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39 強引にマイウェイ走っちゃって
「今日はちゃんと帰ってくださいね」
自宅リビングにて。会話が途切れたのを機に触れてみる。
一瞬、伊吹さんの眉がぴくりと動いたのを僕は見逃さなかった。
「そんなにあたしと居たくない? 迷惑?」
また、そっちで捉える。
「そういうのじゃなくて」
「じゃ、なに?」
すぐ突っ掛かってくる。しかもケンカ腰。そろそろこの辺りも理解して、進歩してもらいたいものだ。
「これから先、ながーい目で見てください」
「伸びないわよ」
そうじゃなくて。ちょっと黙っててください。
「数年後のある日、天空くんが桜井家に挨拶に行きました。しかし、伊吹さんのご両親の視線が、言葉が冷たい。なぜでしょう?」
「……あたしの親だから」
確かにあなたは少し目が鋭いし、とげのある言葉を平気でぶつけてくるけど……。
「そうじゃなくて……」
もう、なんだか突拍子もない方向への突っ込みに、なんだかげんなりしてきた。まだ詳しく説明せぇと言うのか、この人は。こっちは恥ずかしさのあまりに死んでしまいそうだ。
「うんうん、分かった、分かった。ホントは分かってるから。ごめん、ちょっとからかってみただけ」
僕が困惑してるのを楽しんでたってのかー? ホントにイジワルな人だ。
「迎えに来てもらえるか聞いてみる」
よし。
……え?
「あ、お父さんいる?」
ちょ――!!
「もしもし、あのね、迎えに来てほしいんだけど」
待て! それ以上は――
「東方太陽の家、分かる?」
親父ぃぃぃぃ!?
「あ、知らないの? じゃ、国道の……」
昨日突然の「カレシんち泊まる宣言」から急展開。いきなり正体バレました?
「そうそう、そこのコンビニで」
あなた、自分の父親とウチの親父が同じ会社で同じ赴任先の同僚で、知り合い同士だってこと分かってやったでしょ? 仕事始めに顔を合わせて……、
『ウチの娘に手ぇ出しやがってぇぇ!!』
グーでパンチ――とかならないだろうな。僕も含め。
伊吹さんの性格を基準にして想像。
「五時ぐらいに来るってさ」
我に返る。
「もうちょっと別の言い方ってなかったの?」
「……遅かれ早かれ、分かることでしょ? クドいことして下手に隠すと、相手を傷つけるのよ」
確かにそうだけど、こっちにも心の準備ってものが……。
伊吹さんの場合、隠そうが隠すまいが、あなたの気に入らないことが暴力に変換されて相手を傷つけてますよ。外傷メイン。
「何考えてるのかなんとなく想像できるせいか、この間がムカつくわね」
視線も言葉も感も鋭い。
それから、あっという間に五時の二十分前。
コンビニまで歩いて十分足らずだけど、
「じゃ、気をつけて、よい正月を!」
「普通、送ってくんじゃないの?」
「いや……なんとなく、できるのならここで見送りたい気分なんですけどね」
きっちり防寒、火の元、戸締りオッケー。
どうせ夕飯買いに行かなきゃ食うもんないですもん。それに、待たせても大丈夫な人とそうでない人っているじゃないか。伊吹さんのお父様となると後者。
なので早めに出ることにした。
車通りは少なく、人通りの全く無い国道までの道。
辺りはもう暗くなり始めていて……今日、二人でバカやったことがしんみりと蘇る。
十数分後、この道を一人で帰ってると、人恋しくなるんだろうな。
……やだな、一人。
ここで引き止めたら困ってくれるのかな? 殴られっかな? それとも……素直になってくれるかな?
さすがにできないけどな。
頬が緩み、鼻で笑う。――なに考えてんだろ、僕は。
僕の前を歩く彼女の歩調は、普段と変わらない。だから七分ほどでコンビニに到着してしまった。
コンビニ前の駐車場に止まっている車に異常な警戒をする僕。
どれだ、どれだ!
桜井家、鉄筋コンクリート製の車庫につき、どんな車か分からないからこんな反応な僕。
コンビニのゴミ箱付近で挙動不審。通報はしないでくれ。年収三十六万円のただの高校生だ。
車が一台入ってきた。白いオヤジセダン。
なぜか運転手――中年の男性、こちらを見ている? ちょっと目がキツい。あ、笑った!?
笑いを堪えている模様。なぜだ!?
「笑ってるし。何、いったい」
怪訝な顔の伊吹さん……ってことは、まさかのこの人が、あの、お父様!?
目がキツいのは伊吹さん似なのか……いや、逆だ。伊吹さんがお父様に似てるんだ。
伊吹さんは白いセダンの運転席に近づく。すると窓が開いた。
「何で笑ってんの?」
「いや、だってさ……」
僕をチラッと見て指差す。
「太陽がいるのかと思って……あまりに似てて思わず」
伊吹さんの僕を見る。
「……あたしにはそのネタ、わかんないけどね」
僕もわかんない。似てると言われることはあるけど、自分ではそう思ってないし。
「ま、いっか。彼が東方天空くん。大志の家庭教師もしてくれてるの」
ご紹介、ありがとうございます。
「東方天空です。父がお世話になってます」
何だか変か?
「太陽くん、田舎に帰るって言ってたけど、置いてかれたんだって?」
「ええ、まぁ、サッカーの試合で家を空けてたもので……」
「ひどい親だな」
首を縦に一振り。
ですよね。試合がどうなるかやってみなきゃ分からないけど、聞いてくれても良かったと思うんだ。……いや、携帯の電源切ってたから気付かなかっただけか。
どっちにしろ行かない。もうそういう歳でもない。
「じゃ、家に一人なんだろ?」
「あ……はい」
「だったらウチ来いよ」
「え? でも……」
伊吹さんのお父様から予想もしてなかった突然の誘いに僕は戸惑う。
「いいじゃない。どうせ家にいたって退屈でしょ?」
「いや、でも……」
「育ち盛りの子供が正月にコンビニ弁当なんて不憫だ!」
考える暇さえも与えてもらえず、
「そーだ! あ、だったら着替え、いるわね。今から取りに行こうよ」
「あの、ちょ……」
「よし、そうと決まればさっさと乗る! 道案内よろしく!」
「ちょ、ちょっとー!!!」
強引に押し切られ、車に押し込まれた。
伊吹さんが二人いるみたいだよ……。
自宅で二日分の着替えを準備させられた僕は、再び車に乗せられた。
車の窓から見える景色からどんどん光がなくなり、ときどきぽつんと灯りがあるだけでほとんど真っ暗。それを抜けると少し家が増えてきて、彼女の家がある団地へと辿り着く。
今年は……とんでもない正月になりそうな予感。
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2010.11.25 UP