TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編】彼女は野球部マネージャー☆【49】


  49 高校生二年目の春


 一年の修了式を無事に迎え、二週間の春休み。当然のことながら、部活三昧で時々家庭教師の日々であった。


 ――四月。
 進学、進級の季節です。二週目金曜日、新学年で新学期スタート。
 一年生だった僕達の学年は二年生になり、二年生だった伊吹さんや青木さんたちは三年生になられました。
 一年のとき同様、自転車で通学し、いつもの駐輪場で……多少考えた。一年の駐輪場に停めようとしている自分。入学式は月曜だから別に迷惑にはなりそうにないが、どうなんだろう。見回すとどの学年駐輪場にも、自転車が停めてある。同じく考えてる人もいる。……じゃ、二年のとこで。一年の駐輪場より奥にある二年スペースに自転車を進めた。

 生徒玄関前では普段はない簡易の掲示板が人気物になっていた。新しいクラス名簿が張り出されているので当然。アレを見なければ、自分が無事に進級できたか、何組なのか、実はまた一年をやらなきゃならないのか分からないからな。
 人ごみの後ろに並び、人にもまれること五分。ようやく到着した掲示板前。自分の名前を二年二組の名簿で見つけた。
 ざっと見て同じクラスにあった知った名前は、同じサッカー部の新藤、一年のときに同じクラスだった山本、あとは山根さん。何だか複雑。
 教室の作りはどこも一緒なのに、階が違うだけですごく新鮮な気持ちになり引き締まる。
 第一印象が大事だからな、教室に入る一歩前、ゴクリと唾を飲んだ。
「早く入れよ、サッカーバカ」
 カチンとくる一言が背後から聞こえる。しかし、怒りを抑えて振り返る。
「ごめんなさーい」
 先に入ってもらおうと横に一歩ずれる。愛想よく、決して怒らない。第一印象が大事だから、ケンカしないよー。
 でも、心の中がモヤモヤする。
 こいつ、野球部の十川(そがわ)。掲示板の名簿では見落としていたが、同じクラスらしい。
 せっかくの気分が台無しだ。
「おっはよー、元気?」
 さっそく山本が僕に声をかけてきた。
「おはよ、またよろしく」
 心から笑える気分ではないが、できるだけ笑顔で対応。
「何だか、大変そうだね」
 と小声で言ってくる。たぶんさっきの見てたんだろう。
「そうだね。まぁ、仕方ないよ」
 横目で十川の方を見ると、そこには二人の野球部員。アイツは増えるのか、そんなわけない。
「実は、椙本(すぎもと)くんと神田橋(かんだばし)くんも同じクラスなの」
 その二人も野球部員。一年の頃は平和なクラスだったが、二年ではそうもいかない感じがする。
「麻耶ちゃんも……結局、断ったんでしょ?」
「え? いや……」
 バレンタインの話、再び!? でも、山根さんとはどうにもこうにもなってないんだが。
「和解成立で、お友達からはじめることになりまして……」
 しかしあれから話してないし、どうなんだろう。
「はい、お友達の山根麻耶です。呼んだ?」
 そして、前触れもなく突然現れる。
「バレー部所属の山本琴子です、よろしく」
「体育館でよく顔合わせるけど、はじめましてでいいかな? よろしくー」
「あ、私もまぜて!」
 なぜか僕の席で自己紹介の連鎖が起こっている。また一人入ってきた。なぜか女子ばかり。あれ? もしかして、人生最大のモテ期きちゃったか?
「響咲良(ひびき さくら)でーす、あ!」
 響咲良だと名乗った女子が、僕の顔をみて声を上げる。僕も何だか見覚えが……、
「あ!」
 この顔、どこかで!
 えっとあれは……そうだ。ホワイトデーの時、僕が引き止めて山根さんを呼んでもらった女子。
「おひさしぶりー。同じクラスなんだねー、よろしくー、えっと……」
「東方天空です」
「うん、東方くん、よろしく!」
「ほら、文化祭のときにステージでリフティングしてた……」
「ああ! あの人だったのか!! あれ、山本さんも出てたよね」
「やめてよー! っていうか、琴ちゃんでいいよ。麻耶ちゃんって呼んでいい?」
「どぞどぞ」
 ワイワイ、ワイワイ。
 あれ? 僕、いつの間にかハネにされてる?
 ま、いいや。クラスに野球部員が三人いようが、何だか気が紛れる。
「おい、オレも混ぜろ!」
 同じサッカー部の新藤が登場。
「はい、お名前どーぞ!」
「サッカー部ミッドフィルダー、新藤光聖(しんどう こうせい)です」
「……暑苦しそう」
 確かに、見た目がゴツいし、黒いし、厳つい顔してるし、黒々しいタワシのような髪。脳みそまで筋肉で詰まってそうにも見えるだけに、女子ウケ悪そう。でも、悪いヤツじゃないんだ、人間、見た目じゃない。やっぱ第一印象は外見だろうけど、つきあってみると人の良さが……。
「暑苦しいって、東方はどうなんだ?」
 どうもイラっとしたらしく、食いつく新藤。でもなぜ僕? まぁ、気にはなるが、心が傷つかない程度に頼みたい。
「東方くんはね……バカ」
 ……ば、ばか!?
「授業中もスゴいよ、ホントに。なんか、次元ちがうから」
「えーホント? 楽しみ」
 なに? 女子のハート鷲掴み? 別の意味で。
「英語の時間に数学の教科書出てるし」
 ……まぁ、出してることもあるけど、ちゃんと聞いてるよ、先生の話。
「早弁してたり」
 したことないんだけど。
「テストは赤点だし」
 わざとですよ。
「たまに授業サボったり」
 ちょっとした逢い引きです。
「そうそう、弁当がすっごいデカいの」
「運動会の弁当みたいだと言われたことが……」
 そうだ、これは伊吹さんが言ったんだった。
「っていうか、やまもっさん、喋りすぎ」
「やまもっさん言うな!」
 話している最中も、野球部三人組がこっちをちらちら見るから少々気分が悪い。
 新藤もそれに気付いたらしく、僕と目を合わせるとあからさまにイヤそうな顔をしてみせた。


 二年生初日は始業式とホームルームで終了。午後からは部活があるのでコンビニで食料を調達し、学校敷地内の桜の下でお花見弁当。
 桜の花びらが一枚、弁当のごはんに落ちてきた。
 ……いいね、何だか。毛虫だったらイヤだけど。
「いいとこで食ってるね、他のやつも呼んでこよ」
 そう言われて振り返ると、どこかに向かって走ってる男子生徒。たぶんキャプテン青木。
 食べてる途中の弁当を持って、団体の男子生徒がこっちにやってくる。ああ、いい気分が台無し。
 これじゃサラリーマンの花見と変わらないじゃないか。僕は代表場所取り役の下っ端部員か。しかし、そんな下っ端生活も終わりを告げるのさ。進級したということは、後輩が入学してくるということで、新入部員確保で、東方先輩に昇進よ!
 何だか変にキアイ入っちゃうぜ! まぁ、入学式は月曜で、新入部員が入ってくるのも早くて来週からだけど。
「勧誘ポスター作ったから、貼っとかないとにゃ!」
 と青木さん。語尾が変なのは、口の中に食べ物が入ってたから。飲み込んでからでも問題なかろうに。
 しかし、いつの間にポスターを作ったんだ。言ってくれたら手伝ったのに。
「もう、力作だにゃ! もう、俺、天才。自分の才能にうっとりしちゃう」
 一人でうっとりしてろ。
「俺の才能に嫉妬しないでね」
 はいはい、もう、黙って結構です。誰もが呆れて話し相手にもならなければ見向きもしてない。

 その日も、お遊びのような練習をして帰宅。
 土日も、午前中の二時間程度ボールと戯れたのち、ミーティングと銘打ってお花見しつつ雑談。
 新入生が何人入ってくるか掛けをしてるやつもいた。

 現在、二年十人、三年七人。
 GKは今のところ青木さんのみ。
 FW、MF、DFで十人。
 試合に出れるのは、十一人。

 一年が入れば、また倍率が上がる。




 ――月曜日。
 緊張した面持ちで真新しい制服に身を包む、新入生。

 一年が通る廊下や階段などの掲示板には、色んな部のポスターがあった。
 青木さんの力作である、我がサッカー部のポスターも……

『今日からキミが守護神。サッカー部の救世主、バレー部の敏腕リベロ募集!』

 ええ!? これが才能に嫉妬しそうな力作なの?
 サッカーボールを蹴っている棒人間のイラストに、大きな文字でバレー部のリベロを募集? 意味が分からん。
 隅の方に小さく、
『昨年度、県大会優勝した先輩部員と、経験者、初心者問わず、楽しくサッカーやろうぜ! 一度、見学に来てねw 女子マネージャーも随時募集』
 と書いてある。県大会優勝は大きく書きましょうよ。国立一回戦敗退じゃないんだから。
 マネージャーの募集ももっと大きく……ベンチで応援してくれる女子、必要でしょ! 優しくタオルを差し出してくれるとか。着替え中にうっかり部室のドア開けてキャァ! とか。部員の栄養源に……。
 ええい、どこの漫画だ、バカヤロウ! そんなマネージャー、いるわけない。
 現実をみてみろ、野球部のマネージャーなんて……凶暴で、スパルタで、すぐに手が出るし、優しいところもあるけど、まぁ、かわいいときもあるし……うん、って、ああもう!
 それはもういいから、とにかく、何で、バレーのリベロを募集してるんだ?


 入学式の日の部活タイム。サッカー部部室にて。
「あ、ポスター見てくれたんだ、嫉妬したでしょ?」
「いえ、むしろ意味が分からなかったです。なぜリベロなんですか? バレー部の」
「どんどん食らいついてくれそうだし。知らない? バレーのリベロってポジション」
 サッカーならともかく、バレーのリベロなんて知るわけがない。
 青木さんの説明によると、コートにいる選手で、一人色の違うユニフォームを着てるのがリベロらしい。攻撃はしない、レシーバーのスペシャリスト。故にこちらも守護神と呼ばれてるとか。今度、山本にでも聞いてみよう。
 青木さんは次のキーパーとして、バレー部のリベロが欲しいらしい。キーパー、ずっと一人でやってたもんな。三年だから後継者育ても必要だろう。


 次の日から、部活見学の一年生がちらほらグランド周辺に見られるようになった。
 それが野球部目的か、サッカー部目的かは不明だが、ウチのサッカー部といえば県内でも上位レベル。僕のようにそんなサッカー部に憧れて入学を決めた人だっているはず。どんな逸材が入ってくれるのか楽しみだ。
 でも僕の場合、見学場所が悪くて伊吹さんに声を掛けられたんだよな。
 そうか、あれから一年過ぎたのか……。
 衝撃的な出会いだったな、ホントに。
 いきなり『一緒に甲子園目指しましょ!』とか言われて。
 今年も同じことしてるんじゃないだろうか。見学してる一年を勧誘して、
「準備がおそぉぉぉぉぉぉぉおおいいいいい!!!」
 いや、グランドでお怒りです。
 そういえば最近、機嫌悪いんだよな。なんでだろ。野球部の奴らも妙にピリピリしてるし。


 そして、我がサッカー部には一年の新入部員が、八人入部した。
 部室で自己紹介といきたかったが、結構な人数がいるのでグランドで新入部員とご対面。
 八人全員がサッカー経験者で、バレー部のリベロは残念ながらいなかった。そのかわり、ゴールキーパーが一人いたので、青木さんは早速テストと称してゴールの前に立たせていた。
 全員が交代でゴールにボールを蹴っていく。
 ――数分後、青木さんはすっかりやる気をなくしてゴール横で体育座り。
 一年のキーパーくん、なかなかの反射神経で、誰もが青木さんよりすごいんじゃないかと言ったものだから。本人もそれを認めてしまい、あんな状態ですよ。
「いいんだよ。どうせ俺は、じゃんけんで負けてキーパーになっただけだし、中学んときはディフェンダーだったし。もう、ディフェンダーに戻ろう、そうだ、そうだ」
 何て悲しい独り言かな。しかし、じゃんけんでキーパーになったとは、衝撃の事実でした。ちょうどキーパーがいなかった時期に入学して、入部した世代なんですね。
「あの、質問いいですか?」
 一年の一人が手を挙げて聞いてくる。
「練習って、グランドでするんですよね?」
「もちろん、当然だろ」
 しかし、そのグランドの中央には簡易フェンス(?)で隔てられ、真っ二つにされている。バックネットのある向こう側には当然、野球部。
「半面ですか?」
「え? 第二グランドとかあるんじゃないんですか?」
「大丈夫、土日は全面使えるから」
「いや、え!?」
 きっと、充実した練習風景を想像してきたのだろう。去年の僕もそうだった。しかし、現実はこれだよ。
 野球部といがみ合いながらの半面練習。乱闘がなくなっただけ今はマシ。
「今年……いや、去年? 国立出たの、違う学校だったっけ?」
 何かの間違いだとも思いたくもなるだろう。僕もそうだった。
「大丈夫、こんな状況もいずれ慣れる!」
 青木さん、ふっかーつ。腰に手をあてて偉そうにしているわりには、何だかなぁ、と言いたくなるセリフ。

 その、フェンスの向こう側……お隣の野球部も何人か確保できたようだが、相変わらず変なオーラが出てる。

 そんな野球部さんとの今期初のにらみ合いが次の日に起こってしまった。
 グランド入り口を正面に右側にサッカー部、左側に野球部。にらみ合ってるのは二年と三年の各部員。僕は呆れた顔で見てるけど。
 ――ああ、やってるよまた。懲りないよな、ホントに。
 一年はそんな先輩たちを見ておどおど。でも、キミたちもそのうちこの中に紛れちゃうんだろうね。こんな伝統はどうにかして欲しいものだ。
 その真ん中をバットを担いで堂々と歩くジャージ女子。言うまでもなくあの人。
 彼女の姿を見た二、三年は怯えて一歩下がる。一年にはその理由まだ分からないから、ただ首を傾げている。
 僕の前で一年生が隣にいた新藤に小声で聞く。
「今の、誰ですか?」
「あれは野球部のマネージャー。三年の桜井先輩だ。人を黙らせ、乱闘も抑える、更に喧嘩っ早いうえに無駄に強いという、最悪、最強の女だ」
 と新藤は一年に説明。へー、と短く言って伊吹さんの後姿を見つめる。
 しかし新藤、ちょっと残念なことに、一つ忘れている。彼女はとーっても、地獄耳だということを。
 伊吹さんはゆっくりと部員達が並ぶ後ろを振り返り、無言で睨みつけてきた。同時に身体をびくっと震わせて動かなくなる両部員。蛇に睨まれたカエル状態。伊吹さんの睨みはメデューサに匹敵する。
 しかし、今日も一段と機嫌が悪そうだな。どうしたんだろ、ホントに。
「くだらないことしてるヒマがあるなら、さっさと練習始めろ!」
 もう、バットを振り回さん勢いだったので、サッカー部員と野球部員は飛び上がり、蜘蛛の子を散らしたようにその場から逃げ出した。僕は逃げなかったけど、伊吹さんは僕を見て顔をしかめ、背を向けてグランドへ走った。
 ……僕、何かしただろうか?
 同じくそんなことじゃ逃げない青木さん、僕の顔を見て一言。
「オマエ、何かしたんじゃないの?」
「いや、全然心当たりないんだけど……」
 ホントに、心当たりない。気付いたら機嫌悪そうだったし、何だか避けられてる感じも……?


 あんな伊吹さんを見た後だ。一年が怖がってたり、二、三年もやる気が衰退していた。なので今日はグランドの外で走ったり、筋トレすることになった。
 しかしこれがまた、伊吹さんの逆鱗に触れることになる。

「グランド使わないなら先に言いなさい!」

 一年が縮み上がって、先輩たちの背後に隠れた。
 本日、野球部がグランド全面使用。

 その後も、伊吹さんのイライラで野球部全体がピリピリ。その影響は同じグランドを使うサッカー部にも出ていて、いまいち練習に身が入らなかった。




 四月ももう中旬になり、十四日。
 部活を終えて帰ろうとしていると、同じく帰り支度を終えた伊吹さんと部室前でばったり会った。
 最近、話せるような状況じゃなかったこともあり、何だか話題が目白押し。クラスが同じになった野球部の人の教育をどうにかしてもらえないか、とか。帰りにどこか、食べに行きませんか? もちろん僕のおごりで。え、イヤだ? なんだか全くつれない。やっぱりイライラしてる。対応がザツでかなり悪い。でも――
「そういえば伊吹さん……」
「天空」
 話そうと思ってたことを遮るように僕の名前を強く呼ぶ。
「え、はい?」
「別れましょ」

 …………え?

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2011.10.24 UP