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  24 提案の反応=野球部は猛攻


 体育館の外壁を背に僕は立っていた。
 それを取り囲む野球部員。逃げる隙間さえない。
 まぁ、逃げる気なんてないから必要もないけど。
 さて、どう理不尽な言葉が飛び出してくるのかな?
 さきほど先手を撃ってきたピッチャーの人が一歩出てきた。

「気にいらねぇんだよ。サッカー部の一年のくせに」

 どうでもいいじゃん、そんなこと。怒りが呆れに変わってきそうだ。


 サッカー部員の東方天空は野球部員多数に囲まれて、殴る蹴るの暴行を受けていた。
 顔は狙ってこない。一撃たりとも顔には受けていない。
 彼らも問題になることぐらい分かっている。だから、服で隠れる部分しか狙ってこないのだ。
 肩や胸をひどく殴られた。
 横腹に何度も強い蹴りを喰らった。
 足をスパイクの先で蹴ってきた。
 脚の付け根に喰らった一蹴りは……個人的にちょっと待て! と思った。
 だけど僕は、一切彼らに向かって行かなかった。
 ただ、耐えるだけ。
 これでこの人たちの気が済むのなら……甘い考えだって分かってるけど、僕にはこうすることしか思いつかなかった。

「お前が桜井をたぶらかしたんだろ! アイツは、どこまでも野球を愛してた。お前なんかがいるから、桜井はおかしくなっちまったんだ!」

 何が……何だって? たぶらかしたもなにも、彼女が僕を本気にさせてしまっただけだ。
 いや、違うのかな……。先輩のせいにするなんておかしいよな。
 ……こればっかりはどう考えても、いつの間にかこういうことになっていたとしか言いようがない。
 気付いた頃には先輩のことが――。

「――っう!!」
 右肩の骨のところに打ち込まれた拳。体育館の壁にすがっていただけに後ろ側にまで痛みが響く。その痛みに耐えようと僕は強く目を瞑り、歯を食いしばった。
 どこもかしこも痛む体。もう意地になって我慢してるだけだった。
 ゆっくりと目を開き周りの状況を確認しようと思ったが、かなり近い位置にあのピッチャーの顔がある。僕を鋭く睨んでいた。
「お前が――」
 と、何かを言いかけたとき、彼の後ろにいる野球部員に異変が起こった。

「ごばぁ!!」
「なっ、いぶきさ……にぎゃぁ!!」
 一人、また一人と姿が視界から消えていく。
 そのかわりに一人の女の子がまるで稲を刈るかのごとく、野球のユニフォームをまとった部員たちをばったばったとなぎ倒す。
 ……やっぱこの人が一番怖い。ここまで最強だとは思いもしなかった。
「いーかげんにしなさいよ、あんたたち! これがバレたら出場停止になるわよ!」

「お前が余計なことをするから!!」

 僕に対する怒りなのか、サッカー部へのものなのか、それとは違う思いにも聞こえるピッチャーさんの言葉。同時に振り上げられた拳が僕を狙って振り下ろされようとしていた。
 ――さすがに折られるかも。
 僕は目を硬く閉じて歯を食いしばり、顔を背けた。

 ――天空っ!!
「さくらぃ――!!」

 ふわりと僕の好きな香りがしたと思った次の瞬間、拳ではない何かが強めに肩に当たった。
「……つ……」
 恐る恐る目を開けて確認すると、頭の右側を手で押さえている桜井先輩。
 せっかく我慢して抑えていたのに、ぷつりと音を立ててあっさりときれた。
 僕は強く拳を握る。体の痛みが気にならなくなっていた。
 ピッチャーさんは一歩、また一歩と後ずさる。それに合わせて他の野球部員も僕らから離れていく。
 それこそ襲い掛かろうと右足が地面を蹴ったのより一瞬早く、
「痛いわね! 誰に向かって殴ってんのよ!!」
 先輩がピッチャーさんめがけてラリアットを――ぶち込み、一撃即倒。
 僕は呆然とそんな光景を目の前で、リアルタイムで見てしまったせいか思わず後退。怒りも一瞬で冷めていた。むしろキレた時の彼女に対する恐怖心が一層強くなったような気もする。
「ほら、保健室行くわよ」
「はいっ!!」
 僕は素直に先輩の後をついていった。

 ……痛いな。肩、腹、脚は、ちょっとマズいんすけど、そのうち治るかな。
 歩きながら痛む場所を確認。脚は引きずりたくもなったが、ここで先輩に余計な心配をさせたり、サッカー部側にバレるのも困るので、ちょっと無理しつつできる限り普通に歩いてみた。

 昇降口から左にすぐの場所にある保健室。
 相変わらず保健医は不在。なのに鍵は開けっ放しってどういうことだよ全く。
「上、脱いで」
 薬品などが置いてある棚を物色しながら先輩が言う。
 この棚も無防備に鍵が開けっ放しなのもどうだよ、と冷静に思いつつ、
「……先輩のエッチ」
 と自分の体を抱きこんでみた。これは冗談なんだけど、先輩はどうも気に入らなかったらしく、ズカズカと僕の方に寄ってくると、頬をイッパツ殴ってきた。
「面白くないわ!」
「ヒドいっす! 顔だけは殴られてなかったのに……」
 殴られた左頬を押さえて訴える。あなたが僕の顔にアザを作ってどうするんですか! 野球部の皆さんの努力は無駄ですよ! って、そんな努力、いらねぇ!
 まぁ、たいして痛くはなかったのだが。
 先輩は僕を少々睨みつけたのち、また棚の物色に戻ってから口を開いた。
「さっさと、脱げ! じゃないと下まで脱がして、服を捨てるわよ」
 不機嫌全開の声が吐き出され、思わず縮み上がる僕は、素直にティーシャツを脱ぐ。もたもたと。肩が痛くて上がらない。もたもた。

「ここ、痛い?」
「いた、いっす。もっと優しく……」
「どうしよっかな?」
「ちょ、なにニヤけてるんですか?」
 先輩の不適な顔がけっこう近い距離にある。彼女の右手にはフィルムを剥がした湿布。
「湿布返し!!」
 僕の右肩をめがけて勢い良く貼られた湿布。
「ぬぐぁぁあああ!!」
 湿布を貼るのに、勢いなんてものはいりません!
 冷たいのと痛いのが同時にきたら、我慢するときに漏れる唸り声と痛みへの叫びが同時に出て、何だかヘンな叫び声(?)を上げていた。
 だけど、湿布の成分なのか、患部に染み込んでくる感じが何だか気持ちいいよな。痛い部分は痛いままだけど、気持ち的にちょっと楽になった。
「湿布返しって何ですか?」
「この前あたしに貼ってくれたから、お返し」
 なんて楽しそうに笑っている先輩。
 ……そうですか。
 それから左の肩やわき腹など、僕が痛いと訴えた箇所のほとんどに湿布を貼られ、その度に冷たさで悲鳴を上げそうになった。
 満足するほど湿布を貼った後、何を思ったのか、彼女は僕に抱きついてきたが、やはりこんな一言。
「くさっ……しかも、目が痛いっ!!」
 残念ながらすぐに離れてしまった。
 先輩の行動にちょっとの間、ぽかーんとしてしまったが……だったらこんなに貼るな。貼ったなら抱きつくな、ちくしょっ! なぜかとてつもなく残念であり、悔しかった。

 東方天空は湿布の香り――イヤだ!!

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2009.05.08 UP