TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編】彼女は野球部マネージャー☆【33】


  33 take a chance U


 ドリームタウンまで全力疾走。
 信号に引っかかる度に焦る心。
 体は熱かったけど、露出してるところは冷たい風にさらされて刺すように痛み、手と足の指先は随分前に感覚を失っていた。
 それこそ、雪でも降るんじゃないかって気温だった。
 ホワイトクリスマス? それもいいな。印象に残る思い出に相応しい。

 今日は僕にとって、彼女にとっても特別な日になるかもしれないから……。

 いや、当りもかすりもせずに思い出したくない日にならなきゃいいが……。

「見切り発車はやっぱマズいか? ええっ!? マズいマズい。んー、でも、いやぁ……」
 脳内にいい方と悪い方の展開を想像し、それについて小声で葛藤独り言。車通りの多い道路を走りながらのことだが、誰にも見られてないことを祈る。


 それから間もなく、ドリームタウンへ到着。正面入り口横の駐輪場に自転車を止め、いつもの動作で施錠。寒さから逃れたいのか、それとも今の気持ちの表れか……僕は足早に建物へ入り、中央広場を目指した。
 いつもよりカップルが目立つ店内。中央広場もそういう人たちがほとんどを占めていた。その中から彼女を見つけ出すのは……僕にとって容易なことだ。
 周りの活気には混ざらない独特のオーラ? 周りの状況に似合わないというか、場違いとでも思っているのかもしれない。どこを見ているのか分からない視線が、不愉快そうな表情を余計に不快にさせている、とでも言おうか。周りのカップルを片っ端からなぎ倒していきそうで怖い。
 いや、さすがにそこまでしないだろうけど、しそうだと思わずにはいられない。
 なんてったって、彼女は天下の――?

 彼女は僕を見つけると、ぱっと表情を明るくし、ベンチから立ち上がると人をよけながら近づいてくる。そして、僕の前に立つと、柔らかく微笑んできた。
 そんな彼女の口から出てきた言葉は、「待ってたよ」とか「寒かったでしょ?」とか「会いたかった」とか、彼女の口から聞いてみたい言葉ベスト10入りするようなものではなく……
「もうちょっと遅かったら……危なかったわ、色々と」
「ご、ごめんなさいっ!!」
 ホントに周りの一般の方や僕を倒すおつもりでしたか!?

 彼女は天下の(?)桜井伊吹。
 それ以外の何者でもない。

「お腹すいた? 先に食べる?」
 そんな気の利いたことを僕に尋ねる伊吹さん。嬉しいくせに素直に受け入れられない僕は、ちょっとねじれたことを想像してしまう。
 ――お腹より体がすいてるんで、さっさと襲わ……殴り。
 自身で想像した脳内の自分を殴って黙らせる。いわゆる葛藤。脳内での出来事はなかったことにして、会話は続ける。
「でも、今の時間は多いんじゃないですか? 飲食店」
 ちょうど夕食時間帯。どんなに回転のいい店でも、待たずに入るのは不可能だろう。今までのことも考え、伊吹さんは待つことが苦手そうだし。
「……分かりきったことでしょ、そんなこと。あたしはお腹すいてんの。並ばなきゃいつまで経っても食べれないでしょ? さっさと行くわよ」
「……はい」
 しかし僕の考えは空回りし、結局は伊吹さんの機嫌を悪くさせただけだった。そんな彼女の態度に圧倒された僕は、ただ従うのみ。
 ホント……ダメダメだな、僕は。

 ドリームタウンの飲食店といえば、ラーメン、たこ焼き、回転寿司にハンバーガー、ソーナツ、お好み焼き、うどん、ステーキの店がある。いつもならハンバーガーの店に入るところだが素通りし、「今日はうどんが食べたい気分なの」という伊吹さんに似合わない発言により、満席でありながらなかなかの回転率を誇る手打ちうどんと書かれたのれんをくぐる。
 先に注文と精算をする店なので、レジの列に並ぶ。と言っても、僕たちの前には三人しかいない。注文の順番が回ってきた頃には、店員さんによってテーブルも確保されていた。
「天カスうどん」
「天カス言うな!」
「てんぷらうどんで」
 たぬきじゃないのか。
「天空は?」
「……大盛りスペシャルうどんとカツ丼……で」
 親子丼とおにぎりも欲しかったけど、本能のままに食べるとまた何か言われそうだからとりあえずやめておいた。
 レジで精算してテーブルに着くと、伊吹さんは僕の顔を呆れたような顔で見つめてきた。
「相変わらず、エンゲル係数の高い男ね。食費で破産しそう」
 ……!! そうか。だから母さんは大地が幼稚園に行ってる間だけ働き始めたのか!?
「これからは食費を毎月一万円、母に納めておきます」
 ごめん、母さん、気付かなくて……。
 育ち盛りで食べ盛りで、燃費悪くてごめん。

 それから三分後。テーブルには注文したものが揃っていた。
 伊吹さんのてんぷらうどんは標準サイズ。それに比べて僕が注文した大盛りスペシャルは……その三倍はあろうか。てんぷら、油揚げ、肉、かまぼこなど、あらゆる具が乗っている豪華仕様。カツ丼は一応、標準サイズである。
「いただきまーす」
 器を両手で包むと手のひらにしみこむような温かさ。まずは甘めのうどんスープの味を堪能し――ばさ。
 前から伸びてきた手が、小さじ一杯分の唐辛子を器に残して去った。
「ちょ……!!」
 多い、多いだろコレは!
 言葉にならず、目で訴えてみたが、彼女は今日一番の笑顔で……箸を持つ手で更に器の中をかき混ぜてきた。
「ちょま――っ!!!」
 回収、不可能。
「カプサイシン。発汗作用で冷えた体もぽっかぽか」
 ……伊吹さんなりの気遣いですか。
「そりゃどーも」
 何かの罰ゲームなんだろうか。赤い粒が大量に混ざったうどんは今までにない辛さ。外は雪降る一歩手前の寒さだというのに汗を噴出しながら食事。途中、コートとマフラーを脱ぎ捨て、なんとか完食。だけどしばらく、口の中は火事だった。
 それから二階に上がり、ディスプレイしてあるものをつっつきながら店内をぶらりとしていただけで、たまたま目についた時計を見たら、いつの間にか時間は閉店一時間前。いくらなんでも帰宅には遅い時間。
「伊吹さん、もう時間が……」
 言い終わる前に睨まれてついつい黙る。そしてそのまましばし沈黙。
「……あ、そう。じゃ、外に行きましょ」
 あれ? 睨んだくせに素直に応じるのか? 伊吹さんは踵を返しさっさと歩いていく。僕は見失わないよう、それについていく。
 エスカレーターで一階に降りると、僕が自転車を止めた正面入り口を行き過ぎて西側入り口から出ると、寒さに思わず肩をすくめて身震い。脇に抱えていたコートを素早く羽織って、マフラーも装着。
 この付近に止めてある自転車には目もくれず、建物沿いに店の裏。街灯の光が頼りないほどにしか届かないような場所。だけどこの辺りには自転車らしきものはない。
 ……そうか。人気のないところで、リンチでもしようってんだな。いや、ありえないと思うけど、なんとなく……。
 僕の前で立ち止まる彼女は、俯いているのか……いや、何やらカバンを探っているようだ。そして下を向いたまま、僕の方に向いてくる。ゆっくりと――さ、刺される!
 いや、だからどこのサスペンスドラマだよ。せっかくのクリスマスになんてことを想像させるんだ、この人の行動は。尋常じゃない、自分が。
 差し出されたのは冷たく輝く金属のものではなく、リボンが掛けられた紙の包み。それらの色までは識別できない。
「……あの……クリスマスプレゼント…………ってやつ? あーもう、なんていうか、あたしこういうキャラじゃないっての」
「ツンデレないでください。萌えます」
「ツンデレてないわよ! 萌えるな!」
「すみません、ただのツンでした」
 あーもう、何だか無性に猫耳つけてやりたくなった。この、ヘンタイがっ!!
「いらないなら持って帰るわよ!」
「ごめんなさい、いただきます!」
 咄嗟に差し出されたものを両手で掴むが、伊吹さんはそれをしっかりと掴んだまま、離そうとしない。そして、顔を逸らした彼女から溜め息が漏れる。
「……どーしてこーなっちゃうかな。あたしはバカか」
 小さな声で自分に対して言ってるような言葉。
 僕も……伊吹さんの素直な部分を認めたいのに認められず、変な方向に突っ走ってしまうというかなんというか……それってそうか、こういうことか。
「お互い様じゃないですか?」
「……そうね。あたしだけじゃなくて天空のせいでもあるわね」
 お互い納得しつつも……同時に溜め息を漏らした。
「でも、そんなあなたが好きです」
「……知ってる」
 ホントに……どこまで互いの想いが伝わっているんだろう。言葉で言い表せられない想いはどうやって伝えたらいいんだろう。
 ここで言うべきなんだろうけどな……いざとなるとやっぱり無理っぽい。薄っぺらで軽い気持ちじゃないってことは伝わるはずだけど、とても口にできない。このセリフはやはり人生に一度きりだと思う。早くないか? まだ十六歳だし。
 それに、伊吹さんにそういう気がなかったらどうすりゃいいんだよ、僕は。
 ま、若気の至りってことで……よし、今はその時ではないということで、僕のいくじなしっ!!


 ――ああっ!

 ――もう、

 ――だからっ!!!

 ――葛藤中。




「……結婚してください」

 部活が終わってドリームタウンに来るまでに考えていた長いセリフはどこかにぶっとんで、厳選されコンパクトにまとめられた言葉だけ言っていた。
 伊吹さんが出してきたリボンの掛けられた包みを二人で持ったまま、どれだけの時間が経っただろうか。
 僕の脳内は雪が降り積もるよう真っ白になっていった。
 意識も手放す五秒前。

「……婚姻届、今すぐ出しにいきましょ! 気が変わる前に!」
 え!?
 手放しそうな意識を伊吹さんにがっしり捕まれて戻った感じ。
 そして、急に冷静になって考える。
「あの、僕、まだ十六なんで今は無理です」
「はぁ!? 無理なことなら端から言うな!」
「ごめ……」
 脹れっ面の彼女の目に、光る何か……まさか?
「今すぐできないんなら、証拠ぐらい……」
 彼女はそこで言葉を切って、頭をふるふると横に振った。
「その証拠をちょうだいよ……」
 包みから離れた手は、顔を覆った。
 泣かすつもりはなかったのだが、泣かせてどうする。
 僕は伊吹さんの体を両腕で包み込み、彼女が落ち着くまで抱きしめていた。


 ドリームタウン閉店三十分前。
 正面入り口近くにある、個人的に縁がないと思っていた店。
 ガラスケースに並べられた大量の光物を見ている伊吹さん。その一歩後ろに控える僕。正面には笑顔の女性店員。伊吹さんに色々勧めていたりする。
「誕生石がエメラルドだから、エメラルドがいいな」
 と、僕の方に振り返って聞いてくるのだが、何がなんやらさっぱりわからないけど、ダイヤじゃないと一生奴隷、とか言わないだけいいか。あれ? 一部、どこかで聞いたセリフのような……。
 どう答えていいのかわからず、僕は笑顔で答えておいた。
「それでしたら――」
 店員が対応。
 僕には未知の世界。

 十六歳にして、宝石店で指輪を買わされた。
 雑貨屋にある安いのじゃなくて、二万とかするやつ。
 緑色の石が入ったシルバーのそれは、
「では、お願いしまス」
 伊吹さんからの催促で……差し出された彼女に左薬指に、僕がはめた。

「もう、予約取り消せないからね」
「はいはい」
「天空は一生、あたしのもの、だからね」
「そっちですかい!」
「……あたしは一生、天空のものよ、がいい?」
「うちに小さな妹と弟がいなかったら、連れて帰るところです……が、」
「はいはい、ちゃんと帰りますよ〜」

 自分の家とは逆方向だと分かっていて、僕は伊吹さんを家まで送るため、自転車で一緒に走っていた。
 途中、というか、伊吹さんの家から一番近い……と言っても彼女の家からチャリで十五分も掛かるコンビニで一時休憩。買ったばかりの温かい缶コーヒーで冷えた手を温めていると……暗闇から男女の話し声が聞こえてきたので、ついついそちらに耳を傾けてしまった。
「やーだ。帰らない〜」
「帰らんって言われてもなぁ……野宿は無理だろ。さすがに死ねる」
「じゃ、ウチくる?」
「無茶言うなや。オマエんとこのオトンに殺されるわ」
 コーヒーを開けて一口――あー、この温かさ。幸せー。
 でも、彼女の父親ほど怖い人っていないよなー、同感。まだ伊吹さんのお父さんとは対面してないけど……。
「とりあえず、家まで送るから……」
「えー」
「えー、じゃない!」
「ぶー」
 と、二人の声は近づいてきて、店の明かりでその姿が映し出された。
「がふっ!!」
 汚い話だが、口に入れたコーヒーを思わず缶に戻し、むせてしまった。
「うげっ、東方!? ついてくんなって言っただろ!」
「げほっ、げほ」
 むせながらもついてきてないと訴えたくて、手をしきりと左右に動かした。
「天空、肉まんあげ……」
「うわっ、イブキ!!」
「あれ、創……に、つばさ!?」
「あはは、ひさしぶりー」
 そんな会話の中、僕は……
「げふっげふっ、げはっ」
 終始咳き込んでいた。
 こんな所で青木さんと遭遇だなんて、予想もしてなかった……のはお互い様か。
 なにやらこの三人、中学の同級生らしいです。
 ちょっとした自己紹介たぐいのことをしたあと、青木さんも僕も、彼女を送るべくコンビニを後にした。互いに他言無用と念押しして。




 家に辿り着いた頃には午後十時を過ぎていて、電話一本もよこさず、こんな時間まで帰らなかった僕を見る母の目は白く、冷え切った体を震え上がらせた。
 自分の部屋に入るとすぐに中身が何なのか聞きそびれ、ありがとうと言いそびれたままの彼女からのプレゼントを開けてみた。
 それは自然と笑みがこぼれ、心が温かくなるプレゼントだった。

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2010.05.28 UP