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  30 素直になれなくて、十一月


 姉・桜井伊吹が通う高校を離れて十五分ほど。桜井大志は自宅方面に向かって自転車を漕いでいた。
 飲み物を買いに行くと言って姉の側から離れたのに、彼は自販機に寄ることなく帰ったのだ。
 自宅から高校間を半分ほど走ったところで、ポケットの携帯が着信を知らせた。
 きっと姉だろうと思いながら取り出した携帯は、予想通りの人物からの着信を示している。
 それがおかしくもあったが、何とか笑いを堪えつつ、応答した。
「もしもし」
『あんた、どこまで買いにいってんの!!!』
 耳がキーンとするほど大きな声だったので、思わず携帯を離す大志だが、一息入れて再び耳に当てた。
「ごめんね、もう帰ってる途中だから」
『……え?』
「余計なことだとは思うけど、最近、天空さんとうまくいってないでしょ?」
『な、』
「少し……いや、もっと素直になるべきだよ。天空さんほどの人はもういないと思うし、好きですって一言、言っちゃえよ」
『ちょっと!! 大志っ』
 姉はまだ何か言ってきそうだったので、携帯を閉じてポケットに戻し、手はハンドルを握る。
 下り坂に差し掛かり、ペダルを漕ぐ足を止めた。緩やかな傾斜で少しずつスピードを上げて走る自転車。
「今日は顔面殴られて、鼻の骨でも折られるかな……」
 大志は苦笑いを浮かべて独り言と大きな溜め息を漏らした。


  □□□


 飲み物を買いに行くと言っていた大志くんは帰宅途中!?
 突然、体育座りに顔を埋めた格好になった先輩は、「あの……バカ」とか「余計なお世話だ!」とか言って、意味不明だし。かなり欲しそうな勢いで頼んだはずの飲み物は、もう後でいいみたいだし。
 なぜか耳まで真っ赤ですよ?

 とりあえず、推測は自由?
 そうだな……自販機行こうと思ったら迷子になって、どこにいるのか分からなくなっちゃった――あのバカ。
 だからやっぱり天空さんに頼んで〜――余計な……?? 違うな。んー。……ここはどうなったらそうなるのか分からん。
 耳まで真っ赤なのは、とりあえず、怒りがマックスを越えてしまったということにした方がいいのかな?
 …………ゾッ。
 め、めっさ怖えぇ!!!
 帰りたい、帰りたい、帰りたい、帰りたい!!!
 漫画だったら、大量の冷や汗と共に滝のような涙がぼたりぼたりと流れてるところだ。

 遠くから聞こえる声。ここは人気の全くない校舎裏。ここだけがものすごく静かだった。涼しげな風が吹き抜けても、なぜか重い空気。天気もいいのに、この一画だけどんよりじめじめした感じ。
 あームカつくー!! と言って立ち上がったと思ったら、突然横から殴られてもおかしくはないと思う。そんな雰囲気。
 そんな、いつ自分に降りかかるか分からない地獄にビクビクしつつ、じっと先輩の隣に座っていた。その距離およそ一メートル。
 こちらから何らかの行動を起こすとしても、微妙な距離だ。

 時間の感覚が麻痺し、どれだけの時間が過ぎてしまったのか、感でも分からなくなるほどの沈黙した空間。それをどうにか破ろうと、僕はポケットの携帯を探した――が、制服じゃなかった。このユニフォームのせいで気分が良くなって、ステージが終わったら取りに行こうと思ってたことさえ忘れてた。
 うーん、何時だろう。ここは先輩に聞いて、会話の発展でも試みるとしよう。
 でも、怖いな。拳が飛んできても避けれるように腰を浮かした。
「あの……」
「天空」
 遮られた。僕は益々身構える。冷や汗がたらりと背中を流れたような気がした。
 しかし先輩の声音はいつもと違って、細く穏やかなものだった。
「あたしって、素直じゃない?」
「え?」
 素直? 全然。というか、違うと思う。次元が?
「先輩は素直じゃなくて、正直なんですよ」
「正直?」
「そうです。自分が思ったこと、考えたことは必ず実行してるというか……他人に影響されず、自分のやり方を貫いてる」
 殴るのは気に入らないからだろうし、何度も強引に同行させられた。先輩が言うことは絶対だった。断ることもできないぐらいの強い押し。自分勝手と言ってしまえばその通りなんだけど……決して自分を偽ったりはしてない。僕はそんな人だと思う。
 ああそうか。だから付き合ってくれないんだ。
「先輩に比べたら、僕は全然ダメじゃん。メリハリないし、気分とか雰囲気にものすごく左右されやすいし」
「でも、それって空気が読めるってことでしょ?」
「先輩は読まないことが多いですよね。本能のままに……そうか、野生なのか」
「人を動物みたいに言うな」
「いや、そういうつもりじゃないんですけど……すみません」
 あれ? 叩かれるかと思ったけど、手が出てこない?
 調子狂うけど、これも悪くない。
「僕は、しっかりとした自分を持ってる先輩が好きです」
 先輩に向けたこの手のセリフ、毎度、似たり寄ったりなパターンだ。まぁ、お決まりで軽く流されるだろうけど……。
 先輩の顔を窺うと――顔を真っ赤にして目を丸くし、口をパクパクしていてまるで金魚だ。
「ど、どーしたんですか! 先輩はそういう反応をしない人でしょ!」
「ば、ばかっ! 空気読め!!」
「こんな時に異常な反応をしないでください。あーもったいなー」
「異常とは何だ、異常とは! ごく普通の反応だろう!」
 いつもの張りのある声で、僕を責めてくる。赤い顔のままで。
 これはこれで斬新。脳内にて保存決定。
「もぅ、そういう対応できるなら先に言ってください!」
「言ってたまるか!! 空気を読みなさい」
「あーもぅ、こんな時に限って……」
「悔しいのはこっちも同じだ!!」
「普段はサバサバしてるくせにっ!」
「あたしのせいかよ!」
「人のせいにするのは簡単です!」
 うまくつかめなかった自分のせいでもあるけど、反射的に他人のせいにしたくなるのはなぜだろう。
 というか、僕たちってホントに……不器用なんだな。
 僕は一度、空を仰いで深呼吸してから、先輩との距離を詰めて、ぎこちなく肩に手を回してみた。すると、彼女はゆっくりと僕に体を預けてくる。
「……バカ」
「……お互い様です」

 このまま時が止まればいいのに……なんて、起こりえないことを願っていた。



 文化祭も終わり、四日。振り替え休日。
 妹は学校へ、弟は幼稚園へ行ったので、午前中は静かな時間を過ごす予定だった。午後からは部活だし。
 しかし実際、静かではなかった。
 一通目のメール受信を皮切りに、携帯が十分に一度の割合でメール着信を知らせて鳴っていたから。僕も必死で五分以内の返信をしてるし。
 電話で話したほうが早いんじゃないかと思うような一言メールのリレーも、いつの間にか一時間以上が経過。朝の八時半ぐらいから始まったメールのやりとりも、こんな文面で終了する。

 ――家に誰もいないんだけど、来る?
 ――行きます!

 最後のメールを送信した後、にやりと笑みを浮かべながら携帯を閉じる。
「やっべぇ、どうしよ……」
 思わず声に出るし、何だか顔がニヤけて治らない。
 足がもつれてこけそうになりながら着替えて、午後からの部活に備えてその準備もして、なんと五分で準備完了。
 二段飛ばしで階段を降り、勢いはそのままで靴をひっかけて玄関を飛び出した。
 おっと、鍵を閉めないと。
 今日は幼稚園の参観日だとかで、母さんは弟を連れて行ったまま、午前中は帰ってこない。
 ありがとう、振り替え休日! 平日休み、万歳!

 二十分で先輩の家へ到着。最短記録達成。
 最近、記録塗り替えっぱなしだな。
 実に気分がいい。今が人生で一番いい時期なんだろーなー。
 家のチャイムを押すと、すぐに出てきた先輩に、
「せんぱーいw」
 思わず抱きつ――
「じゃれるな!」
「ごばっ!!」
 殴られた。
 な、何で?


 そして、本日のトドメ。
「じゃ、ごちそうさまでした」
 先輩に昼食をごちそうになって、部活へ行こうと桜井家の玄関を出ると、自転車にまたがったままこちらをじっと見てる人が……。
「何をごちそうになったのさ?」
 ?!! 青木さん!!!
 なぜここに!?
「いや、あの、これは……」
「責任取ってね、天空w」
「ちょーっ! 無責任にそんなこと言わんでくださいっ!」
「えー、でもさぁー」
 何だかキャラが違うよ、先輩!
「夏に――」
「あ゛――――っ!!」
 言うな、言うな、言うなぁぁああああ!!!
「創も気を付けた方がいいよ。天空はすぐ食べちゃうから」
「やめれー!!!」
 つーか、そんなにすぐに食ってないっ!! はず。
「大盛りご飯、ぺろり。天空が学校に持ってくる弁当なんか、運動会みたいだし」
「そりゃぁ、東方は育ち盛りだから。何でもぺろっと食べちゃうだろう」
 あれ? 僕が思ってたのとは違う話だったみたい。無駄に慌てて損した。
 安心して一息ついてると、
「イブキもぺろっと……」
 一瞬で青ざめた。
 笑顔でそんな、サラっと言わないで!!
「この世の終わりみたいな顔しちゃってー」
 笑顔の青木さんにつられるように先輩も笑い始め、
「東方、からかうのおもしれー」
「天空、からかうとおもしろーい」
 二人の声が重なった。
 ちくしょー!!!!
「でもあたし、そんなに軽い女じゃないわよ!」
「えー? そうだったかなー。あやしー」
「天空とはまだ――」
「な゛――――っ!!!!」
 だから、人にそういうことは言わないっ!! 特にこれから一緒に部活動をする人には!
 っていうかこの二人、同級生でクラスメイトらしいということは知ってるけど、それだけの関係にしては息が合いすぎじゃないか? それに、何でこんなとこに青木さんが……。僕は恐る恐る聞いてみた。
「あの、お二人の関係は……」
「恋人っ!」
「ないない」
 焦ったー。
「じゃ、元恋人」
「付き合った覚え、ないし」
「だよね。ありえない」
 びっくりしたー。
「んー、お風呂に一緒に入った仲!」
「いつの話だよ」
 え? あっ、想像してしまった。
「えっと……」
「もういいって! ただの幼馴染みよ」
 え? おさな、なじみ?
「家、そこだし」
 先輩が指差す方向――桜井家の斜め前。表札には確かに「青木」と書かれていた。
「ということだから、ヨロシクー。いつでも遊びに来てもいいよ」
 うかつなことはできないなって思った。

 学校は休みだというのに、部活に向かう僕――と、その後ろをついて走る青木さん。
「あぁ〜、イブキとねぇ……ふーん」
 何を考えてるのか想像したくないが、後ろからそんな声が聞こえて、何だか恥ずかしくなってくる。
「今日は、何回がんばったの?」
「してません!!」
「……そんなにムキにならなくてもいいのに」
 なりたくもならぁ!!
 どこまで感がいいんだよ、この人は。
「イブキの部屋のカーテンが……閉まってたようなー、ちがうようなー」
 いやぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!!!! 怖い、ご近所の目!!
「そんなの部屋の位置的に見えないよ、バーカ」
 ……ぐっ!
「あー、東方、おもしれー」
 ちくしょーっ!!!!!

 せっかくのいい気分は、午後から散々だった。


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2009.07.08 UP