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  44 三学期の開始と大志の覚醒


 半分はサッカーをして過ごした気がする二週間の冬休みも終わり、学校の教室では久しぶりにクラスメイトと顔を合わせる。
 夏休み終了後のように、顔を真っ黒にしてるヤツが一人……南国あたりで海外旅行か、と思ったのも一瞬。スキーかスノボだな、あれは。ゴーグルを付けてた部分だけ以前と同じ色。ウインタースポーツを存分に楽しんだんだろう、と妬みたくなるほどくっきり色が違う。それこそ、野球部員の野球帽のひさし焼けのような感じ。しかしそんなクラスメイトの足にはギプス。楽しかったはずの雪国が、地獄に変わったことだろう。
 僕は……天国だか地獄だか分からない数日を桜井家で過ごしたけど。

 久しぶりに友達と話す。だいたい、冬休みに起こったことの報告会。僕は桜井家で過ごしたこと以外をおもしろおかしく話してみたかったのだが、初っ端はら挫き折られる。
「残念だったな、試合」
 あーそーですねー。話す気が失せたので、聞き手に回る。
 そうこうしてるうちに、担任の入室。ホームルームが始まった。
 三学期は学年の総まとめだとか、短いからすぐ終わってしまうとか、二年生になるという自覚をどうだこうだと、毎年同じようなセリフを聞くような。
 早かったな、一年が過ぎるのって。去年の今頃はまだ中学生で、あっさり進学決まって、遊び呆けていたよな……。女子とばかり。その前の年なんか……。
 ……マジメになったな、俺。
 お勉強はわかってるからこその手抜きだが。


 俺……まだ、たまに出るけど、『僕』で落ち着いちゃったな。
 反抗期だったのか、中学の頃に荒れてた時期があって――


「……ぼう、聞いてるか、東方!」
 我に返る。反射的に返事。そしてついでに、
「はいっ、早弁してません!!」
 教室内がドッと笑いに包まれる。
 よし、みんなの心、鷲掴みだ。


 あれあれ、あの頃の荒れてた僕は、どこ行っちゃったんでしょうね。
 まぁ、妹と弟……恵と大地がいなかったら、僕は今頃も不良と呼ばれる少年だったかもしれないな。
 まだそう言うには早いだろうけど、若気の至りというやつか。血の気が多かったんだろう。


「だから、東方……話を聞け」
「一月は行く、二月は逃げる、三月は去ると言われるとおり、この三ヶ月はあっという間に過ぎる。三年生は進学か就職か進路を決め、三月一日が卒業式となる。……だけど、東方、話は聞いてますよ」
 ……しまった。またしてもみんなの心を鷲掴みにしてしまった。今度はさっきと違う意味で。話題を逸らさねば。
「で、学年末考査で赤点だと、留年ですか?」
「……お前はいつも危ないからな」
「ですよね」
 ハデにやっちゃうと目立つから、学年末は八割で安全走行にしよう。


 授業は徐々に学年総まとめみたいなものになってきて、自習ぽくなってくる。
 一月が三分の一終わって、ようやく高校サッカーの決勝。ここまで勝ち残ってたら、学校はどうなったんだろう、なんて頭の片隅で考えた。
 中旬になると、三年生はセンター試験だね。テレビでやってた。


 そして、毎週決まった曜日に訪れる桜井家、大志くんの部屋。
「天空さん」
 いつになく、真剣な声の大志くんにちょっと驚く。
「え? どうかした?」
 計算式でも間違ってただろうか。それとも、歴史年号が間違ってたのか?
「ぼく、来年受験なんですけど、大丈夫だと思いますか?」
 それは確かに、心配なことだ。真剣に聞いてくる理由がよくわかる。
「途中でぽやぁぁぁぁ〜ん…………」
 ……え、ちょっと、そのままぽわ〜んモード突入!?
「ってなったら、終わりですよね」
「あ、ああ。きっと、我に返った頃には終わってるだろうね」
 僕の意見を聞くと、大きな石を乗せたように頭を下げ、ずどーんと暗くなる。
「ぼく、一生中卒で、浪人ですかね」
 そこまで真剣に考える頭があるなら、大丈夫だと思うのだが。今まさに、ぽわ〜んってなってない。
「大志くんは緊張とか心配してたらぽわ〜んってならないんじゃないのかな? 今だって、なってない」
「……あっ! ホントだ!!」
 言われて初めて気がつくあたり、天然素材な感じだ。
「そうだ、いつもひとつだけわざと忘れ物をしてみるのはどうだろう?」
「え? 忘れ物?」
「そう、ヤバい、忘れた。先生にバレたらどうしよう!! って常に思ってたら、覚醒しっぱなしじゃないの?」
 言った側から大志くんはやる気を見せた。
「……はぁっ!! ヤバい!」
 そうそう、その調子。
「姉ちゃんのおやつ、食べちゃったから買ってこようと思ってたのに、忘れてたのを思い出したっ!!」
「……え?」
 頭を抱える大志くん。顔色がどんどん悪くなってくる。
「ヤバい。殺される!!」
 まさか、さすがにそこまでは――。

 ガターン! ドタドタドタドタ……ドドドドドド、ガチャ!

 ものすごいオーラを放った伊吹さんが髪の毛を逆立てて入ってきた。
 ヤバい、殺気がヤバい!!
 僕もすくみあがった。逃げたくても、足腰に力が入らない。
「大志……分かってるわよね?」
「は、はいィ」
 大志くんの声が裏返ってる。
「今すぐ二倍にして返せぇぇ!!」
「ご、ごめんなさーいっ!!!!」
 椅子がひっくり返るほどの勢いで立ち上がると、部屋を出て、階段を駆け降り、玄関から飛び出していった。
 ……す、すげー早い。大志くん、覚醒時、スゴい超人かも。
 で、ここにもんのすっごーい勢いで怒ってらっしゃるお姉さまが残ってるんですけど、僕はどうしたらいいんでしょうね。大志くんが帰ってきて、怒りが治まるまで、矛先を向けられて、神経すり減らすのかな……。
 気が、気じゃない。僕も発狂しつつ逃げ出したい。
 ……ところが、伊吹さんは猫のようにすり寄ってきて、膝の上に向かい合うように座ってきて落ち着いた。
 僕はまたたびか何かか?
 僕をじっと見つめてくる伊吹さんの表情に、先程の怒りは全く感じられない。むしろ、甘えたそうな顔。……よし、少しいじめてデレでも出してもらおうか。
 何もしないでいると、伊吹さんは困ったような顔をする。目は落ち着きなく泳ぐ。
「どうしたの?」
 わざと聞いてやる。どうしてほしいのか、僕には分かっているけど。
 彼女はうーっと短く唸ると、頭突きしてきた。素直じゃないな、ホントに。
 まぁ、その後は素直ではあったが……。僕の唇から離れると、今度は首筋に顔をうずめてくる。なんともくすぐったい……。でも何だか嬉しいから、髪を掬いながら撫でてやる。

「……で、いつまで見せ付けられたらいいんですかっ!!」

 あの勢いで飛び出した大志くんだ。帰ってくるのも早かった。
 ……ちぇっ、いいとこなのに。

「あーもー、ホント、信じらんない」
 別人のように喋る大志くんが、なんだかホント、信じられない。
「あなたたちは、ぼくの部屋で何でそういうことするかな、他人の部屋だよ、分かってる? 持ち主の身にもなってよね……」
 と、溜め息漏らす。
「すみません」
 何だか肩身が狭くなって、僕は謝る。
「ふふん、アンタだってそのうち、女の子連れ込むようになるわよ」
「ああ、そうだね。ぼくの家庭教師になってもらうことを口実に、天空さんを部屋に引き込んでた姉ちゃんの弟だからね」
 しかし、姉弟喧嘩は開催されそうです。でも、ここまでまともな(?)やりとりは初めてかもしれない。
 大志くんも普段はぽわ〜んとしてるからそういうのを気にするタイプじゃないのかと思ってたら……意外と気にしてたんだな。
「以後、気をつけます……」
 僕の口から軽く出てきた言葉に、大志くんは僕を睨みつける。威圧感は不足してるものの、伊吹さんによく似ている。
「ホントに? 家庭教師の日は、僕の家庭教師だけして帰れるの?」
「え!?」
 かてきょの日は伊吹さんに会える、やほ〜い、って気分で来てるところもあるので、同意できない。
「ムリ、あたし的にムリ。不可能。壁一枚隔てて我慢なんて、イヤ。突撃あるのみ。……あ、そうか。あたしも勉強教えてあげるわよ、天空と一緒に――」
「ぜっっ――――っったいに、イヤだ!」
 大志くん、渾身の拒否。まぁ、だいたい、伊吹さんがさじ投げたから僕が採用されたんじゃなかったかな。……あの頃は伊吹さんの強引さが嫌いだったのに……人生、何が起こるか分からないな。


 一仕事終えて帰る頃にはすっかり真っ暗。この時期は桜井家に到着した頃にはすでに真っ暗だけど。
 原付の免許ぐらい取得すべきだろうか……いや、でも、事故とか遭うのもいやだし、学校にバレると面倒だな。
 ふぅーっと吐き出す息は白く、見上げた空には星が瞬いている。雲ひとつなく、冷たく澄んだ空気が僕の体を研ぎ澄ます。
 ……痛いぐらい、寒い。
 自転車をいつもより早く漕いで、家路を急ぐとともに体を温めた。

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2011.09.07 UP