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35 帰路
「僕は中学の時、ずっとミッドフィルダーだったのに、なぜディフェンダーにしたんですか」
支度を終えてスタジアムを出る前、話をしていた顧問と青木さんに聞いた。
「ただの思いつき。お前なら……リベロとやらになれるかな、なんて思っただけ」
リベロだなんて……漫画じゃあるまいし。
我が校の守護神、まさかの失点。
一回戦敗退。
抽選で相手が決まってから、勝てる気はしなかった。
どうにかして勝ってやる! なんて意気込みもなかった。
地区予選を勝ち抜き、国立に出場できるってだけで満足したか?
いや、だいたい予選のとき、僕は試合をできるような状況じゃなかった。
ケガでしばらく休んで、うまく動けなくなって――そこで努力をしただろうか?
…………。
僕は……試合前から負けていたんだ。
負けてしまえば長居は無用。
さっさと帰りの新幹線。
疲れた顔の部員たち。そのほとんどが夢の中。
僕は――ぼんやり考えていた。
ストライカーとか憧れたけど、フォワードでやっていくには足りてなかった。
ミッドフィルダーだったけど、中央でもゲームメーカーでもなかった。
高校で、しかも試合一ヶ月前になって初めてディフェンダー――センターバック。抜かれっぱなしでスイーパーとかストッパーと言えるようなテクニックもない。読みはよくないしリーダーシップもない。リベロなんてとんでもない。
だいたい、試合をろくに見てなくて、ただボールだけを見て突っ走ってて……。
そうか。だからディフェンダーだったのかな。
もっと、全体を見るようにって。
でも、どうしてこんな時に……。
かなりもてはやされてた気がしてたけど気のせいだったかな。
やっぱ、好きなだけで向いてなかったのかな、サッカー。
国立まで行けたのに……勝ちたかったな、やっぱ。
決勝戦、優勝――夢とか憧れで終わりたくなかったな。
……何だか、今更だよな。
気持ちが負けてたくせに。
夢の初舞台が、なんだか嘘みたいだ。
眠ってしまったら醒めてしまう、夢のようで……。
「――きろ、起きろ起きろ! もうすぐ着くぞ」
頭を乱暴に揺さぶられて現実に引き戻される。
いつの間にやら眠っていたらしく、目を擦りながら外を見ると、すっかり暗くなっていた。
……あ、しまった。家に帰るって連絡するの忘れてた。
まぁ、テレビで試合の結果ぐらい見てるだろうから知ってるか。
そういえば、試合の方に集中したくて、携帯の電源切ったままだったな。
着替えが詰められたカバンを探って探って……ようやく手に触れた。
開いて電源ボタンを押すと、およそ三十秒かけて立ち上がる。しばらくすると、メールを受信、メールを受信、メールを受信。
立て続けに三件。一応、マナーモードなので着信音は鳴ってない。って、たったの三件? しかも、全部母親だし。
泣きそうになりながら、それらを古い順に開く。
二十九日――明日、お父さんが帰ってくるよ。
三十日――正月はおじいちゃんの家で過ごす事になったから、明日から四日ぐらい留守にします。
三十一日――無事、おじいちゃんの家につきました。試合見れなかったけど……残念だったね。次も頑張れ!
……。つーか、家に誰もおらんのかい!!
なんだか惨めになってきた。
帰りに夜の弁当、年越しそばはカップ麺、明日の朝食パンと昼のラーメン……買って帰ろう。
新幹線を降りると解散。各々、帰路につく。僕は新幹線駅から上りの電車に乗った。青木さんや数人の部員とも同じ電車だったけど、誰もが疲れているせいか、ムダに絡んだり話したりというのはない。
そして三駅目で下車。二日ぶりの地元の空気は……ひんやり。ホームを吹き抜ける風は、白い綿ゴミ混じり――違う!
寒い! 雪降ってるし! 乗り物内の温度が快適すぎた。
これはさっさと帰るべきだな。改札抜けたらまずはバスの時間を確認するとしよう。
足元に気をつけながら階段を駆け降り、改札口で切符を回収され、ざっと構内を見渡す。バス停は――右手側。
でも何か、今……。
気のせい、じゃ――。
一度通り過ぎた景色を再び見ると、そこには確かに彼女の姿があった。
なぜ? どうして?
……あ!
そうか! 向こうに行ってる間、電話は繋がらないし、一度たりとも連絡を取らなかったから殴りにきたんだな。
何でそういう風にしか彼女を見れないんだか……。
どうして帰ってくる時間が分かったのだろうか?
まずそっちを疑問に思え。
「ふふん」
誰かが鼻で笑いながら僕の後ろを通る。
不快に思ってそちらを向くと、青木さんの後姿。こちらを向くことなく、駅から出て行く。
……あの人が犯人か。『つばさ』の仕返しかな。
まぁいいか。それより彼女を待たせすぎると命が危ない。
でも駆け寄ることなく歩いて近づく。伊吹さんの様子を窺いながら。そして、あと数歩のところで声を掛けた。
「こんなところで何してんですか?」
分かってはいるものの一応聞いてみる。
「音信不通だった天空の……首をとりにきたー!」
クワッ!!
「乙女心を弄んだお前に、怒りの鉄槌を――!!」
こりゃいかん、ヒドい妄想癖が……。
僕が想像したようなことは起こるはずもなく、伊吹さんは僕を少し見つめたあと、目を逸らした。
ん? これは……滅多にない乙女モードか?
「……天空に、会いたかったから、来た」
もじもじ、ボソボソといつものキレがない。
久々にキターって感じだ。ちくちょう、初々しくてかわいすぎる。
「おかえり。……残念だったね、試合」
そんな調子で言われると、どう答えたらいいか分からなくなる。
「えっと、まぁ、仕方ないというか、うん……ただいま」
…………。えっと……。
「こんな所で突っ立ってるのもあれだし――」
駅前にあるデパートのファーストフード店へと場所移動。
確かバスの最終は九時すぎだったし、一時間ぐらい時間がある。ここで夕食とって、買い物して帰ろう。
セットをあっという間に平らげた僕。それに対し、伊吹さんは黙って、ポテトを一本ずつ数えるように……いや、数えながら食べていた。
ここで話しかけても反応らしきものは特にない。かなり退屈な待ち時間だった。
この店は……今更ながら失敗だったと思った。
食べ終わると、伊吹さんには食品売り場での買い物に付き合ってもらった。
正月前の買出しでものすごく人が多く、カップ麺のそばは品切れ。インスタントラーメン系統はかなり品薄となっていた。
律儀に年越しそばなんて食わなくても、年は明ける! ということで諦める。
朝食のパン――残ってるのはあんぱんぐらい。
惣菜コーナーはきれいなものだった。何もない。
野菜とか肉とか買ったとしても、僕は料理なんてできない。
これは……寝正月に限るな。
結局、菓子とジュースしか買えなかった。
面倒でも、明日の十一時頃にコンビニに行けば確実に弁当は食える。
さてと……時間はただ今八時四十二分。少し早い気もするが駅に戻ってバスを待つとしよう。伊吹さんも帰らせないといけないし。
「伊吹さん、バスの時間、何分ですか?」
「バス、もうないの」
ハァ!?
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2010.06.16 UP