TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編】彼女は野球部マネージャー☆【36】


  36 行く年


 バスがない? まだ九時になってないのにバスがない?
「だいたい、あたしが乗って駅に来た分が最終だし」
「何時だよ、それ!」
「八時前」
 同じ市内なのに、どんだけイナカなんですか。
 ああ、確かにイナカですね、あの地域。
「どうやって帰るつもりで来たんですか?」
「……何も考えてないわよ、別に」
 だろうね、でしょうね、そうですね。じゃないと出ようと思わないですよね。
「どうするつもりですか?」
「……んー、どーしよっかなー」
 考える気ないな、コノヤロウ。
「僕んち来る気ありますか?」
「いや、全く。普通、こんな日に行かないでしょ」
 即答。その気はないらしい。常識も一応持ち合わせているようだ。
 じゃ、僕が非常識かな。
「うち、今は誰もいないから……来る?」
 ぽかんとした表情からにじみ出る笑顔。そんな彼女になぜか腹を殴られた。
「来てください、じゃ、ないのー?」
「うげほ、げほ……」
 何だか嬉しそうじゃねーか、このやろぅ。
「もしもし、おとーさん? 伊吹ねー、カレシんち泊まるから〜」
 お父様!? ちょ、やっぱ帰って!!
 腹殴られたせいで、声が出なかった。

 雪が深々と降り積もる中、ベンチに座ってバスを待つ。僕はずっと頭を抱えていた。
「大丈夫だって。ちゃんと責任とってくれるんでしょ?」
「責任とるとかとらないとかじゃなくて……」
 僕は別にそういうつもりでクリスマスにあんなこと言った訳じゃない。
「今度、ちゃんと紹介するし……」
「僕の正体がバレるじゃないですか!」
「ん! その正体はエロ家庭教師」
「待て、待て、待て、待て! 人を変質者のように言うな!」
「だって、そのまんまだし」
 確かに大志くんの家庭教師でありながら伊吹さんとおつきあいさせていただいております、って何だか……。でも僕の心配はそっちじゃなくて、互いの父親が同じ場所に単身赴任してる同僚だから知り合いってところだ。
 伊吹さんを両親に紹介――できない、今は、まだっ!!
 運良く今は実家に帰省中。ある意味、僕は忘れ去られた感じで、今回ばかりは良かったような? だからタダじゃ済まないよ。
「初めてね」
 ああそうですよ。あんなことからこんなことまで、全部初めて尽くしですよ。と、分かっていながら「何が?」と聞いてみる。
「あたしの父親の登場」
「……。ああ、そーっすね」
 つまらん回答にそんな反応しかできず。
「あと、天空の家に泊まるの、初めてね」
 !!
「それと――」
 いかん、思考が不健全な方に……。伊吹さんはまだまだこの度の初めてなことを言ってるけど、僕はそれを聞き流し、雑念を懸命に振り払った。


 体がずいぶん冷えた頃にようやくバスがやってきた。
 暖かい車内は……出発時間までずっと開けたままになってるドアのせいで、発車する頃にはずいぶん温度が下がっていた。
 バスに乗っておよそ二十分。家に一番近いバス停で下車。そこから十分ほど歩けば自宅に辿り着く。
 何軒か、大勢で騒いでいる家もあり、電気さえついてないお宅もあり……そんな家の一つが我が家。
 普段、止めっぱなしの自動車も姿を消している。
 あの車、動いたのか……。
 玄関を開けても、外とたいして変わらない気温の屋内。バス停からの移動でせっかく温まった体はまた冷えてしまった。こういう時は風呂でゆっくり温まるに限る――が、どうも違う方向に思考を持っていかれるのは、伊吹さんのせい。ダメだ僕。
 いやいや、もう……とりあえず、部屋を暖めよう。どこを? ダイニング? 自分の部屋?
 ダイニング暖めてどうする。のんびりするなら自室でしょ。
 でも、あーだ、こーだ。

 まず、ダイニングに入る。エアコンを入れる。キッチンにある給湯器のリモコンを押して風呂のお湯はりを自動でしてもらう。二階に上がり、自室のエアコンを入れる。降りてきて、ダイニングで待機。
 伊吹さんはうちに到着してからダイニングの床に座っている。
 …………。
 バスに乗ったあたりから、まともな会話がない。
 ……部屋はすぐに暖まらない。何か温かい飲み物でも……と電気ポットに目をやるが、いつもの場所にありながら、ひっくり返されている。
 家を空けるからこうなってて当たり前なんだけど、いちいち湯を沸かすのもまた時間が掛かるが……会話のきっかけぐらい作らねば。
 ケトルに水を入れて火に掛けると、食器棚からマグカップを二つ出し、電気ポット付近を物色。コーヒー、紅茶、何か他の飲み物は……朝食のときによく出てくるカップスープを発見した。

「温まりますよ」
「……うん。ありがと」
 マグカップの一つを彼女に渡すと、少し離れたところに僕は腰を下ろし、スープを一口すすると伊吹さんの様子を横目で窺った。
 彼女もゆっくりとマグカップに口をつけている。
 ……。
 普段は余計なぐらいに喋って噛み付いてくるくせに、おとなしいと物足りない。
 そっちが噛み付いてこないのなら、僕から噛み付こうか。
 …………。
 しかしどうにも思いつかなかったので、彼女の耳に向かって息を吹きかけてみた。すると、身震いをしてこちらを睨んできた。
「なにすんのよ、キモチワルイ」
「……かまってくれないから、ヒマでつまんないしー」
 と僕は口をとがらせ拗ねてみたら、小さな声で「バカじゃないの」と言われた。
「雰囲気ってのも大事でしょ。たまにはおとなしくさせといてよ」
 と言って、マグカップをぐいっとあおった。照れ隠し?
 そうか……僕の気が利かなかっただけなのか、これは。まだまだお子様ですみません。

『――お湯はりが終了しました』

 給湯器のリモコンからそんな音声。お風呂が入ったようだ。ならば体を温めながら、少し冷静に考えてみようじゃないか。
「お風呂、一緒に入りますか?」
「十年早いわよ」
 十年も早いのか、十年掛かるのか……ずしーん。
「じゃ、お先にどうぞ」
「ありがとう」


 風呂から上がると、二階の僕の部屋へ移動し、布団に寝ころんでテレビを見ていた。
 着替えがなくて当然な伊吹さんは、僕のティーシャツを着ている。まだ湿ってる髪からは、妹や弟と同じ匂いがする。まぁ、ウチで使ってるシャンプーを使ったんだからそうなるよな。分かっちゃいるけど複雑だ。無意識に妹たちにするよう頭をなでてしまう。
 彼女もくつろいでいて、僕の体にすがってテレビを見ている。
 横になってると、頭がぼんやりしてきた。

 ……あーいかん。

 すっげーまずい。

 あー、くそー。

 目、閉じてるだけ、閉じてるだ――――

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2010.07.22 UP