■TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編】彼女は野球部マネージャー☆【25】
25 故障選手?
「ほんっとーにごめんなさい」
サッカー部が練習中のグランドの片隅。僕と桜井先輩は先ほどあったことを二年生の敏腕キーパーで、実はサッカー部主将な青木さんに話していた。
ただひたすら頭を下げる先輩。
「僕もちょっとでしゃばりすぎたというか、まぁ、別にたいしたことはないし――っ、ぐぎゃー!!!」
どかっと左側にいる先輩が横腹を殴ってきて、僕は悲鳴を上げてそこを押さえつつしゃがみこむ。
「まぁ……ただで済むとは思ってなかったけどな。東方が餌食になって、高くついたのか、安く済んだのか……」
そりゃ、自分じゃなかっただけいいですよね。青木さんは我がサッカー部にいなくてはならない存在だけど、僕なんてまだまだ代わりがいくらでもいますよ。
自分で思ってちょっと虚しくなる。まだそんな程度かと。
「んーまぁ……事情は分かったからもういいよ。ありがと、サクライ」
「……うん。ごめん、青木」
先輩らしくない沈んだ声で、少し深めに頭を下げた。そして僕にも。
「ごめんね。あたしも甘かったみたい」
僕が先輩に掛ける言葉を探している間に、青木さんが口を開いた。
「じゃ、とりあえず試合終わるまではしっかり頼むわ、野球部マネージャーさん」
「……ええ」
結局、先輩には慰めの一つも言えないまま、彼女は踵を返し野球部員の元へ駆け出した。
それを僕と青木さんは見送った。
ここで分かったことは、サッカー部員は話せば分かる人たちで、野球部員は話しても無駄で血の気が多い人たちだということ。
「東方」
「はい?」
青木さんは先輩が走っていった方を見ながら僕に言った。
「最近、サクライとよくひっついてるみたいだけど、試合が終わるまでは……」
中途半端なまま口を閉ざす。
最後まで言われなくてもどういうことかは分かる。
きっと青木さんは、野球部に邪魔されずに練習がしたい、いや、練習をさせたいんだ。もう、そんなに時間は残されていない。十月には県大会が始まる。
「もし、俺の勘違いなら、今言ったことは忘れてくれ」
と、青木さんはさっさと練習に戻っていった。
ずしりと何か、重いものが肩に乗っかったような気がした。
それから僕も練習に合流したものの、無理して庇っていた利き脚である右脚に徐々に強く痛みが残るようになっていた。
パスもろくに出せない、すぐにボールを奪われる、シュートも打てない、仕舞いには走れない。体が痛い。焦る、息が上がる。
「運動不足じゃねぇの、天空ちゃん」
二年の先輩にはそうからかわれる。勘違いしてくれるだけまだありがたいが、やはり思ったように動けなくて悔しかった。試合前だから、その悔しさも倍増。
部活時間後半――野球部と入れ替わり、サッカー部は学校の外までランニング。
庇い庇われしている足が一番に悲鳴を上げた。
こんなはずじゃ……試合前なのに、足を痛めるなんて……。
気持ちばかりが焦る。
ランニングでも遅れる僕は――絶望さえも感じていた。
今回の試合にも、出れない。
もしかしたらこのまま、選手生命も……。
だけど誰にも言えなかった。
野球部から暴行を受けたことも青木さんしか知らないから。
何より知られたくないと思った。
中学の頃、サッカーで有名になった僕が、高校生になって堕ちるだなんて。
考えたくもなかった。
まさに、そうなりそうな不安でいっぱいだった。
□□□
二年の桜井伊吹がいるクラスの教室。
人気がまだ少ない朝のこと。一人の男子が彼女の席へ近づき、声を掛けた。
「サクライ、話があるんだけど、ちょっといいかな?」
彼女は顔を上げて声の主を見た。
「なにかしら? アオキ」
伊吹は首をかしげつつ彼に答えた。
「ま、手短に――しばらく、東方に近づかないでくれるかな?」
「大事なサッカー部員だから?」
「それもあるけど、時期的に野球部側を逆撫でしたくない」
「そうね。あたしもどうにかしたいと思ってるけど……思い通りにはならないわね」
伊吹は溜め息を漏らし、頬杖をついた。
しばらく会話が途切れた。廊下の方からは人の話し声が聞こえ、どんどん大きくなってくる。
「でも、いつぶりかな? 普通に話したの」
「中一の春以来よ。あたしがあんたに二度と話しかけないでって言ったから」
「……そうだな。俺が野球部に入らなかったから……悪かったな」
「創が自分で決めたことでしょ? あの頃のあたしは許せなかったけど、実際、創は何も悪くないわ」
二人は昔の事を思い出し、鼻で笑った。
スポ少で野球をやっていた頃のこと。練習や試合を見にいっていたこと。
中学に入って、青木創(あおき そう)はサッカー部に入った。それを許せなかった伊吹。
二人は家も近く、幼馴染みだった。なのにそれをきっかけに距離を置いたこと。
青木は伊吹に背を向けて小さな声で言ってから自分の席へ戻っていった。
「そういえば東方――たぶん、足を痛めてるぞ。確信はないけど」
伊吹は声にできない驚きに息を飲んだ。
□□□
放課後――部活時間。
前半にグランドを使うサッカー部所属の僕は、できるだけ時間を有効に使えるよう、授業終了後、すぐに教室を飛び出して部室へ向かっていた。
体はまだ痛い。足も昨日より痛む気がするが、みんなに迷惑を掛けるわけにもいかないと思い、気付かぬフリして無意識に庇っている。
昇降口で下履きに履き替えて、校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下をまたいだところで、
「ちょっと来い!」
「にゃ〜ん」
どこかに隠れていたのか、突然目の前に現れた桜井伊吹に捕まった。
まるで人の目を避けるよう、植え込みの影に連れ込まれる。
「何がにゃーん、だ。キモい」
と、頭を叩かれた。
「……すみません、つい口から出た悲鳴のようで……」
昨日、青木さんに言われたこともあって、昼食も教室で済ませたし、今もできれば会いたくなかったというか……会わないようにするのも辛いけど、会えた時の反動が……。
抱きしめたくなる。
だけど、ダメだ。今抑えられなかったら、この先どうなる!
一人、戦っていると、いきなりスネを蹴られた。つま先で、けっこう強く。
あまりの痛みに耐えられず、僕はしゃがみこんでスネを撫でた。
「足、痛めてんの?」
冷たい感じの先輩の声に、背が冷えた。
「ちがっ……スネ蹴られたら弁慶だって痛がります!!」
実際、痛めた箇所よりスネの方が数倍痛いぐらいだ。
だけど何で急にそんなことを聞いてくるんだ。ドッキリしちゃったじゃないか。
「……そりゃそうよね」
と、あっさり納得してくれて、内心ホッとした。彼女の追求は追い込みと同等な気がするからな。
「じゃ、全開で走ってみて。部室まで」
まさに追い込まれた!!
それはいくらなんでも無理だ。軽くランニングするのも辛いし、昨日、無理して余計に悪くしてるのに。
「スネ蹴られた直後に全開で走れるかっ!!」
僕はゆっくりと立ち上がり、痛む場所の増えた足を少し引きずるようにして部室へと向かう。それ以上彼女が追ってくることはなかったので、少しホッとした。
――けど、それもつかの間。
痛い利き足は、痛いままだった。
今日も無理をして、庇い続けた結果、反対の足まで痛くなってきた気がする。
気のせいだ。休めば治る。
繰り返した結果、満足に動けなくなってきた。
こんな時に……!
気持ちばかりが焦る。
焦るだけで追いつけない。
無理せず休んどけばよかったかな?
――これは後悔?
数メートル先でボールを蹴る相手。
追いついて、奪って、回して――追いつけない、奪えない、回せない。
息ばかりが上がっていた。
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2009.05.20 UP