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  31 冬〜心に冬は訪れない!


 文化祭が終わり、日が経つにつれどんどん寒くなり、身が切れそうな寒さで、毎朝、目覚めるようになっていた。
 全国大会――冬の国立が日に日に近づく。
 クリスマスだの、正月だの言ってられない!
 万全で挑むのみ。出してもらえるかは分からないけど、二度と県大会のような思いはしたくなかった。
 ――痛む足、動きたくても行かない体。悔しさでいっぱいだった。
 僕がいなくてもどうにでもなるという試合は、二度と見たくない。特にベンチでは。
 痛めた足のことで少し離れたサッカー。完治してからは部活でも頑張って、自分の感覚を取り戻し、自分なりに人一倍動いた。
 十二月に入ると、大会メンバーが顧問より発表された。
 三年生も出れる試合で、一、二年だけで構成されるチーム。果たして僕は――。
 GK――青木創。言うまでもない。
 FW――三名。
 MF――四名。
 DF――三名。ここで僕の名が挙がった。
 この前の試合も、中学時代もずっとミッドフィールダーだっただけに、ディフェンダーというポジションに不安を感じていた。
 試合中は何かとボールを取りに行くことばかり考えてる僕にディフェンダーが勤まるのだろうか。
 いや、部員数の関係で半分以上が試合に出れない状況だ。選ばれた以上、やらなきゃならない。怪我でみじめな思いをしただけに、尚更。
「そんな感じで、よろしくー!」
 青木さんが明るく言い、そのポジションでの練習が始まる。
 しかし気合は空回り。思うように動けない僕をあっさりすり抜け、ボールはゴールに向かって打ち込まれる。
 青木さんが取れないはずがない、と思っていた僕が取り損ねたボールは、ゴールを揺らしていた。
 どういうことだ、これは。僕のせいなのか?
 どんなボールでもキャッチしていた青木さんを見ていたせいなのか?
 あっさりゴールされたボールを、ただ見てるだけの僕。
 これが大会だったら……
「どうした東方。所詮、こんなもんか?」
 青木さんは得点を許したボールを思いっきり投げていた。
「いつもみたいに、ガンガン行けよ! 俺が取ってくれるって油断してたら、取ってやんないよ」
 そうだ。油断してた。青木さんに取れないボールはないって思ってた。けど、青木さん頼りの試合じゃダメじゃん。
「……すみません」
「謝るぐらいなら、本気になってくれる?」
「はい」
「俺のこと……守ってよ」
「は、はぁ……」
「イブキのことなんか忘れてさ……俺と一緒になれよ」
「はい???」
「愛してるって散々言ってんだぜ」
 言われてません! つーか青木さん、ガチホモ? 僕がゴール前なのはそういう意味だからじゃないよね? お願いだから、違うと、冗談だと言ってくれ!
「部活終わったら、部室に残っとけよ」
 真顔でボールを目で追ってる青木さん。セリフとのギャップがスゴイ。だから尚更、本気なのか冗談なのかつかめない。考えたくはないが、もし本気だったら……。
 いやぁぁぁあああああ!!!!
 僕はボールに向かって走り出した。

 学校ではアホでおバカな僕だけど、実は授業とかついていけるし、テストも普通に解こうと思えば解けるぐらいの学力はある。
 そのせいかな。ディフェンダーというポジションを言葉通りのものだとしか思えなくなってるのは。……頭、固いなぁ。
 自分で原因分かったからかな、何だかバカらしいというか何というか。
 だけどできるだけ、でしゃばらない程度にボールを追いかけていた。
 思い通りに動けない。
 何事も経験だとは思うが、やっぱり……自分のプレーができてなかった。
 これまで、どんなことがあっても楽しかったと思えていた時間が、苦痛になっていた。
 きっとそんな僕に気付いているのだろう、キャプテン青木。
 何かと僕を刺激してくる。

 受け止められる高さでゴールに飛んできたボールを拳で突っ弾いて、僕に当ててきた。
 ――あー、できるんだ、こういうこと。漫画とかアニメでしかありえないことだと思ってた。
 だけど、頭部を予告なしに狙われたら、今の状態だと無理。避けれない。
 食らってすぐに僕は鼻を押さえてその場にうずくまった。少しして手にぬるい液体の感触があったから、片手を外して眼で確認した。
 流血? わぁぁ、血ぃぃぃぃ!!!
 うずくまった僕に駆け寄ってくる部員。その中に青木さんもいて、こんな声。
「マネージャー!!」
 いないって、我がサッカー部には。
「さく……」
 ややややや!!
 鼻を押さえたまま思わず周囲を見回す僕。しかし、僕が見える範囲に先輩の姿は見当たらない。
「うっそー」
 人間が想像する猿の典型的なポーズで僕をバカにしてくる青木さん。
 うっそー、というセリフより、今のは「ウッキー」って感じだ。
 低レベルなバカのされ方に、何だかムカっとしちゃったよ。
 つーかよ、今の、味方に食らわせてどうすんだよ、とか思ったよ、冷静に。
 でも逆に、僕がそれだけ動けてないってことか。
 試合っぽい練習は一時中断。鼻血が止まるまで、僕はグランド脇で仰向けになり、濡れタオルを顔に置いて鼻をつまんでいた。
 練習はまた再開された。
 寒さで倍増してるのか、しばらく鼻の付け根が熱くズキズキと痛んだ。
 グランドの方からは僕以外のサッカー部員の声が耳に入った。
 その反対側では、どこかの部が掛け声と共に団体で走って去った。
 ……こんなんじゃ、試合に使えないじゃん。僕がキャプテンだったら、真っ先にレギュラーから外すよな。
 ヤバいかも。所詮、中学レベル。
 ……寒いな、ちくしょー。動いてたら全然何ともないのに。


 部活終了後、さっさと着替えて帰ろうとしてたら、青木さんに「部室に残っとけよ」なんて小声で言われて、部活中に言ってたことが冗談じゃなかったのかと青くなった。しかし二人きりになる前に青木さんも姿を消し、それでも待ってたら、サッカー部員ではない人物がドアを開けて部室内を覗き込んできた。
「今日、顔面にボール食らわされて、流血したんだって?」
 伊吹さんは僕の顔を見つけるなり、人を心配する顔ではなく、何かに興味を示したような表情を浮かべてそんなことを言った。彼女らしい言い種だ。
 誰だよ、外部に漏らしたのは。
 ……なんとなく、分からなくもないが。
 鼻栓ティッシュが恥ずかしいので、右手で隠すように鼻を覆った。
「誰に聞いたんれすか、そんだこと」
 鼻栓のせいで鼻声になってるし、何だかうまく発音できない。
「……匿名希望のアオちゃんとか自分で言ってたわ」
 やはりあの人か。
 ……。いかんいかん、怒りは納めたまえ。せっかく血が止まったのに、また出たらどうするんだい。貧血で倒れたり、輸血したりしなきゃならないよ。
 そういえば、中学の時にいたよな……野球部のヤツだったけど、顔面にボール受けて鼻血が止まらなくなったとかで、次の日輸血してから学校来た人が。
「で、大丈夫なの?」
「ええ、ま゛ぁ……今のところは」
 自分でもそんなに出血したと思ってないし。
 油断してると、先輩が僕の頬に手を伸ばし、そっと撫でてきてドキっとした。
「あ、あの゛……!!」
「んー?」
 なぜか顔を近づけてくる。ちょっと、ちょっと待って! 僕はそれから逃れようと体を引くがすぐに壁が邪魔して逃げ場を失う。
 ――血圧が、血圧が!!

 ん? 何だか頭に溜まったものがふっと楽になった気がしたよ。

「……天空、鼻血」
「ぐにゃぁぁ!! 伊吹さんのせーでしょー!!」
 半泣きで鼻ティッシュを詰めなおす僕。あああ、貴重な血が……。
 何だか眩暈が?
 ……気のせいだよ、ね。健康すぎることだけが僕の取り柄なんだから、貧血なんてありえない。
「うるさい、黙って!」
 半ば取り乱してる僕の後ろ襟を強く引っ張る。首が締まったので抵抗せず、後ろに倒れると――そこには柔らかな感触。目の前には伊吹さんの顔。
「少しおとなしくしてなさい」
「……はい」
 何が何だか理解できず、反射的に返事をしたけど、伊吹さんは笑顔で僕に返してくれた。
「サッカーのポジションのことはよく分からないけど、レギュラーに選ばれたんでしょ? 部員数、何人だか知らないけど、選ばれるのってその中の十一人だけなんだから……」
 ああ、そうか……そうなんだよね。今まで、試合に出れることが多かったから全然気付いてなかった。
「頑張りなさいよ。みんなのためにも」
「……そうですね、頑張ります」
 彼女はそっと、頭を撫でてくれた。その心地良さに僕は目を閉じた。


 外はもう真っ暗だった。
 だけど時間のことは忘れて、僕は伊吹さんの膝枕と笑顔に癒されていたかった。
 このまま朝まで――ってのはさすがに無理なんで、名残惜しく思いつつ僕は体を起こし、背を向けたまま彼女に言った。
「遅くなったから送ります」
「いいわよ。家、逆方向だし、途中で倒れられたらたまんないわ」
「……それもそーっすね」

 暗い駐輪場に二台だけ残ってる自転車を各々押して、校門を出ると手を振った。
「さよなら、気をつけて」
「天空も、気をつけなさいよ! バイバイ」
 彼女の姿が見えなくなると、僕も自転車にまたがり漕ぎ始めた。心拍数が上がらないようにゆっくりと。
 そして、いつもより時間を掛けて家に帰った。

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2009.08.25 UP
2010.06.09 誤字修正.