめんなさい。
何度も本文を読み返した。胸が痛いほどドキドキする。
もう、いいんだよね、抑えなくても……。
――今から会えませんか?
そう打って送信したけど、返事が少し怖い。でも、彼女に直接会って、この気持ちを言いたいと思った。
伊吹さんからの返事早かった。
――今、ドリームタウンに来てるんだけど、駅前の公園でいい?
駅前の公園は前の道の人通りはあるが利用者がほぼない不人気スポット。ゆっくり話すにはちょうどいい場所。
――今から駅前の公園に行きます、送信。携帯を閉じると左のポケットに入れる。財布を右ポケット。部屋を出て階段を駆け降りた。
先に公園に到着していたのは伊吹さん。目が合うと抑え切れないものが込み上げてくる。
自転車のスタンドを立てるのももどかしく、放って彼女に駆け寄り、抱きしめた。伊吹さんも僕の背に手を回した。
「天空、ごめんね」
伊吹さんは泣き出した。
「伊吹……二度と別れるなんて言わせないからな」
伊吹は頷く。
嬉しすぎて、涙が出そうだった。
僕と伊吹の関係は互いを求めるように戻っていた。
いや、ほんの少し変わった。二人でいるとき、僕が伊吹を呼び捨てにするようになったし、タメ口で話すことも多くなった。
そして伊吹も、僕の前ではできるだけ素直になるよう努力していた。
「どうしてほしいの?」
「うっ……くっ……」
「いーぶーき」
「……っくそ! 近すぎなんだよ!」
と、すごく近い距離にもかかわらず、破壊力抜群の拳がみぞおちに叩き込まれる。
努力ともなわず、相変わらず、でもあるが。
その後の夏休みは僕にとって天国のような毎日。これまで無駄にしてしまった時間を埋めるよう、毎日伊吹と会った。僕の家だったり、伊吹の家だったり、外だったり。バッティングセンターで賭けをしても、いい勝負だった。
「いーぶきさーん、髪結んでー」
僕の部屋で話をしてると、妹が勝手に入ってきて、伊吹の膝に乗る。手にはヘアゴムとブラシ、準備万端。
「恵、入る時はノック。それに今は俺が……」
「ふぅぅぅ! また俺って言ったぁ」
いかん、またビビってるよ。最近になってようやく僕に近寄るようになってきたのに。
「いいよ、恵ちゃん、やってあげる。……そうだなぁ、暑いから、全部うえに上げちゃおうか」
「やったー」
慣れた手つきで妹の髪をいじりはじめる伊吹。そして、そう経たないうちに完成。
「ありがとう!」
喜んで部屋を出ていく恵を見送り、会話を再開?
「あたしも不思議に思ってたけど、天空の一人称、俺になること、あるよね?」
「この僕が、俺などと使うわけがない」
「オレオレ詐欺」
なんだよそれ、詐欺事件にまで発展するのか。
「荒れたり、自暴自棄になったりすると、ちょっとね」
「そうね、人が変わったみたいに荒れてた」
「誰のせいだよ。だいたい、よく考えたら、僕は野球に嫉妬してんじゃん。野球以下かよ」
伊吹は笑って、ごまかすつもりか。
「あれも、理由あるのよ。でも、もういいや。野球より、甲子園に行った過去より、天空が大事だってわかったから」
嬉しいけど、何か曖昧にされたような。
「恵ちゃんも、嫌がってたね、俺」
「恵と大地が、『俺』の被害者だからだよ。こないだまで、僕に寄りもしなかった」
僕が、僕でなければいけない理由は、俺のせいだ。
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2012.02.24 UP