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22 ひとつの提案
ロッカーを殴って痛めた右手に、野球部の救急箱から取り出した湿布を貼って、大袈裟に包帯を巻いてあげた。
「傷つけちゃダメですよ、自分を。当たっちゃダメです、物にも。そんなに自信がないですか?」
僕に愛されてる自信が。
先輩は黙って僕の治療(?)を受け、僕の言葉に頷く。
「僕だって不安なんですよ。伊吹さんが僕のことをどう思ってくれてるのか。関係があいまいだから尚更」
終わりがある付き合いはしたくないと言ったから、僕は許される限り、あなたの側にいたいだけ。だけど不安ばかりがつきまとう。
いつ切れてもおかしくない想い。縛るものは何もない。縛らせてももらえない。
「どうしたらあなたは僕だけのひとになってくれるんですか?」
しかし、先輩は答えてくれない。どれだけ待っても、沈黙が支配した空間でしかなかった。
僕だけのひとになってくれないってこと?
そう考えると、かなりキツい。大好きな人にフラれるよりはるかに辛い。想い合っていることを知ってるから。
先輩はただ、目を伏せて黙っているだけだった。
過去のことでよほど辛い思いをしている。だけど今は違うんだ、と声を荒げて言ってしまいたかった。だけどそれはできなかった。何もかもが終わりそうで、自分でも怖かったから。
「……伊吹?」
ただ、名前しか呼ぶことのできない自分が、嫌になった。
そっと頬を撫でてみた。くすぐったいのか、肩をすくめる彼女が愛しかった。だから本能のままに抱きしめた。
何度も好きだと口にした。彼女も強く僕を抱きとめてくれたけど……。
「天空……ごめんね。でも、大好きだよ」
消えそうなか細い声。彼女を腕に抱きしめていることが嬉しいのに、辛い言葉。僕の胸に突き刺さる。
――ごめんね。
彼女の傷がずいぶん深かったことを、初めて知った。
どんなに僕が愛しても、キスを重ねても、埋められないものだった。
あなたが僕を本気にさせたのに、どうして答えてくれない? どうしたら素直に受け止めてくれる? 受け止められるようになる?
授業中、ただ、頬杖をついて椅子に座っていた。
数学の公式について語る三十代の男性教師の声も、聞こえているが聞いてない、が、教科書はざっと見ているので分からないわけでもない。ただ、眠そうに演じるだけ。何もしたくない。
いや、実際、眠い。昨夜、寝る間際になって先輩のことばかり脳裏に浮かび、考えて、寝てるのか寝てないのかよくわからなくて、たぶん寝不足ぎみだった。
授業も始まったと思ったらいつの間にか終わってるような感じで記憶も断片的だし、心が重くて、何だか生きた心地のしない日だった。
だけど、ふと考えているのは先輩のことだけだった。
何してるのかな? マジメに授業を聞いて、ノートをとってるのかな。もしかしたら居眠りしてるのか、それとも……。
僕のことを考えてるのかな、なんて思って、一人笑みをこぼしてみたり。
「東方、聞いてるのか?」
教師に見られていたらしく、すぐ声を掛けられた。
「……底辺かける高さ割る……8あたりで」
適当に浮かんだ公式に、これまた適当な数字をあてはめて発言してみた。我ながらアッパレだ。つーか、自分でもバカじゃないの? と思ってしまう。やはり教師にも大丈夫かコイツ、みたいな顔をされた。
「底辺と高さを掛けるなら、2で割っとけ。三角形の面積しか求められないがな」
「すみません。ゆとり世代なので台形の面積がわかりません!」
「え? そうなの?」
と、教室にいる生徒の顔をざっと見回している。
「円周率は3だったよー」
と、一人の女子生徒が声を上げる。
「……へー。なんだかなぁ」
聞き取れない独り言を漏らした先生は、何事もなかったように授業の内容に戻る。
だけど割り切れないものがあるんだよ、人生には。
歴史も公式も応用も、恋愛には通用しない。
三角形じゃなくて直線距離。近いのに埋められない距離はどうしたら埋められるのか、知りたい。
学校じゃそんなものは教えてくれない。
今後、役に立つのか立たないのか分からないことしか教えてくれない。
大きく溜め息が漏れた。
――伊吹。
心の中で名を呼んだ。
抱きしめたい。いますぐ。
授業中に……不謹慎だ。まぁ中学の頃とたいして変わりはしないが。恋愛中はだいたいこんなもん。先生の声なんてお耳に入りません。
とりあえず、早く昼休みにならないかな……。
「どうしたらうまくやっていけると思う?」
「伊吹さんが付き合ってくれたら、万事解決です!」
ところが先輩は顔をしかめた。
「……屋上から輪ゴムバンジーで解決?」
鉄コン筋クリート造りの三階建て校舎の屋上から、東方天空、無謀にも輪ゴムでバンジー!
「ご、ご冗談!!」
死ぬわ!
四時間目が終わると弁当を引っつかみ、走って向かうのは屋上。
しばらくしてやってきた先輩と一緒に昼食。
弁当を広げて部活の今後について先輩は聞いてきたのに、僕は全く違った回答。話がかみ合ってないことは分かっている。
「部活でしょ? サッカー部、大会前だからなぁ……できれば優先させてもらいたいところなんだけど……」
「無理!」
「だよね……」
早くも三年生が抜けてしまった我がサッカー部。今回の大会には新メンバーで挑むことになる。しかしろくな練習ができていないだけに、誰がどれだけできるのか、ポジションはどうだとか何も決まってなければ何も知らない、分からない。
コーチ兼顧問だってありえないほどろくに出てこないぐらいだ。
ホントに全国大会常連校? 何かの間違いとしかもう思えない。
「毎日練習でにゃ意味がないんですよね」
「どっちもそう言ってたわ」
「なら、部活時間の半分ずつでグランド使用ってのはどうでしょう?」
僕の言ってる意味が分からないらしく、先輩は僕と目を合わせ、眉をひそめた。
「えっと、だから、四時から五時までをサッカー部が使って、五時から六時まで野球部が使うって感じ、大袈裟に言うと。グランドを使用してない間は、筋トレとか、道具整備でもするとか……」
「……練習時間が短いってきっと言うヤツが出るわね」
だろうね。
「でも、野球部は最初に準備体操とかランニングしてるじゃないですか」
「それをグランド外でやれっての?」
あ、いや……あの、すっかり忘れてました。野球部マネージャーでしたね、先輩。
何だか怒ってる感じがして、すっかり圧倒されました。内心ビクビクしつつ、先輩の答えを待つ。
「……いいわね。校外でも走らせてみようかしら」
――みたいに。川土手とかいいわね。と、先輩が言った某野球アニメのタイトルと共にそのワンシーンが脳裏に浮かぶ。
タイヤを引いてもらうとか、うさぎ跳びで限界に挑戦とか……って、まだ一人で喋っている。
「後半、いただきだわ!」
部活の前半時間に何が起こるのか――それは先輩の趣味全開のトレーニングなんだろうな。がんばれ、野球部員。僕はこっそり応援します、たぶん。それどころじゃないだろうけど。
「じゃ、みんなには今日のうちに話しとくわ」
「よろしくお願いします」
「天空もよ!」
「あ、そうでした」
さて、こんな一年ごときの提案を素直に受け入れてもらえるものか……無理だな。言う前から諦めてる時点で、ホントにダメそう。
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2009.04.22 UP