■TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編】彼女は野球部マネージャー☆【21】
21 嫉妬する人、される人
今でも、変わらない先輩への気持ちが、彼女に伝わっているのかいないのか。
部活動も何だかイマイチ。集中できないし、練習もまともにできていない。
どれもハンパで中途半端。
そういうの、やっぱり……ヤだな。
どれでもいいから蹴りがつきゃいいんだけど……。
人生、何もかもうまくいかない。
人生って、そんなもん?
つまらない理由で嫉妬していた。
先輩がただ、野球部の人と話してるぐらいで。
それでなくても部活中、交互にグランド使用なはずなのに、数名の野球部員が練習をしていて、試合形式で練習しているのを邪魔されていた。
そこでケンカがまた巻き起こる。今まであったように。
僕は止めようと努力はした。
「やめてください! 野球部さんも、今日はサッカー部の部活日なんで――うぁ!!」
しかし、サッカー部の先輩に突き飛ばされて転倒してる間にボールはゴールへと蹴り入れられていた。
「よっしゃぁー! 邪魔なんだよ、野球部!」
「毎日の、地道な練習が、優勝への近道なんだよ、クソサッカー部!」
……だから、どっちなんだよ。ケンカなの? 試合なの?
その日、サッカー部の練習が終わるまで、野球部員の一部はお引取りしてくれなかった。
逆に野球部練習日にサッカー部員がグランドに紛れていた。先輩の情報通りに。
やはりケンカが始まるから、僕は仲裁に入った。
「今日はサッカー部の練習日じゃないですって!」
一年がいう言葉を素直に聞いてくれるような二年生の先輩方ではなかった。
「邪魔だ! よぉし、シュートぉ!」
僕はあっさり体当たりされて倒されていた。
なぜ嫌がらせのごとくバックネット側のゴールを使うのか……まさしく、言うまでもなく、イヤガラセであり、仕返しでしかない、その行為。
「ぎゃふ!」
「邪魔ぁ!!」
体を起こそうとしてたら試合形式で練習中の野球部員にまで踏まれた。
「毎日の練習が重要なんだよ、東方。邪魔をするな」
捨てゼリフのようなサッカー部先輩からの言葉。野球部の人もそんなこと言ってたよな……。中学の時も、顧問の先生がそう言ってた気がする。
「桜井! 交互にグランド使用なんてもう終わりだ!」
「毎日練習できなきゃ、意味がねぇ!」
ついに提案者の桜井先輩に抗議。命知らずだ……いやいや。
「野球部は二月まで試合らしきもんはねぇだろ。こっちは試合まであと一ヶ月切ってんだよ」
だから優先させろって言いたいのはわかる。しかし相手は野球部なので、決して頭を下げることはない。あえてケンカ腰だ。でも、言い方ってものもあると思うのですが……桜井先輩はどう出るか?
「そう言われちゃうとなぁー。好きにしたら? どーせ好きにしてるんだし」
ちょぉっとまったぁぁ!!!
それじゃ今までと全然変わらないじゃん!
――何だか色々と絶望的になってきた。
大会のことも、三年生はあっさり引退しちゃってるし、グランドでの対立も……。
「ということだ! 東方、サッカー部も練習開始だぜ!」
だぜ! じゃぁないっ!! ああもう、カンベンしてください……。
――そして、いろんなものに振り回されてる。
特に「先輩」と呼んでる上級生の人たちに。
「ほらほらそんなんじゃパス出せないんだぜ!」
ああもう……制服が砂だらけだぜ。
カーカー。
カラスが鳴いたらかーえろっ。
部活がやっと終了したと思ったら、本日、練習に参加していたサッカー部の先輩はさっさと着替えて帰ってしまいました。
片付けは唯一参加してた一年である僕に押し付けて。
ボールの数をかぞえ、部室前まで運んで、今度は一つずつ拭いていく。丁寧にやってたらキリがないからざっと砂埃を落とすぐらいで。
半分も終わらないうちに溜め息が漏れて、手が止まる。
「……やってらんねぇ」
独り言までも吐き出される。
サッカーやりたくてこの学校に推薦で入ったはずなのに……なんだろ。充実してないってのかな? いいのかな、こんなんで。何しに来たんだろ。ホントに……。
「……あー! 何だよ、もうっ!!」
別に楽しくないわけじゃない。不満と言えるものもない。
思い通りにいかないから……まだ一年だし、中学の時にはもてはやされてたけど、高校サッカーで通用する実力があるかなんて自分でも分かってない。
急に悔しくなってきて、止めてた手を乱暴に動かし始めた直後、近くの部室のドアが開く音。そして、
「誰が独り言いってるのかと思ったら、東方くんじゃありませんか」
そこから僕に向けられている女性の声。先輩ではない。教室で聞いたことがある。
声がした方を向くと、こちらに顔を向けたまま部室のドアを閉めているクラスメイトの女子がいた。つやのあるきれいな髪が腰辺りまである子だ。
「雑用させられてるんだ。わたしも同じく、だけど」
彼女が最後らしく、部室のドアに鍵を掛けていた。
「一年の間はずっとこんなかねー。何でバレーやってんのかわかんなくなっちゃう」
どうやら女子バレー部に所属してるようだ。
えっと名前は、山本――さすがに下の名前までは分からない。
「東方くんはサッカー部だっけ?」
「このボールがバスケットボールに見えるか?」
まさに拭いてる最中なんだけど。
「あはは、そうだよね。サッカー部だ。大変なんでしょ? 野球部と一緒にグランド使ってるから」
この学校では名物らしいけど、サッカー部と野球部の対立。基本、体育館で活動するバレー部員さえも知ってるぐらいだ。
「大変も何も、練習にならない。全国大会常連校の練習がこんなものだとは思いもしなかった」
「だよねー。外走ってるときに見たことあるよ」
いつの間にか山本は僕の横に腰を下ろし、手伝おっか? とまだ拭いてないサッカーボールを手に取り転がす。そして、硬そう、と漏らした。ボールのことだろう。
彼女の好意に甘え、僕は自分が使っていた小汚いタオルを渡そうと思ったが、これは失礼だろう。ボール入れに掛けてある、あまり汚れが目立たない方のタオルを彼女に手渡した。
「今日は制服で部活やってたの? いっぱい砂ついてるよ。お母さんに怒られちゃう」
山本は笑いながら、僕の背中の方についてる砂の痕を叩いて落とそうとして、バンバン叩いてくる。バレーでボールを叩いてるせいか、結構痛いんだけど。男らしく我慢すべきか、いや、やっぱ、ダメ。叩かれすぎ! 容赦ない。
「痛いって!」
「だって、気になるし」
「僕も好きで制服のままやってた訳じゃない」
止めに入ったはずなのに巻き込まれてた。今日、本来なら部活は休みだから、準備もしてなかったし。そのうえ後片付けまでさせられるなんて……。
頭の高いところで結われている山本の長い髪が風に流されて袖をまくって露出している僕の腕をくすぐった。
隣に顔を向けると山本の横顔。風に流される髪を押さえている。
先輩とは違う……山本は女の子って感じだ。先輩は暴力的で強引な女。
ふと自分の胸元に視線をやるが、ネクタイがない。……あ、そうか。突然強制部活になったから外してポケットに押し込んだんだっけ。
こんなに近くにいるというのに、山本に対してなにも感じない。どうにかしてやろうとも思わない。先輩に出会う前の自分だったら……部室に押し込んだ後だな。
そんな過去の自分がおかしくて、一人鼻で笑い、最後のボールをカゴに放り込んだ。
「夕方はずいぶん涼しくなってきたよね」
「……うん、昼間はまだ暑いけどね。もう十月になるし……」
見上げた空はオレンジ色と藍色のグラデーション。
これからどんどん日が短くなるし、寒くなってくる。
ここで突然、携帯が鳴りはじめる。僕の着信音ではない。慌ててカバンの中を探してる山本のだった。
「もしもーし、まだがっこ。え? タマゴ、特売? あーうん、はいはーい」
山本はすぐに電話を終え、またカバンに携帯を入れた。タマゴ、特売。買ってこい、あたりか。
「何か近くのスーパーでタマゴが安いから買って帰れだってー」
「お一人様一パックまで、なんだ」
「たぶんねー。早く行かないと売り切れるから、もう帰るねー」
山本は立ち上がってカバンを肩に掛け、スカートの砂を払った。
「ああ。手伝ってくれてありがと。助かった。気をつけて帰れよ」
「はいはーい、了解。じゃねー」
しばらく僕の方を向いて手を振り、山本は背を向けて駐輪場の方へ歩いていって、そのまま姿が見えなくなる。
さて、僕もさっさとボールを部室に入れて、帰るとしよう。
ボール拭きタオルをカゴに掛けて、立って体を伸ばしていると、こちらへ向かってくる人影。見慣れた人だ。
「あれ、先輩、まだいたんですか?」
ジャージ姿の先輩はなぜか僕を睨んでいて、一言も発さずに野球部部室へと入っていった。
機嫌がかなり悪いようだ。こんな時間まであんな格好ということは、顧問に呼び出されてたのかな? よく分からないけど。
サッカー部の部室ドアを開け、ボールカゴを引っ張り込んでたら、
――ガン! バンッ!
突然大きな音がした。ロッカーを蹴るか殴るかしたような音。野球部部室の方から。
僕はすぐに音がした部室に行こうと思ったが、ボールカゴが見事に入り口を塞いでいるというこの状況。さっさとこのカゴを部室内に入れて、飛び出し向かうは野球部部室。
電気はついてない。
一応、ノックしてみる。
――コンコン。
返事はない。
「先輩? 入りますよ」
声を掛けて、ドアを開いた。
かなり薄暗い部室。ドアの向かいにある窓も開けられてないので室温が生ぬるく不快。
入り口のすぐ横にある電気のスイッチをオンにすると、すぐに蛍光灯が部屋を明るくした。
先輩は入り口側に背を向けたまま、誰のか分からない、「3」と書かれているロッカーに拳を叩き込んだままの状態で体は小刻みに震えている。ロッカーの方もいい感じにへこんでいた。
あれだけへこませて、手は大丈夫なのか?
「ちょっと、手――」
「うるさい、黙れ」
……は? 僕、何かしましたか? 特に思い当たらない。
「あたしみたいな女より、女の子らしい子の方が好きでしょ?」
「はい?」
何で突然そういう話――って、
「さっきの、山本のことですか?」
見られてたのか……で、こんなに機嫌が悪いのか? 僕も逆の立場で嫉妬してたけど、
「彼女はただのクラスメイトですよ」
「髪が長くて、物腰が柔らかくて、気が利いて、優しい子の方がいいに決まってるわ!」
「誰の趣味ですか、それ」
「あたしのことなんて――」
あまりにも勝手なことばかり口走るものだから、僕は先輩の体のを強引にこちらに向かせ、口を塞いだ。
抵抗しようとしていた先輩の体から力が抜けていく。
ゆっくり顔を離して先輩の顔色を伺う――震えるまつ毛は濡れていて、瞳には今にもこぼれそうな涙。
「バカだな、ホントに。そんなに心配なら、付き合ってくれたらいいじゃん?」
「……やだ」
ダメか、やっぱり。
「僕だって伊吹さんが野球部員の人と楽しそうに話してるところ見ると、嫉妬するんですよ? お互い様でしょ」
「……」
「僕は、伊吹さんが好きです」
「……知ってる」
「じゃぁ……伊吹さんは僕のこと、どう思ってるんですか?」
「天空……」
先輩の瞳から涙が零れた。そして僕の首にしがみつくように抱き付いてきた。
「好き」
あまり見ることのできない、先輩の素直な部分。何だか嬉しくて、愛しくて、僕は彼女を強く抱きしめた。
ずっと好きでいるから、なんて言葉は通用しない。信用できない。
知らないうちに気持ちは離れ、移ってしまうものだから。
先輩はその辛さを知って、傷ついた過去がある。
僕もいずれはそうなるのかもしれない。先輩だってそう。
だから毎日、あなたに好きだって言おうと思うんだ。
あなたを好きでいる限り。
できればそれが、永遠であればいいと思う。
だけど、永遠って何だ? 分からない。そんなものはない、と思う。
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2009.04.22 UP