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  46 バレンタイン、ネタばらし


 チョコを貰った日、僕は心の中でスキップしっぱなしだった。
 それを挫くよう、帰宅した僕に母がくれたもの。
 チロルチョコ、バラエティパック。
「あんた、どうせモテないでしょ?」
 そう見えますか? では、お母様には伊吹さんと僕の関係はどのように映っておいでか。たぶん、ただの先輩後輩か。
「はい、お兄ちゃんにもあげる」
 リビングでテレビを見ている妹がチロルチョコをひとつ僕に差し出してくる。テーブルには同じバラエティパックの包み紙が散乱してる。
「ああ、ありがとう」
「歯ブラシしないと虫歯になるよ」
 ……忠告どうも。
「ごはんできたら呼んで」
 と母に声を掛け、二階の自分の部屋へ。階段を昇っていると、またウキウキ気分が復活してきた。
 そうそう、チョコ、チョコ。気持ちがこもってる手作りチョコ、どんなんだろ、楽しみだなー。
 さっさと開けたい気持ちを抑えつつ、丁寧に包装を開ける。
 真っ白な箱にチョコの指紋? 少し気分が萎える。伊吹さん、もうちょっと細心の注意を払うべきだと――――?!!
「――――ひぃっ!!」
 息を吸っている時に思わず変な声が出た。
 な、何だこれは。いびつな形の、チョコ、でいいのか? ハートを握りつぶしたような形……呪いのアイテムか何かじゃないか? 実は箱の裏に『呪』の字が書いてあったりして。箱を上げて覗き込んでみる。
 ……ない。
 一体何をどうしたらこんな形になるんだ、恐ろしくおぞましい。
 こんな形を見ていても食べる気がしないので、一口大に砕いた。
 改めて、いただきます。
 ……何だか怖くて、なかなか口に入れられないが、思い切って放り込み、口を閉じる。爆弾ならここで頭飛ぶ。

 …………あれ?
 なにこれ、おいしい。
 蕩けるような口どけ……は当たり前か。幸せを感じる絶妙な甘さ。なのにしつこくない。
 このレシピ、業界に売るべきだ!
 形はまずかったが。
 あまり食べるともったいないのに、どんどん食べたくなる。
 待て、待つんだ天空。そんなに食べたらもったいない。でも、おいしいから食べたいっ!!
 そうだ、山根さんのも開けてみよう。
 伊吹さんのチョコを食べたい衝動からうまく抜け出す。
 こちらも既製品ではなく手作りのようだ。想われてる? 伊吹さんのとは違って安心して見られるものだった。ハート型のアルミにチョコを流し込んで固めるタイプではあるが、ホワイトチョコとのマーブルだったり、トッピングが乗ってたりする。
 ひとつ食べてみる。……うん、おいしい。
 でも、伊吹さんのほど進まない。やはり想いのちがいかな。

「天空、ごはんできたわよー」
「はーい」
 下から母に声を掛けられたので、チョコの箱を閉じ……えっと、ちょっと目に付きにくい所に置いて、夕食を食べるべく一階へ降りた。




「あ、伊吹さん!」
 バレンタインの次の日。彼女の姿を見つけて思わず名前を呼んだ後、辺りを確認。特に人はいない。
「あの、チョコありがとうございました。すっごくおいしかったです」
 気持ちをフルに伝えたかったが、声のトーンは押さえぎみに。
「そう? よかった。でも形には驚いたでしょ?」
「……ええ、そりゃもう、悲鳴にも似た声が思わず」
 普通ならここで殴られるかも、な場面だが、伊吹さんは照れ笑いのような苦笑いを浮かべている。
「ごめん、形を作るのに一生懸命手で整えてたら、体温で溶けてくるわ、手に大量のチョコがへばりつくわで頭にきちゃって……」
 それであの形か……なんだか納得。
「三分の一ぐらい減っちゃったけど」
 すごいおいしかったのに、もったいない。
「何をどうしたらあんな味になるんですか?」
 別に聞いたところで作るつもりはないが聞いてみる。
「あれはね……黒魔法の……おっとこれは言っちゃいけなかったんだった。ひっひっひ」
 悪い魔女のようなセリフ。いかにもウソっぽいんだけど。
「……何よ、そうよ、ウソですよ」
 僕の目が疑いの眼差しだったのか、彼女はつまらなそうにウソを認める。つまらない冗談を言うんだな、とちょっと意外な一面を見た感じ。
「天空の好きなものよ」
「僕が、好きなもの?」
 何だろう? 好きな食べ物について話したことがあったかな?
「あたしのた――ズキューン、バリバリバリ、ドカーン――されたもの」



 咄嗟に効果音で伏せてみたが、適正でない表現をお詫び申し上げたいです。



 僕は金魚のように口をぱくぱく、声が出ない。顔は爆発しそうなほど熱いし。
「バカね、冗談よ」
 これもそうか。そうじゃないと困るけど。
「じ、冗談でも言っていいことと悪いことが……!」
「あれ、キライだった?」
 なぜか指を咥えて上目遣い。
「……いや」
 たじろぐ僕。嫌いどころかむしろ好きだと……いや、その対応に困る質問もやめろ。
「ま、普通にスーパーで売ってある食品だから。それ以上はナイショで」
「……そうですか」
 最初からそう言って欲しかった。
 ただ感想を言いたかっただけなのに、どっと疲れてしまった。喜びも何だかどこかいっちゃったし。
 チョコも僕の好きだというものも、なんだかしばらく見たくないと思った。

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2011.10.03 UP