■TOP > 義理の母は16歳☆ > 【番外編】彼女は野球部マネージャー☆【18】
18 第一回グランド使用権争奪キックベース――一回の表裏
「先輩、携帯変えたんで、番号とメアドです」
部活開始前――部室へ行く途中にボール出しをしていた先輩を見かけたので、事前に用意していたノートの切れ端を手渡した。
携帯変えたと言っても、機種変だから番号も何も変わってはいないのだが、聞かれなかったから教えてなかったし、僕も先輩が携帯を持っているのかも知らなかったりするので、こういうタイミングで突発的に行動を起こしてみた。
「じゃ!」
できるだけ爽やかに僕は立ち去る。ここまでは個人的に百点だ。
が、
「……ばっかじゃないの?」
そんな冷たい一言に、僕は思わず転倒。しばらく思いも寄らぬショックで立ち上がれなかった。
「見事なスライディングね。野球部に入る?」
別にスライディングなんかしてないです。コケただけです。
「……好きです、愛してます」
ああ、声を出して読まないで。ノートの切れ端に込めた溢れんばかりのこの想い。
「分かってるわよ、そんなこと」
先輩は笑っていた。その笑い声も徐々に遠くなり、どこからか聞こえてくる誰かの話し声や部室あたりのドアが開き、歩いてくるような音が耳に入ってきて、人の気配を感じる。
「なんか、こけてんだけど」
この声は聞き覚えがある。サッカー部敏腕キーパーの青木さん?
一緒にいられそうな時はできるだけ一緒にいて、その度に互いの気持ちを確認し合った。
でも、先輩はまだ、首を縦に振ってはくれないままだった。
それにも随分慣れてきたもんで、一緒にいられる時間と通じ合う想いがあるだけマシだと思えていた。
けど、本心はやはり、その程度では納得できていないようで――。
「砂を噛むような思いって、こういうことか……」
「口に入ってるからな。なんだ、東方じゃん」
口の中がジャリジャリするのを一人で愚痴ってると、そんな声。やっぱり青木さんだった。
僕の目の前に座り込んで、不思議なものでも見るような表情で僕を覗き込んでいた。
「……どこから見てましたか?」
「お前がスキップしてきて見事に転倒したぐらいからだ」
「……スキップなんてしてませんよ」
要は、部室から出てきたら僕がもう倒れてたってことか。よかった、見られてなくて。
「早く着替えてこいよ。練習場所なくなるぞ?」
しまった。言われてみれば、もう野球部は準備開始してたじゃないか! 部員より早く動き始める先輩がボール運びを開始してる時点で気づけよ!
ランニングで始まって終わるサッカー部なんてイヤだ!
「ってか、僕に構ってないで、早く準備してくださいよ!」
「後輩に言われたかぁねぇ!」
偉そうなことを言ったせいか、逆に怒られてしまった。でも、間違ったことは言ってないでしょ!!
我が部はサッカー部であって、フットサル部ではないぞ!
ふっと……去る。
こんな時につまらんギャグは思いつかなくてよろしい!
ランニングとキーパー強化練習しかできないサッカー部って……一体なんだ。
僕は青木さんがグランドへ走っていくのを見届けてからようやく立ち上がり、砂だらけの制服をバタバタと叩き払った。部活フォームにチェンジした後も、しばらく制服砂を落とすのに必死になっていた。
……前側だけ汚くなっちゃったぃ! お母さんに怒られちゃうよぅ。
しかしその前に、
「なにやってんだ、東方! もう、練習スペースなくなっちまったぞ!」
先輩方に怒られた。
「こういうのは一年が率先して場所取りをすべきだ! いいか、これは一年全員の連帯責任だ」
そんな理不尽な……。
「つーことで……戦争だぁぁぁああああ!! 打倒野球部!」
一人の、やたら血の気の多い先輩がサッカーボールを練習中の野球部員に向かって蹴っとばした。
「サッカーのために!!」
また一人、ボールを蹴った。
「全国制覇のために!!」
そしてまた一人――。
野球部員も黙っちゃいない!
「神聖なる野球を白黒パンダボールで汚すんじゃぁねぇー!」
と、硬式ボールでしょ、それ。こっちに向かって投げるなぁ!! 同じ球技なのにヒドいもんです。
先輩、桜井先輩、ここはあなたの声でぴたっと、この醜い争いを止めてください!
――ピピー、ガー。
どこからそれを持ってきたんですか?
朝礼台に仁王立ちの桜井伊吹は拡声器を持っていた。
「やめぇぇぇいいいいい!!!」
一部素手の乱闘が開始されていたが、両部員、ぴたりと動きを止めた。
「明日のグランド使用権を巡り、我が野球部から提案がある」
独断じゃないですか? 野球部員が慌ててます。
「今から野球部対サッカー部でキックベースの試合を行います!」
提案じゃなくて、もう行うことになってんじゃん。
「ルールは簡単。投手がサッカーボールを投げ、打者はバットもしくは足でボールを打つ! 5イニングで延長戦あり」
何だか野球部に有利そうな、勝手なルールのような気が……。
「ということで、プレイボール!」
――キィィィィィィ。
それは偶然なのか故意なのか、拡声器がハウリングを起こした。突き刺さるような不快な音に誰もが耳を塞いだ。
もう、なんつーか、メチャクチャだ。
にらみ合うサッカー部員と野球部員が整列して並ぶ。
今にも乱闘が起こりそうな雰囲気。
交わる視線の中央に飛び散る火花。見えないけどそんな感じ。
第一回グランド使用権争奪キックベース、プレイボール。審判は桜井伊吹、野球部マネージャー。
まずは野球部の攻撃。
サッカー部の投手はキーパーの青木さん、二年生。
第一球――投げました! 野球部員はバットを振り、ボールを打ち上げた。
これが野球のボールなら、いい感じに飛んでいたことだろう。しかし、サッカーボールという大きな敵の前ではそうはいかなかったようだ。ピッチャーマウンドと二塁の間に落ちたボールを、セカンドを守っている先輩が一塁に向かって蹴る。
……。ファーストを守っておりますのはわたくし。東方天空であります。
ものすごい形相でこちらに突進してくる打者。勢いよく飛んでくるサッカーボール。さて、どっちが早いか!! 僕はボールを受ける体勢に入った。
跳ね上げないよう胸でボールを止め、すかさず手でキャッチ。何だか納得いかねぇ! 手は反則なんだって。
次の瞬間には野球部員が猛獣のごとく僕の腰をめがけて突っ込んできて、吹っ飛ばされて、地球で体が擦れた。……痛い。けど、容赦はしてくれないんだよね。サッカー部だから。
桜井審判の判定は――アウト。
レッドカードも追加で頼むよ。退場だ。
そんな感じで一回の表――三度も打者が突っ込んできたものの、3アウトチェンジだ。
とりあえず、ファースト、誰か、交代してくれ……。外野はいらんだろ。バットで叩いたぐらいじゃそこまでボールは届かない。
露出した部分の右側ばかりに擦り傷。突っ込まれた左腰は痛いし、倒された拍子に右の肩も打ったし。ティーシャツがめくれてわき腹まで擦っちゃったし……生きて帰れそうにない気がしてきた。
一回の裏、サッカー部の攻撃は――一番、ファースト、東方くん。
って、何で僕からなんですか!!
……!! まさか、僕が被験者なのか!?
「あの、もしかして、僕がファーストなのと一番打者なのって……」
「こういうのに臨機応変に対応できるのは、東方ぐらいしかいないだろ。なんつったって、成績優秀、スポーツ万能――」
高校に入って優秀な成績は修めた覚えがございません。
「一番打者ってのは、試合で一番多く打席に立てるんだぜ。その意味……分かるよな?」
ま、そういうことにしときます。
何が起こるか分からない、恐怖のバッターボックスへ――。
ユニフォームをきっちり着ている野球部ピッチャーが手に持っているのは、硬球でもグローブでもなく、サッカーボール。なんたる違和感。それに視線を逸らしてもピリピリと突き刺さる視線。
ピッチャーはおおきくふりかぶって――投げた。
やはりこの大きさのボールを投げることに慣れていないせいか、子供でも蹴れそうなへなちょこボール。
「もらったぁぁぁぁあああ!!」
僕は大きく叫び、左足を踏み込んでボールを蹴った。
内野手、外野手が口を開けて空を見上げていた。
「よっしゃぁ、場外ホームラン!!」
「これなら一回コールドゲームだ!」
ベンチからの歓声に僕はガッツポーズをしてから一塁へゆっくり走り出す――が、
「場外、待て」
柔道か!!
思わずずっこけそうになりながら、そんな発言をした審判桜井に抗議をすべきか、どうなのか考えてしまう。
「やっぱこれ、不利。サッカー部もバットで打って。だから今の、ナシ」
くそっ、不利だからって都合のいいルールに変更かよ!
ベンチのサッカー部員もテンションダウン。
改めて、一番バッター東方天空、打席にてバットを構えます。
そう早くもないボールだということは分かった。あとは思いっきり打つだけ。これも、もらったぁぁあぁああ!!!
サッカーボールとバットが正面衝突――その衝撃はすさまじいものだった。
打ち返したボールと共に僕の手からバットも飛んでいく。
「――ってぇぇぇぇえええええ!!!」
手が衝撃に耐えられず、思いっきり痺れて痛いのなんの。一塁に走ることを忘れてその場にうずくまった。
「とぉぼぉぉぉぉ!!! はしれぇぇ!!」
威勢がいいというより怒ってますね、その声の調子だと。
ここでようやく我に返り、一塁に向かってダッシュ。しかし結果は、アウトだった。
二番打者、バットの握り手が逆だったが何とかボールにかすったものの、内野ゴロにてあっさりアウト。アウトになると分かっているからこそ、ファーストを守ってる人にも容赦なく突っ込んで行った。
三番打者、全くタイミングがつかめないというありえないことをしてくれ、空振り三振で三アウト。彼はかなり悔しかったらしく、ピッチャーに突っ込んでいった。
「バットは凶器だ。腕が痺れて一瞬思考が飛ぶもんな」
二番打者でさえそう言うのだから、これから先が思いやられる。
一回が終わり、両チーム得点は0。
NEXT→ 【番外編】彼女は野球部マネージャー☆【19】
義理の母は16歳☆ TOP
2009.02.26 UP 2009.03.10一部改稿