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  54 失意と希望


 夏休み。
 去年は部活に励んでいた。
 今年はだらだらと、過ごすだけ。
 外に出てみたが、一日限りの出会いも不発。何もかもがうまくいかない。
 庭でバットを構え、サッカーボールを打ってたら、運悪く網戸になってた窓のガラスを二枚抜きしてしまい、しこたま怒られたあげく、ガラス代は自腹。
 まだ妹と弟は寄ってこない。遠くから様子を窺っている。



 ただ過ぎるだけのむし暑い日々。七月末、しばらく無言だった携帯に一本の電話が入ってきた。見たことのない番号が表示されているが、とりあえず出てみる。
「もしもし」
 あまり機嫌のいい声ではない。
『東方か?』
「そうだけど」
『十川だ。明日の九時から、三年生の引退パーティーするから来いって、キャプテン命令。練習はないから普段着でいいから』
 そういえば、まだ野球部に籍を置いたままだ。面倒だけど、野球部のやつらには迷惑かけたし……。
「わかった。明日の九時、どこに行けばいい?」
『部室。じゃ、待ってるぞ』
「あと、何で俺の携帯番号知ってんだ?」
『ああ、マネージャーが……』
 引退パーティー、行きたくなくなった。
 しかし、十川って普通に喋るんだな。刺々しさが全然なかった。



 足どり重く、私服で学校まで来たが、駐輪場に入った途端、ものすごく帰りたくなった。今ならまだ向きを変えて帰れ――
「東方、来てくれて助かった。来なかったら罰ゲームだったから」
 とてもいいタイミングで十川が現れる。
 ……まだ、走って逃げてもどうにかなるんじゃないのかと思い、まずは走って撒いて、帰ろう。
 しかし、どんだけ走っても走っても、撒かれる様子はなく、ついて来る十川。

「なに、逃げて、んだよ」
「追いかけて、くるから、だろうが」
「だったら、逃げん、な」
「じゃ、追って、くんな」
 ゼーハー。
 脚には自信があったのだが、互角らしい。引き分け、というか、逃げそこねた。
 来て早々、汗だく。


 野球部の部室――は開け放たれて誰もいない。部室に部員全員が入ると、この暑さと鉄筋コンクリート構造のせいとか、いろいろな理由で死者が出かねないので、体育館の影に場所変更になっている。
 ブルーシートの上で踊り、騒ぐ姿は、さながら春のお花見。酒が入っているわけでもないのに、上機嫌だ。
 なぜか、キャプテンを筆頭に、野球部員全員から歓迎され、ジュースやら菓子をどんどんすすめられる。
「な、なんか、アンタら気持ち悪い」
 あれだけ俺を毛嫌いしてたくせに、今日は馴れ馴れしいぞ。炎天下の活動でついに頭がヤられたか?
「まぁ、いちいち気にするな」
 気にするだろ。
 この会にマネージャーである伊吹さんもいるが、やはり気まずい。この短期間じゃ時間も解決してくれそうにない。あと一歩のところで甲子園に行けなかったのは事実。やっぱり、復縁迫るより、潔く次にいくしかないのかな……。

 …………む。
「キャプテーン、十川が腹踊りするそうでーす」
「て、てめ、東方!!」
「腹踊りなんて生ぬるい。裸で踊れ」
「ちょっと、ぬあぁぁぁぁあ!! 覚えてろよ、東方ぉぉぉ!!」
 哀れ、十川。次に視界に入ったのは神田橋。ターゲットロックオン。
「神田橋はモノマネがしたいって」
「だっだっだっ、誰がモノマネって、無理です、無理!」
「神田橋春馬、数学の梶原のマネ!」
「……こ、ここ、テストに出るからね〜」
「……似てない」
「無理だって言ったじゃん!」
 つまらんやつだ。
 次、椙本……警戒して、俺を睨みつけている。
 ……バレたか。
「椙本くん、彼女募集中です!」
「東方ぉぉぉ!!」
 わ、すごい形相でこっちに来る。逃げろ!!
 椙本も十川並の脚力で、追いかけっこしてたらまた汗だくになった。
 でも、そんな俺たちを見て、みんな笑ってた。
「自分もやってください!」
 なぜか坊主頭で色黒の一年がいじってほしそうに手を挙げる。
「え、えっと……」
 突然振られると難しいな。
「マネージャー、好きです、付き合ってください?」
「お、お願いします!!」
 黒い一年坊主は立ち上がり、伊吹さんがいる方を向いて深く頭を下げてる。
 ……あれ、本気?
「ちょっと待ったぁぁぁ!!」
 なんと、乱入者。三年のキャッチャーくん。
「桜井、一年の時からずっと好きだった。オレと付き合ってくれ!」
 何だか意外な展開に仕掛けた自分が驚く。伊吹さんの返事は?
「……ごめんなさい」
 笑顔で見事な同時切り。のけ反るキャッチャー、膝を折り、悔しそうに地面を殴る一年。……複雑だ、俺。
「そういえば東方、期末テストのとき、全教科回答欄三つ間違えて書いて0点だったよな。間違えてなければ満点だったって……」
 十川が突然そんなことを部員に無断公開。それに便乗する椙本。
「全教科追試、お疲れ様でした、東方さん」
「……喧嘩売ってんのか」
「いえいえ、ウワサには聞いていたが、見事だな、と」
「俺は期待を裏切らない男だ。思い出に残る一年にしてやる」
 あれ、何でこいつらとこう、楽しく話してんだろ。

 そんな引退パーティーも昼過ぎに終わり、一年が中心となって片付け。二年は引退する三年から、いろいろと引き継いでいく。
 ピッチャーは神田橋へ。
 キャプテンは捕手にポジションチェンジされた十川。
 そして俺も、背番号3の男に捕獲されていた。
「お前はサッカー部員で敵だったけど、最後の大会でいい夢みせてもらった。何事も一生懸命やるのが大事なんだな。だから、お前も諦めるな」
 小競り合いの絶えなかった野球部員からそんなことを言われるなんて思いもしなかった。そして、励まされた気分だった。
 午後からサッカー部の練習らしく、よく知る顔がちらほら。俺とは目を合わせないやつらの中に、まっすぐこちらに来る一人。思わず目を逸らした。
「おう、青木。そろそろこいつ、引き取れよ」
 キャプテンがそう言うが立ち止まらず、青木さんはグランドへ。しかし、俺とすれ違ったときにこう言った。
「気が済んだら、戻ってこい」
 ――――っ。

 サッカーもインターハイがあることを知って、勝手に野球部へ行ったのに……。
 失ってなんかいない。自分の居場所は、まだある。
 青木さんはもう行ってしまったが、その後ろ姿に「ありがとうございます」と心の中でつぶやいた。

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2012.02.24 UP