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  29 文化祭〜東方天空争奪戦?


「っっきぃぃぃぃぃぃ!!!!」
 桜井伊吹は砂を蹴って、じだんだ踏んでいた。
 やる前から結果は分かりきっていたこと。我がサッカー部にさえ、青木さんを突破できる人がいないんだ。野球に関しては人より長けている先輩が、思いついたようにボールを蹴ったって入るわけがない。
「どうした、これで終わりか? 天空ちゃんもらっちゃうよ。サ・ク・ラ・イ」
 そういうあなたは誰ですか!
「大志ぃ、やっておしまいっ!!」
 ついに出た、秘密兵器、桜井大志! って、彼もまた、中学の野球部員で補欠なんでしょ? さすがに無謀というか……。
 大志くんはボールを置いて、そこから三歩ほど下がった。そして勢いをつけてゴールに向かってボールを蹴った。
 思っていたよりいい球だったが、青木さんが軽く止めた。
「ちっ、石でも投げてやればよかったわ」
 先輩、せめて小声で聞こえないようにお願いします。そして、そんなことしないでください、頼むから!
 ボールを止められた大志くんは、不思議そうな顔をして、首をかしげた。
「…………」
 そのまま止まってる。どこかに召喚されたのではないだろうか、と心配になった頃、手をポンと鳴らした。
「もう一球、ちょっと待って」
 と、突然パーカーを脱ぎだした。
 ああ、服がちょっと大きすぎるもんなー、という軽い考えは間違いだった。
 パーカーで隠れてた両腕にはウエイト。マジックテープをはがすと、それを地面に落とした。
 確か先輩は各一キロとか言っていた。
 そして更に、カーゴパンツをまくりあげたところにもウエイトがあった。
 それも外して地面へ放ると、ドスドスという嫌な音がした。
 どこかで見たことがある光景だ。強敵を相手に本気を出そうと重りを外す――あ!
 ドラゴ○ボールだ!!
 つーか、どうでもいいだろ!!


 大志くんは左足でゴール右側を狙って蹴った。それに合わせて青木さんもそちらへ飛んだ――が、大志くんは素早くそのボールを右足で蹴ってしまい、あの青木さんがボールとは逆方向に飛んでいるという今までに見たことのない光景が目の前にあった。
 ゴールを揺らすボール。体の側面から地面に落ちる青木さん。
「ストライク、キーパーアウト! げーむせっとー!!」
「わーい、はいったー」
 両手を上げてぴょんぴょん跳びながら喜ぶ大志くんの前、なんちゅーセリフですか。意味が分からん。
 ゴール前で倒れている青木さんは、某アニメのボクサーのように白くなってるように見えた。
 そう、中学の野球部員で万年補欠という大志くんが、あの青木さんからゴールを奪ってしまったのだ。
 ホントに、どういう運動神経をしてるんだ、この子は!
 腕相撲も強いし、バッティングセンターでは容姿に似合わぬ勢いでボールは打ち返すし、グランドの端から端まで投げたボールが届くとかいう腕力。そして今の身軽な動き。
 先輩の弟だけに、やっぱりタダモノじゃなかった。
「じゃ、天空さん借りるね、創くん」
「え!?」
 僕なの? つーか、大志くんは僕しか知らないか。
「スキにしろ、バーカ、バーカ」
 もう、完全にスネちゃって、わがままな子供みたいになってる青木さんは、ゴール前に倒れたままじたばたしていた。

 ゴールキーパー危機一髪! サッカー部員、東方天空――Sold out.
 今日の文化祭終了まで、どうも桜井姉弟と行動を共にせねばならんようだ。
 でも、この機会に先輩と少し話ができればいいかな。


 二人と校舎内のパビリオンを回っていたら、同じサッカー部の新藤のクラスに入っていて、彼に呼び止められ、サッカー部イベントのことを聞かれた。
「え? 青木先輩から点を取った? この子が?」
「ん。それでご指名されちゃって、一緒に回ってるとこ」
「青木先輩は?」
「ゴール前に倒れて水揚げされた魚みたいにじたばたしてた」
「ふーん……で!」
 ここから突然、新藤は僕と距離を詰め小声で話し始めた。
「何で桜井先輩まで一緒なんだよ!」
 僕も必然的に小声になる。
「しょうがないだろ、あの子が先輩の弟なんだから!」
「……マジで?」
 一度、大志くんの方を向いた新藤はすぐにこちらに顔を戻し、
「……似てねぇ」
 と一言。
 しかし、地獄耳な伊吹さんの耳にはしっかり入っていたらしく、新藤は丸められたパンフレットで頭を叩かれていた。いやぁ、握りこぶしで渾身のイチゲキじゃなくて、よかったな、新藤。

 それから、食べ物のコーナーで事前に購入していたチケットと商品を交換して回り、ちょうど日陰になってて涼しい第二校舎の裏で食べることにした。
 そこには一組のカップルらしき男女がすでにいた。こちらに気付くなり、男の方が顔を歪ませる。何を考えて、何をするつもりだった、あんた。分からなくもない自分もイヤだ。
 分からなくもないけど、別の場所に移動しようなんて考えない。だってもう、先輩が座っちゃったから、フライドポテトを食べはじめちゃったから!!
 早いっ!!
 しかも先輩がチケットで交換したもの、五品全部ポテト。
 見てるだけで喉が渇きそう。
 そんなに好きなのか、ポテト。いも娘だ。僕はいもになりたい。某じゃがいも小僧とか? おねーいさ……いやいやいや。
 お腹がぐーって鳴いた。僕も交換したものを食べるとしよう。
 先輩の横に腰を下ろした大志くんは、具が溢れんばかりにてんこ盛りにされているうどんを困った顔で見つめていた。
「……箸、貰い忘れた?」
 貰い忘れたことに今になって気付いたあげく、なぜ疑問系。
「大志くん、この袋の中にある焼きそばに箸がついてるから、使って」
 両手いっぱいで箸だけを差し出してあげられない僕は、腕にぶら下がっている焼きそば五パックが入った袋を大志くんに向けた。
「……持ちましょうか?」
「……できれば、頼む」
 大志くんは先輩にうどんを渡すと、僕の手に三段ずつ積まれてるパックを持ってくれた。置くに置けない状況だっただけに助かった。
「考えて交換すればいいのに……」
 ぐっ、そう言われてしまうと反論できない。
「バカの大食い」
 ざくり突き刺さる先輩の冷たい声。
 ――うるさい、いも娘!
 なんて言ったら、余裕のイッパツ即殺しにされちゃうんだろうな。
 ……って、想像しただけで冷や汗出ちゃった。
 僕は黙って、言われた通りの大食いをするしかなかった。
 先輩が五つ分のポテトを食べる間に、僕は焼きそば五パック分とおにぎり六パック分をペロリとたいらげた。
 指についた塩を舐め取る仕草はなんとも……イヤラシイものに見えていけない。
「……あー、しょっぱかった。塩振りすぎだし」
 食べ終わって言ってもなぁ。それでもきれいに食べちゃうんだから、相当好きなんだろうな。
「喉かわいた。天空、買ってきて」
 何だか冷たく聞こえる言葉にちょっと寂しくなる。
「ふぉふひゃふぃふは……んぐ!!!」
「大志、食べながら喋らない」
 大志くんは「ん゛ーん゛ー」と苦しそうに唸りながら胸を手で叩いている。どうやら喋ったことで口の中のものが詰まったらしい。そして思い出したようにうどんのスープを勢いよく飲み干し、大きく溜め息をついてこんな一言。
「死ぬかと思った……」
 で、口の中に食べ物を詰めたままでも喋ってたけど、何て言ったの?
 あ、そういえば、飲み物を買いに行かねば。うっかり忘れるとこだった。僕は空のパックを袋に詰めながら立ち上がる。
 大志くんは一息ついてから、
「ぼくが買いに行きますから……」
 と、言って、さっさと走って行ってしまった。
「天空、行く気があるならさっさと動かないとダメよ」
 え!?
「……すみません」
「ま、あたしが動かずにすむなら誰が買いに行ってもいいんだけどね」
 ホントに、この女王様は……。

 会話は途切れた。
 気付けば、例のカップルはいなくなってて、先輩と二人きりになっていた。
 ずいぶん長い時間、待ってる気がするけど、大志くんはまだ戻らない。
 やっぱり、校内の自販機は飲み物が売り切れになってたのかな。だとすると、校外にある自販機か、それともコンビニにでも行ったのだろうか。
 校舎にすがって空を見上げ、そんなことを考えてると、
「遅いっ!」
 先輩がいらだった声を出したので、思わずそちらを向いた。
 ポケットから携帯を取り出した彼女は、素早く操作してそれを耳に当てた。
 呼び出し、応答。
「あんた、どこまで買いにいってんの!!!」
 携帯に向かってしこたま怒鳴る。その声に驚いた僕は、急激に心拍数を上げていた。
「……え?」

「な、」

「ちょっと!! 大志っ」
 何を話していたかは分からないが通話が切れると先輩は乱暴に携帯を閉じた。
「どうしたんですか?」
 聞くのもちょっと怖い雰囲気ではあったが、八つ当たりの対象にされることを覚悟しつつ声を掛ける。すると先輩は顔を伏せて体育座りになる。
 ……なんだよ、それ。心配して寄ったら、攻撃してきそうな予感。
「……帰ってる最中だとか言いやがった」
「え?」
「あの……バカ」
「じゃ、僕が……」
「余計なお世話だ!」
 へ?
「じ、じゃ、どうしましょ、飲み物」
「もう、いい、後で」
 少し顔を上げた先輩は、なぜか耳まで真っ赤にしていた。

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2009.07.05 UP