TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編】彼女は野球部マネージャー☆【41】


  41 いろいろお決まりの……


 家事がなかなか終わらないお母さんを除いた桜井家の三人は、身分が上の方から風呂へ入る。言うまでもなく、お父様の次は伊吹さんだ。
 年頃の娘は父親が入った後の風呂を嫌がると聞いたことがあるが、全員がそうではないようだ。むしろ、伊吹さんはお父さんが好きそうだ。……別に嫉妬してないよ。伊吹さんにさえ逆らいきれないのに、絶対敵いっこない。
 伊吹さんと入れ替わりで大志くんがお風呂へと行くと、僕らがいるリビングは異様な空気になったような気がする。気のせいではないだろう。お父様と伊吹さんから同じようなオーラが出てるから、常人で一般人の僕が圧迫されるような、何か。目に見えない脅威。
 ――絶対、なにか仕掛けてくる!
 としか思えない。突然の何かのために、二人の行動を怪しまれない程度に見張る。
 案の定、要注意人物の二人はコソコソと、僕に聞こえないように話を始めた。
 ――何かしてくるつもりだな!?
 何を言われても驚くなよ僕。取り乱すな。平静で、クールに……さらっと聞き流すぐらいで、いちいち突っ込むなよ。
 心の中で自分に言い聞かせる。
 すると、お父様はソファーから立ち上がり、リビングから出て行く。それと同時に伊吹さんが僕の方を向く。笑顔で。
「人生ゲームやろうよ」
 何の含みもない笑顔と言葉だった。
「え? ああ……」
 身構えすぎて拍子抜けした返事が僕の口から漏れた。
 すごろくゲームか。大勢集まるイベント――正月らしいといったら正月らしい、かも。妹と弟と歳が離れてるせいかウチにはないし、小学生の頃にイトコや友達の家で何回かやったぐらいの記憶しかない。こっちがやりたくても持ち主側は飽きていたり、めんどくさがってやってくれなくて、そのうち記憶の中から忘れ去られていって……。
「伊吹、ドンジャラとビンゴもあったからついでに持ってきた」
 と、退室していたお父様が不ぞろいの箱を三つ積んで戻ってきた。人生ゲームと昔あったアニメの絵が描いてあるドンジャラ、そしてなぜかビンゴマシン。
 そういえば、ドンジャラもウチになかったな。妹と弟が以下略で、友達の家で何度か以下同文。オセロだって一人でやったこともあった。小学生時代の前半は一人っ子だったし、その後も妹と弟は遊び相手には程遠い存在で今に至るし。
 ビンゴは……一般家庭にあるものじゃないと思ってた。
 ……別に、我ながらかわいそうな人生だなんて思ってはいないが、歳の近い兄弟がいたらとは思ったことはある。
 そうか、僕は兄弟喧嘩未経験者なのか。どうりで平和主義……。
 と、自分で自分のことに納得してると、テーブルにはドンジャラが用意されていた。
「じゃーんけーん――」
 突然のじゃんけん合図。咄嗟に出たのはグー。相手二名チョキ。
「よし、勝った!」
 グーをそのままガッツポーズにしたところで、相手が悪かったことに気付く。白い目で僕を見る二人は、さすが性格も顔も似た親子。同じ表情だった。
「こっ、こわっ……」
 蛇に睨まれたカエル気分なんて、味わいたくなかった。

 僕を親にして開始された三人でのドンジャラ。
 じゃんけんで勝っただけで睨まれた後だ。さすがにここで一番あがりは……しちゃいけないと思う。なんとか絵柄が揃わないようにパイを切っていく。
「リーチィ!」
 一番上がりに期待大だけにどや顔をこちらに向けるお父様。
「あたしもリーチ!」
 お父様と目を合わせて……二人が僕に向かって自慢げな顔。どうやらこの二人のどちらかが一番上がり確定だろう。
 僕もここからは安心して揃えていけそうだ。
 ……いけるはずだった。
「あっ、くそっ!」
「あーもう、また来た!」
 なかなか揃わない二人。切ったパイの絵柄が来てるみたいで、捨て場に一組できあがっている。
 そんな中、僕はのんびり揃えて……ついにきてしまった。
「あ、リーチです」
 途端、二人の睨みが突き刺さってきた。
 先にリーチになったくせに上がれないからって、それはないだろう。どっちでもいいから早く上がってくれよ。ホントに……寿命縮まっ――、
 いや、即死。
 なぜこのタイミングで!?
 リーチになった次のターン。僕の震える手には、オールマイティパイが!!
 どどどどど、どんじゃら!!!
 ここは、台ごとひっくり返すべきか……。
 ああああ、ヤバい。
 僕が今、手に持ってるパイで上がりだと、もうバレてる!
 ものすごく、ガン見されてる。睨みつけられてる。
 不要なパイを切って、オールマイティパイを並べ、倒す。
「……すみません、先に上がります」
 このプレッシャーに耐え切れず、顔を逸らした。

「あ、ドンジャラ。なつかしー、ぼくも……」

 お風呂から上がってきた大志くん。その意見は虚しくもお父様と伊吹さんの怒りにかき消された。
「もうニ度とやんねぇ!」
「もう二度とやりたくないっ!」
 そして二人は、パイをぐっちゃぐちゃに混ぜた後、
「片付けて!」
「二度と見たくない!」
 って、ワガママだなぁ。
 勝つことが全て、勝てない勝負は認めないタイプの二人は、腕と脚を組んでそっぽ向いて、すっかり機嫌を損ねてしまった。
 そして、僕と大志くんはドンジャラをささっと片付ける。大志くんは一緒にやりたかったようでとても残念そうな顔をしていた。
「あ、今度二人でやらない?」
 かてきょで来ることもあるし、そう思って言ったのに、
「……二人じゃつまんない」
 視線が右下。
 ああっ、大志くんの機嫌まで損ねてしまって! 僕ってば……空気読めねぇ男だ。


 さて、お次は人生ゲーム。車型のコマにピンを刺していざスタート。
 ここでも空気が読めない僕は、さくさく進んでしまい、一番に結婚。
「あらぁ、誰と結婚するのかしら……」
 少々冷ややかな視線の伊吹さんにそんなことを言われてる。
「……ちょっと強引な年上の方とかいいかもしれませんね」
「……あたしじゃないのね」
 いや、アンタでしょ!? 強引な年上さん!! 自覚症状なしか。
「伊吹がヨメに行ってしまったぁ!!」
 と、ゲームのことなのに腕を目元に当てて泣く。大袈裟です、お父様。
「背が高くて、あたしの言うことなら何でも聞いてくれる、やさしくて気が利く、野球好きの……」
「あ、僕は該当しませんね」
 伊吹さんがキッとこちらを睨む。僕との視線の間には、きっと火花がバチバチ。
 ゲーム中の空想の結婚相手に互いが嫉妬してる?
 そしてお父様、かなり出遅れているあげく借金背負った大志くんが結婚。
 コマを進めるたび、僕の車にピンが増えていき、足りなくなって二台目。何だか子沢山。
 伊吹さんは双子の男女を乗せて僕のコマを追い抜いた。
 お父様は男児、女児を一人ずつ乗せ、リアルに近い形で進んでいる。
 一方、新年早々、運に見放されたのか、大志くんの借金は膨らむばかり。あげく、家族も増えなかった。そのせいか、途中でコマを壁に投げ付け、ゲーム放棄。自嘲ぎみの笑みを浮かべて部屋の隅で体育座り。その一角だけ哀愁が漂う。何だかかわいそうだが、誰一人構うことなくゲームは続くよゴールまで。

 人生ゲーム開始からおよそ一時間。一着でゴールしたのは伊吹さん、二着はお父様。ここでようやく空気が読めた東方天空、最下位でほっと一息。
「あたし、今年一年きっといいことあるわ」
 他人を差し置いて一位になったことがものすごく嬉しかったらしい。そういう人。
 しかしお父様は二位で娘に負けたこととか色々複雑な様子。悔しそうだし、喜べてもいない。
 だけど僕、最下位なくせに安心してる。他人を立てることも重要。それができる僕……大人だ、と自画自賛。自分も誉めて伸ばしちゃおう。損な役回りと言われたらおしまいだが。
 ま、終了したのでささっと片付け。細かいものがなくなる前に。
「よーし、最後にビンゴビンゴー!」
 一番上がりだっただけにもう、ノリノリだ。
 それにしても、一般の家庭でビンゴ大会って、するもんなのか……。景品はなさそう?
「よーし、景品はお父さんが出しちゃうぞー!」
 と、スウェットパンツのポケットからお年玉袋が三つ。
「上位三人がもらえるぞ。中身は……開けてからのお楽しみだ」
「ダブルリーチの二回ビンゴあり?」
「そりゃアリだろ」
「よーし、何だか燃えてきたわ」
 もう、全部持っていく気満々だ。
 さて、大志くんはどうしたものか……あ、復活してビンゴカードの真ん中をちゃっかり抜いている。こちらもやる気満々らしい。とりあえず、復活して良かった。
 一仕事終えたお母様も加え、本日最後のゲーム、ビンゴ大会が始まった。

「35」

「9、あ、6? いや、9だ。9だよ」

「21」
「58」
「17」

 …………。

「64」
「64? リーチ!!」
 ここでようやく覚醒したのは大志くん。しかし約二名、やはりいい表情じゃない。
「62はまだかー」
 そして、
「12」
「ビンゴーっ!!!」
 大志くんは立ち上がり、喜びの舞。しかし、姉に取り押さえられる。
「くそっ、弟の分際でナマイキな!」
「お父さん賞品ちょうだーい」
 差し出される三つの袋から……真ん中の袋を選んだ。
 ビンゴ、中断しております。大志くんは袋を開けて中身を確認。千円札が三枚の模様……と、あれ、何か札と同じぐらいの紙が。
「……お父さんマッサージ券?」
「頼んだぞ、大志!」
 親指をぐっと立てて、いい顔をしてるお父様。……さすがだ。
 そして、決してイヤだとは言わない大志くんは、お父様の後ろで肩もみを始めていた。
「あたたたた……もう少しやさしくしろ!」
「……はいはい」
 ちょっとめんどくさそうな表情の大志くん。どこかで見たことある顔になってる。
 ――あ! ちょっと下を向いてつまんなそうな顔をすると、大志くんでもあの二人と似た表情になるのか……ちょっと新発見。

 それから、二番目にビンゴしたのはお母様。欲張らず薄い方を選んで千円ゲット。
 三番目は……お父様。これ以上はマシンを回すことなく……終了で。
「くそっ、これはハズレなのに……」
 と、残ったお年玉袋の中からは、数枚の紙。大志くんのに入ってたのと同じく、なんとか券らしきものばかりで現金は一枚もない。
「肩たたきながら質問に正直に答えてあげる券、撤回券、暴露券、パシリ券、一日下僕券……天空に使って欲しかったのに……」
「どれも使えんでしょ!?」
 つーかそれ、僕用じゃないですか、完全に! 絶対に使いたくないけど。
「お父さんが使えばいいじゃない。書きなおして」
 伊吹さんは固定電話がある場所からペンを持ってきて、書きなおす。どこを、何を?
「なるほど。よし、使ってやろう!」
 券を見せてくる。僕に。なになに……肩をたたきながら質問に正直に答えてもらう券。
 ……誰に?
「え?」
 まさか、僕!?
「まぁまぁ、天空くん、日頃うちの子がお世話になって……」
 なんだか気持ち悪いほどに馴れ馴れしく僕の肩を触ってもんで叩いてくるお父様。イヤな予感以外の何もない。
「伊吹とは、どこまで……」
 言えるか!!!

 もう、やめてー!! な質問攻めに、これでもかってぐらいあって、プライバシーの侵害だの、なんとかの自由(?)とか言っていくつか質問をかわした。その間、お父様はビールをぐいぐいあおり……結局、もうこんな時間か、子供は寝ろ! 的なことになって、ようやくチケット失効――解放された。
 ちゃんとお片づけ。遊んだものはその日のうちに。

「おやすみなさーい」
 とリビングから退室する子供の部類に入る我々三名は、洗面所で歯磨きを終えて二階へ上がります。
 僕は大志くんの部屋で休むので、階段から近い部屋の伊吹さん、先におやすみなさ――!?
 僕が振り返ったのとほぼ同時ぐらいに、ものすごい速さで伊吹さんの部屋のドアが開き、人が放り込まれ、閉まった? 気のせいか、とも思ったが、廊下には僕ともう一人しかいない。一名消えている。
 ――?
「……あの」
 喋るスキは与えてもらえなかった。そのまま押されて次のドア、二階の突き当りにある大志くん部屋。かなり行き慣れてる、いつもの部屋。
 しかしその部屋に入ったのは、いつもの、ではない人物と。この部屋の主ではない、姉。
「ちょっと!」
「喋らないで、気付かれると面倒だから」
 唇に人差し指を当てて。静かにそんな事を言い、ドアを後ろ手で閉める。
 な、何をっ!!!




 ――朝? カーテンの隙間から光が差し込んでいる。
 どうも太陽の光らしいので、この時期だ。もういい時間になってるだろう。
 部屋の時計を見たら、もう八時を過ぎてる。
 近くで聞こえる寝息の主が気になって体を起こしてみると、僕が寝た大志くんの部屋のベッドには、大志くんが寝ていた。
 あれ、何で? と思って思い出して……思い出すんじゃなかったとっちょっと後悔。いや、思いだしたくないことじゃないけど、やっぱりなぁ、ああ、やめろ……。悶え死ぬ。
 熱くなったけど、やっぱり寒いというのもあり、もう一度、布団の中にもぐりこんだ。
 立て直して、気を取り直して、もう朝なんです。
 夜、薄暗い部屋で……って思い出しただけで、顔がカーッって、もう、やめてっ!!

 僕の首に回された腕が、
 いつもより深い、
 もう、なんつーか、骨抜きにされたというか、
 ……スゴかった。
 やべー、大人、やべーよ!!
 断片的に(やっぱり)思い出しつつ、ちょっと興奮。
 俺、大人になっちゃった系?
 ああ、いかんいかん、朝から過剰に興奮すんな。
 あっちの方が一年ぐらい早く生まれただけなはずなのに……何か、もってかれたぽい、何か、説明できない何か……何だ。なんだろ。
 考えてたらわかんなくなって、どうでもよくなった。
 とりあえず、このまま布団でのんびりしてても「あら、ずいぶんとゆっくりね」なんて言われてちょっと肩身が狭くなるのもイヤだし、着替えてダイニングに挨拶にいくべきか。
 それとも、大志くんが起きるまで待って、一緒に行くべきか……。
 一人で降りても、朝食を急かすみたいだしなぁ。
 気を遣いすぎたり、気を遣われたりってのはちょっと居づらくなったりするし……うーん、お泊り、難しい。
 しかし、時計を見るともう八時半を過ぎてる。いつ起きるか分からない大志くんを待つにはもう限界な気がする。遅すぎても早すぎてもダメ。とにかく、着替えて降りよう。
 寒いけど布団から出て、畳んで部屋の隅へ。寝巻きを脱いで、ジーンズに足を……冷たい!
「おはよー、朝だぞー、起きろー!」
 突然、ドアが開く。ビビる。まだズボン穿く途中、
「きゃぁ!!」
 思わず悲鳴、僕の口から。しかし、そんな僕の姿を見て、呆れ顔な伊吹さん。この部屋の主が弟なだけに、慣れというものがあるのか?
「……それね、あたしでもやんないわよ」
「え!? 着替えてる最中に誰か入ってきたら、悲鳴ぐらい上げてくださいよ!」
 いくら男勝りでも、女子なんですから!!
「うっさい。さっさと着替えなさいよ、見苦しい」
「見苦しいってアンタ!!」
 めちゃくちゃ言いすぎ。……昨日、何かしたか? 特に心当たりはないんだけど。
「……はーい」
 誰?
 ベッドの上、眠そうな顔に笑顔を浮かべる大志くんが座っていた。のろのろと着ているものを脱ぎ始め、ヴェールに包まれてた部分が初めて一般公開されたような感じで、僕としてはドキっとしてしまった。いや、別に男の体に興味があるとかじゃなくて。
 夏場、半そでの服を着てるから腕は見たことがあった。それはそれは、無駄なく、かといって必要以上でもない絶妙なバランスに鍛えられた、彼の性格に不釣合いな腕がついていた。見事な細マッチョ、いや、ひょろマッチョか?
 今回、初めて見た体。服の上からじゃ全然気付かなかったが、腹筋は普通に割れてるし、背筋も胸筋も何だか……僕、ヘンタイみたいじゃん。
 要は、僕以上だった、ということ。何だか、負けた気しかしねぇ。
 でもなんで、寝巻き一枚だけなんだ、この時期に!
「寒く、ない?」
 聞いてみた。けど、彼はまだ上半裸のまま、眠そうな顔で言った。
「いーえ、暑いぐらいですよ」
 基礎代謝量、ハンパねぇ!!
 さすが、姉に鍛えさせられただけのことはある。僕もウエイト付けとこうかな……。それとも、メニュー組んでもらうか。
 聞いてみようかと思って伊吹さんの方を向くと、いたずらっぽい笑顔で僕を見ていた。
 ……ダメだ、やめとこう。絶対無茶させられる、強制的に。
「……はぁ〜」
 上の方を向いて、大志くんはすっかりゼンマイが切れてしまった。
「大志に付き合ってたら、昼になるわよ。もう朝ごはんできてるから、着替えたら降りてきてね」
 と、伊吹さんは先に一階へ降りていった。
 僕も、大志くん見てたら着替えるの忘れてた。この部屋……大志くんがいる空間って時間の流れが違いすぎだよな。


 それから、ぽわーんとしている大志くんをそのままに、僕は冷たい服に鳥肌を立てながらささっと着替え、一階へ降りる。先に洗面所に寄って顔を洗い、身だしなみ確認。それからダイニングの前へ行き、ドアを開いた。
「おはよーございま……」
「おばちゃん、おかわりしていい?」
「ええ、いいわよ。どんどん食べて」
 目の前を通り過ぎる、箸を咥えたまま、空のおわんを持つ、その人。振り返ってくる。目が合う。互いに目が点になる。相手は咥えた箸を、手で持ってから口を開いた。僕とほぼ同じダイミングで。
「何やってんですか、青木さん!!」
「何でこんなとこに居るんだよ、東方!!」

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2011.05.06 UP