TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編】彼女は野球部マネージャー☆【48】


  48 高校一年最後の一ヶ月の中で忘れられない一日


 な、ちょっと……。

「え?」

 何で?

「なんの、こと?」

 いつ、知られた?
 山根さんの一言で、僕は冷静さを失った。脳内は大混乱。誰かに聞かれてないか? ホントはみんな知ってるとか、まさか。
「……ごめん、場所変えよう」
 僕は頷くので精一杯。人の多い教室前の廊下を離れる彼女の後に続いた。


 部室棟の横。ちょうどこの辺りはどの部に入るにも死角になっている。
「ホントにごめんなさい」
 深々と頭をさげてくる山根さん。
「え、いや、そんなに謝られても……」
 対応に困ってしまう。それより、伊吹さんと一緒にいるときに付き合ってると思われるような場面を見られてたということにならないか?
「なんで僕が先輩と付き合ってるって思ったの?」
 山根さんはちょっと困った表情でばつが悪そう。
「見ちゃったのよ、バレンタインの日。部活が終わって駐輪場で東方くん待ってたから……」
 バレンタインの駐輪場、やけに素直だったあの時のことはすぐに思い出せる。あんなの見たら誰でも気付く。
「それで分かったの。割り込む隙もないし、私が敵う相手でもないこと。……うん、好きだったんだよ、過去形になっちゃうけど」
 何だか申し訳なく思えてくる。こんな時に何も言えないような僕を……。
「ごめん、やっぱ今の聞かなかったことにして」
「いや……」
 何か言わなきゃいけないのに、言葉が出てこない。
「わざわざお返しありがとう」
 山根さんは言いたいことを言い終えたのか、軽く頭を下げながら僕の横を通り過ぎようとする。
「待って、あの……」
 思わず呼び止めた。彼女は歩みを止めたが背を向けたまま言った。
「東方くんが付き合ってることは誰にも言ってないし、言うつもりもないから」
 それはそれで安心だけど……何か言うことはないのか、僕。
「あ、そうだ」
 と、山根さんはくるりと向き直る。
「友達になってくれないかな?」
「え?」
 全然意味が分からない。
「何だか東方くん面白そうだし」
 なんたる理由。でもこっちが断る理由なんて別にないので、こう言うしかない。
「ああ、うん、はい、よろしく」
 最後までグダグダだ。山根さんもクスクス笑ってる。
「こちらこそよろしく東方くん。じゃ」
 山根さんは小さく手を振ってきたので僕も軽く手を上げて答えると、彼女は部室の方へ駆けていった。
 結局まともに喋れないまま、彼女の姿が見えなくなると、いままでの緊張が抜けるように溜め息が出た。
 寿命、絶対縮んだ。
 まだ伊吹さんに渡さなきゃならないのに、恥ずかしさで更に寿命が縮みそうだ。
 バレンタインなんか、なければよかったのに……なんて思ってしまう。バレンタインがなければ、ホワイトデーなんてなかったのに。
 貰っているからそうも言ってられない。




 伊吹さんとの約束の時間――部活終了後。これがけっこう曖昧。
「結局どうしたの、イブキへのお返し」
「腕時計にしました」
 青木さんが突然立ち止まった。ので僕も足を止め、後ろを向く。
「どうしました?」
「何でそんないいアイディア、教えてくれなかったの?」
「だって、あれから何も聞いてこなかったじゃないですか。だから、いいもの見つけたんだと……」
 チッと耳障りな舌打ちをされ、ものすごく不愉快な気分になる。
「お前も何も準備できず、イブキに身体でお返しするのかと思ったのに……」
 身体って……どこですんだよってことになってくる。家は逆方向だし、部活終了後だと時間は限られるし。
「ばっかじゃないの。身体って、中学生じゃあるまいし。この時間からするような場所がどこに」
「……え、外?」
「外って、青ちゃんがアオカンって、もう、ギャグでしかないし」
 ホントにこの人は、こういうことに関しては全くダメだな。青木さんに対して、敬語で喋れない。

「おい、何か、青木と東方、今日は外でヤるらしいぞ」
「え? マジで? この寒いのにがんばるなぁ」
「いいんじゃねーの? ヤってるときはむしろ熱いぐらいだし」
「部室ですりゃいいのに」
「やめろよ、気持ち悪い」

 通りすがりのサッカー部員が僕らの会話を聞いてそんなことを話している。
 僕と青木さんは言葉を失った。
「こうなったの、誰のせいでしたっけ?」
「くっ、俺だよ、ホモフラグも今の会話を勘違いされたのも、全部俺が悪いよ!」
「じゃぁ、そろそろ別れ話でもしましょう」
 青木さんは少し考えたのち、両手で顔を押さえて左右に振った。
「剣道部の主将の肉体がたまらないって、アンタなんか、剣道部に行っちゃえばいいのよ!」
「だから、別のホモフラグにしろとは一言も言ってねぇだろうが!!」
「じゃ、相撲部にパフパフされたぃ――」
「黙れ!」
 どすこい、どすこい、東方さ〜ん、ごっつぁんで〜す。
 あんなのに抱きとめられたら……ざわっ。想像しただけで鳥肌と悪寒が。
「そっかぁ〜、天空はパフパフが好きだったのか〜。いいこと聞いちゃったなぁ〜」
 更に通りすがりの野球部マネージャーさん。早歩きが途中からスキップに変わった。
 勘違いっ、いやっ……イヤでも、ないっ!! だけどそれは、相手が女の場合のみ。
 くそぅ、どいつも、こいつもぉ!!
 この、やり場のない怒りとか悔しさとか、何に分類したらいいか分からないもやもやはどうしたらいいんだ! とりあえず、伊吹さんに会う直前まで抱えていた。
 伊吹さんの顔を見たら、そんなのどっかに投げ飛ばしちゃって、スイッチも切り替わった。
「お疲れ様です、伊吹さん」
「おう、おつかれ、パフパフ東方」
 ぴしっ。額に怒りマークが一つ。
 いや待て。せっかくのホワイトデーだぞ。伊吹さんの暴言の一つや二つ、いつものことじゃないか。
「あの、先日のバレンタインのお返しをと思いまして……」
 鞄から包装された箱を取り出し、頭を下げながら両手で差し出す。なぜか腰の低い態度の僕。……おかしいな、シミュレーションの段階ではもっとかっこよく渡すはずだったのだが。
「あら、ホントに? 別に身体でも良かったのに……」
 分かった。あの地域に住んでるやつはみんなそういう考えなんだ。同じ市内でも田舎なとこだし、プレゼントは物よりも心と身体か。……やめよう、この話題。
「プレゼント選ぶのにけっこう迷ったんですよ」
「天空、中学の頃はずいぶんやんちゃしてたらしいよね」
「……人がせっかく話をはぐらかしたのに、あげく掘り返すとはどういうことですか」
 今はあまり思い出したくなくても、その当時はそれで楽しかったというか、今も今で、楽しい毎日を送ってるんだから、やめよう、そういうの。過去は過去、今は今。
「いや、ホントかなって思って、聞いてみただけ」
「このタイミングで聞かなくても……いや、一生聞くべきではなかったと思います」
「……ごめんなさい」
「知られていいこともあれば、知られたくないこともあります。好奇心で聞いて、傷つくのはイヤです。出会う前のことなんて知らなくて当然です。出会ってからのことを大事にしたいって思うのはダメですか?」
「うん、いいと思う」
 珍しく僕に押されっぱなしの伊吹さんは首を縦に何度も振っている。
「今回、お返しをそれにした理由も、過去ではなく、今、そしてこれからも同じ時を過ごしたいからです」
 よし、うまいこと言った! 心の中でガッツポーズ。もう、僕ってば天才。あの状況をうまく使ってからのキメ台詞。もう、ニ度とできねぇな。そして誰も真似できねぇ。
 この状況に不釣合いな優越感が込み上げてくる。
 伊吹さんもまた、空気を読まない行動に出る。受け取った箱の包装をビリビリに破りながら開けて中身を確認した。
「……時計?」
 アナログよりはデジタルなイメージで、ピンクや水色はちょっと違う感じの伊吹さんに、スポーツタイプっぽいデジタルの白い腕時計。女性用だがストップウォッチなどついているし、見た目少々ゴツい。
「シルバーのアナログ時計は似合わないと思って」
 拳が鳩尾に叩き込まれる。何とか耐えながら、いつもの伊吹さんらしくて安心する。叩き込んだ拳はそのままで頭を胸に寄せてきた。
「いつか、シルバーのアナログ時計プレゼントしたくなるような女になってやる」
「えー、今のままの方がおもしろいのにー」
 次は寄せていた頭が、頭突きに変わった。顎に炸裂して歯がガチンってなった。危うく舌を思いっきり噛みちぎるところだった。
「お前はっ!!」
「そのままでいてくれないと、退屈じゃないですか」
 いつも何が起こるかわからない、ドキドキ、ハラハラがスリル満点。ときどき見せる素直な態度にドキッとさせられて。

 そういうあなただから、好きになった。大好きです。

 って、口にしてみたら、顔を真っ赤にしてあたふたして、うろたえて、なぜか睨んできてからのアッパー炸裂。
「ば、ば、ば、バカにしてんのかぁ!?」
 そういうのが、なんだかたまらなく好きだ。

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2011.10.13 UP