■TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編】彼女は野球部マネージャー☆【45】
45 二月はバレンタインを挟みつつ逃げます
二月一日。振り返れば、一月はあっという間に終わってしまった気がする。
次の二月に関しては、なんと二十八日しかないという有様。早く過ぎないわけがない。通常より二日も少ないのだから……近づく、学年末考査。
それと、アレだよ、二月の真ん中にある一大イベント、バレンタイン。
自分のモテ具合が分かる日だ。
――センパイ、ずっと、好きでしたっ。手作りなんです、受け取ってください。
脳内には夕陽で赤く染まる教室。彼女の顔が赤いのは夕陽のせい? それとも……。かわいい後輩が恥ずかしそうにチョコを差し出し、一大決心! なアニメのような映像展開。僕は一年なので後輩はいないな。と言って、伊吹さんを同じネタで想像。
――天空、あの……。その、アレだ!
チョコが入った包みを握らされ、殴られる。僕は思わず腹と口を押さえ、想像でありながら、悶絶しそうになる。
――ありがたく思え!
……だよね、それ以外、ありえない。
あと、確か、もらったら三倍返し。三倍殴り、なのかなぁ。
「今日も東方は一人芝居か」
「留年の危機でおかしくなったんじゃね?」
……はっ! 授業の真っ只中に、何を考えてるんだ!!
「天空、甘いもの大丈夫?」
ストレートに聞かれた感じ。これはアレだな、バレンタインチョコのこと。前もって聞いてくるとはいい心がけだ。甘いものダメでも、当日もらったら強制で食べさせられそうだし。でも、心配無用。
「ええ、大丈夫ですよ。一般に売られてるものならだいたい」
あえて聞くようなことはせず、ここは自慢のボケでも炸裂させるか。
「もしかして、ケーキバイクングの誘いとかですか?」
伊吹さん、ぽかーんと口を開け、マヌケな顔で僕を見つめる。
たぶん、どんだけ鈍感なんだ、とか、食い物にしか興味ないのか、と思われているぐらいか。
「……ち、違いますよね?」
「……うん、今度いい店探しとく」
……勘違いされたし。
首を捻りながら去る伊吹さんの後姿は……僕に対する疑問を隠せていなかった。
ごめん、勘違いさせて。
そしてあっという間に中旬にさしかかり、いよいよ十四日の到来。
で、すでに一日の半分以上を終えた放課後。
ここまでの収穫、ゼロ。誰からももらえないって、男としてどうなんだろう。全然女子の心を掴めてないキャラですか。……いや、別に寂しくない。伊吹さんがいればいいもーん。と開き直っても、やっぱり虚しさが残るのはなぜだろう。あれ? 目から鼻水が出そうだ。
机を片付けて学校指定のバッグを肩に掛けると、部活に行くために後ろのドアから教室を出る。すぐに目の前に誰かが立ちはだかる。女子だ。教室に入るのに邪魔だと思い、よけようとしたが、何かを差し出され、反射的に受け取ってしまう。そしてその女子はすぐに走り去ってしまった。
……ん? 何だこれは。
受け取ったものをひっくり返したりしてまじまじと見てみる。
貸したCDじゃなさそうだ。誰にも貸してないし、ラッピングされてるし、CDより大きい。
……まさか? いや、まさかな。ありえんだろ!!
彼女が走り去った方を見るが、廊下は生徒で溢れている。
だいたい、今のは誰だ。同じクラスではないことは確か。
なんて考えてると、箱を奪われる。
「あ、ちょっ!!」
「東方くんにも春到来か!?」
バレー部コンビ、山本・宮野組。僕の顔と手に持ってた箱を交互に、変な笑顔で見てる。もしかしたら、知ってるかもしれないと思い、聞いてみる。
「見てたの?」
「ええ、バッチリと」
なぜか目元でギャルピース。山本は見た目がシンプルな分、あまり似合わない。別に悪い意味ではなく、化粧とかで盛られてないということ。
「じゃ、今の誰か知ってる?」
山本は二度、大きく頷いた。
「女子バスケット部に所属してる一組の山根麻耶(やまね まや)ちゃんだよ」
「……へぇ〜」
素っ気ない返事をしてみるが、初めて聞くのに耳になじみのいい名前だ。
まぁ、見てる人は見てるんだなぁ、と内心嬉しくも思う。
「さて、東方くんはどう出るのか! ホワイトデーに乞うご期待!」
と、箱を返してくれるのだが、期待されてもなぁ。
しかしこんなシーンを某クラスメイトに見られていたものだから、また面倒なことになる。
「コトちゃんの本命はソラだったのか!?」
タイミングよく出てきた杉山亮登に見られてしまった。
「違うし」
山本、もっと言ってくれて構わないから、この勘違いを撤回してくれ。
「そうそう、違うし」
「じゃ、ミヤノちゃんか!?」
「違う」
「東方くん、いい人だけど、そういうのとは違う」
「そうそう」
ありがとう、二人とも。だけど、何かがぐっさり刺さってしまった。
ということで、山本と宮野からのものではないと分かってくれたアキだが、貰ったことに違いはないとわめき散らす。さっさと部活に行きたいのに、いい迷惑だ。
「あ、紘貴。貰った?」
通りかかった男子生徒……アキの友達だろうか、そいつを捕まえて食いつく。
「何を?」
「バレンタインのチョコ」
「貰うわけないじゃん」
内心、僕の勝ちだと思った。
アキの友達、どっちかというと女子を受け付けない感じで、隠れファンとか実は多そうなタイプだが……ヒロキ? どこかで聞いたような。
少し考えると、すぐに該当の情報が出てくる。
もしかして、学年トップの吉武紘貴か? 確か一組だったな。
見た目、確かに優等生って感じ。ぱっと見た印象だと、好きじゃないタイプだ。まぁ、関わることはないだろうけど、一回ぐらい本気で成績勝負がしてみたいものだ。
吉武(?)の登場でうまくアキをかわせたので、さっさと部室を目指す。
廊下でもたついていつもより遅くなったのでもう部活の準備が始まっていて、おかげで部室にたどり着くまえに伊吹さんに会った。
「こんにちは、お疲れ様です」
まずは一応、挨拶から。
「おつかれ。チョコ、貰った?」
会って早々、痛いところを突かれた。正直に言ったら、殴られはしないだろうか。そんなことが心配で、ついついウソをついてしまう。
「いえ、貰ってません」
ごめんなさい、山根さん。心の中で謝っておく。
伊吹さんは顔色ひとつ変えず、顎に手を当てて首を捻った。
「あれぇ? 予想外。意外とモテないのねー。これじゃ自慢にもならないわ。あたしって、人と好みが違ってへんちくりんなのが好きなのかしら?」
突かれたものが、ぐっさり突き刺さった。
ああ、モテる人を独り占めしてるアレがいいのね。すみません、自分でも悲しいぐらいです。へんちくりん呼ばわりしないで、あなたにだけはされたくない。全力でそう思った。
気温はかなり低いのだが、部室は……男子生徒の活気のいい熱気ややはり感じずにはいられないむさくるしさが充満してたみたいで、ドアを開けた瞬間、それらがどっと出てきた気がして鳥肌が立つ。
「お、東方じゃん」
「チョコ貰えた?」
ここもそういう話題か。まぁ、仕方ないといえば仕方がない。みんな男だ。
「いやぁ、どうでしょう。想像にお任せします」
控えめな笑顔で、控えめに行動、ロッカーにバッグをさっさと投げ込んで隠して――
「あ」
しっかり抱えていたバッグを鷲掴まれて引き抜かれた。取り返す間もなく、人の手を伝いどんどん遠くへ。僕がいる場所の対角なとこまでいってしまった。もう、手が届かない。
許可なく開けられ、物色される。いや、物色しなくても、一番上にあったでしょ。それを掲げられ、僕もなんだか諦めモードに入る。
所々で「おお」と声が上がり、「羨ましい」だの「むぎゃー」だの聞こえ、一番近くにいたヤツからは「このやろぉぉぉぉぉ!」と首を絞められる。
あーあ、ホントに、やになっちゃう。
「そーらちゃーん、誰に貰ったの〜?」
バッグを開けて箱を掲げた二年生、FWの浅岡さんが僕に聞いてくる。
「別に誰だっていいじゃないですか」
ここまでやられた後だ。もう、答えるつもりはない。むしろ、今日の部活中、ずっと拗ねててやる! と心に決めた。それが今の僕の、精一杯の抵抗だ。
「……期待を裏切って悪いが、東方にそれを渡したのは俺だ」
シンと静まり返る。熱気は一気に冷める。室温もぐっと下がった気がした。
また、あのフラグが立ったような。クリスマス以来ですね、確か。
互いに恋人の存在を知ってて、だけどみんなには隠しているあたり、気が合うというか何というか。しかし、青木さんはいつもやりすぎだ。
「ごめん、やっぱり帰りに渡すべきだった」
しかもこの芝居もウソだと見抜けないレベルで、誰も疑わないのが困ったところでもあるが、ここを切り抜けるにはこの芝居に乗るしかない。
「いえ……でも、もう隠さずに公表すべきでしょうか、僕たちの」
「ダメだ。それだけはダメだよ、天空……」
「青木さん……でもっ」
お互い演技に没頭してたら、周りに人がいなくなってた。
いつの間にか、部室には二人きり。
「天空、邪魔者はいなくなった。今日こそ二人でひとつに――」
「あ゛あ゛――――もう、やめてくださいぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」
「感謝してよね、俺に」
青木さんに耳とか首に散々息を吹きかけられ、僕はしばらく足腰が立たなかった。
そして、誰もが変な気を使い、ボールの片付けは青木さんと一緒だった。
「いやー、うまく勘違いしたな、アイツら」
「ちょっと、どころかやりすぎでした」
「じゃ、バレるのとどっちがいいよ」
それは究極の選択だな。
でも、何で隠さなきゃいけなくなった? 最初から隠してなければこんなことには……いや、伊吹さんがあんな人じゃなければ、か?
「青木さんは、何でつばささんと付き合ってることを隠してるんですか?」
僕は質問に答えず、同じ質問を青木さんに返した。
「何でって、ずっとそうしてきたから、今更公表できなくなった感じ? だいたい、学校違うし」
そういえば、この学校でつばささんを見たことがない。
「私立の女子高だから余計に色々、面倒なんだよ」
なるほど。確かにそうだな。春の来ない男子の紹介しろ攻撃とかたまったもんじゃない。杉山とか亮登とかアキに食らわされたことがある。結局紹介してないけど。
「いつから付き合ってるんですか?」
「高校入ってしばらくしてからかな。学校帰りにコンビニでよく会うから話し相手になったり、いつの間にかそういう風になってた感じ――あ、ヤバい、時間が……」
制服に着替えず、ジャージのままバッグを担ぐ。
「ということだから、とりあえず今まで通り黙ってろ。じゃな!」
「おつかれでーす」
彼女との待ち合わせでもあるのだろう、時間を気にして出て行った。
さて、僕も帰ろう。荷物を担いで電気を消してドアを開けると、ほぼ真っ暗な空間に人影らしきものが目の前にあった。
ずっと待ってたのかな? 入ってくれば良かったのに。こういう時は強引にこないんだな。
先に鍵を閉めてから……と思っていたら、後ろから抱きつかれる。
……何だ? 今日は積極的Day?
僕のお腹の辺りに回されてる彼女の手に触れると、氷のように冷たかった。もう、指の感覚がないんじゃないか? 温めてあげようと思ってその手を両手で包むけど、その冷たさにじわじわと僕の体温も奪われる。
「何か、温かいものでも飲みましょう、ね?」
そう言ってからもしばらく離れなかったが、手を引いて自販機に行ってスープを二つ購入。ひとつを伊吹さんに渡す。手が冷えすぎてたせいか、普段ならギリギリ我慢できるぐらいの缶がものすごく熱く感じ、持っていられなくなってポケットに入れる。
伊吹さんどうしたんだろ。全然元気がない。気分でも悪いのか? 寒いのに外で待ってて、風邪でも? 普段は暴走してるから、おとなしいとやりづらいな。
無言で服の裾を引っ張ってきて、箱を差し出してくる。二枚組みCDのケース二つ分ぐらいの大きさ。中身は……言われなくても分かる。
「あまり、うまくできなかったけど……手作りで、気持ちはすごく入ってる」
こんな時に限って……反則だ。僕はその箱を両手で受け取る。でも伊吹さんは箱から手を離さなかった。どうしたんだろう? と思ってると、
「あたしは、天空が好きです」
小さな声だったけど、僕の耳にははっきりと届いた。
僕も、彼女の素直な気持ちに言葉で答える。
「僕も、伊吹さんが好きです」
チョコの箱から手が離れたのと同時に僕の胸に飛び込んでくる伊吹さんを、つつむように抱きしめた。
校舎はずれで暗い駐輪場。外灯が心細い光で照らしている。
手を繋いだまま向き合い、感覚のない指で彼女の頬に触れる。それに促されるよう、体が、顔が、唇がどちらともなく、自然に近づき、触れる。
「じゃ、また明日」
「ええ、また明日」
繋いでいた手が離れた。
少しだけ温かくなった手が、また冷たくなった。
また、明日――彼女の姿が見えなくなるまで、僕は見送った。
溜め息が漏れた。
何だか切なくて。
白い溜め息。
もっと一緒にいられないのかな。
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2011.09.27 UP