TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編】彼女は野球部マネージャー☆【50】


  50 別れ話も突然に


「ちょ、何を……」
 エープリルフール? いや、もう中旬だぞ。冗談にしてはキツすぎる。
「ごめん、あたし余裕ない。去年の夏、甲子園逃してるから、センバツも出れなかったし、最近の練習試合も全然ダメで……今度の県大会に優勝しないと……。甲子園行きたいのよ、もう一度! 高校生活最後の夏だから……天空には見せたくなかった……」
 最近、機嫌が悪かった理由はそれで分かったけど、
「でも、納得できません。僕はイヤです、別れません」
「イライラして、八つ当たりして、色んな人に迷惑かけてることぐらい分かってる。でも、もう自分でも抑えられないぐらい焦ってる。だから……わかってよ、あたしの気持ち」
 言うだけ言って、彼女は僕の横を走って通り過ぎていく。
 僕はその場に立ち尽くした。
 ――わかってよ、あたしの気持ち。
 その部分だけこだまのように繰り返す。
 だって、涙声だったから……。

 最近……春休みぐらいからか、やたらイライラしてたことには気付いてた。でもその理由が甲子園って……三年の彼女には今年が最後のチャンス。そこまでは気付かなかった。
 何で伊吹さんがそんなに甲子園に執着しているのかも分からない。確か、彼女が一年の時に甲子園には行ってるはずなのに。
 最後の、大会か……。
 まだ僕にはピンとこない。


 それから、伊吹さんとは学校で会うことがあったけど、僕と目が合ってもすぐ逸らした。
 電話もメールもしづらくなり、携帯がおとなしくなった。
 大志くんは中学三年で受験生。大事な時期だとは分かっていたが、とても家庭教師に行く気分にはなれなかった。
 ホントにこのまま終わるのかな……。この人とならって思ったのは、何かの間違いだったのか? 胸が締め付けられるように痛んで、苦しい。
 そんな想いを誰にも打ち明けられず、一人で抱えて苦しんでいた。
 何もやる気が起こらず、溜め息しか出てこない。いつも蘇るのは、別れの言葉の部分だけ。

「……はぁ」
 また溜め息だ。あまり溜め息つくと幸せが逃げるって聞いたことがあるけど、
「……はぁ」
 もう、逃げるような幸せもなく、見事に逃げられた後。
「センパイ、お疲れ様でしたー!」
「んー」
 帰り支度を終え、部室のドアに手をかけると、元気のいい後輩の挨拶。僕は軽く手を上げて、やる気なく答えて外に出た。
 すると目の前に青木創。先に部室を出たから帰ったとばかり思っていたのに。
「あ、お疲れでした」
 青木さんの方が僕より先輩なので、ちゃんと挨拶。しかし心の中では、なんでこんなところに立ってるかな、とぼやく。
「ちょっと来い」
 何か、勢いよく腕を引っ張られる。
 ――行きたくない!
 頭で考えるより先に身体が動いてて、腕を振り解いた後だった。
「オマエ、最近変だぞ」
「どこがですか、全然普通です!」
「アイツもずっと……何があった?」
「青木さんには関係ないでしょ? 放っといてください!」
「放っておけないから、聞いてんだろ!」
「俺のことなんか、もう――――」
 身体が、肩の辺りがゾクッとした。抑えていた何かが、出てきそうな、恐怖感も共に。
 ――違う、僕は、
「東方、無理すんなよ、一人で。アイツだって……バカだよお前ら、ホントに」
 青木さんは僕の態度に呆れたのか、背を向けて去っていく。
 僕は荒くなった呼吸を落ち着かせようとその場にしゃがみこんだ。
 だって、どこにも相談できるヤツがいないから、一人で考えなきゃいけないじゃないか。青木さんは、僕らにとって身近すぎていやだ。
 頭を抱えて考え出す。答えは出ない。そんなの分かってるけど、頭の中で同じことがぐるぐる、ぐるぐると……

「あれ? 東方センパイ……」
「ほっとけ、青木にフラれたばかりだ。そっとしとけ」
「ええっ!?」

 ……違う。
 でも、少し気がまぎれた。

「あんらま、泣いてんの? 坊や」

 坊やって歳じゃないんだけど。
 更に気がまぎれ、顔を上げて立ち上がる。
「誰が坊やだ」
 とツッコミができるほどに復活。
 僕を坊や呼ばわりしたのが誰かと思えば、クラスメイトの山根。
「泣いてないし!」
 僕は仰け反って偉そうに言ってみた。
「強がっちゃって……」
 そうそう、ただの強がりですよ……って、ええ!?
「うん、分かりやすいのよね、ものすごく」
 ガーン、そうなの?
 山根は二度、頷いた。
 心の声も聞こえてる!?
「最近、元気ないよね」
 あー、
「みんな心配してるよ。クラスのムードメーカーが魂抜けてるって」
「え、そんなこと言われてるの?」
 そういえば最近、クラスを巻き込むゆかいなことをしてないな。する元気もないが。
「……もしかして、彼女と何か……!!」
 僕は思わず山根の肩を掴んだ。彼女は突然のことに驚き、目を瞬かせた。
「ごごごご、ごめん、余計なお世話ですね」
 そうだ、山根は僕と伊吹さんの関係を知る人。この子なら、話せそうだ。
「今日、これから暇?」
「え、え、あ、うん」
「つきあってくれないかな」
「えええっ!?」


 彼女以外の女子と下校。何だか新鮮かな。でもなー、
「ちょっと、緊張しないでくれる? こっちにまで緊張が伝わってくるじゃないか!」
「な、東方くんが誘ってきたんでしょ? ぶり返したらどうしてくれるのよ……」
「何か言った?」
「何でもないわよ!」
 ぶり、返し? 風邪、治ったばかりだったのかな。ちょっと肌寒いし、突然誘って悪いことしたかな。
 それとも、ブリの煮付けでもひっくり返すのか? ブリ……魚、出世魚。刺身、寿司……回転鮨か?
「ブリのお値段はぅまっち」
「は?」
「……別に」
 ハマチは、ブリになるんだ。くそっ、空振りだぜ。ハマチの前にツバスと呼ぶ地域もある。どうでもいい。
「寒いの?」
「まぁ、少し」
「じゃ、室内の方がいいね」
「ん?」
「カラオケでもいいかな?」
「はぁっ!?」
「え? イヤだった?」
「いや……」
「ファミレスとか周りうるさいじゃん」
「ああ、そうだね。カラオケでいいわ……ホテルって言わなかっただけマシか」
「はぁ!?」
 山根の発言に驚いて後ろを振り返った次の瞬間、僕の自転車は電柱に激突し、僕も巻き込んで転倒した。


 カラオケ、とりあえず一時間。ジュースとお菓子を注文。テーブルを中央に、向き合うよう座る。
 シンと静まり返る。別に歌いに来たわけじゃないが、互いに何か、構えている。
 あの、ホテル発言が悪い。何でそっち方面に行っちゃうかな。お年頃が悪いのか……。
「で、私は何で付き合わされたのかな?」
 おお、そうだった。ここまでの愉快なやりとりのせいですっかり現実逃避してしまっていた。
 ああそうか……高校入って伊吹さん以外と、ってのは初めてじゃないのか? なのになんだ、何かが足りない。――胸の高鳴り?
「……もう、病気だな」
「え? 病気で余命宣告されてたの?」
 違う、違う。

 伊吹さんに別れを告げられたことを、かくかくしかじかと話しているうちに、
「もう、僕は終わりだ……」
 気分もテンションもがた落ち。テーブルに突っ伏していた。
「じゃ、キライになったの? 先輩のこと」
「そんなわけない」
「でも、今の東方くんからは、全然、先輩を愛する気持ちが伝わってこないよ」
「じゃ、どんなだよ」
「うーん、お通夜?」
「まだ死んでない」
「ごめんなさい」
 会話が途切れる。山根はお菓子をいくつかつまんで、思いついたようにまた話を始めた。
「でも、先輩は野球が好きなんだね」
「野球なんか、キライだ」
「甲子園って、どんなかな?」
「国立のピッチの方がずっとよかった」
「東方くん、野球大っ嫌いなんだね」
「大っキライだ」
「なのに、野球が好きな先輩が好きなんだ」
「そうだよ」
「面白いね」
 面白いを通り越して、おかしいと思う。
「じゃ、先輩がサッカー好きだったらどうだったかな?」
 サッカー好き? サッカー部マネージャー、スパルタ、暴力、暴言、八つ当たり。
「サッカーが格闘技になるじゃないか」
「好き、嫌い?」
「好きだけど、今の状態で全力で拒否されたら立ち直れない」
「その程度よ。別れたなら放っといたら?」
「イヤだ!」
「じゃ、どうするの?」
「……だから……」
 どうしたらいいか、分からないから話したのに、結局戻されてる。
「自分で考えても、堂々巡りになって、答えが出ないから話したんじゃないか」
「私は別れたんだから放っとけって言ったじゃない、でもイヤだって言ったのはそっちでしょ? だからどうするの?」
 どうするって言われても、だから……。
「選択肢は二つ、押すか、引くかよ」
 押すか、引く?
「押しも引きもせずにうじうじして……甲子園に負けたぐらいで何よ! 甲子園ごときに好きな人の心を奪われるの? 相手は人じゃない。いつか終わるイベントの一つじゃない。そんなものに負けないで、好きならその気持ちに自信をもって! 先輩への想いの強さ、私は知ってるから……じゃないと……」
 テーブルが揺れる。何だかフルフルと震えだした山根。僕のへっぴり腰に怒りがこみ上げてきたか?
「西方地面って名前にするわよ!」
「ええ!? ナニソレー」
 思わず顔を上げて反論したくなる。
「日が昇る東じゃなくて沈む西、空じゃなくて地面。我ながらナイス命名。いいじゃない、今日から西方地面よ!」
 それはイヤだけど、何だか今の自分と当てはまり納得できたりもする。
 僕は、東方天空だぞ。沈み込んでどうする。いつまでも甲子園を目指してるわけじゃない。大丈夫だ、きっと。いや、絶対大丈夫。
「ありがと山根。まだまだ頑張れそうだ」
「そりゃよかった。歌っていい?」
「……どうぞ」


 伊吹さんを好きな気持ちを抑えるなんて無理だから、今は彼女が応えてくれなくても、僕の想いは伝えておきたい。
 電話には出てくれなかったから、メールで送っておいた。

 僕の、伊吹さんを想う気持ちは変わってないから

 でも、彼女からの返信はいつまで待ってもなかった。




 学校で会って挨拶しても、目を逸らされた。

 しだいに、会うのがつらくなってくる。

 彼女の心がわからない。

 伊吹さんの野球に懸ける思い。

 ……嫉妬。

 ……怒り。


 自分の想いも、わからなくなってきた。

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2011.11.30 UP